甘木瀬斗の暗殺教室   作:つがう

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 テストは本校舎で行われるらしい。テスト会場に行くとすでにE組の面々が何人かいた。それと1人見慣れない顔。その子は律と同じ髪型の女の子だった。

「ん……?」
「おはよう瀬斗さん」
「入り口で立ち止まってどうしたの?」
「おはよう、中村さん、渚君。いやその、あの子」

 指さすと2人はその方向を見た。そしてすぐにああ、と納得する。

「"律役"だ」
「烏間先生」

 気づくと後ろに烏間先生が立っていた。

「さすがに理事長から人工知能の参加は許されなくてな。ネット授業で律が教えた替え玉を使う事でなんとか決着した」

 そりゃそうだよね。律ってかなり有能な人工知能だし、いくらAIとはいえ学校のテストを受けるなんておかしな話だ。

「交渉の時の理事長に、『大変だなコイツも』……という哀れみの目を向けられた俺の気持ちが君達にわかるか」

 そんな烏間先生に中村さんと渚君は慌て気味で頭を下げた。

「あはは……お疲れ様です」

 私も一応頭を下げる。烏間先生は自分の中にある様々な感情を飲み込んで表情を抑えてこちらを見る。

「律と合わせて俺からも伝えておこう。頑張れよ」

 烏間先生からの応援の言葉。なんだか嬉しい。私たちは元気よく返事をした。

***

 チャイムが鳴ると同時に早速問題用紙と解答用紙が配られる。うわ、想像以上に難易度高いな……。中学生でこのレベルの問題って……。でも、これくらいならなんとかなりそうだ。
 試験時間になると、一斉にシャーペンを走らせる音が教室に響く。さて、頑張りますか!



26話

「疲れた~……」

 

 テストが終わった私は帰り道を歩きながら呟いた。テストが返ってくるのは3日後くらいか。それまではまた任務がわんさか入れられるんだろうなぁ。呪術師ってほんとクソ。なんて考えているうちに高専の寮につく。今日の夕飯なんだろう。部屋に行く前にキッチンの方覗こうかなぁ。

 そんなことを考えてながら歩いていると、キッチンの方からカレーの良い匂いが漂ってきた。

 

「わっ、今日カレーですか?」

 

 キッチンには寮母のカスミさんがいた。カスミさんは私に気づくと振り返ってにこにこと笑う。

 

「そうよ。もうすぐできるから先に着替えておいで」

「は~いっ!」

 

 元気よく返事をして部屋に戻る。カレー嬉しいなあ。カスミさんのカレー、野菜がゴロゴロ入ってて美味しいんだよねぇ。楽しみだなぁ。

 制服を脱いで部屋着に着替えてキッチンに戻る。

 

「あらあら、瀬斗ちゃんが1番ねぇ」

「お腹空いてるので!」

「ふふっ。嬉しいわね。はいどうぞ、召し上がれ」

 

 目の前に置かれたカレーをキラキラした目で見つめる。いただきます! と言ってスプーンを手に取り食べ始める。やっぱり美味しいなぁ。

 

「美味しそうに食べるわねぇ」

「美味しいですもん!」

「ありがとう。それじゃあおばさんはもう帰るわね。また明日ね、瀬斗ちゃん」

「お疲れ様でーす!」

 

 夕飯を作り終えたカスミさんは帰っていく。

 カスミさんは基本高専にいるが、土日とか、お盆なんかの世間一般的な長期休みの日はいなかったりする。非呪術師とはいえ働いているんだし、休みなしってわけにもいかないしね。ちなみに娘さんは既に自立して家にいないから高専内の住居に住んでいるんだとか。

 

「本当に美味しい」

 

 そう呟いてスプーンを動かして食べていると、後ろから足音が聞こえて振り返る。

 

「ん、さとる」

「ただいま」

「おかえり~」

 

 口の中のものを飲み込んでから悟に声をかける。てか悟ドロッドロだな。任務に手こずった……ってことはないと思うけど、何かあったのかな。

 汚れた上着を食堂の椅子に掛けた悟は自分の分のカレーをよそい、私の向かい側に座る。

 

「なんかあった?」

「別に? なんもねー」

 

 うわ、絶対なんかあるじゃん。でも聞いてほしくなさそうだなぁ……。下手に聞いて喧嘩の火種とかになったら面倒くさいぞ、これ。

 何とも言えない沈黙の中、互いの食器を動かす音だけが響く。き、気まず~……。傑か硝子来てくれないかなぁ……。

 

「……なぁ」

「っ。な、なに?」

 

 ちょっと声上ずっちゃった。恥ずかしい。

 しかし悟は特に気にしていないようで、真剣な顔つきのままこちらを見据えていた。そして一言。

 

「着替えたらお前の部屋行っていい?」

「え……」

「だめならいい」

「あ、ううん。別にいいけど……。私お風呂とか入りたいかも」

「ならその後でいい」

 

 そう言うと食べ終わった悟はさっと立ち上がり、食器を流しに置いて食堂を出ていってしまった。

 なんなんだろ、急に。いつもなら何も言わずに勝手に部屋に来るのに。それにこんな真剣な表情するなんて珍しいな。

 そんなことを考えながら残りのカレーを口に運ぶ。

 

「ご馳走様でした」

 

