甘木瀬斗の暗殺教室   作:つがう

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40話

「しっかし疲れたわ~……」

「自室帰って休もうか……もう何もする気力無ぇ……」

 

 ホテルに戻った一同は、そのまますぐに部屋に帰ることもなく広間に並べられた椅子に座り込んでいた。誰もが少なからず落ち込んでいる中、だらしなくテーブルに項垂れる者も決して少なくはない。……そんな中で、イラついた様子の寺坂君がんだよ、と文句を垂らした。

 

「1回外した位でダレやがって。もー殺ること殺ったんだから明日1日遊べんだろーが」

 

 確かに。せっかく沖縄に来たんだし海で遊びたい。岡島君もそれに同意し、明日こそ水着ギャルを見るんだ、と意気込むのだが、どこか声に張りがない。確かに一世一代のあの暗殺で疲れはしてるけど、さすがに元気がなさすぎるような……。

 そんな時だった。

 

「渚君よ、肩貸しちゃくれんかね……」

 

 ふらふらと足取りも覚束ないまま歩いてきた中村さんが、渚君の方に倒れ込まんばかりに近づきそう言った。

 

「部屋戻って、とっとと着替えたいんだけどさ……ちぃ~~とも体が動かんのよ……」

 

 ずる、とそのまま倒れ込んだ中村さんの顔は赤く、目もどこか虚ろだった。ぜぇ、ぜぇと息が荒いでいて、とても健常な様子には見えない。私はその様子にぎょっとする。渚君も同じようで、倒れ込んでしまった中村さんを抱き起し、また表情を焦りと驚きに変える。

 

「ひどい熱……!」

「いや、もう想像しただけで……鼻血ブ……いや……あれ……」

 

 岡島君がボタボタと鼻血を噴き出す。クラスの半数以上が何かしらの不調を起こしていて、私は思わず絶句する。風邪とかそういう類の病気じゃない。これは、明らかに……

 

「フロント! この島の病院はどこだ!」

「え……いや、何分小さな島なので、小さな診療所はありますが、当直医は夜になるとよその島に帰ってしまう。船は朝10時にならないと……」

 

 フロントは困惑したように答える。そうだ。ここは離島。この近くには、大きな街どころか民家すらほとんどない。普久間島には大きなリゾートホテルがメインなのだ。

 

「く……ッ」

 

 烏間先生が苛立ちを抑えきれない表情で舌打ちをする。今すぐ治療できる環境も、設備もない。どうしようもできない状況の中、烏間先生のポケットの中にあったスマホが鳴った。電話に出た烏間先生は、一瞬にして険しい顔つきになった。すぐさま律が全員のスマホに音声が聞こえるように設定してくれる。

 

「何者だ。まさかこれはお前の仕業か?」

『ククク、最近の先生は察しが良いな。人工的に作り出したウイルスだ。感染力はやや低いが、感染したら最後、潜伏期間や初期症状に個人差はあれ、1週間もすれば全身の細胞がグズグズになって死に至る。治療薬も1種のみの独自開発(オリジナル)でね。あいにくこちらにしか手持ちがない。渡すのが面倒だから、直接取りに来てくれないか?』

 

 電話越しに聞こえてきたのはボイスチェンジャーを使っているのか、機械音のような声だった。

 

『山頂にホテルが見えるだろう。手土産はその袋の賞金首だ。その様子じゃ、クラスの半数はウイルスに感染したようだな。フフフ、結構結構』

「もう一度聞く、お前は……」

『俺が何者かなどどうでもいい。賞金100億を狙っているのはガキどもだけじゃないってことさ。治療薬はスイッチ1つで爆破できる。我々の機嫌を損ねれば、感染者は助からない』

「……念入りだな」

『そのタコが動ける状態を想定しての計画だからな。動けないならなおさらこちらの思い通りだ。山頂の"普久間殿上ホテル"最上階まで、1時間以内にその賞金首を持ってこい。だが先生よ、お前は腕が立つそうだから危険だな。そうだな……動ける生徒の中で、最も背が低い男女2人に持ってこさせろ』

 

 烏間先生は苦虫を噛み潰したような顔をしている。

 

『フロントに話は通してある。素直に来れば賞金首と薬の交換はすぐに済む。だが、外部と連絡を取ったり、1時間を少しでも遅れれば、即座に治療薬は破壊する。礼を言うよ、よくぞそいつを行動不能まで追い込んでくれた。天は我々の味方のようだ』

 

 そこで通話は途切れた。烏間先生は歯ぎしりをし、手に持っていた球状の殺せんせーを机にガンッと感情のままに叩きつけた。状況は最悪。このままではクラスの半数が死ぬ。だからといって言われたとおりに動ける背の低い男女、茅野さんと渚君を交渉の場に連れて行けば人質を増やすようなものだ。潜入ならともかく、真正面からの交渉であれば勝ち目なんてない。

 

「こんなやり方する奴等にムカついてしょうがねぇ。人のツレにまで手ェ出しやがって! ……要求なんざ全シカトだ! 今すぐ全員都会の病院に運んで――」

「賛成しないな」

 

 怒り狂う寺坂君の意見に待ったをかけたのは竹林君だった。

 

「もし本当に人工的に作った未知のウィルスなら、対応できる抗ウィルス薬はどんな大病院にも置いていない。いざ運んで無駄足になれば、患者の負担を増やすだけだ」

 

