迷宮の半分程を攻略し終え、安全地帯で休息を取る。
迷宮内でのまともな野営は初めてだ。
カードたちに交代で見張りを頼み、俺は寝袋に入る。
「お前らは相撲を取らねぇのか?」
「四足獣には、立ち上がることは難しいですよ」
「私はぁ浮いてますしぃ」
「それもそうか…」
仲間たちが相撲を取れないことに、水虎はテンションが下がった。後で相手してあげよう。
それにしても、こいつら体力有り余っているようだ。
その上、迷宮内は時間が流れないため明るいまま。眠くなどないのだろう。
会話にリリが参加しなくなったと思えば、ガサガサと鞄を漁る音がする。
「ありました!ドッグフード!」
「そういや、この前何食うかとか聞かれたな」
「聞かれましたねぇ。私は口がないので食べれないですけどぉ」
「俺の頼んだ魚はあ…おぇ!?」
勝手に食べ物を探していたようだ。ちなみに魚はない。
生魚をカバンに入れたくなかったので。
かわりに、妥協して言っていたきゅうりが入っている。
「そういやぁその鞄さっきの石が入ってんだろ。よく近づけんなぁ」
「種族柄でしょうね。ちょっと気分が悪いですけど耐えれる範疇です」
「私も近づくだけなら割と大丈夫ぅ。はい、きゅうり」
「やっぱ魚はねぇか。ありがとよ」
なるほど。いいことを聞いた。
索敵しかできないリリが、殺生石を持つことで特攻ができるように……ならないな。
あいつは運動音痴だった。普通に回避されて、返り討ちに遭うだろう。
「お早いお目覚めですね」
目を開ければ真ん前に狐の顔がある。その口には肉食獣らしい牙があり、ちょっと怖い。
いや、大抵の生物はこの距離で見たら怖いか。
「普通だよ」
時計を見れば、予定通り2時間が経過している。
しかし、予めアラームをかけたはずだが……。
「マスター、2時間は流石に短いと思うぜ」
「そうですよぉ。もっとちゃんと寝ましょう」
「参考にするよ」
カードによる妨害を受けていたようだ。
とりあえず鞄に入れていた携帯食を食べ、ストレッチをして、荷物をまとめて、攻略再開だ。
何故かカードたちには、ちょっと引かれた。
リリと一反木綿には耐性があると知ったので近づいてみたが、一反木綿はパフォーマンスが落ちるので騎乗はやめておいた。
一方でリリはより強い耐性があったらしく、普通に抱えられている。
索敵の精度も目に見えた変化はなかった。
そうしてたどり着いた最終階層、環境は夜の森、そして十数体のアンデッド。
この量からして主は一択、黄泉醜女だろう。
黄泉醜女は眷属として黄泉軍を無限に召喚する。
いくら眷属の相手をしてもキリがない。主を叩く他ないだろう。
「水虎は一旦カードに戻って。主の近くでまた呼び出す」
「おう、けど主の位置は分かるのか?」
「アンデッドたちの腐臭で主の位置が探れません」
「視線でわかるよ」
アンデッドは知能が低い。その上、眷属となればさらに低い。
簡単な命令しかできないはず。おそらくその命令は、敵を攻撃すること、そして、主を守ること。
そうだとすれば、後者のために戦闘と関係ない視線の動きがあるはず。それを見極めれば、主へと辿り着ける。
敵の隙間を縫いながら進む。その先では、段々と敵の密度が上がっていく。やはり、この先に主がいる。
「シュウ、敵が壁になってます。このままでは進めません」
「いや、進める。一反木綿もそのままついてきて」
「了解ですぅ」
敵の体は腐っている。脆くなっている。
しかし、それでもモンスターの端くれ、踏みつけた程度では壊れたりしない。
敵を踏みつけ、頭上を駆けていく。
知能が低いが故に対応が間に合わない。
ときより、弓矢を持つものがいる。それさえ回避すれば、問題なく足場にできる。
でも普通にリリが重い。
一反木綿にリリを預かって欲しいが、ひらりひらり矢を回避している姿を見れば無理だとわかる。
どう考えても振り落とされる。
武器にでもなってくれればまだ役に立つのだが……。
「リリ、剣に変化できる?」
「できますが、何をするおつもりですか?」
「敵に切りかかる」
「正気ですか?いや、正気でしょうね。……信じますよ」
「ありがとう。それと敵に当たったら刀身から火の魔法を撃って」
「承知しました」
「だったらぁ、私はこうですねぇ」
するとリリはみるみる姿を変え、祭事用の華美な剣となった。
また、話を聞いていた一反木綿は俺にバフをかける。
「助かるよ。あとは眷属をお願い」
「はぁい」
作戦を伝え終わる頃に、ちょうど主が見えてきた。
眷属よりもさらに腐っていて、全身に力が籠っていないような、立っていることすら不思議な女性、黄泉醜女。
スキルによる無限の眷属召喚から、Dランク最強とまで言われている。
