漆黒の冒険譚 むき出しのナ―ベラル   作:シンヤ・ワイルド

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 今回もクレマンティーヌメインの展開です!


ビキニの尻が食い込み過ぎたクレマンティーヌ

 

 浅い眠りから目が覚めた。

 

 ドラゴンの知覚能力は人間を遥かに凌ぐ。まして竜王たる彼は、一般的なドラゴンとは比較にならい程鋭敏であり、たとえ寝ていたとしても遥か彼方の僅かなエネルギーの揺らぎですら感知する。

 

『んん、、この波動は、、──まさか、超位魔法』

 

 しかし、その感触は一瞬で霧散してしまう。

 

『──不発?そろそろ100年の揺り返しの時期だったね。

 今回は世界に仇なす存在でなければいいのだけれど……』

 

 次の波動を察知すべく意識を集中して待っていたが、それきりいつまで経っても、次の波が発動することはなく、プラチナム・ドラゴンロードの二つ名を持つ彼、ツァインドルクス=ヴァイシオンは眼下に佇む伽藍洞の鎧から視線を逸らす。

 

『自分で──、いや、まずは彼女に動いてもらった方がいいのかもしれないね』

 

 そして彼は、伝言(メッセージ)とは種類の違う魔法で、久しく会っていなかった旧友にメッセージを送った。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

「──そんなに暴れるなよ」

 

 モモンの万力のような力で抱きしめられたクレマンティーヌは、自分の背骨がゴキリと折れる姿を幻視する。

 

 

 そして………

 

 

 

 

 

 ──キスされた。

 

 

 

 

「──はぁ?」

 

 その行動にナ―ベラルはあんぐりと口を開け、キョトンである。

 

 

 やがて握っていた二本のスティレットがポロリと地面に落ち、クレマンティーヌは空いた両の手でモモンの頭を掴んだ。

 

 んぐんぐんぐ、、

 

 

 あまりの動揺に固まっていたナ―ベラルだったが、すぐに我に返る。

 

「こら──!あなた達なにやってるの!

 それダメなやつよ!

 ベロはダメ、ベロは絶対ダメよー!

 R18!R18!アカウントが!アカウントが!

 BANよBANよBANなのよ──!」

 

 ナ―ベラルは二人の間に割って入ろうとする。

 

「こら、離れなさいって!離れろつってんの!こらー!」

 

 

 んぐんぐんぐ、、

 

 

 

「離れろ──!」

 

 いつまでも弄り合う二人に痺れを切らしたナ―ベラルは、思いきりモモンの脚を蹴り上げた。

 

 びたーん!

 

「ぎゃ──!

 いたいわ──

 弁慶の所が痛いですわ──!」

 

 相手はゴッズ級のフルプレートを着ているのだ、素足で思いっきり蹴り上げたナ―ベラルの脛が折れなかっただけ儲けものである。

 

 

 ナ―ベラルは蹴った右脛を手で抱え、左足でピョンピョン跳ねながら涙目で声を張り上げる。

「モモーン!命令です。今すぐ離れなさーい!」

 

 はっとしてモモンはクレマンティーヌを優しく地面に降ろした。そして彼女はそのままへなへなと、女の子座りでへたり込んでしまう。

 

「モモン、あなた、なんてことしてくれるの!」

 

 再びナ―ベラルの前に跪くモモン。

「は、うるさい女を黙らせるにはこれが最良かと……」

 

「キスで女の口を塞ぐって、いったい………」

 

 そう言いかけて、モモンの設定(フレーバーテキスト)を書いていた時の事を思い出す。

「あ──わたくしだ!あの時わたくしが!」

 モモンガに「何それ?」と言われながらも『うるさい女の口を塞ぐにはキスが一番』と書き込ませたのはナ―ベラルだった。

 勿論軽い冗談のつもりであり、まさかこんな状況になるなど、当時は努々思いもよらなかったのだから仕方のないことではあるが。

 

 さて、そんな事よりモモンの足元には、先程からクレマンティーヌが座り込んだままだ。

 

「クレマンティーヌ…

 おーい、クレマンティーヌ…

 クレマンちゃ~ん…」

 

 ナ―ベラルが何度か呼び掛けると、ようやく惚けた返事が返って来る。

 

