ある日の体育の時間。私はこの体育の時間が案外嫌いじゃなかった。授業内容は主に組手、もしくは烏間先生にナイフを当てることで、つまりは体術の訓練だ。他にも銃を使う班もあるが、私はもっぱら体術を選んでいた。
現在も烏間先生にタイマンを申し込んで戦っているのだが、烏間先生の攻撃を捌きつつ、攻撃に転じる隙を狙っていた。すると、私の横を何かが凄まじい勢いで通り過ぎた。それは一直線に烏間先生へと向かう。
「ッ、まずっ」
私は慌てて対先生用の緑のゴムナイフに呪力を込めて投げる。それは烏間先生の頬に掠りそうで掠らず、地面に落ちた。
「ヤケクソの攻撃か?」
「……ええまあ、そんなところです。不意打ちのつもりでしたが、わかりやすかったでしょうか」
「筋肉の動きでわかる」
「あはは……」
が苦笑いを浮かべる。まあ、実際はヤケクソの攻撃でもなんでもないけどね。ちらりと視線を動かすと、落ちたナイフの下で呪霊がピクピクと動いていた。
まさか白昼堂々人を襲いにかかるとは……。まあ呪霊に昼も夜も関係ないんだろうが、それにしても空気を読んでほしいものだ。ナイフを拾うついでに痙攣を繰り返す呪霊を完全に祓った。
「てか何でマジで急に……」
ナイフを持ち、首を捻って原因をぼんやりと考え始める。まあどうせ少々活発化した呪いがたまたま烏間先生を狙っただけなのだろうが……なぜこうも引っかかるのだろう?
グダグダ考えながら矢田さんと烏間先生のタイマンを見ていると、烏間先生の後ろから渚君がナイフを持って迫ろうとするのが視界に入った。烏間先生相手の訓練にのみ、奇襲が許可されている。あくまで『暗殺』だから。要するに殺せたらなんでもいいというわけだ。
渚君が烏間先生に忍び寄り、もう少しでナイフが当たるという瞬間に烏間先生が勢いよく渚君のことを投げ飛ばした。
「かはっ……!」
地面に叩きつけられた渚君の呻き声が聞こえる。何人かは倒れた渚君のもとに集まった。
「いったぁ……」
「すまん! ちょっと強く防ぎすぎた」
「あ……平気です」
烏間先生も慌てた様子で渚君に近寄った。私も考え事を放棄して渚君の方に駆け寄る。
「渚君、大丈夫?」
「ばっかで~! ちゃんと見てないからだ」
「あはは…」
それは違うと思うのだが……と思ったがなんとなく言わなかった。本当に渚君がドジっただけかもしれないし。
なんて考えていると、授業終了のチャイムが鳴った。渚君にさっきの行動の詳細でも聞こうかと思った時、視界の端に見慣れない人影があることに気づいた。
「よ! 烏間」
校舎に入っていく烏間先生の目の前に、大量の荷物を抱えた小太りな男。その男を見た瞬間、鳥肌が立つのが分かった。
「きっ…………」
出かかった言葉を勢いよく飲みこむ。
「瀬斗さん? どうしたの?」
「えっ!? い、いや、なんでもない……」
近くにいた渚君が声をかけてきた。なんとか誤魔化したものの、心臓はバクバクしている。
何であれで平然と笑っていられるんだ。あんなどす黒くていかにもヤバい呪霊を体中に巻き付けておいて……。
「やあ! 俺の名前は鷹岡明! 今日から烏間を補佐してここで働くことになった! よろしくな、E組のみんな!!」
防衛省特務部の、鷹岡明と名乗った男は両手いっぱいに持った袋の中から飲み物やケーキなどといったお菓子を出してさっそくそれをE組のみんなに分け与えている。
「ケーキ!」
「ラヘルメスのエクレアまで!」
「美味しそう~!」
クラスの人間がは目を輝かせて箱の中身を覗き込んでいた。
「いいんですか!? こんな高そうなの」
「おう! 食え食え! 俺の財布を食うつもりで、遠慮なくな! おっと、モノで釣ってるなんて思わないでくれよ。おまえらと早く仲良くなりたいんだ。それには……皆で囲んでメシを食うのが一番だろ!」
なんて事を笑顔で言っているが、いま囲んで食べてるのはメシではなくケーキだという事をツッコんでもいいだろうか。いや、それよりもその呪霊についてツッコミたい。
だが呪霊なんて見えないE組はなんの疑問も抱くことはなく、鷹岡と楽しく会話している。
「瀬斗さんも食べようよー! 甘い物好きでしょ?」
「いや……いい、かな。気分じゃない……かな……」
おそらく引き攣った笑顔で私は答え、その輪には混ざらず教室に戻った。教室で1人着替えながら悪態づくように言葉を吐きだす。
「いや無理無理無理!! キモすぎ!! 胡散臭い笑顔も取り繕った言葉も巻き付いてる呪霊も全部キッショイ!!!」
ばしっと脱いだジャージを机に叩きつける。ちらり、と校庭の方を見ると殺せんせーまでもがあの鷹岡の持ってきたスイーツに夢中になっていた。
「……マジィ~?」
頭を抱えながら溜息をつかずにはいられなかった
その後渚君から鷹岡が烏間先生の代わりに体育を担当することなった話を聞いた。それを聞いた時、うわっと言わなかった私を誰か褒めてほしい。