俺は再びギルドの入口へと近づき、標的の様子を伺う。
すると、ちょうど標的、赤塚剣一がこちらへ向かってきた。
少し大振りなその歩き方は、現在彼が感情的になっていることを表している。
言い争いは終わったが、納得がいかない様子だ。
間に合った。これなら策が通じるはずだ。
俺は彼の前に姿を現し、そのままギルドから離れていく。
「あ。お前、ちょっと話が……て、おい!まて!」
予想通り彼は追いかけてくる。
俺は追いつかれないようにしつつも、彼が俺を見失わないよう距離を一定に保ちながら目的地を目指す。
辿り着いたのはFランク迷宮、この中に相手を誘導する。
先に迷宮に入った俺は準備をして、標的の侵入を待つ。
離した距離は20mほどであり、彼はすぐに俺を追って侵入してくる。
そして現れた彼を光が包み込む。
「くそ!なんだ?!」
俺は彼を背後から蹴飛ばそうとするも、回避され距離を取られる。
しかし、彼を出口から遠ざけることに成功した。
「ぐっ!なんなんだよ!」
彼は腰袋に右手をかけるも、力が抜けてぶらりと下がる。
肩には俺の投げた杭が刺さっている。
カードのバリアがある限り、マスターは負傷しない。
ならばカードの使用を防げばいい。
俺が彼の腰袋を切り落とし、先程の光の正体、グレムリンがそれを回収する。
先ほど青葉さんから買い取ってきたばかりだが、従順で有能だ。
この場には丸腰の標的と華美な籠手と刀で武装した俺、そしてグレムリンがいた。
グレムリンの光で機械を破壊し、外部との連絡を絶った。
出口は俺の後ろまたは迷宮の最下層。
王手だ。
俺は敗北勧告をする。
「命が大人しく従え」
「は?お前は何がしたいんだよ!」
この状況で分かるだろう?降伏して服従しろ、ということだ。
……状況が呑み込めていないようだ。今度は左腿に杭を打つ。
「うぐ!」
彼はその場にしゃがみ込む。これで逃走はできなくなった。
そして彼の口にローポーションを流し込む。
「うぅ!」
傷口に杭が刺さったまま出血が止まり、命は守られる。
しかし、体を動かせば、傷が開くと共に強い痛みがするだろう。
彼もようやく状況を理解したようで、こちらの出方を伺ってくる。
俺は彼を蹴飛ばし仰向けにし、そして鞄から殺生石を取り出す。
それを薄い紙で包み、刀で彼の腹を裂き、それを埋め込んだ。
「っっ!」
まだ死にはしない。けれども頭痛、目眩、吐き気、あらゆる体調不良が彼を襲う。
そして今度はミドルポーションを飲ませる。
腹の傷は塞がり、殺生石は取り出せなくなる。
「紙が溶ければ君は死ぬ。余命は僅か。臓器を傷つけずに取り出せる?」
「要求はなんだ」
「服従だよ」
「はい。分かりました……って従うとでも!」
彼は左手をポケットへと伸ばした。
しかし、刀がその手を貫通し地面へと突き刺さる。
「ちっ!」
ポケットを探れば、1枚のカードがある。
それはBランクモンスター、温羅。
わざわざ隠し持つとは警戒心が強いようだ。
「死にたいの?」
「そんなわけあるかよ」
刀を引き抜き、様子を伺う。互いに動かないまま時が進む。
グレムリンはカードホルダーを抱えこちらに寄ってくる。
魔道具であるカードホルダーは所有者しか開くことはできない。
しかたないので、温羅のカードを赤塚さんに差し出す。
「所有権を放棄して」
「……」
「カードホルダーは返すから」
温羅と引き換えにカードホルダーの返却を約束する。
反応が悪いな。本命はこの中ではないのか。
本命の人質。
それは彼の相棒である護法童子だ。
赤塚剣一はこの地域で有名であり、エースやお気に入りの相棒なんかが露見している。
エースであっても名付けもしていない温羅では人質として不十分。
数年前から使い続けて、名付けにランクアップまで行う相棒。
そいつなら人質としての役割を十分に果たすはずだ。
エースを隠し持っていたように、相棒もどこかに隠しているのだろう。
カードホルダーの外にあるのは好都合だ。力づくで奪い取ることが出来る。
相手の動きを見て、先ほど同様に相手の動きで隠し場所を探り当てるしかない。
動きだした。
