第1話 やっと始まる
「以上でカードについての説明は終わりとなります。ここまででなにか確認しておきたいことはありますか」
「いいえ」
「では、続きましてカードの販売に移らせていただきます」
そう言い終えるとギルド職員の
バインダーに目を通すと、それは販売中のDランクモンスターカードのリストになっていた。
最低額のものでも100万円。こうして向き合うと、しまっておいた不安が漏れだしてくる。
「実は、私は元冒険者なんですよ。カード選びについてのアドバイスもできますので、なにかあれば聞いてください」
不安を抱えながらバインダーをめくっていた俺に対して、浅黄さんは自分を信じろと言わんばかりに胸に手を当てそう言った。
実際に決めあぐねていた自分にはありがたい言葉だ。
しかし、決めあぐねている最大の理由は──
「お待たせしました。こちらがお預かりした魔道具の査定結果になります」
「ありがとうございます」
自分の予算が分かっていないことであった。
小2の頃から貯めた小遣いは約20万円。これだけではどうにも足りない。
冒険者になるのに反対する両親の協力は得られず、今日の午前に中学を卒業したばかりでバイトもしておらず。
俺にできる金策は持ち物を売ることだけであった。かといって、一般中学生が持つ高価な品など限られている。
つまりは、俺の頼みの綱は前回のアンゴルモアの際に拾った魔道具のみだった。
ここまで話を進めてくれたことから、最低100万円はあると信じたい。恐る恐る渡された資料に目を落とす。
1万、1万、5万、7万、100万。
「ふぅ……」
「良い結果だったようで何よりです」
「はい。時間取らせてすみません」
あの石そんな高価だったのか…。俺は安堵の息をもらした。
合計139万円、冒険者登録料10万を差し引いても、Dランクのモンスターカードを買うことができる。
そんなことを考えながらも、俺は購入するカードの選定を浅黄さんに相談した。
「予算100万円だと、どのカードが無難でしょうか」
「……カードの価格には相応の理由があります。100万円ですと、欠点の目立つ種族やマイナススキル持ちとなります。」
「……」
「個人的に言うと、無難な選択はお金を貯めて出直すことです。安価なカードを選べば、その分リスクが高まる。アルバイトでも、1年も働けば100万円に届きます。来年になれば、まともなカードが購入できるでしょう」
浅黄さんの言う通りだ。安全に迷宮攻略をするなら、ちゃんとしたカードで始めるべきだろう。ただそれでも、
「早く強くなりたいんです」
「迷宮では命を失うかもしれない。あなたはよくても、残されるのはとても辛いものですよ」
「それでもです」
胸に手を当て命の尊さを訴えてくる浅黄さんの意見を跳ね除け、バインダーに視線を戻した。
ただ、問題があるとすれば、カードを見たところで種族の特徴もスキルの効果も、俺は分からないのである。
「でしたら、選ぶのは後衛がよいでしょう。前衛では敵の攻撃を受けやすいですからね。それと、マイナススキルのドジ持ちもやめましょう。あれは回避のしようがない」
「なるほど」
「当ギルドで用意しているものですと、天邪鬼、一反木綿、最後に妖k…いえこれは違いますね」
浅黄さんの助言に耳を貸す。しかし、露骨に妖怪に偏っている。もしかして、彼の趣味だろうか。
偏向的な情報はやめて欲しいが、今はいい。もう決まった。
「では、その妖狐にします」
「えぇ……。これだけはマイナススキル2つもありますよ。無難とは程遠いかと……」
「でももう決めました」
「……では、会計の方に移りましょう」
翌日、俺は早朝から近場のFランク迷宮にいた。
できれば、冒険者登録が終わり次第来たかったのだが、家で荷物整理をしていたら、母親に引き止められてしまった。
仕方ないので親の目を盗むためにも、早朝から来たわけである。
何らかの成果でもあれば親も認めてくれるだろうか。いや、認めてくれないだろう。
独り立ちするまではこんな活動が続きそうだ。
