階段を下る。
すると眼前には森が広がっている。何の変哲もない森だ。これでは敵を特定できないな。
「リリ、なにかある?」
「真っ直ぐ進んだ先に何かがいます」
天耳通により敵の居場所を特定する。
水虎の眷属が先陣を切るが、何も起きない。
「敵が遠ざかっていきます」
「追いつきゃいいってことか?」
「様子を見よう」
そのまま進んでいく。
気がつけばそこは森ではなくなっていた。よく知っている。家の近所の通りだ。
「すみません。敵を見失いました」
「大丈夫、気にしないで」
敵を見失った。
つまり、ここには俺たち以外はいない。
これは本物ではなく、迷宮の中に作り出された幻影か。
これが第1フェーズだとすれば、何らかのトリガーで、次のフェーズへと進む。
トリガーはなんだ?俺の知る場所を模しているからには、敵であるイレギュラーエンカウントの縁だけでなく、俺の縁も関与する場所にトリガーがあるはずだ。
日の傾きからして昼頃、帰宅や登校の線はないな。
だとすれば、行き先は三箇所に絞られる。
内容の薄い自分の人生が利点となる珍しいケースだ。
「どこへ向かっているのですか?そちらには自宅も学校もないですよね?」
「まずは近所の公園」
俺に縁のある場所。
現在では家と学校ぐらいであり、それが否定されたとなれば、残るは過去と未来。
過去では、アンゴルモアの時に目的を定めた公園、トラウマができた中学校。
未来では、これから驚異になる可能性が高いBランク迷宮。
その三箇所を近い順に巡っていく。
ん?待てよ。何故リリは自宅と学校の位置を知っているんだ?
この街が幻覚だとしたら、まさかリリたちも幻覚なのか?
「君は何者?」
「所謂呪いのカードです。呪いと言っても、マスターを通して外のことを見ることができるくらいですけれど」
呪いのカード。持っているだけでマスターに害があると言われるもの。
しかし、いつ敵が干渉してくるかわからない以上、今はその件については対処はできない。
「信じていいんだね」
「はい。信じてください」
そのまま進み、たどり着いた公園には1人の女性がいた。理解した。
これは俺の理想の世界だ。
全てを守ることはできないから、数を減らしてたった一人を全てに変えた世界。
この世界なら俺はすべてを守ることができる。
ただ、そんな合理性だけでできたものを望むわけなどない。
魅力的な花畑を見せて寄り道させる。
敵の正体は「赤ずきん」だ。
だとすれば、第1フェーズでは寄り道をやめる、理想の世界を否定することがトリガーとなる。
迷いなく女性の首を切り落とす。
すると周囲は再び森へと姿を戻した。
しかし、先程までと違い、目の前には一軒の家がある。
「赤ずきん」の第2フェーズでは2つの選択肢がある。
家の中で眠る狼の腹を裂けば、被害者を腹の中から出すことができ、その後目覚めた狼と戦闘になる。
眠る狼を殺せば、狼よりも弱い猟師との戦闘になる。
俺は家の中に入る。家の中央では腹を大きく膨らませた5m程の背丈の人型の狼が寝ている。
狼の腹を裂く。
腹の中から出てきた手を掴む。それは簡単に引き出された。手首より先はない。
腹の中を覗きみれば、肉片となり混ざりあった数人がいた。
彼らは第1フェーズを突破出来なかった者たち。花畑に囚われたまま、食い殺されたのだ。
肉片を掻き出し、第2フェーズでの被害者を探す。そちらの場合は童話通り丸呑みされているはずだ。
時間をかけて肉片を掻き出していく。
けれども、全ての肉片を掻き出せば、もうそこには何も残っていなかった。
「戦闘準備をして」
「はい!」
「おう!」
そろそろ狼が目覚める。
イレギュラーエンカウントは足を踏み入れれば、敵を倒すまで帰還はできない。
生存者がいなかった以上、無駄な戦いとなってしまった。
やはり、俺は運がないようだ。
俺たちは狼から距離を取り、臨戦態勢に入った。
目覚めた狼は立ち上がり、遠吠えを上げる。
すると狼の腹の傷はみるみるうちに塞がっていく。
そんな隙を見逃す訳もなく、俺は狼の足の健を切断する。
その場に倒れる狼を河童達が覆うように襲いかかる。
ジタバタと足掻く狼により1体、1体と河童が倒されていく。
けれども、狼も無傷で対抗出来るわけはない。
30体の河童が倒されたあたりで狼は光となって散っていった。
生存者はいなかった。今回も無駄足となってしまった。
ゴールデンウィークで普段よりも時間のあるため、俺は遠出してイレギュラーエンカウントの疑いがある迷宮を巡っていた。
7箇所を巡り、実際に遭遇したのは今の狼を含めて2箇所。
その2箇所に限らず、7箇所全てで生存者は発見できなかった。
このゴールデンウィークは無駄になったのだ。
正確には、成果としてイレギュラーエンカウントの魔石が2つ手に入り、これで騎士にやられた怪我が治せるようになった。
しかし、怪我はこのまま放っておいても問題ない。
それよりも戦力の補強に使いたい。
今日はゴールデンウィーク最終日。明日は学校が控えているので、移動時間を考慮し、明るいうちから帰路に着く。
もうずっと休みでいいのに。
そう思いながら迷宮から出ると、目の前に人がいた。
お互いに驚き距離をとる。
相手は見た事のある人物、四ツ星冒険者赤塚剣一。
彼がここに来る理由など限られている。
「……?確かお前は鏡介が贔屓にしてる子だよな?ここで何をしていた?」
「救助です」
「なるほどな。俺はギルドから依頼を受けてイレギュラーエンカウントの討伐に来た」
やはりそうか。依頼の報酬が貰えないだろうが、迷宮攻略は早い者勝ちなので俺の気にするところではない。
「そうですか。僕は失礼しますね」
「待て。お前は救助と言ったよな?つまりはここにイレギュラーエンカウントがいると知った上で来たわけだ」
「……」
「誰の手引きだ?と言っても大方鏡介だろうな……」
「自分の意思です」
「……はっきり言うぞ?お前は馬鹿だ。冒険者になって数ヶ月のやつが何してんだよ。迷宮に危険は付き物だが、イレギュラーエンカウントはレベルが違う。アイツらの相手は俺たちプロに任せておけ」
「……」
「わかったな?」
「はい。では、失礼します」
「絶対わかってないだろお前ェ!」
会話を無理やり終わらせ、その場を後にする。
そろそろ行かないと、新幹線の時間に間に合わない。
後ろから引き留めようとする手を回避して走り出す。
「待て!おい!」
走ったこともあり、新幹線の時間には余裕を持って間に合った。
【Tips】赤ずきん
赤ずきんの第1フェーズでは、マスターの思い描く理想の世界の幻想を見ることになる。 その幻想を否定することで第2フェーズに移行する。
一定時間が経過するまでにその幻想を否定できなかった場合、狼により食い殺されてしまう。
第2フェーズは一定時間寝ている狼への対応で分岐する。
この時間内では狼の腹の中から、第2フェーズで狼に敗れた過去の被害者を助けることができる。また、狼を殺した場合腹の中の被害者たちも死ぬ。
狼を生かした場合
目覚めた狼と戦闘になる。助け出した被害者を守りながら戦うことになり、全力を出せないマスターが多い。
狼を殺した場合
どこからともなくやってきた狩人と戦うことになる。被害者を見殺しにしたことをネチネチと責め立ててくる。また、戦闘中は被害者の幻覚が見える。心が折れて戦闘を放棄してしまうマスターもいる。