3日かけてEランク階層まで攻略した。
ここから先はDランクモンスターが闊歩する階層だ。
味方はマイナススキル持ちのリリだけとなると、敵は格上と考えていいだろう。
それも複数体で現れるとなれば、一切気の抜けない戦いになる。
「敵は2体です」
「奇襲する」
息を潜め、敵の様子を探る。
敵はオークとコボルト、人型になった猪と狼のようなモンスターたちだ。
こちらに背を向けたコボルトに迫り、心臓に刀を突き刺す。そして刀身が爆ぜる。
爆発音にオークが気づき、こちらに突進してくる。
刀を引き抜きつつ、コボルトをオークの動線へと蹴飛ばす。
彼らは衝突し揉み合いながら倒れた。
動転しているコボルトの首を切りつける。
切り落とせはしないが、コボルトはたおれる。
オークがこちらに襲いかかる。
足元に火球を撃ち込めば、回避しようと不安定な体勢になる。
その隙に斬りかかれば、オークは回避できない。
何度も斬りつければオークは倒れた。
カードは落ちないか。
Dランクのドロップ率は1%、気長にやっていくしかないだろう。
5日かけてDランク5階層全てのモンスターを倒したが、ドロップ0だった。
100体倒せば1枚落ちるという訳でもない。こういうこともある。
気を落としていても、時間の無駄だ。切り替えよう。
階段を下れば、この迷宮の主であるCランクモンスターがまちかまえている。
戦力は少ないが、勝ち目はある。
しかし、そんな想定は一目で覆る。
大荒れの天気の中、今にも転覆しそうな船の上に俺たちはいた。
振り返るとそこには階段がない。
イレギュラーエンカウントだ。
いつも通り外部との連絡は途絶えている。
女将さんには数日戻らないと伝えたし、両親にも夏休みは帰らないと伝えた。
救助は来ない。生き延びたければ戦って勝つしかない。
イレギュラーエンカウントと出会うのはこれで5回目となる。
しかし、今までの4回は全てFランク迷宮のものである。
ここにはこれまでとは比べ物にならない強敵がいるはずだ。
まず、敵の正体は「人魚姫」で確定していいだろう。
海を覗けば人魚たちが船を揺らし笑っている。
人魚姫の第1フェーズはリドルスキルになっている。
海に飛び込むか、嵐が過ぎるまで待つかの二択だ。
リドルスキルを知っている場合、どちらが正解かはランダムになる。
選択を誤った場合は第2フェーズをマスターが昏睡状態で挑むことになる。
つまり、俺達ではリリが一人で挑むということだ。
それは避けなくてはならない。
けれども、考えたところで答えはわからない。
揺れる船上で無駄に体力を減らすのは避けた方がいいな。
俺は海へと飛び込んだ。
水の中に入ると視界が黒く染まり、音はなくなり、呼吸もできない。
そんな状態で波に揺られる。激しい運動で上も下も分からなくなる。
船にぶつかったのか背中に衝撃が走る。
次の衝撃はそれほど硬くはない。人魚にぶつかったのか。
とても長く感じた1分ほどが過ぎた。
そろそろ時間経過で第2フェーズに進むはずだ。
波が次第に弱まり、やがて動きが完全に止まる。
けれども、体は動かない。2択を外したのか。
つまり、第2フェーズ終了までこのまま寝たきりだ。
第2フェーズは海から出てこようとする人魚姫を追い返すというものだ。
こうなれば、リリに期待する他ないが、頼りないな。マイナススキルが2つもあるし……。
Eランクモンスターを召喚しておくべきだったか?
いや、ランク差を前に為す術もない。無駄な犠牲にしかならない。
詰んだな。
戦力が整う前に主の階層に入るべきではなかったか。
いや、勝算はあった。問題はイレギュラーエンカウントに遭遇するという不幸だ。
お祓いでもしておくべきだったか。
今日で人生が終わるなんて、後悔しかないな。
まだ願いを叶えていない。
それまで死ぬわけにはいかない。けれども体が動くことはない。
神や天使がモンスターとして地上に降り立っているが、天国なんかはあるのだろうか。
まあ、あったとしても俺が行くのは地獄に決まっている。
だが、もしそこがあるなら、いっその事そこで願いを叶えればいいか。
そういえば、入場の処理を青葉玉音にしてあるから、ここで死んだのも彼女という扱いを受けるはずだ。
実際には生きている訳だから、冒険者カードの不正使用がバレて、青葉玉音と関与しただろう浅黄さんは処罰を受けることになる。
巻き込んでしまって申し訳ないな。
……長いな。かれこれ1時間は経つんじゃないか?
思いのほかリリが健闘しているようだ。
そんなわけないか。
だとしたら、既に死んでいて、意識だけが囚われているのかもしれない。
つまり永遠にこのまま。それは嫌だな。外部からの干渉がなくとも、精神が削られそうだ。
突如、世界が色を、音を、全てを取り戻す。
目の前では、グロテスクで大柄な半魚人が俺の心臓に短剣を突き刺していた。
第3フェーズ、人魚姫の短剣を回避するか否かで敵が変わる。
回避しなかった場合、敵は本来の姿に戻った人魚姫だ。
「シュウ!敵は1体、勝算はありますよね!」
横から飛び出してきた少女が、勢いのまま半魚人に飛びかかり、そう言った。
半魚人は飛び退き、容易く回避する。
その少女の手には顕明連が握られ、その背には俺の鞄がある。
恐らく彼女がリリだ。
その手に持った刀を使うために、人型をとっているのだろう。
彼女が第2フェーズを突破したのか?しかし、どうやって?
