昨日は散々な目に遭った……。硝子にもちゃんと怒られたし……。結局怪我は治してもらったけど、あの怪我がいきなり治っていたらみんなに驚かれるからガーゼ絆創膏はつけている。
「あっぢー……」
誰かがそう呟く。確かに暑い。山の中は涼しいところもあるけど、大抵がクソ暑い。E組は基本設備がクソなので仕方ないと思う。
『プールでしたら、本校舎にあるんですよね? 場所が違うようですが』
「うん……」
「E組がホイホイと本校舎のプールを使えるわけないよねー、片道1kmとかやりすぎ。殺す気かってーの」
渚君のスマホの中でクエスチョンマークを浮かべる律に対してそう言う。
そんな会話をしていると、カルマ君が渚君の隣に立って歩く。
「渚君、この前すごかったらしいじゃん。見ときゃ良かったな、渚君の暗殺」
カルマ君の褒め言葉に、困ったように、照れたように笑う渚君。
だが人間相手に通用したところで、マッハ20で動く殺せんせーには効かないんだろうな。
「さあ着きましたよ、ごらんあれ!」
話している間に目的の場所に着いたらしい。E組達曰く、本来小さい沢だけがあるはずのそこには立派なプールがあった。
「なにせ小さな沢を塞き止めたので…水が溜まるまで20時間! バッチリ25mコースの幅も確保。シーズンオフには水を抜けば元どおり。水位を調整すれば魚も飼って観察できます」
至れり尽くせりだな、ほんと。
「制作に1日、移動に1分。あとは1秒あれば飛びこめますよ」
今か今かと待ちわびていたクラスでも体育会系のメンバーは上のジャージを脱ぎ、プールに飛び込んだ。かくいう私もジャージを脱ぎ捨て、ばしゃんっと飛び込んだ。
「は~っ、冷たくて気持ちいい~……」
夏の暑さで火照った体に冷たい水はとても心地よい。そのまま仰向けになってぷかぷかと浮かぶことにした。
プールを見渡すように視界を動かすと、コースの中では誰かがクロールを泳いでいるし、その外では暗殺バドミントンで使う殺せんせーボールで遊ぶ女子と、水をかけあう男子達。
「楽しいけどちょっと憂鬱。泳ぎは苦手だし……水着は体のラインがはっきり出るし」
そう言ってため息をつくのは茅野さんだ。どこから持ってきたのか浮き輪に入り、ボールを抱えている。
「大丈夫さ茅野。その体もいつかどこかで需要があるさ」
「…うん、岡島君。二枚目面して盗撮カメラ用意すんのやめよっか」
「せんせー! 岡島君の盗撮カメラ没収してー!」
「あっおい!」
私が言うのとほぼ同時に殺せんせーがカメラを没収した。それからプールの製作者である殺せんせーが笛を無駄にリズミカルにピーピー鳴らしながら小さな王様気分になっていた。
「いるよねー、自分が作ったフィールドの中だと王様気分になっちゃう人」
「うん…ありがたいのにありがたみが薄れちゃうよ」
呆れている私たちを他所に、殺せんせーはかなり上機嫌のようだ。
「ヌルフフフ、景観選びから間取りまで自然を活かした緻密な設計。皆さんにはふさわしく整然と遊んでもらわなくては」
「堅いこと言わないでよ殺せんせー、水かけちゃえっ!」
「きゃんっ!」
倉橋さんがえいっと水をかけると、殺せんせーは驚くほど情けない悲鳴を上げた。
「……えっなに今の悲鳴」
水をかけた倉橋さんも戸惑っているようだ。
何かを察したカルマ君が静かに泳いで殺せんせーが座っている高い椅子の元へ向かった。がしっと足を持ち、そのまま揺らす。
「きゃあッ、揺らさないで、水に落ちる!!」
やっとの思いで椅子から抜け出した殺せんせーは、深呼吸を繰り返している。
へ~ふ~ん? 殺せんせー水が苦手なんだ~~??
「…いや別に泳ぐ気分じゃないだけだし。水中だと触手がふやけて動けなくなるとかそんなん無いし」
そして三村君が殺せんせーに質問をする。
「手にビート板持ってるじゃん、てっきり泳ぐ気満々かと…」
「これビート板じゃありません、ふ菓子です」
「おやつかよ!!」
「紛らわしいな!!」
それにしても殺せんせーの弱点に水が含まれているとなると、これから暗殺のバリエーションがまた増えていきそうだ。
***
――ヴヴ…
「ん?」
プールから一度上がり、休憩でもしようかと思った矢先に濡れないようジャージに包んでいたスマホが震えていることに気づいた。手を拭いてからスマホを見れば、画面には"傑"の文字。こんな時間にどうしたんだろう、と思いながらメッセージアプリを開く。
『お弁当忘れてるよ』
そこには簡潔な文章でそう書かれていた。
「嘘っ!」
「瀬斗さん? どうしましたか?」
「お弁当忘れてきちゃったみたいで……あーショック~……」
話しかけてきた殺せんせーに事情を説明する。
朝ちょっとバタバタしてたからなあ……。今日のお昼は坂の下のコンビニまで行かないと……この暑いのに外出なきゃ行けないとか憂鬱すぎる。
――ヴヴ
「あれ、またメッセージ?」
画面を見ると、また傑からだった。
『届けてあげようか?』
その文字を見た瞬間、私は反射的に返事をしていた。