甘木瀬斗の暗殺教室   作:つがう

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43話

 4階は何事もなく通り過ぎ、5階。展望回廊。壁一面がガラス張りとなり外の風景を一望出来るその場所に、ガラス窓に体を預けるようにして立っている長身の男が一人。一同はその男を見た瞬間、通路が円状になっているが故に男の死角となるだろう壁際に寄り息をひそめる。

 南国リゾートに居てもおかしくはないカジュアルな服。特に得物を持っているわけでもなく、けれど一同はその男の放つ雰囲気に気付いていた。そう、"殺る"側の人間の空気に。

 狭くて見通しの良い展望通路。奇襲も出来ず数の利も活かせないその状況に誰もが歯噛みした、その時だ。

 ビシッ、とガラスの割れた音が響く。そして、それを目撃した一同は息を呑んだ。男は……なにも持たぬまま、素手で握り込むように力を入れただけで展望回廊に張られたガラスにヒビを入れたのだ。

 マジかぁ……。力自慢系の相手は苦手分野なんだよ。そういうのは悟とか傑が得意なやつなんだよ。ガチの近接戦闘はゴリラに任せるべきなんだよマジで。

 

「……つまらぬ」

 

 男は退屈そうに溜息を吐くと一同が潜む壁の方へ視線を向ける。

 

「足音を聞く限り……"手強い"と思える者が一人も居らぬ。精鋭部隊出身の引率の教師もいるはずなのぬ……だ。どうやらスモッグのガスにやられたようだぬ。半ば相討ちぬといったところか」

 

 出てこい。

 そんな言葉と共に、挑発するように、その指先が真っ直ぐ一同の元へ向く。流石にこうなっては隠れるだけ無駄だ。そろ、と出てきた一同は素手で窓にヒビを入れた男の雰囲気に呑まれつつも、どうしても気になることがありいまいち集中出来ずにいるところで……

 

「こんばんは」

 

 後ろから声が聞こえた。

 囁くような小さな声。私は振り返る。そこには闇に紛れるような真っ黒な和服に、黒い布で顔を隠した人間が立っていた。声と体格から察するに、男だろうか。

 男の存在感は薄く、発せられた声も小さかったためか、E組たちはこの黒い男には気づいておらず、最初に声をかけてきたあの力自慢の長身男の方に意識を奪われている。

 

「こんなところで若い芽を摘みたくないんだけどなあ。だが依頼なんだ。それに私個人としても君は気になるからね。さあ参ろうか」

 

 その言葉と共に、ふっと足元に穴が開き、私はそこに落ちていく。

 

「お前……」

 

 何かの術式か、そのまま私と男は自由落下していく。

 

「心配せずとも落下死、なんてつまらないことはしないよ。この移動法は借り物でね。私の術式ではない。目的の場所まで一直線に送ってくれる優れものさ。帰りも同じように上がっていくだけだ。最も帰りは私1人だろうけどね」

 

 そう言って男は懐に手を入れると呪符のようなものをちらりと私に見せた。余裕な態度が死ぬほどムカついた。

 

「呪詛師だろ」

「ああ、元呪術師のね」

「チッ」

 

 私は悪態つくように大きく舌打ちをした。夕食の時の視線はこいつらだろうか。そもそも私はこんなことしてる場合じゃねえんだよ。

 そうして自由落下をして約30秒後、地下の駐車場のような場所に降りる。落下死はないと言った男の言葉通り、地面に落ちる寸前にふわりと体が浮くような感覚があり、安全に降りられた。

 

「邪魔なギャラリーはいない。存分に殺り合おう」

「何がギャラリーだよ」

「ふふ……。『愚かなる君は私に挑むだろう』」

「ッ!?」

 

 私の体が勝手に動きだし、男に殴り掛かる。だが男はそれをひょいと避けて何かを刺そうとする。私はなんとか仰け反り、それを回避する。

 

「私としたことが。念には念を入れるべきだったね」

「ウッゼ。頼むから死んでくれ」

「つれないことを言わないでおくれ。まだまだ行くよ。『君は自分の首を絞めるだろう』」

 

 その言葉と同時に、私の腕は自分の首を締め付ける。

 

「ッ……くっ……とり……かぶとッ!!」

 

 私の体から鳥兜を呼び出す。こういう奴を黙らせるには手っ取り早く鳥兜の毒をぶっかけた方が早い。

 

『ギシャァアアアア!!!』

 

 鳥兜は口から毒液を吐き出す。だがそれも男は避けてしまった。

 

「危ない危ない。造霊呪術、噂には聞いていたが、本当に醜悪だな」

 

 男の意識が私から鳥兜の毒液に逸れたおかげか、両手が自由になる。

 

「ゲホッ、ゲホッ……うるせえ、黙って毒液にブチ当たって死ね」

「ふふ。どんどんと口調が荒くなっていくね。そんなに呪詛師が嫌いかな?」

「嫌いに決まってる。大体呪詛師って何が楽しいわけ?」

「何も知らない一般人や慢心だらけの呪術師をいたぶり、殺すのはこの上ない快感だよ。君も一度味わってみればわかることさ」

「一生分かりたくないね。鳥兜」

『ァア……ア゛』

 

