彼らは突然やって来た。
轡を並べる白い全身鎧を纏った騎兵。隣国バハルス帝国の兵士
「村の代表者はいるか!」
ブフフンと興奮する馬を手綱で制しながら、隊長らしき白鎧の男が馬上から尊大な口調で叫ぶ。
滅多に外部の人が来ることのないカルネ村ではあるが、万が一盗賊団が襲って来るなどの大きな危険が迫った場合は、女子供は近接のトブの大森林に避難するようになってはいたが、夜明け前に騎馬隊が突然やって来たため避難が間に合わず、村民のほとんどは各自の家で待機する状態になってしまっていた。
迎え出た数人の村人の中から、一人の中年の男が騎兵の隊長らしき者の前におずおずと出る。
「は、はい。私が村長ですが、、」
◆
エンリ・エモットの朝の始まりは共同井戸での水汲みだ。
いつもと変わらない朝。いつもと変わらない重い水瓶。そう、今日もまたいつもと変わらないのどかな一日が始まるはずだった。
家から数百メートル離れた共同井戸からの帰路、エンリはこの村では聞きなれない悲鳴や怒号が入り混じった音をかすかに聞いた。
「な、なに?」
一瞬風の音と聞き間違えたのかとも思い、足を止め耳を澄ますと、再び今度ははっきりと人の叫び声と、金属と金属がぶつかり合うような恐ろしい音が鳴り響いた。
「──え、ええ、なになに、なんなのこれ!」
その音の原因が何なのか、辺境の村娘であるエンリにはよくは分からない。しかしそれは決して穏やかなものでないことくらいは察しがついた。
エンリは担いでいた水瓶を地面に降ろし、両の手でスカートの裾を捲り上げると、脱兎のごとく駆け出した。
幸い道中不審なものに出会う事もなく我が家へ到着し、玄関の木戸を勢いよく開け、飛び込むように中へと駆け込んだ。
「お父さん、お母さん!外で、外でなにか、、」
突然開いた扉に一瞬ビクリとした父親だったが、エンリが最後まで言い終わる前に、自分の口に指を充て「しー!」と、静かにするよう促してから、小声で「エンリ無事だったか」とエンリの元へ駆け寄り抱きしめた。
すぐに母親と妹のネムもエンリにしがみ付き、一家四人は互いの無事を確かめ合った。
しかし直後、一家の平穏な日常の全てを砕き去るように、閉めたはずの木戸が烈しく蹴破られた。
そしてそれは、いつもと変わらないのどかな日常の終わりであり、その後の数多の吟遊詩人達に謡い継がれる事となる"大将軍・覇王エンリ・エモット"が初めて歴史に登場する場面でもある。
◆
「ねェお兄様、念のため訊くのですが、これ、お祭りではございませんわよね?」
物陰から村の様子を注意深く観察していたナ―ベラルが隣のモモンに尋ねる。
「愚か者!これが祭りに見えているならお前の目玉をくり抜いて、新しいものと交換するしかないぞ!馬鹿!ビッチ!ケツでか!」
「・・・・。」
早朝の爽やかな風が通り過ぎる。
「ン、ウフンッ」と、ナ―ベラルは一つ咳払いをして、モモンの鎧の後ろ襟の部分を掴みぐいと引っ張る。
「さっきの設定は一旦なしですわ!モモンちょっとよろしいかしら!」
「はっ!」
モモンはすぐさま理解し、ナ―ベラルの前に片膝をつく。
「ねェモモン、もしかしたら聞き間違いかもしれませんので、確認したいのですが、今、わたくしの事を「愚か者」「馬鹿」「ビッチ」「ケツでか」と言いませんでしたか?」
「はっ、姫様のおっしゃる通りでございます」
「おっしゃる通りって、どういうことですの!」
「ボケにございます」
「ボ、ボケ?」
「さようでございます。ボケでございます」
「ボケでございましたかー・・・ならしょうがないでございますわ・・・
・・・な訳あるかーい!
