甘木瀬斗の暗殺教室   作:つがう

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47話

 烏間先生は通路にいた男をなんなく気絶させ、辺りを警戒する。

 

「大分体が動くようになってきた。……まだ力半分ってところだがな」

 

 確かに烏間先生の肩や指先は僅かに震えているが、もうすでに生徒たちよりはるかに強かった。

 

『皆さん、最上階部屋のパソコンカメラに侵入しました! 上の様子が観察できます』

 

 律の声が聞こえ、全員が自分のスマホを見る。最上階エリアは一室が貸し切りとなっており、律が確認する限り残るのはこのカメラに見える男1人だけのようらしい。つまりはこの男が黒幕であるということだ。男は煙草を吸い、何かモニターを見ている。モニターにはウイルス感染で苦しんでいる他のE組の生徒たちが映っている。楽しんで見ているのがスマホ越しからでもわかった。

 

「…………」

 

 心の中に黒い感情が淀んでいくような感覚に陥る。冷静になろうとしてもなれない。映像越しからでもこの男から発せられる負のオーラは分かる。低級呪霊がその感情を糧にして群がっているのすら見える。深呼吸を繰り返すがダメだ。

 殺せんせーは言う。黒幕の男は殺し屋ではない。男は殺し屋の使い方を間違えている、と。殺し屋は見張りと防衛に回すものではない。もちろんそれが間違いというわけではないが、守りに全振りするのは違うのだ。

 最上階へのカードキーは見張りから奪うことができた。カードキーを通し、気配も足音も決して黒幕の背後へと忍び寄る。可能な限り接近し、捕らえる予定だった。

 

「かゆい」

 

 男が声を発した。ポリ、ポリと男は己の頬を掻く。私は、否、私たちはその声を知っていた。背筋が粟立ち、心臓が大きく跳ねた。何故、どうして、こんな場所に、そんなはずがない。頭の中で様々な思考が入り乱れ、上手くまとまらない。

 しかし私たちのそんな混乱などお構いなしに、彼は続ける。

 

「思い出すとかゆくなる。でも、そのせいかな。いつも傷口が空気に触れるあから……感覚が鋭敏になってるんだ」

 

 そう言うと男は無数の同じ形のリモコンを部屋中に投げつけた。元々マッハ20の怪物を殺す準備できていたから、リモコンもそのスピードで奪われないようにいくつも予備を用意したのだろう。うっかり誰かが倒れ込んでも押してしまうくらいの数が床一面に広がる。その聞き覚えのある声は、前よりも濃い邪気を孕んでいた。

 

「……連絡がつかなくなったのは、3人の殺し屋の他に身内にもいる。防衛相の機密費、暗殺に使うはずの金をこっそり抜いて……俺の同僚が姿を消した。どういうつもりだ、鷹岡ァ!!」

「悪い子達だ……。恩師に会うのに裏口から来る。父ちゃんはそんな子に教えたつもりはないぞ。……仕方ない。夏休みの補習をしてやろう」

 

 邪悪な笑みを浮かべた鷹岡は全員を屋上のヘリポートの方まで誘導した。明らかに正気ではない目でリモコンと解毒剤が入ったスーツケースを持つ鷹岡は自信満々に己が考えていた当初の計画を話し始めた。

 鷹岡が本来考えていた計画は茅野さんを使い、対先生弾がたっぷりと入ったバスタブに茅野さんを入れ、殺せんせーを抱いた上でセメントで生き埋めにする。対先生弾に殺せんせーが触れずに元の姿に戻るためには、生徒ごと爆裂しなければならない。だが生徒に危害を加えられない殺せんせーはそんなことはできない。だから大人しく溶かされてくれる……鷹岡はそういう計画を立てていた。悪魔的な、非人道的とも言える計画を。

 

「全員で乗り込んできたと気づいた瞬間は肝を冷やしたが、やることは大して変わらない。お前らを何人生かすかは俺の機嫌次第だからな」

「……許されると思いますか? そんな真似が」

「…………これでも人道的な方さ。お前らが俺にした、非人道的な仕打ちに比べりゃな」

 

 鷹岡はまた頬をボリボリと搔き毟る。屈辱の目線と、騙し打ちで突き付けられたナイフが頭の中でちらつくたびにかゆくなって、夜も眠れないのだと叫ぶ。落とした評価は結果で返す。受けた屈辱はそれ以上の屈辱で返す。そう言った。

 

「特に潮田渚。俺の未来を怪我したお前は絶対に許さん!!」

「背の低い生徒を要求したのは渚を狙ってたのか」

「つまり渚君はあんたの恨み晴らすために呼ばれたわけ? その体格差で本気で勝って嬉しいわけ? 俺ならもーちょっと楽しませてやれるけど?」

「外野は黙ってろ!!」

 

 鷹岡は感情を隠すことなく怒り叫び、渚君だけをヘリポートに呼ぶ。広いヘリポートで渚君は土下座を強いられた。渚君は反抗することなく、ただ静かに頭を垂れて鷹岡の怒りを受け止める。鷹岡は渚君の頭を踏みつけ、愉悦の笑みを漏らす。

