翌日の朝、疲れ切った体をホテルで寝かせていた私の耳に着信音が響いた。
画面を見ると、そこには『七海君』の文字があった。寝起きでガサガサの声のまま、電話に出る。
『朝早くにすみません』
「……ん、だい、じょぶ……どうしたの……?」
ホテルについている時計を確認すると朝の9時。こんな時間に電話が来るなんて珍しい。彼の言葉の続きを待っていると、どうやら彼は今しがた沖縄についたらしい。……何故。
「なんで……?」
寝起きで思考がまとまらないながらに、七海君の説明を聞く。
私がこの南の島に来る前、悟と傑が受けた星漿体の少女の護衛と抹消。その星漿体の少女の世話係の女性が拉致され、拉致犯は取引先を沖縄に指定したらしい。悟や傑、そして星漿体の少女までもがその世話係を助けるために沖縄に来たらしいのだが、星漿体の少女と天元様の同化を阻むために帰りの空港が占拠されるかもしれない。というわけで、急遽高専にいた七海君と灰原君が引っ張り出されたらしい。
『無理を承知なのはわかっていますが、どう考えても1年に務まる任務じゃない。……手を貸してくれませんか、瀬斗さん』
昨日のホテル潜入のせいで死ぬほど体は疲れている。が、可愛い後輩の頼みを断るほど非常な人間ではない。私は電話の向こうの七海君に了承の意を伝えた。
電話を切り、すぐに準備を始める。ここから那覇空港まではそう遠くない。急にいなくなって後で怒られるのも嫌だし、烏間先生に一応メールはしておくか……。そんなことを考えながら、私は急いで支度をした。
那覇空港に着くと、すぐに真っ黒な高専制服の2人を見つける。
「七海くーん、灰原くーん」
2人に駆け寄りながら声をかけると、灰原君が駆け寄ってくる。
「瀬斗さん! 来てくれたんですね!」
「うん。後輩が困ってるんだもん。そりゃあ助けに来るよ」
私の言葉を聞いた七海君は眉間にシワを寄せてため息をつく。
「……頼んだ私が言うのもなんですが、貴女はもう少し自分のことを大事にした方がいいですよ……」
「ん~? 十分してるよ」
ぐーっと伸びをしながら答えると、七海君はそういうことじゃない、とでも言いたげに再び大きなため息をついた。
「まあまあ七海、落ち着いて。確かに一年には割に合わない任務かもしれないけど、こうやって瀬斗さんも来てくれたんだし、僕は燃えてるよ! 夏油さんにいいところも見せたいからね!」
「灰原君は真面目だな~。よしよし」
「わわっ、やめてくださいよ~」
元気よく話す灰原君の頭を撫でると、彼は照れたように笑った。
「で、予定では15時に沖縄発だっけ?」
「はい。今は夏油さんと五条さんで世話係の黒井さんを救助しに行っています」
「オッケオッケ。詳しいことはわかんないけど、あの2人なら多分昼前には終わるでしょ。お昼は空港内で食べる予定? 何が美味しいのかな」
「……瀬斗さん、気楽ですね」
七海君が呆れ顔で言う。そんな彼に笑いかけながら、私は答えた。
「だって、大丈夫だよ。あいつらは最強なんだから」
その言葉に七海君はそっぽを向いてまたため息を吐くし、灰原君はですよね! と笑顔を向けた。
***
「そうなんだよね~。沖縄土産何にしようか迷ってたんだけど、結局悟達こっちに来たじゃん? だから硝子の分だけでいいかな~って」
先ほど朝ご飯の意味も含めて空港内で買ったちんすこうの袋をペリ、と開けながら2人に言う。ちなみに中身は塩味のものだ。包みに灰原君も手を突っ込んで食べ始める。現在時刻、午前11時37分。既に世話係の黒井さんは救出されており、現在は犯人の尋問中である。七海君と灰原君はどちらも引き続き空港内に待機するよう言われていたので必然と私も空港内に留まることになる。
「七海君も食べる?」
「いただきます」
差し出したちんすこうを受け取ると、七海君も包みの口を開ける。そのまま無言でポリポリと頬張っているのを見て、思わずクスリと笑う。七海君が最後の一欠片を口に放り込んだのを見計らって話しかける。
「さっきからさぁ、見られてる気がするのって私だけ?」
「いえ、違うと思います」
「違うか~~」
星漿体狙いの輩か、はたまた全然違う人間か……。
「どうする?」
「放置しておくのも危険かと」
「そうだよね~」
ま、何か仕掛けてきたら対処すればいっか。そう結論付けて再び沈黙が訪れる。が、その静寂はすぐに破られることになる。視線の主は私たちの元へと近寄ってきたのだ。
「こんにちは」
その声は穏やかな表情とは裏腹に、怒気を孕んでいるように感じられた。黒い和服、黒い顔隠しの布。それには見覚えがあった。
