時は進み、昼休み。壁も殺せんせーによって無事に直され、一安心したのもつかの間、イトナ君は教室に戻ってきて自分の席でひたすら甘いものを食い尽くしている。
「すごい勢いで甘いもん食ってんな……」
「見てるだけで気持ち悪くなるわ」
「甘党なところは殺せんせーと同じだ……」
「表情が読みずらいところとかな」
表情が読みずらいのはまだしも、甘いものが好きなのは意外と普通だろ、とツッコミを入れたくなる。私の脳裏には甘いものを大量に食べる悟が浮かんでいた。
そもそも、兄弟疑惑がなくたって同じところなんて探せば赤の他人同士でもいくらでも見つかるものだ。
「みんなやたら兄弟疑惑で私と彼を比較してます。ムズムズしますねぇ」
そう言いながら殺せんせーは机からエロ本を取り出して読み始める。
「教師がンなもん読むな……」
時と場合を考えろ……。と思っていると、イトナ君も同じエロ本を机から出して読み始めた。そこまで合わせなくていいと思うんだ、私。
「おいお前もか転校生」
「巨乳好きまで同じだ! これは俄然信憑性が増してきたぞ……!」
「わからんわからん」
「そうさ! 巨乳好きはみな兄弟さ!」
「三人兄弟!?」
「バカしかいないのかこのクラス」
ため息交じりに私が言うと、一緒に食事をとっていたカエデちゃんがあはは、と苦笑いを零した。
***
放課後に行われた勝負のルールは簡単。リングの外に足が着いたらその場で死刑、観客に危害を与えても負けというものだ。
「では、合図で始めようか。暗殺……開始!!」
そんなシロの掛け声で勝負は始まった。
始まった瞬間、殺せんせーの触手が落ちた。けど、そんな事よりその場にいる全員が釘付けになったのは、イトナの頭部。いや、イトナの頭部から生えていた触手だ。
「どこでそれを手に入れたっ!! その触手を!!!」
殺せんせーが顔を真っ黒にして触手について聞く。イトナが何故姿形の似ていない殺せんせーを”兄弟”だと称したのか、その理由を一瞬にして全員が理解した。
「怖い顔をするねぇ。嫌なことでも思い出したかい?」
「どうやらあなたにも話を聞かなければいけないようだ」
「聞けないよ。死ぬから」
殺せんせーに謎の光が当てられた。怒っていて、今にもシロに襲い掛かりそうだった殺せんせーの動きが止まる。
「この圧力光線を至近距離で照射すると、君の細胞はダイラタント挙動をおこし、一瞬で全身が硬直する。全部知っているんだよ、君の弱点は全部ね」
「死ね、兄さん」
イトナの触手が殺せんせーを貫く。殺せんせーは死んだかと一瞬思われたが、どうやら脱皮して逃げたらしい。しかし、脱皮直後だとスピードが落ちるらしく、戦いはイトナ君の方が優勢だった。更に触手の再生も体力を使う。最初に触手を再生していた殺せんせーの動きは鈍い。そして今までここまで追い詰められたことのなかった殺せんせーは焦り、動揺し、触手の扱いがいつもより上手くいっていない。そこにシロのサポートも入れば、いずれ負けるのは殺せんせーだろう。まさしく殺せんせーにとっては絶対絶命というやつだ。
つまりそれは、地球を救うチャンスだということになる。
中の2人は観客に危害を与えるのは禁止されているが、シロのやっているように外野が妨害するのはセーフだ。E組メンバーが外から銃で狙えば、もっと殺せんせーを追い詰められるだろう。なのに、やらない。教室内のクラスメイト達の顔を伺うと、全員複雑な表情に覆われていた。
「足の再生も終わったね。さて、次のラッシュに耐えられるかな?」
「ここまで追い込まれたのは始めてです。実に周到に計算されている暗殺です。あなたにも聞きたいことは多いですが……まずは試合に勝たねば喋りそうにないですね」
殺せんせーは追い込まれているのに余裕の表情で触手を鳴らす。
「シロさん、1つ計算に入れ忘れていることがありますよ」
「無いね。私の計算は完璧だから……殺れイトナ」
完璧なんて存在しないのにと思っていると、床が大きな音を立てた。何事かと思う間もなく、触手が溶けたイトナ君の姿が目に入る。よく見てみると、床に対せんせー用のナイフが落ちていた。
「おやぁ? 落し物を踏みつけてしまったようですねぇ」
いつもの人を煽るような声音で殺せんせーはにやにやとイトナ君を見てから、自分の脱皮した皮で動きが鈍ったイトナ君を包んだ。
「同じ触手なら、対先生ナイフが効くのも同じ。触手を失うと動揺するのも同じです。でもね……先生の方がちょっとだけ豪快です!」