左手を内ポケットに伸ばす。
それはブラフだ。視線をたどれば、その先には胸ポケットがある。そこか。
俺は彼の手を峰で打ち、胸ポケットに入っていたものを奪い取る。
しかし、それはカードではなく、懐中時計だ。
思い出の品かそれに変わる何か。この状況において、生存よりも思い出を意識したのか。
その隙に彼はポケットからカードを取り出す。
「来い、乱丸!」
現れたのは背丈が3m程はある鬼。
頭には角を生やし、全身が分厚い筋肉におおわれている。
片手に下げた大剣は圧倒的な腕力を示している。
この鬼が護法童子だ。
俺は鬼の首へと刃を突きつけた。しかし、鬼の首には傷一つつかない。
相手はBランクであり、戦闘での勝ち目は薄い。
護法童子はBランクの近接向きモンスター。本来はこの距離なら瞬殺されていただろう。
けれどもそうはならなかった。目の前の鬼はマイナススキル、「零落せし存在」により、戦闘力と先天スキルに制限が掛けられている。
プランを持久戦へと移行する。
殺生石が彼を蝕み、限界が来るのを待つ。そうなれば、俺に救援を求める他ない。
鬼は大剣を俺をめがけ振り抜いた。
後方へ下がり回避したものの、すぐにその剣は太刀筋を返していく。
籠手から炎を吹き、その勢いで無理矢理さらに後方へ飛び退き回避する。
続いて大剣は下段を薙ぎ払う。
跳躍して回避すれば、ここぞとばかりに鬼は大剣を両手に持ち替え、振り上げた。
刀で受けた俺は勢いよく吹き飛ばされる。
少し試してみたが、やはりBランクモンスターの相手は厳しいな。
その技量は今まであった中でも騎士に次いで高い。
その上、あの時の騎士よりも強い筋力から繰り出されるそれは、今までで最大の脅威と言える。
ただそれは純粋な武力の話でしかない。
「君のマスターに毒を持った。治せるのはこの場に僕だけ」
「チッ……どうすればいい」
「君が人質になって」
鬼はその問答に頭を悩ませる。
その間に背の裏でハンドサインをする。
それを見たグレムリンはカードホルダーを持ったまま迷宮の奥へと進んでいく。
これで敵戦力の増加を防ぐ。
「またせたな」
覚悟を決めたようで、鬼の顔つきが変わる。
そして鬼の体から赤いオーラが溢れる。
何らかのスキルか?いや、そんなスキルは知らない。それは公開されていない隠し玉なのだろう。
敵を注視し、天耳通での索敵も行う。けれども、鬼は動かない。
「あぁぁ!」
動いたのはマスター、赤塚剣一。彼は隠し持っていたナイフで自身の腹を裂いた。
傷口に手を入れ、紙の包みを取り出す。
ホームセンターで買ってきた耐水性のその紙は一切溶けることなく初めのままだ。
痛みを堪えて歯を食いしばる標的に代わり、鬼が口を開く。
「そうだよな。お前はそういう奴だ」
「異常者だね」
「お互い様だろ」
初めから死なせる気などない。彼の力を求めているのに、そんなことをすれば本末転倒だ。
しかし、見破られてもまた同じか。
それでも彼の腹からは勢いよく血が流れていく。
このままではそう長くは持たないだろう。
「ゴールデンウィークに言ってたよな。『救助だよ』ってさ。自分の命を惜しまずに人助けする奴が人殺しなんてするわけねぇ」
「……」
なぜそれを知っているのか。この鬼もリリとおなじく呪いのカードなのか?
「お前の目的は分からねぇ。けどもよ、その暴走は俺が止めてやる」
鬼は突然動き出したかと思えば、近くの木の裏に隠れていたグレムリンを取り押さえ、カードホルダーを取り上げる。
先ほどハンドサインでグレムリンに伝えたのは、迷宮の奥に行ったフリをして、近くに隠れることだ。
俺の持ち合わせたミドルポーションは底を尽きた。
赤塚剣一の腹から包みを取り除くには、彼の持ち合わせたものを借りる他なかった。
そのために近くに潜ませていた。
鬼は彼の肩と股から杭を抜き、ミドルポーションを飲ませた。
傷は完全に治り、彼は立ち上がる。
これ以上はグレムリンを傷つけるだけだ。
もう打つ手は無い。詰みだな。
俺はモンスターと刀をカードにもどし、カードホルダーにしまい、前へと投げる。そして両手を上げる。
「降参です」