「あ~……2人ともごめん。これ星漿体関係ないわ。完全に私の案件だ」
2人の前に立ち塞がるようにして立つと、私は目の前の男に問いかける。
「お前、昨日ホテルで奇襲かけてきた呪詛師の仲間だろ。恰好が同じ」
「そうだ。ミガミ殿をどこへやった?」
「私の呪霊の腹の中。死んではいないけど返す気はないよ」
淡々と答えると、男は苛立った様子で舌打ちをする。そして、懐からナイフを取り出した。呪具だろうなあ。それを目にした七海君がすかさず私の前に出て構える。灰原君も戦闘態勢だ。
「付き合わせてごめんね~」
「大丈夫です」
「そうそう! 瀬斗さんにはたくさん助けてもらってますし!」
「ふふ、頼もしいなあ。じゃあ、ちゃっちゃと終わらせようか」
「ああ、早くしろ。こちらも暇ではないんだ。ミガミ殿を奪い返して貴様らも殺す」
男が地を蹴った。
***
――数分後
「はいまた溜羅木飲み込んで~」
「アゥウ゛」
「一瞬でしたね」
「むしろ職員への言い訳の方が面倒だったわ」
「夏油さんから連絡来ました! 尋問終了。一応空港近くで待機していてくださいだって!」
「了解。それじゃあお昼にしようか。何食べたい? やっぱ沖縄料理?」
「瀬斗さん切り替え早いですね……」
「まあね~。ほら七海君も灰原君も行くよ~」
スマホで空港内のレストランなどを調べながら、私は2人に声をかける。結局、お昼は沖縄そばを食べに行くことになった。
昼食中、また灰原君のスマホに通知が入る。
「滞在期間1日延ばすらしいです!」
「……」
「何かあったのかな」
「特にそういった連絡は……」
なら私情かな。まあいいや。とりあえず今は目の前の沖縄そばに集中しよっと。
「ちょっと気になってたんですけど、瀬斗さん、長期任務の方抜け出してよかったんですか?」
「今更? 昨日色々あってさ、みんなホテルで眠りこけてるよ。一応豪我は置いてきているし、何かあればすぐわかるよ」
「そうですか。なら安心ですね!」
灰原君がいつものように満点な笑顔で答える。相変わらず大型犬みたいだ。可愛い。
「瀬斗さん、もう少ししたらホテルに戻ってもらって大丈夫ですよ」
「いいよ、気遣わなくて。明日の沖縄発の飛行機が出るまでは2人といるよ」
「ですが……」
「いーの」
「……わかりました。ありがとうございます」
七海君がぺこりと頭を下げる。律儀で真面目で優しい後輩に癒されながら、私は沖縄そばを堪能するのであった。
***
午後4時。私は空港の外のベンチに座り、暮れていく夕日を見つめていた。もう少ししたらホテルの方に戻らなきゃいけないが、まだもう少しこうやってぼうっとする時間があってもいいはずだ。静かな呼吸を繰り返していると、突然頬にひやりとしたものを感じ、飛び上がりそうになる。
「あははっ! 瀬斗さんびっくりしすぎですよ!」
振り返ると、そこには飲み物を持った灰原君の姿があった。後ろからは七海君も近づいてくる。灰原君の手にあるドリンクを受け取りながら、私は灰原君にお礼を言いながら訊ねる。2人がそれぞれ私を挟むように座る。
「夕焼け、綺麗ですね」
「そうだね。私夕焼けって好きだなぁ」
貰った炭酸ジュースのプルタブを開けると、プシュッといい音が鳴った。あまり強すぎない炭酸が喉を刺激して心地よい。
「……」
何事もなくただ落ちていく日を眺めているだけなのに、どうして胸騒ぎがするんだろうか。まるで、何かが始まるような、そんな予感めいたものが脳裏を過る。その正体はわからないけれど、なんだか嫌な気分だ。
炭酸ジュースの缶をゆらりと揺らしながら、私の心はどこか別の場所にあった。
「――とさん。瀬斗さん!」
「! あっ、ごめん。ぼーっとしてた……」
「大丈夫ですか? やっぱり疲れてるんじゃ……」
「大丈夫だよ」
そうは言ったのだが、七海君はこちらを疑うように見つめてくる。彼の瞳には嘘や誤魔化しなど通用しないらしい。
「……わかったよ。2人に任せていい? 一応明日の朝飛行機が出る前にもう1回来るけどね」
私がそう言うと、2人は嬉しそうな表情を浮かべた。本当にわかりやすい子達だ。
それから私は2人に送られて宿泊しているホテルに戻った。服を脱ぎ捨て、ベッドに横になる。高級なホテルだからか、ふかふかで程よく沈むマットレスはとても寝心地が良い。自然と私の意思とは別に瞼が勝手に閉じていく。抗うことなんてできないほど眠気が襲ってきているようで、私はそれに素直に従うことにした。