甘木瀬斗の暗殺教室   作:つがう

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44話

 5階から上へと上がると、6階にはテラス・ラウンジフロアがあった。外にはプールも併設されているらしい。

 このフロアには店の奥に次の階、VIPフロアへと通じる階段がある。一応外から出も裏口を通れればすぐ近くにあるその階段によって上へ行くことは可能だが……もちろんと言うべきか、裏口には鍵がかかっており、かつVIPフロアへと繋がる場所だけあって警備が今まで以上に厳しい。階段どころか店の中へすらホテルの客という明確な証拠がなければ通り過ぎることは難しいと思われる。ふらりと近寄ろうものなら、不審がられ騒がれる可能性も高い。

 だがしかし一方で、この手の店は若い女のチェックが甘いという側面がある。理由は専らこのラウンジにいる輩どもが女をお持ち帰りするからだろう。この世界にイリーナ先生のような女性暗殺者の需要が高い理由の1つでもある。

 故に、まず女子が店の中に客のフリをして先行、中から裏口を開け男子一同を招き入れる、ということになったのだが……。女子だけでは不安だ、と烏間先生が言ったので私たちはひとつの策をとることにした。

 

「ほら、男でしょ? ちゃんと前に立って守らないと、渚くーん」

「無理っ、前に立つとか絶対無理っ!」

「諦めな」

「大丈夫大丈夫、可愛いよ」

「自然すぎて新鮮味がない」

「そんな新鮮さいらないよ!」

「あぁ~やだやだ。こんな不潔な場所さっさと抜けたいわ~」

「その割には楽しそうだね不破さん」

 

 私たちがとった策というのは、渚君を女装させて同行させることだった。

 渚君は男でありながら中性的……すら通り越して少しばかり女性的だ。髪が長い、身長が低い、全体的に線が細い。プールサイドに脱ぎ捨ててあったという女物の服を着るだけであら不思議。美少女の完成である。

 

「うう……なんで僕が……こんな目に」

 

 恥ずかしそうに顔を赤らめるその姿は、まるで恥じらう乙女そのもの。さすがに声までは変えられないが、ぶっちゃけ渚君のそのままの声でも通用できる。もはや怖いよ渚君……。

 それから数分、最後尾を歩いていた渚君の足が止まるのに気づき、私は振り返る。

 

「どっから来たの君ら~、そっちで俺と飲まねぇ? 金あるからぁ何でも奢ってやんよ?」

 

 おっと勘違いバカがひとり登場~~。めんどくさいことこの上なし。

 

「はい渚、相手しといて」

「うぇえ!? 片岡さん!」

 

 片岡さんがこそりと渚君に耳打ちをした後、渚君は勘違いバカに連れられていった。

 頑張れ! 渚君!

 

***

 

「よぉ~お嬢たち、女だけ?」

「俺らとどうよ、今夜」

 

 またしばらく歩いていると、先程とは違い年上の人間からナンパされる。

 

「あのねぇ、言っときますけど…」

 

 そう食って掛かろうとする片岡さんの肩を叩いて矢田さんが前に出る。そして、にっこりと微笑んで男たちの前に立つ。

 

「お兄さんたちカッコいいから遊びたいけど、生憎今日はパパ同伴なの、私たち。うちのパパ、ちょっと怖いからやめとこ?」

 

 矢田さんがきらりと光る金色のバッジを男たちに見せる。あれ、たしかヤクザのエンブレムだよな。少数精鋭だけどクッソやばいところの。

 男たちもそれに気づいたらしく、情けなくもすごすごと退散していった。

 

「いくじなし。借り物に決まってるのにね」

 

 ウインクをしながら矢田さんはそう言った。

 

