カルネ村から始めても、尚遠いカルネ村。早くエンリ将軍閣下にお会いしたでいす。
二人は姉妹なのだろう、手を繋ぎ逃げる少女。
───そしてそれを追う騎士風の男二人。
足が縺れんばかりに必死に走る姉妹。
「………あっ」
小さな妹が木の根に足を取られ体勢を崩す。
「ネム──」
それを庇うように姉が抱きしめ、荒い息のまま二人は蹲る。
ガチャガチャと耳障りな金属音を響かせながら、すぐに追い付いた騎士風の男は肩で息をしながら言う。
「はぁ、はぁ、こんな所まで俺を走らせやがって!いい加減諦めろ!」
その男を見上げた少女には、見えないはずのクローズドヘルムの下の顔がニタリと笑ったように感じられた。
「──じゃあ、終わりだな」
蹲る少女を前に、男は腰の剣を抜いた。
日差しを反射しない剣が振り上げられた事を少女は悟り、もはやここまでかと目を閉じ歯を食いしばる。
別に諦めたい訳でも、観念したい訳でもない………。
もし少女に力があればこの男たちを撃退することも、もっと速く走れれば振り切って近くの森まで逃げ切ることも出来たかもしれない。
しかし、少女には反撃する力も、逃げ切る脚力もない。
見れば妹がぎゅっと目を瞑っている。
下生えの草には白く小さな花が咲いている。
「ピ──ヒョロロ──」
ふいに鳥の声が聞えた。『あの鳥の名前は何だったかな?』
『今朝の芋はちょっと堅かったなぁ、次はもう少し長めに茹でた方がいいよってお母さんに言わなきゃ』
『ネムももう大きいんだから、遊んでばかりいないで、薬草潰しのお手伝いくらいしてほしいなぁ』
『薬草、、そういえばンフィーレアは今度いつ来るんだっけ?』
刹那、そんなことが少女の脳裏を過り、再び鳥の声が聞えて来ると共に我に返る。
「───っあれ?」
しかし、いつまで経ってもあの剣は降り降ろされない。男達は何故か硬直していた。その視線の先に───突如、楕円の鏡の様な闇が湧き上がったからだ。
すると、その吸い込まれそうな闇の鏡面から、金と紫の紋様が入った輝く漆黒のフルプレート鎧に深紅のマントを纏い、二本のグレートソードを交差に背負った巨躯の戦士と、続いて切れ長の黒目に艶やかな黒髪で薄茶色の外套に身を包んだ美しい女が現れた。
「───な、なんだ!」
漆黒の戦士の威容に、男達は数歩後ずさる。
少女は眼を見開く。「……へっ」
漆黒の戦士は少女たちを庇うように立ち、背中に収めたグレートソードの一本を引き抜き一閃。──その切っ先を男達に向けた。
「女子供は追いかけ回せても、毛色が変わった相手には無理か?」
漆黒の戦士の怒りの籠った低い声と、己に向いた日差しに輝く大剣に───。
「ひーっ」
騎士風の男達は脊髄にまで恐怖が到達し、足が竦みもはや後退することすら儘ならない。
「エンリ、ネム!」
黒髪の美女はそう声を掛けると、すぐさま二人の少女のもとに駈け寄り抱きしめた。
すぐに二人の顏や手や背中を確認するように摩ると「良かった、怪我はないみたいね」と安心したように囁く。
「良かった、良かった…」
彼女たちの頬に手を添え、目を見つめながら何度もそう声を漏らした。
「ナ、ナーベさん……?」
「来るのが遅くなってごめんなさいね。でも、わたくし達が来たからもう大丈夫よ」
そう呟くと、黒髪の美女は吸い込まれるように美しい黒い瞳を徐に上げ、漆黒の戦士に告げた。
「モモンさん、やっちゃってください!」
その言葉が聞こえたのか、騎士風の男達はすぐさま持っていた剣を投げ捨て、けたたましい金属音を鳴らしてその場に尻餅を突いた。
より手前側にいた男は後ろに倒れ掛かる上半身を左手で支え、前方に突き出したもう片方の掌を、後方の男は両の掌を広げ見上げる漆黒の戦士に向けて───。
「「ちょ、ちょ、ちょ待って、待って、、ちょ待ってくださーい!」」
「………」
腰が抜けてしまったのか、尻餅を突いた状態のままズリッズリッと後ずさる騎士風の男たちのずっと後方からけたたましい足音が聞こえ、黒髪の美女と少女はそちらに顔を向ける。
すると建物の陰から数人の小さな人のような何かが現れてこちらに向かい全力で走り来る。それは人ではない。ゴブリンと言われる亜人だ。
ゴブリンは単体ではそれほど戦闘力は強くないものの、群れとなり大型の亜人であるオーガなどと共闘すれば、時には人里を襲う事もある一般的には凶悪とされるモンスターではあるのだが。
モモンはチラリと目線だけをそちらにむける。
「──ん?」
(ああ、早く説明しないと、あの人達モモンさんに切られちゃう!)
