甘木瀬斗の暗殺教室   作:つがう

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「あ~、クソ、クソ嫌、嫌すぎる。助けて~……」

 今まで真面目に授業を受けてきた瀬斗はその日初めて授業をサボった。それもこれも、烏間に代わって体育を請け負った鷹岡の体育の時間まで体力を温存するためだ。というよりもう本当に気が滅入ってしまっているのだ。呪われているくせに平然としている鷹岡が気持ち悪すぎて。

「あれ、瀬斗さん?」
「……カルマ君」
「珍しー、サボり?」
「ちょっとね、体育は出るつもり」
「えー、俺むしろ体育サボるつもりなんだけど」

 カルマが隣に腰かける。瀬斗は少し驚いたような顔をしたが、すぐにいつもの表情に戻ってその場に寝転がった。

「あの鷹岡ってやつ胡散臭いって思ってんでしょ」
「……あんな分かりやすいやつもそういないと思うよ。大人だから悪意を隠すのは子どもよりは上手いみたいだけど、だとしてもわかる奴にはわかる」

 瀬斗は腕で目元を隠した。

「そんな嫌そうなのになんで体育に出ようとするわけ?」
「……言えない」
「またそれ。ま、いーけど」

 瀬斗に話しかけたカルマだったが、特に話したいことがあるわけでもなかったので、それ以上は何も言わなかった。
 ――キーンコーンカーンコーン。授業の終わりのチャイムが鳴る。次の時間は体育だ。

「着替えないと」

 瀬斗は立ち上がって教室の方へと向かった。
 


11話

「よぉし、みんな集まったな」

 

 鷹岡は整列したクラスメイト達の前で腰に当てていた右腕を軽く上に挙げた。目の前でクラスメイト達と和やかな雑談をしていた鷹岡には変わらず呪霊が巻き付いていて、平然と話せているのが、いや、呼吸ができているのも不思議なくらいだった。

 祓ってしまおうにも下手に手が出せない。直接祓うならば急に殴り掛かる形になるし、呪霊たちは乱暴な方なのでいくら胡散臭い男とはいえ呪術師が非呪術師に手を出せば相応の罰を食らう羽目になる。どうにか訓練の間に組み手をするフリで呪霊を引き剥がせないかと思い、嫌々この授業に参加したのだ。

 

「さて」

 

 穏やかに座るクラスメイトと雑談を続けていた鷹岡が、話を区切り用紙を回してきた。その内容に周りから言葉にならない声が上がる。

 

「訓練内容の一新に伴って、新たな時間割を組んだ」

 

 時間割と称して回ってきた紙を見れば、午後の授業から10時間目まで記入されている訓練と言う文字。21時まで学校に拘束するのって、学校側としてどうなの、と一周回って的外れな思考を抱いてしまう。を他所に、鷹岡とクラスメイト達の会話は進む。

 

「このぐらいは当然さ。このカリキュラムについてこれれば、お前らの能力は飛躍的に上がる。では、さっそく――」

「ちょっと待ってくれよ、無理だぜこんなの!」

 

 両手を合わせて、さぁ、と言うように言葉を続けようとした鷹岡へと、前原君が時間割を片手に近寄った。その前原君へ呪霊が大きな口を開いて威嚇をしている。様々な言葉が混ざったそれは耳の中を引っ掻き回すようで、思わず両耳に手を当ててしまう。

 

「勉強の時間、これだけじゃ成績落ちるよ! 遊ぶ時間もねぇし、できるワケねえよこんなの!」

 

 呪霊が前原君を刺し殺さんとばかりに尻尾を向けた瞬間、反射的に動き出して前原君の服を乱暴に引っ張り、しりもちをつかせた。

 

「痛ってぇ、何す――」

 

 そこまで言った前原の言葉が消える。目の前を鷹岡の足が宙を切ったからだ。

 

「……マジかぁ」

 

 自分の想像していたものとは少し違う目の前の光景に、頬がひくついた。

 

「昨日、家族だなんだって言ってませんでした? それなのに暴力ですか」

「はは、甘木さん、だったかな? これは暴力じゃない。教育だ。それにな、"できない"じゃなくて"やる"んだよ。言ったろ? 俺たちは"家族"で俺は"父親"だ。世の中に、父親の命令を聞かない家族がどこにいる?」

 

 何が家族だ、知るかよ気持ち悪いな。

 