「──はひ」

 

 ナ―ベラルはクレマンティーヌの横に屈み背中を擦る。

「ご、ごめんなさい。急にびっくりしちゃったわよね…」

 

「──でへへ、、」

『笑うとる、、笑うとるで、この女、、、』

 

「──クレマンちゃん!クレマンちゃ~ん!」

「──でへ、でへへ、、」

 

『こりゃダメだなぁ、こうなったら………』

 ナ―ベラルは目の焦点が合っていないクレマンティーヌの顔の前で、パチンと相撲の猫騙しのように掌を合わせて叩く。

 100レベルプレーヤーの猫騙しである。軽く叩いただけでも衝撃波が発生し、たちどころにクレマンティーヌは覚醒した。

 

「──はっ、なに、なに!」

 周りをキョロキョロと見廻したクレマンティーヌは、何かに気が付いたように突然立ち上がると、ナ―ベラルに背を向けた状態で、再びクラウチングスタートにも似た構えを取る。

 結果、ナ―ベラルの顔面は、クレマンティーヌのお尻の割れ目に食い込んでしまった。

 

「モゴモゴ、うっぷうっぷ、、

 

 ──ケツ!」

 

 ピタ──ン!

 

 顔に尻を押し付けられ苛立ったナ―ベラルは、ビキニアーマーが食い込んで半分剝き出しのクレマンティーヌのケツっぺたを、したたか平手でひっぱたいてしまった。

 

「ぎゃ────!」

 

 いきおい地面に突っ伏し、腹ばいのまま白目を向いて口からは泡を吹き、尻を手で押さえながらビクンビクンと痙攣するクレマンティーヌ。

 

「ま、まずい!大治癒(ヒール)!」

 ナ―ベラルは慌てて魔法で癒した。

 

 一連の流れを眺めていたモモンは、小首を傾ける。

「姫、只今の一連の動きは大変愉快ではあったのですが、

 未だ笑いの頂きの麓にも及ばぬ眇たる我が身にご教授願います。

 今のは、どの部分がオチだったのでしょう?」

「オチ、ですか?」

 ナ―ベラルはモモンから問われ、クレマンティーヌの動きがとても面白かったことに気づく。

『あの動き!あのお尻の角度!なるほど、もしかするとマキには、天性の笑いのセンスがあるのかもしれないなぁ』

 そしてナ―ベラルは、いつも通り訳の分からない屁理屈でそれっぽく説明する。

「モモン、たしかにわたくしは常に笑いを探求しておりますが、時には偶然そういう状況になる場合もあるのです。まさに今のがそのケースですね。

 偶然ですから特段オチなどは用意してございませんわ。単にお尻は笑いのネタになりやすいというだけの事です。

 但しお尻系の笑いは、子供には大受けしますが、大人からは軽蔑の対象となる場合もございますから注意が必要ですわよ」

 

「なるほど、そういう事でございましたか。いかなる場面においても笑いの要素を見つけ出し、そして論理的に解析なさる。さすがは至高の41人の中で最も()()()()姫様であらせられます」

 

()()()()って、、言い方!」

 

 

 治癒を受け、尻の痛みはすっかり無くなったクレマンティーヌではあるが、この二人の会話を聞くにつれ、今後の不安が益々募るのであった。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 カツカツカツ、、、

 

 重厚な石造りの神殿の一室に、靴を鳴らす音が響く。しかしそれは足音ではない。

 椅子に腰かけた土の神官長、レイモン・ザーグ・ローランサンの膝が一定のリズムで上下し、それに合わせて踵が床を叩く音だ。

 

 カツカツカツ、、、

 

 所謂貧乏揺すりである。

 

 カツカツカツ、、、

 

 カツカツカツ、、、

 

 カツカツカツ、、、

 

 カツカツカツ、、、

 

 

 

 

「って────遅い!」

 

 彼は明日の晩、愛人の内の一人の住まいに赴く予定なのだが、例の薬の在庫は既に切れている。

 いつも約束の日の夜10時前後に、この部屋で受け渡しをするのが通例なのだが、既に深夜0時を大きく過ぎたにも拘らず、未だにクレマンティーヌが現われる気配はない。

 