しかし、裏を返せば強いのはそのスキルであり、他はただのDランクモンスターだ。
まずは水虎を召喚し、こちらも眷属を展開する。
俺は主に切りかかる。この程度であれば、主も容易に交わしてみせた。
俺と主は互い振り返り視線を交わす。
けれども、睨み合いもせず動き出した。
主は眷属に号令をかける。
それに対し、俺は主へとハンカチを投げつける。主はただのハンカチを回避した。
しかし避けた先では、ぽかりとあいた口に石の破片が入り込む。
アンデッド相手に毒の効き目は悪いだろう。
けれども、それは完全な無駄ではない。主の体はふらりと左右に揺れた。
先の号令により、周囲の眷属が俺に襲いかかる。
相手にしない。眷属たちの動きは、素人よりも酷いぶれた軌道を描いている。
俺はそれらが届くよりも早く剣を主の首へと切りつける。
刀身は敵の首に少し食い込む。やはり、物理学に則る力では足りない。
だが、
刀身が爆ぜる。また爆ぜる。ゼロ距離で急所への連撃。それは小さな切れ目を広げていく。
そして骨を断つに至った。
主は倒れ消えていく。眷属も動きを止めて消えていく。
「何してんだよ!」
「?」
「お前らも止めろよ!」
「マスターの目なんかガチだったからぁ」
「この人、私よりも強いですし」
「いや、そうだとしもよ」
なんと水虎は俺の身を案じてくれているようだ。
初対面の相撲で実力は示せたと思っていたのだが、まだ足りないのか。
「というかぁ、マスターなんでそうな強いのぉ?実はモンスターなのぉ?」
「魔道具の力だよ」
ドン・キホーテの残した魔道具、サンチョ人形。
その効果で筋肉の密度を上げている。故に今の俺は通常の人間の数倍の力を振るうことができる。
体格差の大きい水虎を投げることも可能だ。
「その魔道具はどこに?」
「インプラント」
治癒阻害の怪我により、人形を手放すだけで死んでしまう。
だから体内に埋め込んだ。そういう身体へと作りかえた。
「けどもよ、俺たちよりは弱いままなんだろ。だったら後ろに控えといた方が安全だろ」
「それは状況次第ではないですか」
「そう、ケースバイケース」
「ぐぬ」
俺たちは水虎を言いくるめた。
「それでも、基本は俺たちが戦う。それは譲れねぇ」
「うん、それでいいよ」
議論は落とし所を見つける。
そしてやっと宝箱を開ける。
迷宮のランクが上がったところで中身の魔道具の質は変わらない。
あまり期待はできない。
しかし、中に入っていたのは刀。それもかなり上等そうな雰囲気をしている。
これは三明の剣の一振、顕明連。三明の剣の中で一番レアなヤツであり、そのレア度はAランクと言われている。
「ダメだからな?」
「約束は守りましょうねぇ」
「アイデンティティの即日喪失……」
何も言ってないのに、否定された。
しかし、自分で使わないにしても、売りに出すのはやめておこう。
確かに高価だが、強い武器として所持しておきたい。
この先残りの2振りも手に入るかもしれないし。
「水虎、使う?」
「相撲は素手でやるものだ!」
多分使わないという事だろう。
やはり使うなら俺か。
軽く振るってみるが、何も感じない。
所持者に神通力を与えると言うが、それはカード限定らしい。
今頃迷宮の外は日が傾いているだろう。
まだ人通りが多く、体調不良を撒く殺生石と高価な顕明連を持ち歩くのは良くないだろう。
両親には連絡を入れ、この迷宮で深夜まで過ごすことする。
俺はアラームをセットし寝袋にくるまった。
『実はモンスターなのぉ?』
その言葉が頭に残っていた。古い記憶が呼び起こされる。
『まさかモンスターなのか?!』
なんて返せばいいかわからなかった。ちゃんと答えればよかったのだろうか。
けれども、今更どうしようもない話だ。
アラームに合わせて起き上がった俺は荷物をまとめ、リリたちをカードに戻し、迷宮を後にする。
深夜の人のいない道を歩く。家までは駅が2つ分、朝までには帰れるだろう。
いや、そんな悠長なことはできない。俺の手には刀が握られており、立派な不審者だ。
人目を避けつつ、走り始める。
カード化してしまいたいが、ギルドに頼むと1つ100万円もする。
今の俺には手の届かないものだ。
当面はこれを持ち歩き、武器とすることは叶わないだろう。
それに対し、リリを武器にすることならば今後も使える。
しかし、本人はどう思っているのだろうか。
敵の肉体に食い込むなんて気味が悪いだろう。避けるべきだな。
【Tips】顕明連
持つものに神通力を与えるという伝承をもつ三明の剣の一振。
しかし、神通力を与えるのはカードに対してのみであった。ただの人間が装備しても丈夫な刀でしかない。