「まずはスクワット100回かける3セットだ。抜けたい奴は抜けてもいいぞ。その時は俺の権限で新しい生徒を補充する。俺が手塩にかけて育てた屈強な兵士は何人もいる。1人や2人入れ替わってもあのタコは逃げ出すまい。けどな、俺はそういうことをしたくないんだ」

 

 また取り作ったような表情と胡散臭い笑みを浮かべる。その声や行動に反応するように呪霊がぐるぐると動き始める。

 

「父親として1人でも欠けてほしくない! 家族みんなで地球の危機を救おうぜ! なっ?」

 

 その問いに答えたのは、神崎さんだった。

 

「私は嫌です。烏間先生の授業を希望します」

 

 無理をしているのが伺えるような愛想笑い。額には汗が滲んでいる。慌てて立ち上がり、言葉を被せた。

 

「私も嫌です。胡散臭い笑顔と言葉で私たちを支配しようとするあなたよりも真摯な態度で私たちに向き合ってくれる烏間先生の方がいいです」

 

 先に発言した神崎さんの前に立ち、神崎さんよりも鋭い言葉で鷹岡を否定する。ターゲットが神崎さんから私に移るように、意図的に。案の定、鷹岡の顔色が変わった。ほぼ予備動作なしに私の頬を平手打ちした。が、平手打ちというには威力が高く、衝撃で体が吹っ飛んだ。咄嗟に受け身を取ったものの、痛いものは痛い。

 

「瀬斗さんっ!」

 

 本来叩かれるかもしれなかった神崎さんが駆け寄ってくる。それと同時に校舎の方から烏間先生が走ってやってくる。

 

「やめろ鷹岡!」

 

 そう言いながら烏間先生は私の首筋に手を当てる。

 

「大丈夫か? 首の筋に痛みはないか」

「大丈夫、です」

 

 要らない心配をかけたくないから強がることにした。

 烏間先生はほっとしたように息を吐きだすと、鷹岡を睨むようにして見た。

 

「ちゃんと手加減してるさ烏間、大事な俺の家族だ。当然だろ」

「いいや、あなたの家族じゃない。私の生徒です」

 

 殺せんせーが怒りの表情を見せる。鷹岡は肩に置かれた殺せんせーの触手を手で払う。

 

「フン。文句があるのかモンスター? 体育は教科担任の俺に一任されているはずだ。そして、今の罰も立派に教育の範囲内だ。短時間でお前を殺す暗殺者を育てるんだぜ。厳しくなるのは当然だろう。それとも何か? 多少教育論が違うだけでお前に危害も加えてない男を攻撃するのか?」

 

 その言葉で殺せんせーたちは引き下がることになってしまう。

 そのまま行われる体育というにはあまりにも厳しすぎる訓練。先ほど殴られた私は訓練から外れて保健室で休んでもいいと言われたのだが、それを突っぱねて体育に参加することを選んだ。

 

「じょっ……冗談じゃねぇ……」

「初回からスクワット300回とか、死んじまうよ……」

「烏間先生~……」

 

 倉橋さんが烏間先生の名を呼んだ時、鷹岡がパキパキと指の関節を鳴らしながら倉橋さんに近づく。いくら普段体術の訓練をしているとはいえ、こんな無理やり負荷をかけるような訓練は呪術高専ではしない。確かに個人的に負荷をかけ、ストイックな奴は一定数いるかもしれないけど、教育者自らこんなことをするなんて聞いたことがない。

 倉橋さんを殴ろうとしている鷹岡を止めるべく、少々笑っている足を無理やり動かして走り出す。しかし、それよりも早く、鷹岡の腕が止まった。止めたのは烏間先生だ。

 

「それ以上生徒たちに手荒くするな。暴れたいなら俺が相手を務めてやる」

「烏間先生!」

「……いったろ烏間? これは暴力じゃない。教育なんだ。暴力でお前とやり合う気は無い。それに、俺の"家族"だから、当然手加減してるさ。やるならあくまで教師として、だ。お前らもまだ俺を認めてないだろう。父ちゃんもこのままじゃ不本意だ。そこで、こうしよう! コイツで決めるんだ!」

 

 鷹岡が取り出したのは対先生用ナイフ。生徒たちがどういうことだと疑問に思っている中、鷹岡は言葉を続けていく。

 

「烏間、おまえが育てたこいつらの中でイチオシの生徒を1人選べ。そいつが俺と闘い、一度でもナイフを当てられたら、お前の教育は俺より優れていたのだと認めよう。その時はお前に訓練を全部任せて出てってやる!! 男に二言は無い!!」

