甘木瀬斗の暗殺教室   作:つがう

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36話

 次の日の昼、棘を家に帰して1人任務へ行った帰り道。高専に向かっている途中、暑いし喉が渇いている私はスタバに入りフラペチーノを買った。

 

「美味しい」

 

 ルンルンで歩いていると、とんっと誰かと肩がぶつかってしまう。

 

「あっ、すみま……」

 

 謝ろうと慌てて顔をあげた私はヒュ、と息が詰まる感覚に陥った。目の前にいる長身の男は私を見下ろしていた。その視線はまるで肉食獣のようで、私を食い殺そうとせんばかりに見つめている。勘違いなのかもしれない。見た目から、そう錯覚してしまっているだけなのかもしれない。だが、その男からは殺意すら感じられた。

 逃げろ――本能的にそう思った。

 しかし、恐怖から足がすくんで動かない。その間にも相手は一歩ずつこちらに近づいてくる。バクバクと心臓が煩く鳴り響く。男の手が私の方に延び、顎をぐいと持ち上げる。

 

「高専のガキか」

 

 ドクン、と全身の血が脈打つように震えた。この男、私が高専の呪術師であることを知ってる? どうして? 疑問が脳内を埋め尽くす中、男が口を開く。

 

「丁度いいわ。ついて来いよ」

「えっ?」

 

 拒否する暇もなく、男は私を担ぎ上げて歩き出す。抵抗しようと思ったのだが、お腹に回っている手を振り解くことは私にはできなさそうだったため、いっそのこと大人しくすることにした。

 暫くすると、人気のない廃教会のようなところに連れて行かれた。そこでようやく降ろされる。

 

「はわ~~……呪霊の溜り場~~……」

 

 呑気にそう呟いた私を見て、男はへら、と口角を上げた。

 

「ここの呪霊の対処頼むわ」

「何故」

 

 間髪入れずについ突っ込んでしまった。男は苛立ったのかなんなのか、再び私の顎を持ち上げて少しだけ力を込める。痛くないものの、このまま力を込められればおそらく私の顎は砕かれるだろう。

 

「やりまひゅ」

 

 顎を掴まれたままのため、上手く喋れなかった。ここで断って逃げようものならパッキリと二つ折りにでもされて殺されそうだ。

 

「……闇より出でて闇より黒く その穢れを禊ぎ祓え」

 

 人がいないとはいえ、一応帳を下ろす。

 

「……よし」

 

 そう気合を入れ、私は呪霊の溜り場に足を踏み入れた。

 そこら中にうじゃうじゃといる呪霊に、私はげんなりとする。

 

「来い、鳥兜」

 

 呼び出された鳥兜は毒性の涎を地面に垂らす。当たったところがじゅわりと溶けていく。

 

『アー……ぁう、う゛ー?』

「うん。全部食べていいよ。群れている呪霊は低級だから、食食で呪力に換算しても微々たるものだから要らない」

『ギシャァ、シャシャ』

 

 ガチガチと脚を鳴らして鳥兜は呪霊たちに突っ込んでいき、その毒で充満した大きな口で呪霊を呑み、噛み砕いていく。私も鳥兜が取りこぼした奴らを殴って消し飛ばしていった。

 数分後、すべて祓い終えた私は男の方を振り返る。彼はただ黙ってそこに立っていただけだった。怖すぎ。私は帳を解けたのを確認し、恐る恐る男の方に近寄る。

 

「お、終わりました……」

 

 少し震えている声で男に話しかけると、ぽんぽんと雑に頭に触れられる。

 

「あ……あの……?」

「いやぁ~ここの仕事任されてたけど明らかに雑魚だから助かったわ!」

 

 またへらりと口角を上げながら低い声で言う男。少々和やかになっている雰囲気に危うく絆されかけるが、意を決して声を上げる。

 

「あの、貴方は誰……なんですか?」

「伏黒甚爾だ」

「伏黒さん……は、」

「名前でいい」

「え? えっと、甚爾さん?」

「おう、なんだ?」

「その、甚爾さんは呪術師、なんですか?」

「あ? あー……そう思うならそれでいいわ」

 

 なんだそれ。でも呪術師、にしては呪力がなさすぎる……というよりむしろ、0……なんだよな。

 思考を巡らせている私の腕を、甚爾さんが掴んだ。

 

「いやっ、あのっ、私高専に戻らないと行けなくてっ」

「もう少しいいだろ」

 

 よくないが!? 何言ってんのこの人! 抵抗するも、やはりこの人の力は異様なまでに強くて振り払うことができない。そのままずるずると引きずられて連れていかれてしまう。

 

「お前、名前は?」

「…………甘木、瀬斗、です」

 

 甚爾さんに連れていかれた先は競艇場だった。

 

「……あの、まさか」

「おう。お前はどれが勝つと思う?」

 