 その手に握られていたのは、大量の氷が入ったバケツ。そしてビニール袋にタオル類。すごいな。この一瞬で応急処置のための道具を揃えたのか。

 竹林君は対処療法で応急処置はしとくから、急いで取引に行った方が良い、と言う。静に場の状況を分析し出された、理にかなったものではあった。……それでも、絶対ではない。

 敵の目的は殺せんせーだ。しかし、その為だけに中学生を命の危険に晒すような屑でもある。もっとも最悪なのは、殺せんせーを渡しにいった生徒2人を人質に取り、薬も渡さずそのまま逃げられること。そうすれば殺せんせーの身柄を押さえられるばかりか、今ウィルスに感染した生徒はもちろん助からず、更に2人の生徒の命が失われかねない。

 

「チッ」

 

 護衛役として情けない。だが相手は呪いじゃない。おそらく一般人だ。呪詛師でもないだろう。つまり、呪術師の私にはどうすることもできない。

 

「良い方法がありますよ」

 

 焦りばかりが募り、重苦しい沈黙に包まれた空気を割くように……やけに明るく、自身に満ちた殺せんせーの声が響いた。

 ブブブ、と殺せんせーの横、置きっぱなしになっていた烏間先生のスマホが震える。勝手に電源がついたそれに映し出されたのは、怪盗仕様らしき衣装を着こんだ律だった。

 

『殺せんせー、オッケーです』

 

 その言葉を受けて、身動きの取れない殺せんせーはしかし、それでも不敵な笑みを浮かべる。

 

「律さんに調べた下調べも終わったようです。……元気な人は来てください。汚れても良い恰好でね」

 

***

 

 殺せんせーの言葉に戸惑いながらも、私服に着替えた一同が向かった先は……崖だった。

 断崖絶壁と言っていい、岩肌を剥き出しにしてそそり立つそれの遥か頭上には、犯人が指定した普久間殿上ホテルが鎮座しているのが辛うじて見えている。

 

『あのホテルのコンピューターに侵入して、内部の図面を入手しました』

 

 そんな律と共に語られたのは、ホテルの内部構造と警備の配置。

 このホテルは正面玄関と敷地一帯には大量の警備が置かれており、フロントを通らずホテルに入ることはまず不可能。

 ただ1つ、フロントを通らずホテルに侵入できそうな経路。それが、目の前にそびえ立つ崖を上ったところにある通用口なのだという。まず侵入不可能な地形だとされており、警備も配置されていないらしい。ザル警備、というわけではないか。この地形が言わば天然の城壁となり、ホテルを守る役割をしているのだろう。

 

「敵の意のままになりたくないなら手段は1つ」

 

 律の用意したデータを各々のスマホで見る一同を前に、殺せんせーが不敵に笑って宣言した。

 

「患者10人と、看病に残した2人を除き……動ける生徒全員でここから侵入し、最上階を奇襲して治療薬を奪い取る!!」

 

 力技過ぎるも単純明快な作戦。その言葉に驚きに目を見開いた一同を前に、烏間先生は眉を顰めて危険すぎる、と否定の意を唱えた。

 

「この手慣れた脅迫の手口。敵は明らかにプロの者だぞ」

「えぇ。しかも私は君達の安全を守れない。大人しく私を渡した方が得策かもしれません」

 

 烏間先生の言葉をあっさりと肯定した殺せんせーは、どうしますか、と一同へ尋ねる。どこか煽るように、挑発するように。

 

「全ては君達と……指揮官の烏間先生次第です」

 

 その問いに……誰もが眉を顰めて黙り込んだ。

 

「それは……ちょっと、難しいだろ……」

「無理に決まってるわ!! 第一、この崖よこの崖!! ホテルにたどりつく前に転落死よ!」

 

 の言葉に、烏間先生もやはり無理だ、と判断し犯人の要求を呑むしかない……なんて考えているような顔だ。だが少し違う。私たちE組にとってこのくらいの崖、造作もない。

 私たちはひょいひょいっと軽い調子で笑い合いながらするすると絶壁を登っていく。ある程度まで登り切ったところで足を止めた磯貝君が烏間先生の方へ振り返る。

 

「まぁでも、未知のホテルで未知の敵と戦う訓練はしてないから……烏間先生。難しいけどしっかり指揮頼みますよ」

「ふざけたマネした奴等に……キッチリ落とし前つけてやる」

 

 磯貝君の言葉に続き好戦的にそう言い放ったのは寺坂君で、しかし誰もが同じように闘気に満ち溢れた目をして烏間先生を見ていた。

 

「見ての通り、彼等は只の生徒ではない。あなたの元には15人の特殊部隊がいるんですよ」

 

 さぁ、時間は無いですよ? そう煽る殺せんせーに……烏間先生は思案するように1度目を閉じるも……すぐに、力強い眼光を一同へ向け、大きく口を開いた。

 

「注目!!」

 

 そして、張られた声に誰もがその顔つきを引き締める。

 

「目標、山頂ホテル最上階! 隠密潜入から奇襲への連続ミッション! ハンドサインや連携については訓練のものをそのまま使う! いつもと違うのは標的ターゲットのみ!! ……3分でマップを叩き込め、19時(ヒトキュー)50分(ゴーマル)作戦開始!!」

 

 頼もしい指揮官の号令。それに応える私たちの返事は1つだ。

 

「「おう!!!」」

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