俺は今、虫に化けてダンジョンマートの中に潜んでいる。
現在迷宮を攻略中の冒険者が出てくる時に入れ違いで侵入し、翌日になり、主が湧き直したら攻略する作戦だ。
これなら冒険者カードは必要ない。
迷宮の難易度的にはそろそろ冒険者が出てくるはず……開いた!
その隙を逃さず突っ込んで行く。
「いやぁぁぁ!蜘蛛!」
蹴飛ばされた。
体表を硬めにしておいたので怪我はない。
しかし、俺が宙を待っている間に、ゲートは閉まってしまった。
次に行こう。
「ゴキブリィィ!」
「虫キモすぎ!」
ダメだった。
行く先々で虫嫌いの過激派に出会う。
ゲート付近は監視しやすいよう何も置かれていないこともあり、必ず見つかり蹴飛ばされたり、踏みつけられたりする。
この策もダメだ。
翌日、凛月が興味深い話を聞かせてくれた。
「聞いたか?地上にモンスターが出てきたって噂」
それは部分的にアンゴルモアが起きたということか?
第1次は国ごとに起きたが、さらに細かい単位に分かれる可能性もあるのか。考えが回っていなかった。
「どこの話?」
「あちこちで目撃情報が上がってるんだよ」
「具体的には?」
「路地裏に現れた次々と姿を変える謎のモンスターとか、山奥に現れたハーピィとか、ダンジョンマートに潜んでいたやたら強靭な虫なんかが話題になってる」
「……気にしなくていいよ」
なんだ。それは全部俺だよ。口にはできないが安心して欲しい。
「そうもいかないだろ。アンゴルモアの前兆かもしれないんだぞ。この辺は前回のアンゴルモアだと被害が少なかったけどさ。アンゴルモアってやばいんだぜ?」
「……?」
被害が少ない?
確かにこの辺は大規模な倒壊などはなかったが、相当な数のモンスターがいたはずだ。
いや、分布に偏りがあったのか。運の良い奴め。
「でも、今はそれよりも定期テストが脅威だよなぁ」
「勉強は進んでる?」
「ああ、一応頑張ってはいるが心配は絶えないな」
定期テストは再来週だし、範囲も狭い。今からでも全然間に合うだろう。
今回の定期テストで悪い成績を取るようなら、次の定期テストでは予想問題のまとめでも作っておこう。
彼の脅威はどうにかなるとして、俺の脅威はどうしよう。
迷宮への侵入には万策尽きたな。大人しく自己研鑽に努めるか?それでは人間の限界は越えられないしな……。
家に帰ると、俺宛に一通の封筒が届いていた。
差出人は青葉玉音。誰だ?
青葉さんの親類だとして俺になんの用があるのか。
封筒を開ければ中に入っているのは、手紙、懐中時計、そして四ツ星冒険者、青葉玉音の冒険者カード。
今ある情報だけで考えると、青葉玉音という人物は、青葉さんの姉で、浅黄さんの元チームメイトの四ツ星冒険者だ。
そんな人が俺に手紙を送る理由がない。
青葉さんには俺の事情を話していないことから、これを仕組んだのは浅黄さんで間違いないだろう。
懐中時計は赤塚さんが持っていたものと同じだ。
何かの印なのだろうか?とりあえず鞄に入れておこう。
手紙の方に書いてあるのは、何かの文字列だ。
わざわざ文量を少なくしてるからには俺に必要な最低限の情報のはずだ。
ちゃんと見れば最後の3字がgpsになっている。
スマホにいくつかのGPSアプリをダウンロードし、文字列を後ろの3字を抜いて打ち込んでみる。
あたりだ。
何かの位置情報が表示されている。俺が接触するべきもの、または、避けるべきもの。
雀に化けて見に行けば、そこに居たのは赤塚さんだ。
まとめれば、青葉玉音に化けて、赤塚さんを避けつつ、迷宮攻略しろという指示だろう。
今は彼を突き動かすその狂気に甘えるとしよう。
けれども、実際に活動できるのは夏休みになる。それまでは大人しくしているか……。
翌日の昼休み、俺は青葉さんと颯太を呼び出し、自粛の件を伝える。
「一体何仕出かしたんだよ」
「1年とか、人に言えるレベルじゃないでしょ」
「まあ、そうなるね」
2人とも驚きの様子はない。
それどころかいつかやると思っていたくらいのスタンスでいやがる。
俺の信用が低すぎないか?
「ところでさ、青葉さんの姉に──」
「会わせないよ」
食い気味に返答が飛んできた。別に彼女に悪さをしようという訳では無いんだけどな。
「ちょっとくらいなら会ってもいんじゃねぇの?」
「こんな異常者をお姉ちゃんに近づけるわけにはいかないから」
そんなに警戒しなくても……。けれども、自粛を食らうような、日頃の行いのせいで何も言い返せない。
「かわりにお姉さんの話聞かせて?」
「……まあ、それくらいならいいか。私のお姉ちゃんは凄く優しくてかっこいいんだよ。私が幼稚園児だった時には毎日一緒に遊んでくれて……」
要約すると、現在も実家暮らしで、近くの小学校の教員をしている。
それとシスコンの妹がいる。
ついでに写真を見せて貰えた。青葉さんよりも少し背が高く、体型は標準的なものだ。
顔立ちは冒険者カードとあまり変わりない。
ここまでわかれば、十分だ。
もうすぐ昼休みも終わるので、この場はお開きとなった。