 鳥兜が大きく口を開ける。

 

「そんな見え透いたものに引っかかるとでも?」

「お前こそ、なんで私が1体しか出てないと思ってるんだ?」

「何?」

「私は一度に出せる呪霊の数に制限はないぞ。豪我。捕まえろ」

『アイ。マァマ』

「なッ! 離せ!! クソ、呪霊如きが!! 祓ってくれる!!」

 

 男が呪力を豪我にぶつけるが、ジュッ、と少しだけ水が蒸発するような音がするだけで、豪我はうんともすんとも言わない。

 

「何故だ!? 所詮こいつは2級強! 1級レベルでは無いはず!!」

「お前が何で呪霊の強さを計っているか知らないけどさ、簡単な事だよ。お前の呪力よりも、私が豪我を生み出した時の感情が強かった。ただそれだけ」

『ごウガ、ツョい。お前の痛いのは、痛くない』

「クッ……ゴミムシが……!!」

「鳥兜」

『キシャア゛ア゛!!!!』

「やめっ――」

 

 ずぶりと男の肩に鳥兜の脚が刺さり、穴が開く。とくとくと鳥兜脚が毒を注ぐために動いていた。

 

「ガア゛ア゛ア゛ッ!!! 熱い!! 熱い熱い熱い!!!」

 

 頭や喉を掻きむしり、男は倒れた。一応生きているか確認すると、男の脈は動いていた。さっきは死ねとか何とか言ったけど殺すと後処理が面倒だからな。

 

「手加減ができて偉いね、鳥兜。豪我も敵を放さないで偉かったよ」

『ゴゥガ、えら?』

「うん、偉い」

『キシャ、クルル……』

「みんなのところに戻るか」

 

 私は男の胸元から先ほどの場所に戻るための呪符をくすねる。発動方法は……多分呪力を込めればいいだけだな。

 呪符に呪力を込める前に、私は夜蛾センに電話をかける。

 

「……あー、もしもし。夜蛾セン? 1人呪詛師捕まえた。うん、今は縛って気絶してる。微弱だけど鳥兜の毒も入れたからこれから丸3日はまともに動けないと思う。……うん、わかった」

 

 夜蛾センとの電話を終え、スマホをポケットに突っ込む。

 

「あ゛~~疲れる。呪詛師ももれなく全員クソだわ~~!!」

 

 大きな声で吐き捨てるように言うと、鳥兜は甘えるように顔をすり寄せ、豪我は私の体を包むほどの大きな手で私の体ごとよしよしと撫でる。

 

『マァマ、つらい?』

「大丈夫だよー。鳥兜、溜羅木吐いてくれる?」

『アグ……ァァウ゛』

 

 こぷっと溜羅木を吐き出した。溜羅木は細い腕を出して私の指示を待っているようだ。

 

「こいつしまっといてくれる? 殺したらだめだからね」

 

 溜羅木は手で辺りを探り、男の服を掴むとそのまま自身の本体でもある箱の中に男をしまい込んだ。さすがにこれを鳥兜にもう一度取り込ませると危険かな。でも普段溜羅木の中の呪具が鳥兜の毒でやられることはないし……。

 

「鳥兜、豪我、大丈夫だと思う?」

『アゥ?』

『ぁ、かんなぃ』

「わかんないかぁ」

 

 まっ死んだら死んだ時だよね! コイツ一般人じゃなくて呪詛師だし! 殺してもギリオッケーでしょ!

 

「鳥兜、また溜羅木呑んどいて」

『クルルル』

 

 手のひらサイズにまで小さくなった溜羅木を鳥兜の大きな毒液が充満している口の中にひょいっと放り込む。ごくん。と飲み込まれたのを確認して、私は2体を私の中へと戻した。

 

「さて、戻るか」

 

 男から奪った呪符に呪力を込めると、ここに落ちてきた時のように上へと上がり始める。同じく大体30秒後。元の展望回廊に戻ってこられた。E組たちと離れたのは5分も経ってないけど……。

 

「瀬斗さん!!」

「っ!」

「どこに行ってたの!?」

「いきなり姿が見えなくなって心配したんだよ!!」

 

 女子たちに詰められ、男子たちには責めるような視線を向けられる。

 

「あ、え、えと……」

 

 どう答えたものか。あの呪詛師に襲われていたことを殺し屋だと変換しても心配の種はさらに大きくなるだけだ。

 

「まさか別の殺し屋に攫われてた!?」

 

 おっと。まさかそっちからそう言われるとは思わなかった。

 

「そ、そんな感じ……」

「よく無傷で戻ってこられたね!?」

「無事でよかったよ……」

 

 安心した様子のみんなの顔を見て、私も胸を撫で下ろす。そういえば展望回廊にいたあの力自慢あの殺し屋はどうしたんだろうか。

 そう思って少し前に出ると、そこには無惨な姿の殺し屋が。……猿轡に鼻フック、それによって無防備になった穴にねじ込まれているのは……からしとわさび……だろうか。

 

「あれ絶対やったのカルマ君でしょ」

「あったり~♪」

 

 惨い。あまりにも惨い絵面である。

 とりあえずみんなで殺し屋を適当なところに隠して先へと進むことにした。

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