考え事は終わりにして、俺は昨日買ったカードへと目を落とす。
【種族】妖狐
【戦闘力】150
【先天技能】
・狐火:火の玉を操る。
・変化:自身の姿を自在に変える。
【後天技能】
・野心:自身の望みに向けた行動に対するプラス補正、それ以外の行動に対するマイナス補正。
・渾身の一撃:魔力を消費し、次の攻撃にプラス補正。
・臆病
・運動音痴
それにしても、このカードは何でできてるのだろうか。金属のように硬く割れてしまう訳でもなく、紙のように柔らかく破れてしまう訳でもない。
ネット上では、カードは破壊不能とまで言われている。
はぁ……そろそろ目を背けるのも限界か。
浅黄さんに教えてもらったアプリでスキルの効果を調べることができたが、確かに弱い。
昨晩に何ができるか考えてみたところ、臆病と運動音痴の対処法をいくつか考えてきた。
しかし、問題は野心である。妖狐の望みが分からない限り対処のしようがない。
軽く打ち明けてくれるタイプなら良いのだが……。
案ずるよりも産むが易し、実際に召喚してみるか。
俺はカードを前に掲げ、念じた。
出でよ、妖狐。
すると、カードから眩しい光が溢れ、目の前には妖狐が現れた。
見た目はただの狐と大差ない。だが、どことなく礼儀正しい佇まいをしているように見える。
「はじめまして、マスター。以後よろしくお願いします」
これは厄介だ。まともな人相を装うことで仮面とし、自身の本性である野心も臆病さも表には出さないタイプだ。
本人が隠している以上聞き出すのは難しい。会話でもしながら、本心を探る他ないか。
「よろしく」
「間が長くありません?考え事でも?」
いや、気のせいだよ。実力を見たいから、敵を探すとしよう。俺は迷宮の深部を目指し歩き出そうとした。
「マスター、多分ですが声に出てないです」
「……とりあえず、敵を探そう」
ぼっち生活が長かったせいか、声に出す習慣がついていないようだ。初めて気づいた。
それはさておき、今度こそ歩き出した。
初の迷宮攻略がここなのは浅黄さんに勧められたからであった。
ここは遺跡型のFランク迷宮で、出てくるのはスケルトン、ゾンビなどのアンデッド中心。
数は基本的に2体1組とのことだ。
ついでにマップなどの迷宮情報を公開してる違法サイトまで教えてくれた。それでいいのだろうか。
ここならうちの妖狐でもなんとかなるだろう。状況を再確認しているうちに、敵を捕捉した。この先にいるのはおそらく──
「マスター、敵を補足しました」
「ああ、足音からして、スケルトンが2体いる。」
「え……私の存在意義……」
狐はイヌ科の動物だから、きっと鼻がいいのだろう。それによる索敵を自身の役割と認識していたようだ。
だが、ここは遺跡型の迷宮。閉鎖的なこの場所では、耳をすませば常に足音が響いているのである。
「戦闘の用意はいい?」
「……すみません、マスター。私は戦えません。恐ろしくて仕方がないのです。どうかほかのカードに交代してください。」
「他のカードなんて持ってないよ」
「は?」
無いものは無い。妖狐を買ったあともお金は残っていたが、浅黄さんの勧めでいくつかの便利用品を買っていた。
焦りからか仮面が外れかけた妖狐は逃げ道を探し始めた。
「そんなに戦いたいならご自身で戦えばよろしいのでは?」
「さっき試したけど、効率が悪い」
「命知らずが過ぎません?!」
自分で言い出したのになんなんだ。俺だって考え無しでは無い。
念入りに調べたとはいえ、妖狐の実力には不安が残る。払拭するためにも、ナイフ片手に調査してきた。
その結果を鑑みて、妖狐に戦闘への参加を求めているのである。
そうこうしているうちに、敵も俺たちを補足したようだ。
スケルトンがどんどんと迫ってくる。
その状況でも妖狐に戦闘の意思はなく、縮こまり怯えている。このままでは、戦闘どころではない。
しかたない。
俺はゆっくりとスケルトンに近づき、素早く足を払う。
急に倒れた1体目に2体目が躓く、背中を押せば完全に体勢を崩す。
