甘木瀬斗の暗殺教室   作:つがう

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39話

 ――1時間後。水上チャペルを壊すために私は水上バイクに乗って待機する。

 

『作戦、開始』

 

 端末から聞こえる律の声を合図に。私は水上バイクのエンジンをつけ、思い切りアクセルを踏んだ。自分が進む水上バイクの音とは別に、水上チャペルが壊れる音がした。チャペルがあったところには、生徒たちのフライボードにより水の檻に変わっていた。

 作戦開始から約1分、殺せんせーの全身が先行と共に弾け飛んだ。

 殺せんせーを発生源とした凄まじい爆風に、フライボードで飛んでいた生徒も、チャペルの床で銃を構え弾幕を張っていた生徒も……誰も彼もが吹っ飛び水の中に落ちていく。私は水上バイクを転回させ、チャペルがあった方へと向かった。

 

「油断するな! 奴には再生能力もある! 磯貝君、片岡さんが中心になって水面を見張れ!!」

 

 烏間先生の怒号により泳ぎが得意な生徒や水中で動きやすい水着の生徒達が真っ先に動き出し、私服のままでうまく身動きがとれない生徒達もこぞって水面を探る。それでも、生徒達の大半はこれで生きているはずがない、と高を括っていた。

 水圧の檻と、対先生弾の弾幕の檻。二重に張られた檻に、逃げ場なんてどこにもなかったはず。

 

「あっ! あれ!」

 

 水上バイクから水面を眺めていた茅野さんの誰もがそちらへと視線を向ける。水面に、ぶくぶくと気泡が沸いていた。それを確認した誰もが、油断なく手にした銃を構える。気泡はどんどん大きくなり、そして水面が膨れ上がった。

 そうして、浮き出てきたもの。一同が、目にしたものは――殺せんせーの顔が入った、透明とオレンジの、妙な球体だった。

 な、なんだあれ!?

 思いもよらないその姿に誰もが白目を剥き言葉を失った所で……笑い声が、響いた。

 

「これぞ、先生の奥の手中の奥の手。完全防御形態!」

 

 か、完全防御形態。

 聞いた事もないその単語に、誰もが困惑を隠せない中、殺せんせーはそれの種明かしをする。

 外側の透明な部分、それは高密度に凝縮されたエネルギーの結晶体であると。肉体を思いきり小さく縮め、その分、余分になったエネルギーで肉体の周囲を固める。その結晶体は、水も、対先生物質も、ありとあらゆる攻撃を跳ね返すのだと。

 

「……そんな。じゃ、ずっとその形態でいたら殺せないじゃん」

「それはないんじゃない? いくら殺せんせーでも高密度のエネルギー体なんて四六時中維持できないでしょ」

「瀬斗さんの言う通りです。このエネルギー体は、24時間ほどで自然崩壊します。その瞬間に先生は肉体をふくらませ、エネルギーを吸収して元の身体に戻るわけです」

 

 それはつまり、裏を返せば、結晶が崩壊するまでの24時間、全く身動きが取れなくなるということ。殺せんせーは、続けてそのリスクも語る。

 

「最も恐れるのは、この間に高速ロケット詰め込まれはるか遠くの宇宙空間に捨てられることですが……その点はぬかりなく調べ済みです。24時間以内にそれが可能なロケットは今、世界のどこにも無い」

 

 やられた。おそらく誰もがそう思っていたことだろう。ここに来ての隠し技。その欠点すら計算ずくで自分の身を守ってみせた。

 水上バイクの上、私は大きく息を吐く。

 

「完敗だ、これは」

 

 ぽつりとつぶやいた声は誰かに聞こえただろうか。

 

「チッ……何が無敵だよ。何とかすりゃ壊せんだろこんなモン!」

 

 負けを認めるのが悔しいと言わんばかりに、球体となった殺せんせーを掴み上げた寺坂君が、どこから持ってきたのか、レンチを手に握り、渾身の力で殴りかかる。けれど、殺せんせーは口笛を吹きながら涼しい顔で無駄ですねぇ、と笑い声をあげた。

 核爆弾でも傷1つつかない。その言葉が正しいと示すように、クラスでもっとも力のある寺坂君が繰り返し工具で殴りつけても、その球体はピクリともしない。

 