 

「やっと本心を言ってくれたな、父ちゃんは嬉しいぞ。褒美にいいことを教えてやろう。あのウィルスで死んだ奴がどうなるか『スモッグ』の奴に画像を見せてもらったんだが…………笑えるぜ、全身デキモノだらけ、顔面がブドウみたいに腫れあがってな。見たいだろ? 渚君」

 

 邪悪な声が聞こえてくる。その言葉と同時に解毒剤の入ったスーツケースが宙を舞い、爆破された。薬の破片がそこら中に散らばるのを見て、私の中の何かがキレた。

 

「ふざけるなよ、クズが……ッ」

 

 私が飛び出そうとした時、寺坂君に腕を掴まれる。

 

「離せ」

「うるせぇ、黙ってここにいろ」

 

 寺坂君の言葉に、私はギリ、と歯噛みをする。

 ヘリポートにいる渚君は散らばる薬の破片を、絶望の表情で見上げていた。

 

「そう!! その顔が見たかった!! 夏休みの観察日記にしたらどうだ? お友達の顔面がブドウみたいに化けていく様をよ! ははははははははっ!!!」

 

 高笑いに混じって、誰かがナイフを取る音が聞こえた。その音は渚君で、殺意に澱んだ眼差しで鷹岡を睨みつける。

 

「殺……してやる……」

「ククク、そうだ。そうでなくちゃ」

「殺してやる……よくも、みんなを……」

「はははははは!! その意気だ! 殺しに来なさい、渚君!!」

「渚、キレてる」

「俺らだって殺してぇよあのゴミ野郎。けど、渚の奴マジで殺る気か!?」

 

 ヘリポートを見上げている全員が息を飲む中、寺坂君が渚に向って何かを投げた。寺坂君は苦しそうな呼吸を繰り返している。彼もまた、例のウィルスに感染していた1人だったのだ。私の腕を掴む力も徐々に弱くなっていく。

 

「チョーシこいてんじゃねーぞ渚ァ! 薬が爆破されたときよ、テメー俺を憐れむような目で見たろ。いっちょ前に他人の気づかいしてんじゃねーぞモヤシ野郎! ウィルスなんざ寝てりゃ余裕で治せんだよ!!」

 

 乱れた呼吸を整えるように寺坂君は呼吸を荒くしながら再び口を開く。

 

「そんなクズでも息の根止めりゃ殺人罪だ。テメーはキレるに任せて100億のチャンス手放すのか?」

「寺坂君の言う通りです、渚君。その男を殺しても何の価値もないし、逆上しても不利になるだけ。そもそも彼に治療薬に関する知識はない。下にいた毒使いの男に聞きましょう。こんな男は気絶程度で十分です」

「おいおい、余計な水差すんじゃねぇ。本気で殺しに来させなきゃ意味ねぇんだ。このチビの本気の殺意を屈辱的に返り討ちにして……始めて俺の恥は消し去れ――」

「渚君。寺坂君のスタンガンを拾いなさい。その男の命と先生の命。その男の言葉と寺坂君の言葉。それぞれどちらに価値があるのか考えるんです」

 

 渚君は殺せんせーに言われた通りにスタンガンを拾い、腰に差す。ナイフを構えている渚君が纏う空気感は、先ほどとはまるで違う。彼を覆いつくそうとしていた負の感情はなくなっていた。おそらく彼はもう鷹岡を殺す気はない。……だが、何をするつもりなのかはわからない。

 渚君が鷹岡に向かうが、鷹岡は渚をいたぶる。体格、技術、経験……現在戦闘において渚君はすべてにおいて鷹岡の下だ。この数秒で上回れるようなものではない。鷹岡は、自分が圧倒的に有利な立場にいることを確信していた。疑うことなんてしなかった。

 

「…………」

 

 鷹岡によって地に伏せていた渚君は立ち上がり、薄い笑みを浮かべて鷹岡の元へと歩いていく。ただ、普通に、整備された道を歩くかのように。そして渚君は右手に握っていたナイフを空中に置くように捨て、そのまま……

 ――パアンッ!

 思わず私の脳も揺れたような気がした。渚君が行ったのは猫騙しだ。音の衝撃が、爆発が鷹岡の思考を奪う。仰け反ったその一瞬を逃すほど、渚君は素人ではなかった。腰のスタンガンを抜き、鷹岡の体に当てた。鷹岡が膝を突き、弱々しく息を吐く。つい……と、渚君はスタンガンの先で鷹岡の顎を持ち上げ、その顔を覗き込む。そして、渚君は告げた。

 

「鷹岡先生、ありがとうございました」

 

 その言葉は恐らく、鷹岡にとって屈辱以外の何物でもなかっただろう。スタンガンの電流が鷹岡の体にたっぷりと流れ込み、ついに意識を失った。

 

「よっしゃああ!! ボス撃破!!!!」

 

 みんなが喜びでそう叫んだ。

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