「さぁて、足元の触手も水を吸って動かなくなってきたね」
シロが得意げに言った。殺せんせーは先程よりさらに水を吸い上げてぷっくりとしていた。どことなく痛々しい雰囲気がある。
「とどめにかかろうイトナ。邪魔な触手を全て落とし、その上で『心臓』を」
「おいシロ!! イトナ!!」
「……寺坂君か。近くに来たら危ないよ?」
「よくも俺を騙してくれたな」
怒りが込められた声で怒鳴るように寺坂君は言うが、対するシロはやれやれ、とでも言うように首を振った。
「まぁそう怒るなよ。ちょっとクラスメイトを巻き込んじゃっただけじゃないか。E組で浮いてた君にとっちゃ丁度いいだろ」
「うるせぇ!! てめーらは許さねぇ!!」
寺坂君はそれまで話していた岩場からジャンプして水場へと飛び降りた。着地した際、水が派手に跳ね上がる。
「イトナ!! テメェ、俺とタイマン張れや!!」
寺坂君はシャツを脱ぎ、自分の体の前に翳す。そんな寺坂君をイトナ君は呆れたように見ていた。……いまいち感情が分かりにくいな。植え付けられた触手のせいか、それとも元々感情が出にくいタイプなのか……。
「止めなさい寺坂君!! 君が勝てる相手じゃない!!」
「すっこんでろふくれタコ!!」
殺せんせーの言葉にも耳を傾けず、寺坂君はイトナ君の方を見据えている。
そんな寺坂君を見て、シロは心底バカにするようにクスリと笑う。
「布キレ1枚でイトナの触手を防ごうとは健気だねぇ」
スウッと白装束の下から薄らと見える目が細くなり、冷酷な声色になる。
「黙らせろ、イトナ。殺せんせーに気をつけながらね」
私たちがいるのはそんなやり取りが行われている場所から少し上流の場所だった。
「カルマ君!!」
「いーんだよ、死にゃしない。あのシロは俺達生徒を殺すのが目的じゃない。生きてるからこそ殺せんせーの集中を削げるんだ」
「あー、ね。そりゃ死んだら庇う理由なんてなくなるよね」
たとえどんなに愛している人間だったとしても、死んでしまえばそこで終わりなのだ。その人が生きていれば何かできるかもしれないけど、死ねば何もできない。守る理由もなくなる。
「原さんも一見超危険だけど、イトナの攻撃の的になる事はないだろう。たとえ下に落ちても、殺せんせーは見捨てないのは体験済みだし」
カルマ君がそう言った時、イトナ君の触手は寺坂君の元へ飛んでいく。
「だから寺坂にも、言っといたよ」
触手と肉が当たる鈍い音。だが寺坂君は倒れずにシャツ1枚でイトナ君の触手に食らいついてみせた。
「気絶する程度の触手は喰らうけど、逆に言やあスピードもパワーもその程度。死ぬ気で喰らいつけって」
「すっごいな……」
素直な感想が漏れた。日々呪霊と戦ってる自分が言うことじゃないけど、よくマッハで動く触手相手にしようと思うよね。
「よく耐えたねぇ。ではイトナ、もう1発あげなさい。背後のタコに気をつけながら……」
しかしシロの言葉は遮られた。
「くしゅんっ」
やけに可愛いイトナ君のくしゃみによって。
イトナ君は何度もくしゃみを繰り返す。じわりと涙まで浮かぶほどに。
「寺坂のシャツが昨日と同じって事は、昨日寺坂が教室に撒いた変なスプレー。アレの成分を至近距離でたっぷり浴びたシャツって事だ。それって殺せんせーの粘液ダダ漏れにした成分でしょ、イトナだってタダで済むはずがない」
カルマ君の言葉の言う通り、イトナ君の触手からはだらだらと粘液が溢れ出るように垂れてきていた。それにくしゃみも鼻水も止まらない様子。すっかり呆気に取られた顔をしているイトナ君。
バキッ。そんな枝の折れる音ともに、原さんは無事殺せんせーに救助されていた。
「で、イトナに一瞬でも隙を作れば、原さんはタコが勝手に助けてくれる」
カルマ君が指を軽く動かす。それに合わせて皆が動き出した。私も一緒に動きたかったのだが、足が痛いので大人しくしておいた。
「吉田! 村松! おまえらは飛び降りれんだろそこから!!」
「はァ!?」
2人のが同時に声を上げた。それを見た寺坂君はバシャバシャと手で水を叩きながら言う。
「水だよ水! デケーの頼むぜ!」
寺坂君の言葉の意味がわかったのか、崖にいる2人はにやりと笑ってから飛び降りた。
「ま、まずい!!」
ようやくシロも気付いたようだ。焦っているのがここからでもよく分かる。
「殺せんせーと弱点一緒なんだよね、じゃあ同じ事やり返せばいいわけだ」
カルマ君のその言葉を皮切りに、皆が水場へ飛び込んだ。
イトナ君はあっという間に水に囲まれ、かけられ、触手がググ、と膨らんでいく。
「大分吸っちゃったねえ、アンタらのハンデが少なくなっちゃったぁ。で? どうすんの? 俺らも賞金持ってかれんの嫌だし、そもそもみんなアンタの作戦で死にかけてるし、ついでに寺坂ボコられてるし……こっちも全力で"水遊び"させてもらうけど?」
「してやられたな。ここは引こう…………帰るよイトナ」
またその目に怒りが溢れそうになるイトナ君に殺せんせーがそろそろ教室に来ないかというが、イトナ君はまたシロの元へと帰ってしまう。
「行かない方がいいと思うんだけどなあ」
ま、こっちの言葉なんて聞かない赤ん坊に何を言っても無駄だろうから真剣に引き止めるようなことはしないけどさ。だってそれって時間と体力の無駄でしょ?
それはそれとして、 これで一件落着、ってやつだろうか。いやあ大した怪我人が出なくてよかった。寺坂君もなんか元気そうだし。
「瀬斗さんっ」
「あ、殺せんせー。かなり膨れ上がってんねー。大丈夫そ?」
「そんなことより君の足です!」
「え? あー、大丈夫だよ。それよりもカルマ君のハンカチが血塗れになっちゃったことの方が問題かも……」
「いーよ別に。今度代わりにジュースとか奢ってくれれば」
「そんなんでいいの? 優しいね、カルマ君」
「どういたしまして」
カルマ君がそう言った時、美味しいところを持っていきやがって! と寺坂君に水に突き落とされてずぶ濡れになっていた。
「とにかく教室に戻って応急手当をしましょう! みなさんもずっと水に浸かっていると体を冷やして風邪をひいてしまいます。教室に戻りましょう」
みんながはーいと返事をした。
私はといえば殺せんせーに抱きかかえられてしまった。子供じゃないから歩けるんだけどな……。
教室に戻ると、スマホに着信がいくつもあった。悟からだった。どうしたの、とメッセージを送るとすぐに既読がつく。
『お前、なんかやった?』
……なんか、とはなんだ。主語をどこにやったんだこの最強サマは。
思ったことをそのまま返信すると、またすぐにメッセージが届く。
『怪我とかしてねえだろうな』
怖。なんでこいつわかるんだ。とりあえず既読無視しておこう。
『無視すんな』
『おい』
『図星だな』
『迎えに行くからな』
さらにまずい方向に行ってしまった……。
慌てて怪我なんてしてない。迎えはいらないと言ってもどうやらもう遅いらしい。
『うるせえ』
としか返ってこなかった。