「いったい何をやっているんだ。事故にでもあった?いやまさかあいつに限ってそんなことは有り得ない………よな、、」

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 さて、歴戦の猛者であるクレマンティーヌでさえ、魑魅魍魎が闊歩する地獄の一員になると覚悟するには些か躊躇いもある。

 

「ナザリックって場所に行って、あたし、無事でいられるのかなぁ?」

 

 そんなクレマンティーヌの呟きに、ナ―ベラルはしばし黙考する。

『マキの不安は当然だよな。なにせモモンがいきなりキスしちゃうんだもんなぁ

 あんな破廉恥行為が当たり前のギルドだと思われたら、女性プレーヤーなら忌避して当然だよ』

 

 ──そして、答えをだす。

「たしかにあなたの不安はその通りですわね。あなたがアインズ・ウール・ゴウンの正式メンバーになるまでの間は………」

 

 ナ―ベラルはモモンに告げる。

「──モモンよ」

 

 モモンはすぐさま跪き、臣下の礼を取る。

「では、モモン、わたくしの言葉、しっかりと胸に刻みなさい」

 

 ナ―ベラルは高らかに宣言した。

「アインズ・ウール・ゴウン魔導国が第一王女であるナ―ベラル・ガンマ・アインズ・ウール・ゴウンの名の下に、クレマンティーヌ・マキサーン・クインティアを庇護下に置く!」

 そう自分の保護下に置くことで、いきなりキスしちゃダメよと言外に釘を刺したのだ。

 

 

 ──モモンにとってその言葉は重い。

 

 この時を持って、クレマンティーヌの命が己がものより重いこととなったのだ。

 

「承知致しました。このモモン・ザ・ダークウォーリアー、全身全霊を持ってクレマンティーヌ・マキサーン・クインティアを()()に守護致します」

 

「そうそう()()にお願いね。っておい!そこは()()で!とか、そういう感じの場面でしょう!」

 

 

 油断をするとすぐにボケと突っ込み、いや今回はノリ突っ込みだろうか、話が脱線していく二人をよそに、クレマンティーヌの心臓は、ドクンと一つ大きく跳ね、思わず呟くような声を発してしまった。

「この薄汚れたあたしを……?」

 

 しかし、その微かな呟きをナ―ベラルが聞き逃すことはなかった。

『たしかに埃まみれだし、若干汗臭いぞお前!てかこの匂いの感じって超リアルだよなぁ…』 

 

 クレマンティーヌは清純な乙女ではない。計算高く嗜虐心に溢れ、仲間ですら平気で裏切るような汚れた人間だ。

 しかし、そんな汚れ切った彼女の心に、不可思議な感覚が湧き上がっていた。

 それは安堵か、尊敬か、恋慕か、彼女自身判断が付かない。

 あの神の如き力を持つ、美しく逞しい男と燃えるようなキスまでしてしまったのだ。ましてやその男が全身全霊(適当にではあるが)で守ってくれるという。

 心臓は早鐘のように高鳴り、頭は混乱し、恥ずかしさでモモンの顔を直視できなかった。

 

 

 

 ───神の領域

 

 ふいに、そんな言葉が脳裏をかすめる。信仰心の薄いクレマンティーヌでさえ考えずにいられない。

 神人をも凌駕すると思われる目の前の二人、いや、二柱こそは神なのではないかと。

 

 彼女は昂る気持ちを抑え、慎重に言葉を選ぶ。

「あ、あのう、もしかしてあなた様たちは神様なのですか?」

 

『え?マキはモモンガさんからそんなことまで聞いてるのか?そっかそっか、なら、女神ロールも見せてあげるか!』

 

「そうです。わたくしが神様です。

 よく見抜きましたわね、クレマンティーヌ」

 

 その即答に、クレマンティーヌは大きく目を見開く。

 

『さて、ではどうしようかなぁ、女神降臨No6でいってみるか!』

「さあ、わたくしの真なる姿を刮目なさい!」

『エフェクト発動!』

 

