「心配だ」
近所のファミレスにて、颯太の十数回目のぼやきを聞く。そんなにEランク迷宮が怖いか。自身で攻略したことだってあるのだから難易度だって想像もつくだろう。
「見てこれ!このお店のパンケーキよくない?!」
「可愛いですね!今度行きましょうよ!」
おい華音、自分で主催した颯太を宥める会だろ。初志貫徹しろよ。
リリは勝手に人の口を動かすな。あと俺が行ってもお前は食べれないでしょ。テイクアウトできんのか?
「……秀羽なんか変わった?時々人変わったみたいじゃね?」
「気のせいじゃない?無口だっただけでこんな感じでしょ」
「そうかなぁ?」
ほら、颯太にバレかけてる。リリは自分が特殊だという自覚をもて。今庇ってくれたから華音にはもうバレてるな。
(なにも企んでいないのに隠す必要ありますか?)
悪魔の証明ってやつだよ。企んでいないことは証明できない。そして今リリと華音が会話したように、呪いのカードはマスター以外にも干渉することができる。
警戒すべきものであるのは間違いない。
(ふふ、お友達に避けられたら嫌ですよね)
……。あ、なんか通知来た。
スマホを見ると新二ツ星冒険者6人の集合写真が届いている。それに映る凛月の手には魔石が握られている。
『無事踏破!』
遅れてメッセージも届く。颯太に見せると、気が抜けて机に突っ伏した。
「予定より1日遅れかー。帰ってきたら反省会だね」
「先に祝勝会しよう」
(やるなら迷宮の中にしましょう!)
2人とも両極端に大袈裟じゃないか。3日で13階層のEランク迷宮は割と普通だろうに。いや、予定は土日のみの2日だったわけで、目算が甘いことには反省が必要か。
「なんの会にしろ疲れてるだろうし明日にしよっか」
「そうだね」
話もまとまってきたところで、また通知が来る。今度のそれは断続的になり続ける。それも携帯ではなく冒険者ライセンスからだ。
「会計任せた」
「釣りはいらない」
俺と颯太は適当な額の金を華音に押し付けファミレスを後にする。外に出ると、自転車に掛け乗り、全力で漕いでいく。
「これが救助要請か。初めて来た」
「俺もだな」
俺たちは走りながら要請場所を確認する。Dランク迷宮の21階層か。
ちょうどDランクモンスターが出現し始める階層だ。冒険者登録時に買ったであろうDランクカードでステータス的有利が取れなくなる。三ツ星上がりたてが油断したとかだろうか。
……三ツ星?
「颯太って今星いくつなんだっけ?」
「二ツ星だけど?」
「入れなくね」
だが、都合がいい。
颯太がいる限り青葉玉音に変身できない。つまりは俺も入れないわけだ。このまま解散しよう。
「ルールを守るために誰かを見捨てるくらいなら、俺はその誰かを守るためにルールを破る。お前もそうだろ?」
そんなことを言ってもら迷宮の入口はライセンスの無い者が入れないように固く扉で閉ざされている。
それは悪事が起きないように人間では破壊することはできない強度だ。いったいどうする気なんだ。
……しかたない。
俺は人気の少ない路地へと入り込む。前後を見てこちらを見る者が颯太しかいないことを確認する。そして体を歪める。やがてそれは青葉玉音の姿となる。
「話は後で聞く」
俺は何も答えず走り続けた。
「『遭難』を使う。こっち寄って」
目的の迷宮に着くと颯太がそう言った。遭難のカードを使えば未到達の階層にランダムで転移できる。今使えばどの階層に出ても救助要請者に近づく。
ちょうど良いものを持っているな。まさか備えていたのか?
思考遮るように風景が変わる。遠くにオークが居るのが見える。ここはDランク階層のようだ。
俺はリリを召喚する。自粛前に持っていなかったカードは颯太の前では使えない。颯太も召喚を終えたのを確認し、俺たちは階段を上る。
「人の声がします。こちらへ」
リリが天耳通で救援要請者を補足した。運がいいことにすぐ下の階層に転移できたようだ。これも厄祓いの影響か。
案内に従い進んで行くと、それは近かった。壁にもたれかかる人型とそれを取り囲むモンスターを見つけた。
颯太が慌てて攻撃を仕掛けようとするのを静止する。
俺たちが来たのと反対側の道には救援要請者の進んできた赤い道のりが長く長く記されている。さらにその人型は赤く染まる脇腹に手を添え、一切の身動きをしない。
もう手遅れだ。
颯太の召喚したカードは二つ星としては順当なDランク2枚とEランク4枚。目の前にはDランクモンスター3体。戦闘になれば何枚かはロストしかねない。
「無駄な戦いは避けて撤退しよう」
「……お前は医者か?」
「違うけど」
「だったらお前の診断は信じられない」
俺は彼の状態については口にしていない。颯太もまた理解しているのだ。そのうえで諦めていないのだ。
死者を置いて行くのに迷いはないが、生者を置いていくのは信条に反する。
俺は結菜と4体の天使を召喚した。
「颯太たちは後方の警戒を。リリたちは敵に向けて魔法を撃ってくれ」
人型を囲うモンスターたちは上位ランク6体による集中砲火を受けて為す術なく倒れていく。
最後の一体が消えたのを確認し、俺たちは人型に近寄りその状態を調べる。今の集中砲火で少し焦げてしまったか。まあ、それでも微動だにしないということは調べるまでもないな。
「なあ、なんでそんな簡単に諦められるんだよ」
「諦める以外の何も出来ないだろ」
颯太は助けられなかった現状に苛立ちを感じているようだ。似たような経験を繰り返せば、いずれ慣れるだろう。今はそっとしておこう。
俺は人型を背負い、入口を目指して歩き出した。出口の方が近いが、ここの主はCランクだ。イレギュラーエンカウントが来たら大変だ。時間をかけて登っていくしかないだろう。