蹲っていた姉が混乱しながらも大きな声で叫んだ。
「モモンさん、ち、違うんです。あ、あの、これ違うんですー」
「あ、あの、隣なんです。村なんです。村隣、、いやいや、隣村なんです。隣村から騎士で、起死回生で、な、何言ってんの!バカ!そうじゃなくて、演習、そう演習なんです。」
「これ、演習なんです───!」
ゴブリン達は走りながら叫んだ。
「エンリの姐さーん! ──あれ!」
「エンリ将軍閣下!ゴブリン軍師御身の前に ──おや?」
「いやいやいや、──モモンの旦那ー!姫様ー!待って、待って、待ってくだせ-!」
漆黒の戦士と、黒髪の美女はキョトンである。
「─はぁ?」
「えェ!」や「はぁ?」や「ちょちょ…」などの感嘆詞が交じり合うそんな中、先程の鏡からさらにもう一人が闇から零れ出るように現れていた。
視界の端にそれを感じた姉が振り向くと、そこには精緻な装飾を施した豪奢なローブを纏ったそれが屹立していた。
それはまさに───死そのものだった。
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DMMO-RPG(没入型大規模マルチプレイヤーオンラインロールプレイングゲーム)
『ユグドラシル』
このタイトルこそ、かつてDMMO-RPGといえば『ユグドラシル』と言われるまでに絶大な人気を誇っていたゲームである。
しかし時代の趨勢か、やがて参加プレーヤーの数も減少し、サービス開始から12年を目前についにサービス終了が告知されるまでに至った。
そんなユグドラシル内で、DQNギルドとして名を馳せた『アインズ・ウール・ゴウン』彼らの拠点であるナザリック地下大墳墓。その第9階層『ラウンドテーブル』と名付けられたこの部屋には、いつもの二人の異形が座していた。
一人は精緻な刺繍が施され特に肩回りなど装飾華美ともとれる漆黒のアカデミックガウンを羽織った骸骨の異形。エルダーリッチ系アンデットの最上位種、死の支配者オーバーロードであり当該ギルド長の『モモンガ』。
もう一人はツルりとした剥き身のゆで卵に三つの穴が開いた埴輪のような顔に、清楚な薄桃色のレース地のドレスを纏ったこれまた異形。グレータードッペルゲンガーで同ギルドメンバーの『ナベ』。
「モモンガさん、ちわーっす」
ナベは尺取り虫のような三本の指を立てて掌をモモンガに向ける。
「ナベさん、どもです」
モモンガも骸骨の手を同じようにした。
ピョコンと二人の頭上に笑顔のエモーションアイコンが浮かぶ。
「モモンガさん、やっぱりサービス終了の話ってマジっぽいですね」
「………。」
「あ、でも、そのままユグドラシル2に移行するって噂もありますし」
「たしかに、俺もそんな話は聞いたことありますけど………。」
「でなかったら、散々課金を煽っておいて、はい、サービス終了じゃ、いくら温和な俺でもプンプンですよ」
ナベはそう言いながら、両手をグーにして頭の上にポンポンと置いてから、ほっぺを膨らますエフェクトを発動した。
ちなみに本来このゲームに於いてアバターの表情を変えることは出来ない。しかしナベは各種エフェクトを超絶うまく利用し、あたかもほっぺが膨らんだように見せかけている。
ナーベはそういう"どうでもいいこと?″に情熱を注ぐタイプである。
「あのー、ナベさん。それやるなら、せめてナ―ベラル形態になってからにしていただきたいんですよね………」
「その埴輪顔でやられると、なんていうか、その、、イラっとくるんですよ!メッチャデータの無駄遣いだし!」
(その情熱をもうちょっと魔法の習得にでも向ければもっと強くなれるのになぁ、ナベさんいつまで経ってもギルド最弱だもんなぁ………)
護衛なしでは恐くてナザリックの外に出れなというナベを、いつも心の中で残念に思うモモンガである。
「ちょっとーモモンガさん!ひどい!ひどいわー!もうナベちゃん怒ったぞ!プンプン!」
………。
「それで、ナベさん、今日話したいことがあるって何のことですか?」
「無視かいなー!」
肘掛けから肘がずり落ちる動作と同時に、頭上には『ズコッ!』というアイコンが表示される。
モモンガは、滑り沼に引きずり込まれないよう視線を逸らした。(無視だ!無視!この人の滑りギャグに付き合っちゃうと、いつまで経っても本題が始まらないからなぁ……)
「あ、そうそう、あのね………」
ナベは改めて椅子に浅く腰掛け、お姫様ロールよろしくピンと背筋を伸ばし、埴輪顔の黒く穴のあいた側をモモンガに向けると、ニタリと笑った(勿論そんな表情はないが)ようにモモンガには見えた。
「先日リアルで田村さんにお会いしたんですよ」
「田村さん?」
「田村、たむら、タムラ、タブラ………」
「──タブラ・スマラグディナさん?」
勢いモモンガが立ち上がると、頭上には『!?』のアイコンがピョコンピョコンと連続で浮かび上がる。
「………マ、マジですか?」
タブラ・スマラグディナはギルド『アインズ・ウール・ゴウン』の最初期メンバーであり、ナザリック地下大墳墓内に守護者として数多配置されたNPC(ノンプレイヤーキャラクター)の内、情報系の要である長女の『二グレド』、守護者統括で次女の『アルベド』、最強の個三女の『ルべド』、所謂タブラ三姉妹と称されるキャラクターの創造主でもある。
「これがマジもマジ大マジで、『本気』と書いて『マジシャン』と読んじゃうくらいマジメなマジシャンなんですよ!」
「──あ、あのう、早く本題の方を………」
モモンガからそう促され、ナベはその時の様子を語り出した。
「あれねェ、ちょうど一週間くらい前なんですけど、仕事の関係で───そしたら、向うからなんか見たこと───あれ、もしかしたら、田村さん?───え、渡邊さん?そんな感じで───そしたら何て言ったと思います?───」
「───という訳で、俺、いや、わたくしとモモンガさんが結婚する事になったんでございますわ!」
思い起こせば2年前、足手まといのナベとのコンビでは攻略不可能と思われた高難度ダンジョンのラスボスに苦戦の末命からがら勝利し、溢れ出るデータクリスタルを前にした時以来の───
「???ええェ────────!」