いや、今はどうでもいい。俺は人形で怪我を塞ぐ。
「力を貸して」
「もちろんです」
少女は華美な籠手へと姿を変え、俺の右手に取り付く。
刀を握り、半魚人と向き合う。
「ああ、私の王子様、そんな女狐は捨てて、私と一緒になりましょう。私の全てを貴女に差し上げます」
返答はしない。
王子の時に学んだが、イレギュラーエンカウントは余計なことを言えば、不規則な動きをしてくる。
「お前のじゃない!身の程をしれ勘違い女が!」
「黙れ女狐!お前には聞いてないわ!」
おい女狐、思いっきり余計なこと言うなよ。
彼女にとってはそれほど重要なことなのか?まあ、いいや。
「命だけ貰っていくよ」
俺は半魚人の首に刀を突きつける。
彼女はそれを容易く回避する。回避した先を二手目で斬り裂く。
しかし、それは空を斬る。遅れて彼女が、そこに来た。
彼女が何かした訳ではない。
俺が速くなっている。補助魔法が掛けられているのか。
リリは成長しているようだ。負けてられないな。
半魚人が短剣で突きをする。
その短剣は先ほどもカードのバリアを貫通し、胸を突き刺したように、防御を無効化する絶対攻撃の効果を持つ。
ついでに原点通りのデバフ解除効果もある。
しかし、防御を無効化すると言っても、それはカードのバリアや魔法、魔道具などの非物質的なものに限られる。
刀を左手だけに持ち替え、短剣を打ちつけ軌道をそらす。
その隙に籠手が変形し、飛び出した鉤爪がを袈裟斬りにする。
浅いな。けれども、爪の先で起きる爆発は確実に半魚人の体力を削っていく。
距離を取ろうとする彼女に対し、追撃をする。
鉤爪が傷跡を逆になぞり、刀が片足へと食い込む。
どちらも傷は浅く、彼女は気にも留めていない。
やはり骨が折れそうだ。
さらに1時間ほど経過した。
そろそろ互いに限界が来る。決着をつけよう。
無理矢理攻勢に出る半魚人は短剣を振り回そうとする。
勢いづく前に、鉤爪で絡め取り、短剣はその場に落ちる。
慌てて繰り出せる拳を刀で流し、鉤爪で袈裟斬りにする。十分だな。
彼女が腕を引き戻す隙に、刀を両手に持ち直し、その胸へと突き刺した。
鉤爪による何十度もの斬撃と爆発が重ねられ、抉られたその場所のさらに奥深くへ。
目覚めの時は心臓を突き刺された。
仕返しにこちらは、眠りの時に心臓を突き刺した。
半魚人の胸の内から爆発音が響く。
心臓は大抵の生物にとって急所となる。そこに直接攻撃されればひとたまりもないだろう。
半魚人の両手が俺を掴みにくる。
俺は籠手から手を抜き取り、襲い来る手を打ち上げる、蹴り落とす。
俺に攻勢に出る余裕は無い。半魚人も俺の防御を掻い潜れない。
千日手を思わせる攻防だ。
しかし、その間も爆発はやまない。
俺は一人ではない。力を貸してくれる味方がいる。負ける気はしないな。
半魚人の抵抗は刀へと届くことはなかった。
ついに彼女は倒れた。その体は端から泡となっていく。
「ああ、私の王子様、貴方はお強いんですね」
「貴方の王子様ではなく、彼は私の王です」
「ふふ、今はそういうことにしておくわ」
半魚人は不穏な会話が気に入ったのか、そこには先程の短剣が残されていた。
【Tips】人魚姫
人魚姫のイレギュラーは全3フェーズに別れている。
第1フェーズでは荒れ狂う船の上で選択を迫られる。不正解を選んだ場合、マスターは第2フェーズ中昏睡状態となる。
選択の答えは、何も知らない場合は海に飛び込む。童話を知っている場合は嵐が過ぎるまで耐える。リドルスキルを知っている場合はランダムとなる。
ちなみに船は非常に激しく揺れており、素人ではたっていることすら叶わない。また、海からは人魚が投石を、空からは怪鳥が体当たりをしてくる。
第2フェーズでは浜辺に舞台が移る。
人魚姫が海から砂浜へと上がってこようとするので、それを一定以上のダメージを与えるか、一定以上海へ押し込めると第3フェーズへ移行する。
ちなみに人魚姫が砂浜に上がってしまうと、その時点で敗北が決定し、海から無限に人魚が湧き出てくる。
第3フェーズでは舞台が再び船に移る。開始と同時に人魚姫が短剣を突き刺してきて、その対応で敵が変わる。
攻撃を受けた場合、本来の姿に戻った、つまりは第2フェーズよりも強化された人魚姫と戦うことになる。短剣には絶対攻撃が付与されているが、特徴はそれくらいである。
攻撃を避けた場合、人魚姫は海の泡となり、その姉5体と戦闘になる。単にCランク5体が完璧な連携をしてくるだけだが、普通に強い。