 ナ―ベラルが両手を広げると、途端にその体が神々しい光に包まれる。まるでナ―ベラル自身が輝いているようだ。

 風が舞い、黄金に煌めく無数の光の粒が傍らに顕れ、それが渦となり高く高く天へと昇って行く。

 すると光の渦に抱かれ、重力を無視するようにナ―ベラルはふわりと浮かび上がった。

 やがてゆっくりと浮上していたナ―ベラルが、地上数メートルの位置に制止すると、その玉体から柔らかで暖かく、慈愛に満ちた凄まじく眩しい光が放たれ、白一色が全てを飲み込み……。

 

 ──たまらずクレマンティーヌは手で光を遮り眼を細めた。

 

 光のエフェクトを放った瞬間、ナ―ベラルはドッペルゲンガーとしての能力を使い、姿を変える。

 とは言っても、種族レベルの低いナ―ベラルに出来るのは、本来の埴輪顔と、人間形態、女神形態の3パターンだけなのだが。

『続けて≪クリーン≫発動!』

『ダメ押しで≪天使召喚≫!』

 

 数舜の時を経て、クレマンティーヌはハッと我に返る。見上げれば………。

 

 そこには腰まで届く銀色の髪を風に靡かせ、慈母の微笑みを湛えたナ―ベラル、いや、女神が降臨していた。

 その瞳は黄金に輝き、純白のレース地のような薄手のドレスが、髪と共にやわらかく揺らめいている。

 そして背中には一対の白鳥のような翼が大きく広がっていた。

 先程まで手に持っていた漆黒の短杖は、形こそ変わらないが色は白金に輝いている。

 左右には計6体の、おそらくかなり高位であろう天使が、付き従うように浮遊していた。

 

 隣を見ればモモンは跪き、女神を見上げていたが、その瞳からは涙が溢れている。

 慌ててモモンと同じように跪くと、いつの間にか自分の瞳からも、止めどなく涙が溢れている事に気が付く。

 

 すると、美しい声音が天から響いてきた。それは、まるで直接魂に語り掛けてくるようだった。

「クレマンティーヌよ、汝の穢れは今この瞬間を持って全て浄化された」

 

『ほら、クリーンの魔法を掛けておいてあげたから、これでさっぱりしたろう!さっき随分汗臭かったぞ』

 

 クレマンティーヌの心の奥底の、怒りや憎しみといった負の感情が薄れていく。それは身も心も清浄化されていくような清々しい感覚だった。

 

 跪き、両手を胸の前で繋ぎ合わせ、涙を流しているクレマンティーヌ。その姿はまさに神の降臨を目撃した信者そのものである。

 

『おお、妹よノリノリじゃんか!ってか、マキってこんなにノリが良かったっけ?』

 

 女神形態ナ―ベラルは、そのままゆっくりと地上に降り立つ。

 

『折角ノリノリで付き合ってくれてるんだから、もうしばらく女神ロールやってやるか』

 

「クレマンティーヌよ、汝に力を授けよう──癒しの力を!」

 跪くクレマンティーヌの頭に女神がそっと手をかざすと、その手から金色の光の粒がシャワーのように降り注いだ。

 

 

 ──夢を見た。

 幼い少女時代、丘の上で見た、夕焼けが細く棚引いた雲を紅く染めていた美しい秋の空。

 初めて飲んだ甘い紅茶の味。

 やさしい父の腕に抱かれて散策した祭りの賑やかさ。

 母の子守歌。

 大きな帽子を被って兄と手を繋ぎ出掛けた夏の日の太陽。

 

 ──す─っと、息が漏れる。

 どのくらいの時間夢を見ていたのだろう。

 長いようでもあるし、ほんの一息呼吸をするだけの時間だったような気もする。目が覚めた時、クレマンティーヌは全てを許し─そして全てから許されていた。

 

「これから汝は聖女として、遍く人々に癒しと笑い(笑顔)をもたらしなさい」

 

 神の啓示を受け、クレマンティーヌの心は震えあがるような歓喜に満ち溢れた。

「──ああ()()()()女神さまぁ、ああ、ああああ、、、」

 寄せては返す喜悦の大波で呼吸もままならず、もはやそれ以上は言葉にならなかった。

 

()()()()って、言い方!

