「……何、寝てたんだけど」
「すみません……」
部屋の扉を開けるといつの間にか元に戻っていた殺せんせーがいた。爆睡を無理に起こされると大抵の人間は機嫌が悪くなるものだ。かくいう私も今は殺せんせーに対して優しく当たれそうにない。かといって無視をすると後々が面倒くさい。
「で、何」
低めの声が自分から発せられる。自分で聞いていても不愉快さが滲み出ているのがよくわかる声だった。しかし殺せんせーは怯むことなく口を開く。むしろ楽しそうな声だ。
「肝試しをしましょう! みんなもう海岸にいて、あとは瀬斗さん待ちです」
……肝試し。肝試しかぁ。呪術師としてはそういうのは呪霊の発生に繋がるからやめてほしいんだけどなぁ。でもここで断ってやめさせるのは学生から楽しみを奪う行為になる。
「行くよ。着替えるから5分待って」
「はい!」
***
着替え終わり、肝試しのペアをくじ引きで決めることになった。私のペアはカルマ君だ。
「よろしくね~」
「ん、よろ」
適当に挨拶を交わした後、私たちは肝試しの会場となる海底洞窟へと足を運んだ。300メートル先の出口まで男女ペアで抜ける。入ってみて分かったが、ここは普段肝試しに使われるような場所ではないらしい。そもそもここに夜に来て肝試しをやってこの場にマイナスな感情を抱く人自体が少ないのだろう。正真正銘ただの海底洞窟だ。
懐中電灯を持つカルマ君の後ろをついて歩く。
「瀬斗さんってさぁ」
「何?」
「怖いものってある?」
「特にないかな。嫌いなものはあったりなかったりするけど」
「へえ。そういうこと言う人って結構いるけど、瀬斗さんって本当にそんな感じだよね。今も怖がってないし、ホテルの潜入の時もいつも通りだったし」
「それを言うならみんなも大して取り乱してなかったじゃん。変わらないよ。そういうカルマ君は? 怖いものないの?」
「んー、怖くないのが怖いかな」
「は? どういうこと?」
「瀬斗さんも見たでしょ、鷹岡を倒した後に戻ってきた渚君の顔。安心しきった顔で俺たちの方に向かってきた渚君が、怖くなかったんだ。あれだけ俺たちにとって脅威だった男を仕留めた後だっていうのに。強いところを見せたやつって、普通ちょっとは警戒されるけど、渚君は何事もなくみんなの中に戻ってった。目立つの苦手だからちょっとだけ照れくさそうにして」
「確かにそんな感じだったかもね。意識して見てなかったけど」
「ケンカしたら俺が100%勝てるけど、殺し屋にとってそんな勝敗何の意味もない。警戒できない。怖くないって実は一番怖いんだなって初めて思った」
カルマ君の言葉に納得する。認識できないのはそこにいないことと同じだから、敵意も殺意も抱けない。それを彼は恐怖として捉えている。やはり彼は頭がいい。
「でも負けないけどね。先生の命を頂くのはこの俺だよ」
「はは、そうだね。どっちが殺すか楽しみだよ」
「ところでさ、俺もう1つ聞きたいことあるんだよね」
そう言ってカルマ君は足を止める。振り返った彼は真剣な表情をしていた。
「瀬斗さんってさ、やっぱり普通の人じゃないよね」
確信を持った言葉に私は目を開く。ああ、これは誤魔化せない。適当な言葉ではきっと彼は納得しない。それどころか私のついた嘘をすぐさま看破し、私に真実を吐かせようとしてくるだろう。それは困る。でも上手い言い訳が出てこない。カルマ君ほどの人間を納得させるような言葉が、嘘が出てこない。
「それは転校してきたときに言ったはずだけどな」
「うん、聞いたよ。でもそれだけじゃん。そろそろ教えてくれてもいいんじゃないの? 俺たちって同じクラスメイトでしょ?」
カルマ君の言うことは最もだ。彼らのことを信用していないわけではない。ただ話さない方が、呪いなんて知らない方が彼らにとっていいことだと思うから。そんなもの、普通の人間の人生には必要のないもののはずだから。
「……」
私は沈黙を貫くしかなかった。それに対してカルマ君はため息をついた。
「瀬斗さんの抱えているそれってさ、そんなに重たい物なわけ?」
「……まあ、そこそこ」
本当のことを言うつもりはないけれど、適当に言葉を濁す。カルマ君は少し考える素振りを見せると再び口を開いた。
「やっぱりさ、知りたいよ。俺の個人的な好奇心だけど」
「好奇心は猫をも殺すって知らない?」
「知ってるよ。でも、だからこそ知りたくなるのが中学生って生き物じゃない?」
「……それならさぁ、私のこと探ってみれば? 案外私本人に聞くよりも簡単にわかるかもよ」
挑発的に笑ってみせる。カルマ君は再び思慮深い瞳でこちらを見つめてきた。そして何か思いついたのか、にやりとした笑みを浮かべると私の方へと歩み寄ってきた。一歩一歩、確実に。
「探っていいんだ」
「うん。探ったことを後悔しないなら」
「しないね。自分の知的好奇心を満たせるなら、ちょっとくらいの無茶は許容範囲だよ」
少しでも動けば触れ合いそうな距離感。すっとカルマ君が離れる。
「覚悟してね、俺結構しつこいから」
「頑張れとしか言えないかな」
そうして私たちは再び海底洞窟の出口の方へと歩き出した。
洞窟を出ると磯の香りを含んだ風が頬を撫でた。月明かりに照らされた海岸に私たちの前に肝試しを行ったメンバーが数組いた。
「私部屋に戻るね。この肝試しも、殺せんせーのカップルを成立させたいっていう別の下衆な目的が明け透けに見えてるし」
「それは俺も思ってた。先生には言っとく。おやすみ、瀬斗さん」
「うん、おやすみ」
ひらりと手を振って、その場を去った。抑えきれなかったあくびが漏れ出る。明日は8時までには空港に行かなきゃだし……。早く寝ないと。