「そっか~。弱点無いんじゃ打つ手無いね」

 

 降参するような言葉とは裏腹に軽い調子でそう告げたカルマ君はスマホを少しばかり操作して、殺せんせーの目の前に掲げた。

 

「?」

 

 不思議そうにそちらへと視線をやった殺せんせーは……

 

「にゅやーーーーーー!!!!」

 

 一気に赤面して叫び声をあげた。カルマ君のスマホに映し出されていたのが、先ほども映像で見た、エロ本を拾い読みする己の姿だったからだ。

 

「やめてーー!! 手が無いから顔も覆えないんです!!」

 

 余裕の表情を一気に崩し、そう叫ぶ殺せんせーをカルマ君は桟橋に置いた。

 

「ごめんごめん。じゃ、とりあえず至近距離で固定してと……」

 

 そして、殺せんせーの真ん前にスマホを置くと、手近にあった石で倒れないよう固定する。

 

「全く聞いてない!!」

 

 喚く殺せんせーだが、しかしカルマ君相手にこの反応は全くの逆効果だろう。下手をすれば暗殺時よりも嬉々とした様子でひょいとなにかを拾ったカルマ君はそれを殺せんせーの球体へと乗せた。ウミウシだ。

 

「ふんにゅああああああッ!?」

 

 ねとぉ、とへばりついたウミウシに、殺せんせーは盛大な悲鳴を上げた。流石に、エネルギーの結晶体越しとはいえ、顔の超至近距離にウミウシを引っ付けられるのは気持ち悪かったのだろう。見ているだけでドン引かざるを得ない鬼畜の所業である。

 殺せんせーを片手に誰かーと声を上げる。おいおいまだ何かする気……?

 

「不潔なオッサン見つけてきてー! これパンツの中にねじ込むから」

「助けてーーーーーっ!!!!」

 

 想像しただけでもぞわりとするこの上なくえげつない行為。しかしそれをマジでやりかねないのが赤羽業という人間である。そうなったときの悍ましさを想像した殺せんせーは恥もプライドも投げ捨てストレートに助けを求め盛大に騒ぐも……しかし、動けないという話の通り、球体はばたつくことすらなくカルマ君の手中に収まったままピクリともしない。

 

「……ある意味弄り放題だよね」

「……うん。そしてこういう時のカルマ君は天才的だ」

 

 暗殺失敗のショックすら一時的に消え去る悪魔の所業を目の当たりにして、茅野さんと渚君はなんとも言えないしょっぱい顔をした。

 だが、そこでカルマ君の手に乗っていた殺せんせーがひょい、と持ち上げられる。

 

「……とりあえず解散だ、皆」

 

 烏間先生は殺せんせーの球体を乱雑にビニール袋に投げ入れながら、そう指示を出した。上層部とこの殺せんせーの処分方法を検討すると烏間先生は言うが、しかし殺せんせーは特に気にする様子もなくにたりと笑う。

 

「対先生物質のプールの中にでも封じ込めますか? 無駄ですよ。その場合はエネルギーの一部を爆散させて……さっきのように爆風で周囲を吹き飛ばしてしまいますから」

 

 真っ先に思いつくであろう策を無意味と笑われ、しかし他の策が思いつかないのか、烏間先生はギリ、と歯噛みをした。

 

「……ですが、皆さんは誇って良い」

 

 烏間先生に向けた揶揄いの含んだ声ではない。純粋な賞賛を含みながら、透明なビニール袋のなかで殺せんせーは微笑んだ。

 

「世界中の軍隊でも、先生をここまで追い込めなかった。ひとえに、皆さんの計画のすばらしさです」

 

 いつものように、仕掛けた暗殺を褒められて……しかしいつものようにそれを喜べる生徒は流石にいなかった。かつてなく大がかりな、全員での渾身の一撃を外したショック。誰もが落胆が隠せない。その中でも特別責任を感じていたのは、とどめの一撃を担当していた速水さんと千葉君だろう。

 絶対に外せないという重圧。ここしかない、と思う大事な決定的瞬間。練習では感じ得ない、本番の感覚。それに物怖じしてしまう感覚は、私も知っている。

 最も、昏い顔をしているのは速水さんと千葉君だけではない。みんなは無言で陸に上がり、そしてホテルへの帰路に着く。

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