 ──ま、取り敢えず女神ロールはこんなもんでいいか、、はい、エフェクト発動!』

 

 そして女神は再び光に包まれ、クレマンティーヌは眩しさに目を閉じた。

 やがて眼を開けると、そこに静かに佇んでいたのは、薄桃色のドレス姿に戻った黒目黒髪のナ―ベラルだった。

 

 ──夜の草原には優しい風が静かに流れていた。

 

 ナ―ベラルは遊び過ぎていて、つい聞き忘れていたことを思い出した。

「ねェクレマンティーヌ。あなたどこかのギルドに所属してますの?」

 これは大事なことである。いくら大した戦力にもならない初心者プレーヤーとはいえ、ギルドメンバーを引き抜いたと誤解されては後々面倒なことになる。

 

「──ギルドですか?」

 ギルドとはおそらく組織、つまりは漆黒聖典の事だろうとクレマンティーヌは判断した。

『あたしが漆黒聖典に所属していることはご存知のはず………

 ならばこれは………そうだこれは簡単な質問ではない。

 ──踏み絵だ』

 現在の組織を容易く裏切るような者は、アインズ・ウール・ゴウンもまた裏切るのではないかと。

「は、はい、女神様。たしかに現在は漆黒聖典に所属しておりますが、これからは、勿論女神さまのお許しが頂けるのであればという前提ではありますが、身も心もアインズ・ウール・ゴウンに捧げるつもりでございます」

 神の奇跡を目の当たりにしてしまったクレマンティーヌの心の辞書には、もはや裏切りという言葉は存在しない。

 

『うわー重い、そのロールプレイの感じ重すぎるよ』

「クレマンティーヌさん。わたくしが人間形態の時には、さっきまでみたいな普通の喋り方で結構でございますのよ」

 

「と、とんでもありません!そ、そのような不敬なこと………」

 クレマンティーヌはいきおい地面に頭を打ち付けた。そのせいで、頭の半分がめり込んでしまっている。

 

「──ですから、普通でいいですわよ」

 

 クレマンティーヌは一度顔を上げるとナ―ベラルと目が合った。

 

 ────。

 ────。

 

 

「滅相もありませ─ん!」

 

 ──ズボッ!

 

 そのままクレマンティーヌが再び思い切り地面に頭を打ち付けると、首までめり込んでしまった。

 お尻を天に突き上げたそれは、完全なる面白体勢だ。

 

『その動き!そのフォルム!』

 ナ―ベラルは目を見開いた。

 

 

「それがやりたかったんか──い!」

 

 

『このわたくしに突っ込みを入れさせるとは、中々ええもん持っとるやんけ………』

 

 

「クレマンティーヌ!ボケは結構ですから取り敢えず立ってください」

「は、はい、それでは失礼いたしまして」

 ボケというのが何なのかよくは分からなかったが、神が立てというのだ、立たないという選択肢はない。

 

 

「ギルドを抜けるにあたってトラブルは起こりませんか?」

 ナ―ベラルが優しく問いかける。

 

「このまま帰らなければ、多少は混乱(特にあの人は)するでしょうが………」

 クレマンティーヌは、がっくりと項垂れる土の神官長レイモン・ザーグ・ローランサンの姿を幻視した。

 

「そうですか、それは困りますね。後々遺恨が残ってもいけません。あなた一人で一旦ギルドに戻って、きちんと転籍の了承を得なさい」

「は、はい。畏まりました」

 

 先程あれだけいい感じに庇護下に置くと宣ったのだから、本来ならばクレマンティーヌを送り届けるべきではあるが、行った先で相手ギルドのプレーヤーから、いきなりプレーヤーキラー(P K)などされたらたまったものではない。

 それに、このまま一緒に居て、万が一自分が兄の『悟』だということがバレたらとんでもないことになる。リアルでも女装趣味があるなどと誤解されるのだけは御免蒙りたいのだ。

 そういう訳で、ナ―ベラルは先程の言葉には矛盾しいるようで申し訳ないと思いつつも、クレマンティーヌに一人で帰ってもらう事にした。

 とは言うものの、最低限の事はしてあげようと………。

「ところで、あなたのその装備、ちょっと見せていただきますわよ」

 

道具鑑定(アプレイザル・マジックアイテム)

 

 

「ふむふむ、なるほど、ほるほど………

 

 ……なる………………

 

 ………………ほど……

 