 私も食器を流しに置いて部屋に戻った。

 

***

 

 夕飯を食べ終わった私は簡単にシャワーを浴びて部屋着に着替える。部屋はシャワーしかないからあんまり使わないんだけど、今日はぱぱっと済ませたほうが良さそうな気がして急いで浴びてきた。

 濡れた髪をタオルで拭いていると、ガチャリとドアが開く。部屋に行っていいかの許可は取ったのにノックはしないのね……。慣れてるからいいけど。

 

「で、どうしたの」

「なんでもねーし」

 

 部屋に来たらなんか言うかなって思ったけど言わないな。私のベッドに勝手に寝転がった悟は枕に顔を伏せて動かなくなってしまった。うーん……放置でいいのかな。

 

「…………」

 

 うん。とりあえず放置にしよう。

 私は床のクッションの上に座り、ベッドに背を向けて本を読むことに。少し前に買った好きなミステリー小説の新刊だ。結構面白いんだよねぇ。

 ページを捲り始めて数分後、後ろで動く気配がした。

 

「瀬斗」

「なに?」

 

 本に栞を挟み、悟の方に振り返る。そこには疲れた顔をした悟がこちらを見つめていた。

 

「どうしたの。言ってくれなきゃわかんないよ」

 

 これで悟に聞くのは3回目。3回目だし、少しだけ切り込んでみる。

 

「……あたま、いたい」

 

 途切れ途切れの小さい声だったけど、確かに聞こえた。頭痛? 熱でもあるのかと思っておでこに手を当てても特に熱い感じはない。もしかしたら風邪でも引いたんじゃないかと思ったけど違ったみたい。

 

「あっ、もしかして六眼の使い過ぎか何か?」

「ん」

 

 裸眼は疲労が溜まるとか何とか言ってたもんなぁ。普段の真っ黒でほぼ何も見えないサングラスも六眼の能力をセーブするためのものだし……。最近連続で任務続いてたからそれが原因かな。

 

「薬は? 痛み止めとか……」

「のんだ、けど、ぜんぜん、きいてねえ」

「そっか」

 

 うーん、こんな弱ってる悟を見るのあんまりないからどうしていいか戸惑っちゃうな……。

 私は立ち上がり、ベッドに座る。キシ、と小さく軋む音が静かな部屋に響いた。

 そして目の前にある悟の頭を撫でてみる。

 

「……ん」

 

 瞑られていた目がゆるりと開く。

 

「あっ、嫌だった? 頭撫でると和らぐ人もいるって聞いたことあったから……」

「……いや、そのままがいい」

「わかったよ」

 

 そのまま悟の頭を撫で続けると、次第に恐ろしいほど静かな寝息が僅かに聞こえ始める。相変わらず寝息は静かだなぁ。死んでるかと錯覚してしまうくらいには。

 

「お疲れ様、悟」

 

 寝ている彼にそう言って、頭を撫で続けた。




「寝過ぎた」

 すっかり暗くなった部屋で悟はぽつりと呟く。先ほどまで頭の中をガンガンと殴っていた痛みはかなり楽になっており、すっきりとしていた。
 今何時だ? そう思いながら部屋を見渡して気づく。瀬斗がベッドに腕と頭だけを乗せて眠ってることに。

「なんで……。あっ」

 悟は自分が瀬斗の部屋に来ていたことを思い出す。痛みで上手く思考が動かないながらにも無理矢理夕飯を食べ、ドロドロの体をシャワーで洗い流してから瀬斗の部屋に来たことを思い出したのだ。
 時計を見ると時刻は既に午後10時過ぎを指している。まだ少し怠い頭と体を動かし、寝づらそうな格好の瀬斗を抱き上げてベッドに横たえた。すると彼女は小さく身じろぎをし、ゆっくりと目を覚ます。
 起きたばかりのぼんやりとした瞳が悟を捉え、その口元が弧を描いた。

「具合、よくなった?」

 開口一番自分の心配をする彼女に悟は何とも言えない気持ちになる。こいつはどこまでお人好しなんだと呆れてしまう反面、それがとても嬉しく思う自分に驚いた。

「おう、お陰様でな」
「そっか、よかった」

 それだけ言うと、彼女はまた目を閉じてしまう。
 何も言わずに部屋に行きたいといった自分を招き入れて、頭を撫で続けてくれた彼女に感謝の気持ちを抱く。
 ベッドの中で何も知らないような表情で眠っている瀬斗を見下ろし、悟は思う。
 やっぱりこいつがどうしようもなく好きだな、と。
 呪術師らしくないお人好しかと思いきや、恐怖に怯まないどころか前線に立ってその恐怖に立ち向かうような豪胆さ。最初こそ生意気だと思っていたすべてが今は酷く愛おしいと思えてしまうくらい、悟は彼女に惚れていた。
 だが愛は呪いだ。伝えることで彼女の重荷になるくらいなら、こんなぬるま湯のような名前のない関係に浸っているのもいいのかもしれない。
 容易に触れることはできないけれど、愛の言葉を囁くことはできないけれど、それでも目の前の愛しい存在が幸せだと日々を過ごせているのなら、

「ありがとう」

 この言葉だけで十分じゃないか。
 もちろん、目の前のこの女が自分と同じ気持ちを抱いているのなら、容赦なく攫うだけなのだが。
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