その言葉と共にそのままイトナ君を窓の外に放り投げた。
「君の足はリングの外についている。先生の勝ちですねぇ」
いつもの様にナメたドヤ顔色の殺せんせーを見つつ、校庭に放り投げられたイトナ君の方を見た。窓枠に少しだけ乗り上げてイトナ君を観察する。呪術師という立場に加え、自身の術式の性能上、人間の負の感情にはひときわ敏感な私は思わず顔をしかめてしまう。
「異常なまでの殺意に憑りつかれてるな……」
イトナは狂気に満ちた表情を浮かべながら殺せんせーを睨んでいた。
「勝てない……俺が…………弱い……?」
その言葉の次に、イトナ君の白い触手はどす黒い黒に変わった。
「俺は強い……! この触手で誰よりも強くなったんだ…!」
膨大な殺意。それが殺せんせーに向かれていることくらい誰の目にも明らかだが、つい「いいなあ」と思ってしまう。
あの強大な殺意。あれがもし私に向けられたら、さぞいい呪霊が生まれるんだろうなぁ。
それからイトナ君は、私なんかの視線には気づかずにそのままの勢いで教室内にいる殺せんせーの元へ突っ込もうとしたが、それは叶わなかった。イトナ君を何かが襲ったのだ。
ぷつんと糸が切れたようにその場に倒れるイトナ君。
「すみませんね殺せんせー。どうもこの子は、まだ登校できる精神状態では無かったようだ。転校初日でなんですが、しばらく休学させてもらいます」
「待ちなさい!! 担任としてその生徒は放っておけません。それにシロさん、あなたにも聞きたいことが山ほどある」
「いやだね、帰るよ。力ずくで止めてみるかい?」
と言うシロの肩を掴もうとしたが、触れた瞬間に触手が爆ぜた。
「対先生用繊維。君は私に触手1本触れられない。心配せずともまたすぐに復学させるよ。3月までに時間はないからね。責任もって私が……」
「……責任?」
その言葉が引っかかるが、誰かが聞く前にシロは気絶したイトナ君を連れて校舎を去っていってしまった。
試合で移動された机や椅子を戻すために教室内を動く生徒たち。いつもなら手伝う殺せんせーは、触手で顔を隠して教卓に座りっぱなしだった。いや動いてくれ。
「何してんの殺せんせー?」
「さぁ? さっきからああだけど」
「シリアスな展開に加担したのが恥ずかしいのです……。先生どちらかと言うとギャグキャラなのに」
「自覚あるんだ」
「そこも含めてウザイわ」
「かっこよく怒ってたねー。どこでそれを手に入れたっ! その触手を!」
「いやー!! 言わないで狭間さん!! 改めて自分で聞くと逃げ出したい……。掴みどころのない天然キャラで売ってたのに……。ああも真面目な顔を見せてはキャラが崩れる……」
「自分のキャラを計算してんのが腹立つな」
「引っ叩きたい」
教室全体がほとんど片付いたころ、殺せんせーを中心にして輪ができ始める。
「でも驚いたわ。あのイトナって子、まさか触手を出すなんてね」
イリーナ先生も何か思うことがあるようだ。まあそれは、イリーナ先生だけではないと思うが。
「……ねぇ殺せんせー説明してよ」
「あの2人の関係を」
「先生の正体、いつもテキトーにはぐらかされてたけど、あんなの見たら気になるよ」
「そうだよ。私たち生徒だよ? 先生のことよく知る権利、あるはずだよ」
次々と質問を投げかけるクラスメイトたち。殺せんせーは観念したのか、ため息をつくと話を始めた。さて、いったい何が出てくるやら。
少しの沈黙の後、殺せんせーは口を開いた。
「実は先生……人工的に作り出された生物なんです!!」
数秒を置いて言われた言葉は流石に全員が想像できていたものだった。私たちが知りたいのはその先だ。
どうして殺せんせーはイトナの触手を見て怒りを抱いたのか、殺せんせーはどういう理由で生まれて、何を思ってE組に来たのか。
「…………残念ですが、今それを話したところで無意味です。先生が地球を爆破すれば皆さんが何を知ろうがすべて塵になりますからね」
殺せんせーの顔が歪む。……いくら普段優しく厳しい良い先生でも、殺せんせーは月を破壊出来るような超生物。それを忘れてはいけない。
「逆にもし君たちが地球を救えば、後でいくらでも真実を知る機会を得る。もう分かるでしょう。知りたいなら行動はひとつ。殺してみなさい。暗殺者と暗殺対象、それが先生と君たちを結びつけた絆です。先生の中の大事な答えを探すなら……君たちは暗殺で聞くしかないのです」
上手くはぐらかされてしまったな、と恥ずかしがりながら出ていく殺せんせーを見た。