 ………なる……………

 

 …………………ほど…

 

 

 ───ゴミやんけ!」

 

 

「クレマンティーヌさん、その装備では今日死んでしまいますわよ!」

「は?はぁ、、」

 

「仕方ありませんから、わたくしのアイテムを差し上げますわ

 そういうビキニアーマー的なものがお好みなのかしら?」

「は、はい。動きやすいので………」

 

『だったら、あ、そうだ、あれがいい!』

 ナ―ベラルの傍らの空間に、突如黒い穴のようなものが出現した。

 彼女はその中へ手を差し入れ、何かを探しているようだ。

「えーっと、あ、あった」

 そして、引き抜いた手には、虎柄の布のようなものが握られていた。

「これは虎柄ビキニですわ。パクリデザインアイテムですが、性能は伝説級(レジェンド)ですから中々の逸品ですわよ」

 

『これだったらそのまま種族変更して人猫(ワーキャット)になっても虎猫っぽくてかっこ良さそうだぞ!』

 

「それから、これがカチューシャでしょう、それからイヤリングに、ネックレスに、ブーツと、、、あとこれもいるでしょう、無限の背負い袋(インフィニティ・ハヴァザック)

 ざっと、こんなものでしょうか!」

「さ、これに着替えてくださいな。モモンは後ろを向いていてくださいね」

 神から下賜されたのだ、クレマンティーヌは一切の疑問を持たずに直ちに着替える。

 

『いや~下の方も金髪なのねェ、随分としっかり作り込んでいらっしゃること、、』

 ナ―ベラルは妹の外装に対する思い入れに感心していると、ふいに自分はどうなっているのかと疑問が脳裏を過るが、妹の前(バレてはいないが)でそんなところを覗き込む訳にもいかないので、後で一人きりになったタイミングで確認してみようと心のノートにメモをする。

 

 女神から下賜されたこれらは、やはりというべきか単なる衣装ではなかった。高位の魔法が付与されたマジックアイテムだ。

 クレマンティーヌがそれを着た瞬間、頭の中にその凄まじい性能や使い方が滝のように流れ込んでくる。そのあまりの衝撃に、全身がブルブルと痙攣してしまう。

「あ、ああ、ああああ、、、す、凄すぎる、、」

 

 しかし、クレマンティーヌが半分白目になりかけていることもお構いなしに、ナ―ベラルは感動していた。

「うわ──かわいい!とってもキュートですわ!モモンも見てみなさい」

 後ろを向いていたモモンは促されるまま振り向き、ビキニ姿のクレマンティーヌの足の先から頭のてっぺんまで全身隈なく舐ぶるように嘱目する。

 気を失わないように意識を集中していたクレマンティーヌだったが、モモンに見つめられていると思うと、今度は恥ずかしさで顔を赤らめモジモジしてしまう。

 

 モモンのジットリとした視線に気付いたナ―ベラルは、クレマンティーヌを隠すように二人の間に入り、腰に手を充て仁王立ちになった。

「ちょっと、モモン。なんか変態みたいですわよ。あんまりジロジロ見ないで下さいます!」

「は!あまりの美しさ(アイテムの)に、思わず瞠目してしまいましたことをお許し下さい」

 ──ナ―ベラルは思う。

『モモンガさんのNPCだけあってパンドラズ・アクターと同じで、やっぱりマジックアイテムフェチなのかしら?』

 

 モモンの「美しさに」という言葉に、再びクレマンティーヌの心臓はドクンと大きく跳ね、瞳孔は開き、火照った下腹の奥から発生した電流で、全身が甘美に痺れていく。

 

 その後クレマンティーヌをしばらく観察していたナ―ベラルは唐突に質問する。

「あなたは信仰系取ってますわよね?」

「──信仰系?魔法のことですか」

「そうですわよ」

 スレイン法国では、ほとんどの国民が幼少期に魔法適性の検査を受けるのだが、クレマンティーヌにはそちら方面の才はあまりないという結果だったそうだ。

「いえ、あたしは戦士ですので魔法はほとんど使えません」

「なるほど、まだ習得なさってないのですね。あなたは信仰系の、、、」

『あ、そうか信仰系魔法剣士っぽい構成にしようと思ってたんだな!』

「わかりました。では………」

 すると再び虚空の穴から神官服と、ルーン文字の刻まれたスティレットを取り出した。

「どう!これで外見はいいんじゃございませんこと。ささ、着てみて」

 クレマンティーヌは言われるがままに着用する。

「最後に各種指輪ね。これは飲食不要、毒無効、睡眠不要、、、、」

 ナ―ベラルはクレマンティーヌの指に次々と指輪を嵌めていく。

 

