HRの挨拶と出席確認を終え、今日も殺せなかった、と肩を落としていた僕達。殺せんせーは触手をぷにぷにと合わせながら話を始めた。
「実は……転校生が来ます!」
「「「転校生!?」」」
「それって新しい暗殺者ってこと?」
茅野が勢いよく手を挙げて殺せんせーに尋ねる。皆が一番気になることだろう。
「暗殺者ではありません。ですが皆さん。新しい仲間を歓迎してあげましょう」
殺せんせーはヌルフフフ、と笑い転校生を教室へ招き入れた。
「甘木瀬斗です。名字で呼ばれるより名前で呼ばれるのが好きなので、瀬斗と呼んでください」
こうして、僕らの仲間に瀬斗さんが加わった。
3話
木造の古い校舎。どこもかしこもボロボロで、お世辞にもいい環境とは言えない。高専も木造だが、さすがにこれは……とつい思ってしまう。高専は木造建てではあるけど設備は現代寄りだからなぁ……。
数多の文句を飲み込みながら校舎に入り職員室に向かう。職員室は校舎が小さいこともあり、すぐに見つかった。引き戸の前に立ち、一度深呼吸をする。これからこの教室での任務が始まる。気を引き締めないと、と決意をした。
「失礼します」
ドアを開けた向こうには書類に添付されていた通りの見た目の超生物が座っていた。超生物は瀬斗を見ると椅子から立ち上がり、近づいてくる。
「君が転校生の甘木さんですね? 私は殺せんせー。気軽にそう読んでください」
「……え、あ、はい。甘木瀬斗です……。よろしくお願いします、殺せんせー……?」
「はい。よろしくお願いします」
想像よりも丁寧な口調で話しかけてくる超生物に驚きながら答える。
「甘木さん、あなたがどういった目的でここへ来たのか私は知りません。E組の護衛だ、としか聞いていないのです。ですが、ようこそE組へ。歓迎しますよ」
「あ、ありがとうございます……?」
超生物の言葉に正直驚いてしまった。いきなり護衛という名目で子供がやってくれば、大抵の人間は警戒するだろう。一体何から守るのだ、と。ほとんどの人間に呪霊は見えないから仕方ない。そういう扱いは慣れている。……だというのに、この超生物は、それでも自分の生徒として歓迎すると言った。田舎の人間もこんな風にすんなりと受け止めてもらいたいものだ、と内心思わずにはいられなかった。
最初の挨拶もそこそこに、すぐに教室の方へと向かう。
「それでは私が呼んだら教室に入ってきてください」
「はい」
自分の想像以上に真っ当に“教師”をやっていた超生物、じゃなかった、殺せんせーを見て呆気に取られてしまう。少ししてから殺せんせーにに呼ばれた。私は引き戸を開け、教室の中へと入る。
「甘木瀬斗です。名字で呼ばれるより名前で呼ばれるのが好きなので、瀬斗と呼んでください」
簡単に自己紹介を済ませ、教室を見渡すと生徒たち全員がこちらを向いており、なんだか気恥ずかしくなってしまった。
「甘木さんの席はカルマ君の隣です」
「カルマ君…?」
「あ、俺~」
赤い髪の男子が右手をひらりと上げる。やった。後ろの席。
誰も座っていない机の方に向かい、椅子に座る。
「俺赤羽業。気安く下の名前でカルマでいいよ」
「うん。よろしくね、カルマ君」
そう言って、私は差し出されたカルマ君の手を握る。その瞬間、カルマの目つきが変わった気がした。何か探るような目。その探るような目をかいくぐるように、というよりは誤魔化すようににこりと笑ってみる。
「よろしく、瀬斗さん」
一瞬にして元の表情に戻ったカルマを見て、大丈夫かな、と小さく息を吐いてみる。
「瀬斗さんってさ、暗殺者じゃないんでしょ?」
「うん、そうだね」
「それなのに何でここに来たの?」
どうやら大丈夫ではなかったようだ。
再び向けられる疑いの目にどう対処しようか悩んでしまう。他の生徒達からの視線も感じる。おかしな時期にわざわざ暗殺者ではないと紹介された転校生。何者だと疑われても仕方がない。
「あんまり事情は言えないんだよね……ごめんね」
「ふぅん」
嘘は言っていない。だが、本当のことを全て話しているわけでもない。それは任務内容に関わることだし、そもそもよっぽどのことがない限り呪術師であることはバレてはいけない、という決まりがあるからだ。それに誰だって「目に見えない化け物に舌なめずりされながら狙われてるぞ」なんて言われたくないだろう。加えて、余計な不安を煽らなければ呪霊が生まれず、巡り巡って呪術師の為にもなる。だって呪術師は万年人手不足なのだから。
……とは言え、1年間誤魔化し続けるのはやっぱり無理がある。無理があるけど……呪霊のことを話さなければならない日は来なければいいな。
チラチラとこちらを伺う生徒達の視線から逃げるように、窓の外へ目を向ける。眩しい太陽に豊かな自然、そこそこの広さの校庭。非術師ならこれだけしか見えないだろう。だが呪術師である私には別の醜悪なモノまで見えている。木の陰から伸びる無数の手。意味不明な言葉を話す液状の何か。首と手足があらぬ方向に曲がったずぶ濡れの女。他にも沢山の呪霊が校庭とその周辺を闊歩していた。
放課後は呪霊を祓わなきゃなあ、と少々憂鬱になりながらも、次の授業の教科書を鞄から取り出した。
「甘木瀬斗。経歴は至って普通の中学生だ」
「でも、カラスマの上司からは『E組の護衛だ』って言われてるんでしょ?」
「あぁ」
烏間とイリーナは新しい転校生について話していた。防衛省から送られてきた資料には、他の生徒達とさほど変わらない経歴が記されている。彼女がどういう経緯でE組へ来たのか、烏間は知らされていなかった。
「何から護衛するって言うのよ。あのタコから守る? 必要ないし、そもそも無理よ」
「俺も詳しい話は聞かされていない。ただ上司からは、『何も聞くな。それがお前の為になる』とだけ言われた」
「はぁ?」
上司は頑なに話そうとはしなかった。それはつまり、烏間の地位であっても知ることができない機密情報である、ということだ。それを知っているのか、こんな子供が。
何よそれ、とイリーナが呟く。職員室の中には、重い空気が流れてしまっていた。が、そんな空間に不自然な風が吹いた。
「それでも彼女は、私の生徒ですよ。烏間先生」
超生物がデフォルトの笑顔でそこに居た。その声に、2人の肩がびくりと跳ねる。いつの間に入ってきたんだこの生物は……! 超生物はいつもの表情でヌルフフと笑っていた。
彼らは知らない。『E組の護衛』という言葉の裏に隠された意図を。『護衛』の仕事には、生徒を守ることだけではなく、超生物や教師も守ることが含まれていることを。