 

 負ければ出て行くという発言に、生徒達はやる気を見せ始めた。けれど、話はそこで終わるわけがない。

 

「ただし、もちろん俺が勝てばその後一切口出しはさせない。そして使うナイフはこれじゃない」

 

 鷹岡は持ってた殺せんせー用のナイフを捨て、自分のバッグから本物のナイフを取り出した。

 嫌な予感がする。自分の気が急いていくのがわかった。鷹岡に殴られた左の頬の痛みがジクジクと痛み、引かない。

 

「殺す相手が俺なんだ。使う刃物も本物じゃなくちゃなァ」

「よせ! 彼らは人間を殺す訓練も用意もしていない! 本物を持っても体が竦んで刺せやしないぞ」

「安心しな、寸止めでも当たった事にしてやるよ。俺は素手だし、これ以上ないハンデだろ」

 

 普通の人間が刃物を扱える筈がない。ましてや中学生だ。持つことすら躊躇するだろう。鷹岡はそれが狙いだった。軍隊にいた鷹岡が使っていたものだ。だからここでも効くだろうと思ったのだろう。

 

「さぁ烏間!! 1人選べよ!! 嫌なら無条件で俺に服従だ!! それとも生徒を見捨てるか!? 生贄として差し出すか!? どっちみち酷い教師だなお前は!! はははははっ!!!」

 

 鷹岡は狂ったように笑う。そんな中、烏間先生は迷っているようだった。

 少しの間が空き、烏間先生は意を決して1人の生徒の前に立ち、口を開いた。

 

「渚くん、出来るか?」

「……僕?」

 

 それは、渚君だった。

 

「俺は地球を救う暗殺任務を依頼した側として、俺は君達とはプロ同士だと思っている。そしてプロとして君達に払うべき最低限の報酬は当たり前の中学生活を保障する事だと思っている。だからこのナイフは無理に受け取る必要は無い。その時は俺が鷹岡に頼んで「報酬」を維持してもらうよう努力する」

 

 烏間先生のプロとしての考え方に、私を含む生徒全員か聞き入っていた。それに対する渚君の返答はもう決まっているようだった。

 

「やります」

「おやおや……お前の目も曇ったなァ烏間。よりにもよってそんなチビを選ぶとは」

 

 鷹岡を見て、私は思った。あいつは相手になる渚君を完全に舐めている。こんな小柄な生徒が自分の相手になるなど、自分の敵になるなど夢にも思わないのだ。確かに渚君はパッと見は驚異になるような人じゃない。でも時折、こちらの心臓を静かに掴み、そのまま握りつぶすようなプレッシャーを向けてくることがある。あれが勘違いやまぐれではないのなら、あるいは……。

 一瞬の緊張感の後、渚君は笑って、普通に歩いて近づき始めた。通学路を歩くみたいに、普通に。とん、と渚と鷹岡の体が少しだけ触れ合う。ここで鷹岡は初めて気づいたのだろう。

 自分が殺されかけていることに。

 そしてぎょっとし、大きく体勢を崩した。誰だって殺されかけたらぎょっとする。あの殺せんせーでもそうなんだから。鷹岡の重心が後ろに偏っていたから服を引っ張って転ばし、仕留めに行ったのだ。

 

「捕まえた」

 

 首筋に突き立てられるナイフ、向けられた殺気。鷹岡は完全に恐怖し、浅い呼吸を繰り返していた。

 

「……あれ、峰打ちじゃダメなんでしたっけ……」

 

 ぽかんとする渚君にそこまで、と制止の声をかけたのは殺せんせーだ。

 

「勝負あり、ですよね。烏間先生。まったく、本物のナイフを生徒に持たすなど正気の沙汰ではありません。怪我でもしたらどうするんですか」

「はは…」

 

 ボリボリとナイフを食べながら殺せんせーは独り言のように言葉をこぼした。

 

「やったじゃん渚!」

「大したもんだよ、よくあそこで本気でナイフ振れたよな」

「いや……烏間先生に言われた通りやっただけで、鷹岡先生強いから。本気で振らなきゃ脅かすことすらできないかなって」

「サンキュな、渚! 今の暗殺スカッとしたわ!」

 

 前原君が褒めると、渚君は照れくさそうに笑っていた。私も肩の力がふっと抜ける。

 それにしてもやはりあのプレッシャーは勘違いやまぐれではないようだ。本人がそれに気づいているのかは、また別の話だけど。

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