『あ、ああ、ああああ、ああああああああ、、、』

 マジックアイテムから流れ込む圧倒的な力の奔流に、クレマンティーヌの口は大きく開き、白目を剝き、体はビクビクと小刻みに震え、もはや失神寸前であるが、それでも既の所で持ち堪えていられるのは、さすがは英雄の領域に到達した戦士という事なのであろう。

 

「できましたわ!これで完璧!これならちょっとやそっとではやられはしませんわよ!」

 ナ―ベラルから賦与されたアイテムによって、今のクレマンティーヌはもはや漆黒聖典の隊長より強くなっている。それどころか魔法無しならば、スレイン法国最強の番外席次に肉薄するレベルだろう。

 さらには高位の回復魔法まで使えるようになっている。

 

「では、クレマンティーヌさん。早速ギルドに戻って、移籍の了解を貰ってくださいね。緊急の要件がある時は伝言(メッセージ)の魔法で呼んで下さいな」

 

 クレマンティーヌは、なんとか息を整え「い、いやでも、あたしは伝言(メッセージ)は…」

 そう言い掛けて、イヤリング型のアイテムにより、伝言(メッセージ)の魔法が使えることが自然に理解できてしまう。

「いえ、何でもありません。緊急の時はそうさせていただきます」

 

 その後、クレマンティーヌと一旦分かれることとなったが、彼女から訊いた近隣情報などを基に、直近の集落であるカルネ村を後日の集合場所とし、彼女が穏便にギルドを離れるための話し合いが完了するまでの間、ナ―ベラルとモモンの二人はそこに滞在しながら待つ手筈となった。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 深夜の広大な草原地帯の一角に、数人の怪しげな影があった。

 

「結局そのクレマンティーヌという女は来ないではないか!」

 怒気も露にそう呟いたのは、秘密結社ズーラーノーンが第一高弟、オールドヴァンパイアの『ウグべリア・コザーナ』である。

 

「──始末してしまいなさんし」

「し、しかし、あの女の持つ情報は我々に有用かと思われますが」

 

「そ、なら、情報を聞き出してから始末してしまいなさんし」

「御意に」

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

『そういえば、ログアウトの方法聞き忘れちゃったなぁ………

 でも、ま、いっか!』

 大事なことを忘れていたにも拘らず、ナ―ベラルにはなぜか悔恨の思いなどは全く無かった。

 ログアウトというより、数十年現実として暮らしていたリアルこそが、記憶の残滓にあるだけの、何か現実味のないフィクションのような感じすらある。

 ここがユグドラシル2なのか、現実なのか曖昧となりつつあるが、新たな世界に旅立つ冒険心と、湧き上がる好奇心で、そんな些末ことはどうでも良いと思うほど心が満たされているのだ。

 

 

 カルネ村に向かい草原を歩きながらふと見ると、暁の爽やかな薄明が東の地平線から上方へと、緩やかに星々のまどろみを消し去りつつある。

 

「ねェモモン、すかっり忘れてましたけど、ヤルダバオト達はどこに行ってしまったのでしょうね?」

「恐れながら私には皆目見当が付きません」

 

「そうですわよねェ。クレマンティーヌもナザリックを知らなかったようですし、ここはどこなのでしょうね?」

「恐れながら私には皆目見当が付きません」

 

「そうですわよねェ。これ全部陛下の仕込みなのでしょうか?」

「恐れながら私には皆目見当が付きません」

 

「そうですわよねェ。わたくしの話、聞いてませんわね?」

「恐れながら私には皆目見当が付きません」

 

「モモン、ぶちますわよ」

「ダメです」

 

「聞いとるやんけ!」

 

 

 

