午後18時。ようやく東京の船着き場に着いた。早く高専に戻って眠りたい。そう思っていると、見慣れたスーツ姿が視界に入った。
「篠目さん!?」
それは高専所属の補助監督の1人だった。篠目さんは申し訳なさそうな顔をしながら私に頭を下げる。慌てて篠目さんの近くに走り寄った。
「どうしたんですか?」
「その、この近くで呪霊が発生致しまして……甘木術師が沖縄から戻るのは事前に知っていたので甘木術師に割り当てるようにと上から……」
ああ、なるほどね。
補助監督という仕事柄仕方ないとは思うが、篠目さんは本当に申し訳ないと思っているらしく、ずっと謝り続けている。私は別に気にしていないのだが。
「大丈夫ですよ、悟も傑も今は星漿体の任務で忙しいでしょうしね」
「すみません……」
「いえいえ、篠目さんは何も悪くないので。すぐに向かいます、そこまで送ってもらえますか?」
「もちろんです、表に車を用意していますので。こちら、向かう先で起きている怪奇現象の報告書です」
「ありがとうございます。あ、少しだけいいですか、教師たちに話してくるので」
「はい。私は先に車で待機しています」
「わかりました」
タブレット端末を受け取ってから私は殺せんせーたちがいる方に歩き出す。
「ごめんなさい、ちょっと用事が出来てすぐに離れちゃうんだけど……」
「大丈夫ですよ。この後は学校に戻ることなく自由解散でしたから」
「よかった。それじゃあまた学校で。烏間先生も、沖縄の間は何度かワガママを聞いてくれてありがとうございました」
「いや、気にしなくていい」
烏間先生の言葉を聞き、私はその場から離れる。
***
表に停めてある車に乗り、現場へと向かう。任務の位は1級相当。噂から発生した呪霊らしい。
ネジレサマと呼ばれる怪異で、まるで雑巾のように捻られた変死体が発見されるようになった。
「ここです」
連れてこられたのは今は使われていないトンネルだった。
篠目さんに帳を降ろしてもらった後、中に入る。ひんやりとした空気が肌を撫でる。奥に進むにつれて暗くなっていく。懐中電灯をつけて辺りを見渡しながら歩く。
奥まで向かうとトンネルは閉鎖されており、立ち入り禁止の看板が置いてあった。
「……ん?」
その向こうに、私は何かを見つける。近づくとそれは、石を積上げて作られた簡易的な祠のようなもの。なるほど、これが巣か……。
『ね、ねじ、ね、ねねね、ねじります』
目の前から声がして、私は大きく飛び退く。目の前には黒く細長い影のような人型の呪霊がいた。
『ねじります、ねじ、あなたの、ききき、きら、きらいきらいきらいな、ねじりますねじります』
私のことを指差しながらそう呟くように言う呪霊に思わず眉間にシワを寄せてしまう。人語は喋ってるのに意味が全くわからん。
「射干、穿て」
『ァい、おかあさん』
こういう時は遠距離攻撃が楽だよね。
射干ガトリング砲のような両腕から呪力の弾丸が発射される。
「避けられたか」
『あたた? あてた? あたた?』
射干も混乱しているようだ。仕方ない、少し博打になるが近接に持ち込もう。
私は事前に取り出しておいた刀を鞘から抜く。そしてそのまま駆け出した。
『ね、ねねねね、じ、ねじ、ねじり』
呪霊の右腕が伸びてくる。それをしゃがみこんで避けてから右足を大きく踏み込む。狙うべきは胴体か。私は勢いよく刀を振り上げる。しかし、感触がない。
ボキボキッ、ぐちゅっ
嫌な音ともに、想像を絶する痛みが左腕に走った。呼吸が浅くなる。左腕を見ると、雑巾のように捻られていた。くそ、触れられてないはずだぞ。
「……厄介だなあクソが」
痛みに耐えながらも右手で刀を構え直す。
すると、背後に気配を感じた。咄嵯に振り返るとそこには呪霊。それが腕を振りかぶっていると気づいた時にはもう遅かった。背中に強い衝撃を受ける。地面に叩きつけられて息が詰まる。痛む身体を無視してすぐに起き上がり距離を離す。
「あー、クソ……クソっ、血が流れていっているせいで思考がまとまらない」
チカチカと目の前が点滅している。本格的にまずい。早くしとめて高専で硝子に見てもらわないと……。
『ねねね、ねじ、ねじり、ねじります。あな、あなな、あな、あなたの、あなたのきき、き、きらい、きらいなひと』
呪霊が近づいてくる。黒い腕が私の方に伸びてくる。私はそれを斬り落とす。
『ねじ、いや、いたいいたいいたい! ね、ねじり、ねじ、ねねねね、じ、ねじ、ねじ、ねじります!』
斬られた部分を押さえながら後退していく呪霊を睨みつける。とりあえず攻撃は当たる。次で仕留めたいな。
私は刀を握り直し、地面を蹴った。
『弟切!』
弟切を呼び、呪霊の動きを止めて、一気に畳み掛ける。
『ねじり、ねじ、あ、ぁあ、ああああ!! きえたくない! きえ、た、きえ、きえた、きえ! きえたくない!!』
呪力を込めた刀の刀身を呪霊の首を跳ね飛ばすように振り下ろす。呪霊の首は宙に舞い、頭を失った呪霊はそのまま祓われ、倒れ込んだ。
安堵したのも束の間、急に視界が歪んだ。やばいと思ったときには遅く、私はその場に膝をつく。
「お、とぎり、外の車まで運んでくれる……?」
『うん、ママ』
私の頼みを聞き入れてくれた弟切は私を担ぎ上げ、外に向かって歩き出す。
『ママ、しょーこのとこ、いくから、ネナいデ、ママ、だめ、ダメだよ』
最後に見たのはまるで縋るように話す弟切と、心配したように駆け寄ってくる篠目さんの姿だった。