もうボケを通り越して完全に悪口になっとるやんけ!」
「モモン、わたくしをいじるボケの時はもう少し優しい言葉を使いなさい」
「は!かしこまりました。しかし、その場合は笑いに切れが無くなる可能性がございますが、よろしいでしょうか?」
「き、切れ、、ぬぐぐ、、」
「分かりましたわ、確かに笑いを探求するためにはやむを得ませんわ」
「さすがはアインズ・ウール・ゴウン至高の41人の中で最も
「だから、その言い方!わたくしは
「姫様、そんな事よりこのまま見ているだけでよろしいのですか?」
「そんな事って!、、ん、まあ、確かにそうですわね」
先程クレマンティーヌから聞いた話によれば、ここは王家直轄領内の単なる辺境の村であり、例えば盗賊団が秘密の塒にしているとか、禁制の作物を栽培しているなど、国の軍か警察の手入れが入るような所とは思えない。
しかも、攻め込んでいる者たちの恰好といえば、数人は揃いの甲冑を身に付けてはいるものの、それ以外のほとんどの連中は、野盗というか傭兵崩れのようにしか見えない。
有体に言って見窄らしいのだ。
とはいうものの、この国の、いやこの世界の常識に付いてほとんど知識を持たないナーベラルには、あの野盗みたいな連中が、実はちゃんとした公職の者達で、これが正規の公務執行中なのか、それとも見たまんま野盗の襲撃なのか判断しかねる。
とは言うものの連中はかなり弱そうに見えるので、その気になればモモンが出るまでもなく、ナ―ベラル一人だけでも簡単に制圧できそうな気はするが、しかしもしもレベルを隠ぺいするアイテムで力量をごまかしていた場合はとても危険だし、そうでなかったとしても万が一にも軍か、警察か、それに類する何かの活動を邪魔したとなると、自分たちが御尋ね者になってしまいかねない心配もある。
これからこの何だか分からないファンタジーっぽい世界を堪能しようと思った矢先に、指名手配なんてまっぴらごめんなのだ。
『しかし困ったなぁ、ここでクレマンティーヌと待ち合わせの約束してるからなぁ、村人が皆殺しにでもなってしまったらどうしよう?、、そうだ!』
そこでナ―ベラルは一つの妙案を思いつく。
「ねェモモン。いやお兄様。あれ、何やってるのか聞いてきてもらえます?」
ナ―ベラルの妙案などこの程度である。
すぐさまモモンは兄妹ロールに切り替えて端的に答える。
「自分で行きなさい」
「はえ?」
ナ―ベラルは心底信じられないといった表情で惚けた声を出してしまう。
「あ、あの、、わたくしが一人で行っては危険ではないかしら?」
「あの程度のレベルなら問題ないだろう。全身鎧を身に付けている俺が出て行けば警戒されてしまうだろうが、今のお前なら普通の旅装束だし、まして女なのだから連中も油断して色々と情報をしゃべってくれるかもしれないぞ」
「確かにそれはそうかもしれませんけど、なんか、ちょっと怖いですわ」
そう言いつつナ―ベラルは、茂みの隙間から四つん這いで前方の集団を油断なく観察する。すると、どうやら村の代表者らしき中年の男が、騎兵のリーダと思われる者と話を始めたようだ。
四つん這いでこちらに尻を突き出す姿のナ―ベラルを見てモモンは思った。
『これは押せということか?』
「お兄様、何か動きがあったようですわ。やはりここはしばらく隠れて観察していた方がよろしいのではないかしら?」
そうこうしている内に村の代表者らしき中年の男が殴り飛ばされ、騎馬の数人を残し野盗一味は一斉に村の中へと突撃してしまった。
「う、うわぁぁ、、なんか始まってしまいましたわ!ど、どう致しましょう!怖いですわ!いや怖すぎますわ!」
いつ尻を押せばいいものか、モモンはタイミングを見計らっていた。
『やはり、姫様が「押すなよ、押すなよ」と言った直後だろうか?』
しかし、いつまで経ってもその声は掛からない。
『こ、これはもしかして、もっと高度な笑いなのか?』
きっとそうだ。常に笑いの深淵を探る姫様が、そんな古典的なコントを望んでいる筈もないのだ。少し考えれば分かることだ。モモンは先程までの己の短慮を恥じた。
ならばどうすればいいか、ここはやはりこちらから一ボケ入れる必要があるだろう。
「ナ―ベラルよお前もポンコツとはいえ、至高の御方々の末席にいた100レベルプレーヤーであろう。であるならばあんな10レベルにも満たない連中の何を恐れるというのだ。これがもし野盗による襲撃ならば、早く助けに行かねば村に多大な損害が出るかもしれん。だからこそ見るからにポンコツのお前が一人で出て行き、相手を油断させ、この襲撃の真意を確認する必要があるのだ。いくらポンコツでもそのくらいはわかるなナ―ベラルよ」
「ちょ、ちょっと!今わたくしの事をポンコツって3回も言いましたわね!ポンコツポンコツ言われ過ぎて、話の中身が全然入って来ませんですわ!」
そう言うとナ―ベラルはムッチリとした尻をブルルンと震わせた。
『これだ!』
合図を察知したモモンの行動は早かった。
「ポンコツと言われたくないならとっとと行って話を聞いてこい!」
そしてモモンは、尻を突き出す姿勢で四つん這いのナ―ベラルのその尻を、足の裏で思い切り前方へと蹴った。
「うげっ!」
100レベル戦士職のモモンに思い切り尻を蹴られたナ―ベラルは、とてつもない勢いで前方に跳ねだされた。
したたか顔面を地面に擦りそうにななりながらもしかし、フライの魔法をうまく使い、なんとか上体を起こし、みじめに突んのめることだけは避け、騎士風の男達のすぐ後方に着地した。
『ぐぬぬ、、モモンめ後で絶対しめてやるから!』
そしてナ―ベラルはモモンへの恨みなどおくびにも出さず、両手を挙げ高らかに叫ぶ。
「フィニッーシュ!10点満点でございますわ!」