 めっきり腕を上げたモモンに感心しつつ、ナ―ベラルは自分の恰好を改めて見返してみる。

 クレマンティーヌの話によれば、これから向かうのは、いかにも牧歌的な農村のようだ。

『この、美姫スタイルは浮いちゃうだろうなぁ、それにモモンとわたくしは顔が似てるから兄妹だと思われるよなぁ』

 ならばどんな設定・コスチュームが良いのだろうかと考え──答えを出す。

「モモン、わたくし達は魔法災害で遠方の地から転移して来てしまった戦士とマジックキャスターの兄妹という設定にしましょう」

『だったらコスチュームはこれかな』

 そしてナ―ベラルは早着替えのマントを使い、瞬時に薄茶色の外套に身を包み、ポニーテールの黒髪を靡かせる冒険者風の装いに着替えた。

 

「さ、これでどうですか、似合ってます?」

「恐れながら私には皆目見当が付きません」

 

「そこは、見当付けろや!」

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 農村の朝は早い、日の出と共に目覚め活動を開始する。

 

 一番鳥が鳴きわたり、窓の僅かな隙間からは、青白い夜明けの光が部屋の中に入ってくる。エンリ・エモットは眠い目を擦り、大きく伸びをした。今日もいつもと変わらない一日が始まる。

 

 今彼女の関心事は、間もなく開催される収穫祭で着る服に付いてだ。

 毎年母親が成長期の彼女に合わせて作り直してくれていたのだが、今年は「もう大きいんだから自分の服くらい自分で作りなさい」と言われてしまったのだ。

 エンリも繕い物ならば造作ないし、簡単な普段着くらいなら何着も作ったことがある。しかし、お祭り用の晴れ着を一から作るとなると、かなり難しそうだということは想像に容易い。

 しかも今年は最近気になりだした近隣の大都市エ・ランテルの高名な薬師の孫であり、当人も見習いとして働きだした少年が、祭りの見学にやって来る予定なのだ。

 だから恥ずかしい服など絶対にダメなのだ。

「やっぱり肩の所にフリルがあった方がいいわよねェ

 あ、そんなことより、水汲みしなきゃ………」

 エンリのいつもと変わらない一日の仕事は水汲みから始まる。そう、今日もまたいつもと変わらない一日になるはずだった。

 

 

 

 ◆

 

 

 

「──お兄様、──お兄ちゃん、──兄上、、

 ねェモモン、どの呼び方がいい?」

「姫様の御心のままに」

 

「んん──やっぱり、お兄様でいきますわ。

 さすがに王妃というのは隠しておきたいですが、

 貴族の令嬢くらいの設定にしておきませんと。

 どんなに隠そうとも、この美貌と溢れ出る気品では

 高貴な身の上ということはバレてしまうでしょうから」

「姫様の御心のままに」

 

「では、モモンはわたくしの事はナーベと呼び捨てにするのですよ」

「姫様の御心のままに」

 

「モモ、お兄様、さっきから天丼やってくれちゃってますけど、

 この展開ではわたくしがオチに導かなければいけないことはお分かりですわよね?」

「姫様の御心のままに」

 

「…寝不足で何も思いつきませんわ!」

「睡眠不要の指輪を嵌めているのに?」

 

「……お腹が減って何も思いつきませんわ!」

「飲食不要の指輪を嵌めているのに?」

 

「…………どうやっても笑いは出ませんわ!」

「スベラーズの指輪を嵌めているのに?」

 

「そんな指輪あるかい!」

「………」

 

 

 オチが弱かったのは残念ではあったが、遥か遠くの山々の稜線が、昇り始めた太陽に醒まされるように輝き、視界一杯に神々しく広がる様は、そんな些細なことを忘れさせてくてた。

 

 やがてしばらく歩くと、集落の物らしき柵や、建物などが視界に入って来た。

 

「お兄様、多分あれがカルネ村ですわね」

「──んん?」

 

「どうかないさいました?」

「いや、あれは祭りか?」

 

 訝し気なモモンの様子に、ナ―ベラルも目を凝らしてみると、どうやら何か争いごとのような気配を感じた。

 

 

 

「お兄様、早速第一イベント発生のようですわね!」

 

 




 やっとカルネ村まで来れました。
 次からはテンポを上げて、、、上がるかなぁ、、


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