8階のコンサートホール。そこを抜けようとした時、足音が聞こえて全員座席の後ろに姿を隠す。――コツ、コツ、コツ……。革靴の音を響かせてやってきた人物は、高級そうなスーツを身に纏い、そして銃を、銃身を口に咥えている明らかに異常な男だった。
「……15……いや、16匹だな。呼吸も若い、ほとんどが十代半ば。驚いたな、動ける全員で乗り込んできたのか」
相手も銃を持っていることを認識し、下手に動けないなと悟る。どうするかな……。このまま待機していた方がいいかな……。そう思っていた時、ステージで動きがあった。男が発砲したのだ。音からして、いくつかある正銘の内の一つを撃ったようだ。
「お前ら人殺しの準備なんてしてねーだろ! 大人しく降伏してボスに頭下げとけや!」
――バァンッ!! 男とは別の、つまり速水さんか千葉君の銃がステージの方へと発砲される。だが外れてしまったようだ。
銃を扱う男の腕はかなりのもので、座席の間の狭い隙間を縫って弾を当てていく。どうやらこの殺し屋は軍人上がりらしい。
圧倒的に不利。そう思った時、殺せんせーは私たちの場所をシャッフルさせていく。
「木村君、5列左へダッシュ!!」
殺せんせーのハキハキとした声とともに、クラス1俊足の木村君が動いた。
「寺坂君と吉田君はそれぞれ左右に3列!!」
「なっ…」
「死角ができた!! この隙に茅野さんは2列前進!!」
殺し屋が目をやるのが精一杯なうちに、皆はさっさと動く。
「カルマ君と不破さん同時に右8!! 磯貝君左に5!!」
シャッフルするのはいいが、このままでは殺し屋の男に名前を覚えられてしまうのでは……そう思ったのは私だけではなかった。
「出席番号12番!! 右に1で準備しつつそのまま待機!!」
私たちを呼ぶのが名前から番号に変わった。殺し屋もこれには呆然のようだ。
「4番と6番はイスの間からターゲットを撮影!! 律さんを通して舞台上の様子を千葉君に伝達!! ポニーテールは左前列へ前進!! バイク好きも左前に2列進めます!!」
殺し屋の男は移動している生徒の方へ慌てて銃を向けるが今度は次の生徒が移動し始めて……という無限ループ。
「最近竹林君イチオシのメイド喫茶に興味本位で行ったらちょっとハマりそうで怖かった人!! 撹乱のため大きな音を立てる!!」
「うるせー!! 何で行ったの知ってんだテメー!!」
思わぬ所で暴露されている人がいて可哀想。なんて他人事のように思っていると、次の指示が飛んだ。
「この間道端で猫ににゃんにゃん話しかけていたら知人に見つかって恥ずかしい思いをした人! 同じように大きな音を立てる!」
「ッ~~!! なんっで言うんだよ殺すぞ!!」
ガンガンと椅子を叩きながら私は叫んだ。ああそうだよ!! この間道端で綺麗な白猫ににゃあにゃあ話しかけたら灰原君に可愛いですね! って言われたわ!! 後輩に猫と話してるとこ見られてクソほど恥ずかしかったんだ思い出させるんじゃねーー!!
「……さていよいよ狙撃です、千葉君。次の先生の指示の後、君のタイミングで撃ちなさい。速水さんは状況に合わせて彼の後をフォロー。敵の行動を封じる事が目標です」
そう言って殺せんせーが指示をする。が、その後にアドバイスをした。
「君達は今ひどく緊張していますね。先生への狙撃を外した事で、自分達の腕に迷いを生じている。言い訳や弱音を吐かない君達は『あいつだったら大丈夫だろう』と勝手な信頼を押しつけられる事もあったでしょう。苦悩していても誰にも気付いてもらえない事もあったでしょう」
彼らは寡黙な仕事人気質だ。だからこそ、あの瞬間に感じたプレッシャーは想像するに難くない。殺せんせーは、そんな彼らの気持ちを汲み取った上で、言葉を続けた。
「でも大丈夫。君達はプレッシャーを1人で抱える必要は無い。君達2人が外した時は人も銃もシャッフルして、クラス全員誰が撃つかもわからない戦術に切り替えます。ここにいる皆が訓練と失敗を経験してるから出来る戦術です。君達の横には同じ経験を持つ仲間がいる。安心して引き金を引きなさい」
……その言葉で、緊張していた2人の表情が和らいだ気がした。そして、遂にその時が来た。千葉君が銃を構える。速水さんも構える。
「では、いきますよ」
コンサートホール内の緊張感のゲージはMAXに近い。誰もが息を呑む中、殺せんせーの言葉が飛んだ。
「出席番号12番!! 立って狙撃!!」
2発の銃声音。殺し屋の男が放った弾丸は千葉君……ではなく、即席で作られた人形だった。それが1発目だとして、2発目は? 千葉君が放った弾丸は男には当たらない。男の銃にも当たっていない。
外した……?
「外したな、これで位置が――」
男の声は不自然に途切れる。男に吊り照明が落ちてきたのだ。千葉君が撃ったのは吊り照明の金具だったのだ。男は体勢を崩してもなお、今しがた発砲した千葉君に銃を向けたのだが、それは叶わなかった。すぐに速水さんが千葉君のフォローに入り、男の銃を弾き飛ばしたからだ。
「やっと当たった」
速水さんは静かに呟いた。
男が倒れたのを見て、男子たちがすぐさま男をガムテで縛りに行く。この男でラストだといいんだけど。