 知るか……。と思いつつも、適当に選んでみると、1レース目で見事に的中させた。因みに賭けたのは甚爾さんのお金なので私の懐には何も入ってこない。それは別にいいんだけどさ……。

 甚爾さんは当たった舟券を手にして満足そうな顔をしている。そして私に向かって言った。

 

「瀬斗ちゃんだっけ? 運いいな、この調子で競馬場行こうぜ」

「えぇ……」

 

 私もう帰りたい。高専戻って報告書書いて提出しないと夜蛾センに怒られる……。

 そう思ったところで気を良くした甚爾さんは私をまた抱えて、今度は東京競馬場に向かった。その後もそこそこ稼げてしまい、甚爾さんは犬を撫でるかのように私の頭をわしゃわしゃと乱暴に撫でた。

 

「瀬斗ちゃんのおかげで儲けたし、なんか奢ってやる」

「そんなことより帰りたいのですが……」

「つれねぇな。いいだろ?」

「…………分かりました」

「そう来なくっちゃ。素直な女は嫌いじゃねぇ」

 

 こうして、私は何故か甚爾さんとご飯に行くことになった。適当な定食屋に入り、注文をする。

 料理が来るまでの間、私はずっと疑問に思っていたことを訊いた。

 

「あの、なんで私をあの廃教会に連れて行ったんですか? 甚爾さんのお仕事だったんですよね、あそこの呪霊の祓除」

 

 私が祓ったのはあくまで低級の呪霊。呪霊の等級で言えば、多分3級くらいのものだと思う。甚爾さんは明らかに強そうなのに、どうしてあそこの案件を私に丸投げしたのか。

 私の質問に対して、甚爾さんは特に表情を変えずに答える。

 

「俺は呪霊を祓えねえ」

「え……」

「俺には一切呪力がねえ。瀬斗ちゃんも薄々わかってんだろ?」

「……天与呪縛、ですか?」

「そうだ」

 

 そう言うと、甚爾さんはテーブルに置いてあった水を一気に飲み干す。

 

「フィジカルギフテッドって知ってるか?」

「聞いたことは……天与呪縛とはまた違うんですよね?」

「あぁ。フィジカルギフテッドは生まれつき身体能力が高い奴のことを言う」

「へえ……」

 

 甚爾さんは空になったコップを見つめながら話を続ける。

 

「まあ、簡単に言っちまえば、呪力がない代わりに超人的な肉体を持って生まれたってことだ」

「……呪力が無いのに、どうやって呪いを認識しているんですか? 呪いを見るための呪具もつけていないみたいですし……」

「あー、五感がアホほど強化されてるからな」

 

 チートか?? いや、呪力がないから完全なチートとは言えないかもしれないけど、だとしても充分に強い。それにしても、呪力を一切持たない人間が本当に存在するなんて。

 

「まぁ、呪具がありゃ呪いは祓えるがな、たまたま人の良さそーな高専のガキを見つけたからついでに祓わせるかと思ってよ」

「……祓えるんじゃないですか」

 

 思わず突っ込んでしまった。祓い損じゃん。報酬も0だし。すると、甚爾さんはくつくつと笑い出す。

 

「でも素直にやったじゃねぇか」

「貴方の圧が怖かったからです」

「ンなもんかけてねぇよ」

 

 無自覚か? 死ぬほど怖かったんだからな。漏らすかと思ったんだからな!

 

「餡蜜頼んでいいですか」

「好きにしろ」

 

 餡蜜を頼み、スプーンで掬って口に運ぶ。美味しい。

 もぐもぐと食べ進めていると、甚爾さんがまた口を開いた。

 

「瀬斗ちゃん、携帯出してくんね」

「…………何でですか」

「連絡先交換しておこうと思って」

 

 嫌すぎるな。そう思ったが、ここで断ったら何をされるかわかったものではないため渋々とポケットに入れていたスマホを取り出す。

 

「またなんかあったら呼ぶわ」

「こっち学生ですよ。気軽に呼ばんでください」

「いいだろ別に」

「良くないです」

 

 そう言いながら餡蜜の最後の一口を口に入れる。ごちそうさまでした、と手を合わせると、甚爾さんは伝票を手にして立ち上がった。私もそれに続いて立ち上がる。

 会計を終え、店を出ると甚爾さんが私の頭をぽんと撫でた。

 

「んじゃぁな、瀬斗ちゃん」

 

 そう言って彼は歩いていった。とんでもないものに声をかけられてしまった。気に入られてないといいんだけど。

 スマホの連絡先に増えた"伏黒甚爾"の名前を見ながら、私は高専に戻った。




「任務帰りに寄り道とはいいご身分だな、瀬斗」
「わーっ! 違うんです! 誤解! 夜蛾セン誤解なの!! よくわかんない人に絡まれてたの!! 報告書は今から書くから許して~!!」

 夜蛾センに報告書を出しに行ったところ、何かあったとしても連絡を入れろ、と案の定説教を食らう羽目になってしまった。
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