「すごいね、矢田さん。そのバッジはイリーナ先生に借りたの?」

「そうなの。……すごいよ、あの人は。ヤクザ、弁護士、馬主……仕事の時使えるからってあらゆるバッジ揃ってるの」

「そういや、矢田さんは一番熱心に聞いてるもんね。ビッチ先生の仕事の話」

「うん。色仕掛けがしたいわけじゃないけど……殺せんせーも言ってたじゃない。第二の刃を持て、ってさ。接待術も、交渉術も、社会に出た時最高の刃になりそうじゃない?」

 

 ふふん、と胸を張る矢田さん。矢田さんはカッコいい大人になりそうだ、という不破さんの言葉に、私はうんうんと頷いた。

 そうして何人かに絡まれながらも、店の奥までたどり着いたのだが、明らかに厄介そうな男がいる。見張りだろうが、強行突破は避けたい。

 

「どうするべきか……」

「場合によっては男手が必要かも」

「私渚呼んでくるね」

「ありがとー茅野さん」

 

 渚君がいるであろう方へ駆けていく茅野さんを見ながら、私たちは見張りの男をどうするべきか考える。

 

「おう待てって彼女等」

 

 戻ってきた2人の後ろに、先程渚君を誘ったあの勘違いバカが。声をかけてきたのはその男だ。

 

「大サービスだ、俺の十八番のダンスを見せてやるよ」

 

 と言って通路の真ん中で堂々と踊り始めた。邪魔だわ。どんだけ渚君を引き止めたいんだこいつ。

 男は皆の雰囲気を総無視して踊り続けた。しかし踊り続けた手はすぐに止まった。ガシャ、とガラスが擦れる音。踊る男の右手が当たったのはカタギには到底見えない男だった。

 

「あー……」

 

 私の口から思わず漏れたのはそんな言葉。

 

「おいテメェ、なにしやがる」

「あ、いや、今のはわざとじゃ」

「100万する上着だぞ弁償しろや!!」

 

 わかりやすく嘘つくじゃん。本物の金持ちってそのくらいじゃ動揺しないからな。ソースはこの間数十万のシャツにカフェラテこぼして何を言うでもなく捨てた悟。

 

「慰謝料込みで300万。それ払えば半殺しで許してやる」

「え、か、金は親父が出すから殴るのは……」

 

 ため息を吐きたいのをグッと堪えて私はヤクザと今にも泣き出しそうな男の間に立つ。

 

「あ? 今取り込み中なのが見てわかんねぇのか」

 

 そう言う男の顎を思い切り蹴り上げる。油断していた男はそのまま伸びてしまった。

 

「もう何人か手伝ってー」

「はーい」

 

 数人で男を少し離れたところに適当に転がす。

 

「すいませーん、店の人~」

 

 と矢田さんが普通を装って店の人を呼んだ。

 

「あの人急に倒れたみたいで……運び出して看てあげてよ」

「は、はい。……ドラッグのキメすぎか? まったく…」

 

 店の人がヤクザを抱えて行く。よし、これで見張りはいなくなった事だし、さっさと行くか。

 

「君もしょーもないことしてないで早くホールに戻りなね、あああと、これは内緒ね」

 

 ぽんっとヤクザに絡まれていたあの男の頭を叩くように撫でてからラウンジの出入口へと向かう。




「危険な場所へ潜入させてしまいましたね、危ない目に遭いませんでしたか?」
「んーん、ちっとも!」

 ラウンジでの出来事を詳しく話さないことにした私たちは、殺せんせーや扉が開くのを待っていた男子たちに向かってただ笑みを浮かべてそう言った。
 だが渚君は違うようで、心底疲れたという風にぐったりしていた。

「どうしたの、渚?」
「いや、結局今回女子がぜんぶやってくれたし、僕がこんなカッコした意味って……」
「面白いからに決まってんじゃん」
「撮らないでよカルマ君!」

 女装した渚をスマホで撮影して遊んでいたカルマ君。そんなやり取りを見ながら、きっと誰かのためになっている、と茅野さんは渚君に言うのだった。
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