軽く蹴飛ばし位置を調整し、1体目に覆い被さるようにする。
上に乗った方のスケルトンが起き上がろうとついた手を払う。
上が崩れ、その衝撃で下も崩れる。
「攻撃してみて」
敵との距離を少し取り、妖狐に指示を出す。
敵の行動を封じたこの状況なら怯えることもないだろう。
事実、妖狐は次々と火球を放つ。
頭、足、胴、床。恐怖によるものか狙いは定まらない。それでも数でカバーしている。
そして、これは妖狐が戦闘に参加可能なことを示している。
浅黄さんの言う通り後衛を選んで正解だった。前衛がこれでは役目を果たせなかっただろう。
「はぁ……はぁ……」
「おつかれ」
敵が光となり消えたあと、妖狐は激しく消耗していた。精神的な消耗が大部分だろう。
休憩を挟んだ方が良いだろうな。
けれどもそれはできない。
俺たちは目の前の敵に注意を払いすぎてしまった。
前後両方から足音が近づいてくる。2組計4体、しかも挟まれたとなれば、俺一人で足止めするのは無理だろう。
「あぎゃっ!!なんですか?!」
「攻撃する用意しといて」
俺は一言だけ告げて、妖狐を抱えて走り出す。通路の壁沿いを走る。
これだけで知性の低いモンスターは通路の片側に寄ってくる。
そして目の前で旋回すればもう片側を抜けていける。
1組、2組と抜いて、安全地帯を目指す。
現在地は1層の中央付近、目的地までは遠く、安心はできない。
その最大の要因が前方に姿を表す。
ワイルドウルフ、この迷宮では珍しいアンデッドでないモンスター。
獣らしい素早い動きにより、単純な鬼ごっこでは勝ち目がない。
その傍らにいるゴブリンもまたアンデッド以上の知性を持っている。
ここは抜けられない。横の道へと進路を変える。
正解のルートから逸れたことで、必然的に行き止まりへと辿り着いた。
背後には計8体のモンスター。
「あぁ……。心中ですね……」
妖狐が見当違いの言葉を漏らす。思い返せば、妖狐とはまともに会話していなかった気がする。
それは後に回すが、1つ伝えたいことがある。
「僕は死なない」
俺は言いたいことを言い切り、そして次の指示を出す。
「指示をしたら火球を打って」
「指示には従います。けれども、後で話があります。」
妖狐にも思うところはあったようで、間髪入れずに応答する。
後ろの言葉には俺も賛成だ。その実現のためにも目の前のモンスターに向き合う。
最初の攻撃、火球がゾンビに命中し後ろのモンスターを巻き込む。そのうち3体が光となった。
ワイルドウルフが足に力を込める。
それを見てから横に避け、懐のナイフに手をかける。
飛びかかったワイルドウルフは空を切る。
側面に突き飛ばし体勢を崩させる。
その隙をつきに来たゴブリンの首にナイフで一閃。
その場に転がったゴブリンに、2つ目の火球を浴びせる。ゴブリンが光になる。
再び飛びかかるワイルドウルフをかわす。
着地し向き直るのに合わせ、その目に3度目の火球を撃つ。
悶え、唐突に動きを止めるワイルドウルフとそれにつまずくスケルトン。
無理やりスケルトンを押しのけたワイルドウルフの隙をつき胸にナイフを刺しつつ、スケルトンに火球を撃ち込む。
2体は光となり、その場に1枚のカードが落ちた。
残すはスケルトン2体。先の戦いの焼き直しだ。
スケルトンの体勢を崩し、数度火球を撃ち込む。
スケルトンが光となり、これで戦闘は終了だ。
「ありがとう。おかげで助かった」
「それはこちらの言葉ですよ」
妖狐の背を撫でながら声をかければ、嬉しそうに答えてきた。
一休みして、ついでに『話』を聞きたいところだが、それは安全地帯についてからだ。
「このまま行くよ」
「はい」
「マスター、前方ゾンビが2体です」
「わかった。走り抜けよう」
そうして俺たちはやっと安全地帯までたどり着いた。
【Tips】
オリ主。中学を卒業したばかりの15歳男子。卓越した五感と記憶力を持ち、一度見聞きしたものは正確に把握し、決して忘れない。小さい頃の夢は医者だった。注目を浴びのが苦手。