目が閉じる。それに抗う力ももうない。
何故あいつらはあんな事を?
何故指示に従ってくれなかった?
何故覚悟を決めた?
何故何故何故何故──。
手足の感覚が薄れていく。どれほど時間が経っただろうか。俺はこのまま死んでしまうのか。
暗闇の中で思い浮かぶのは、この4日間のあいつらとの思い出。
思い返せば、酷く短い。けれども鮮烈に印象に残っている。
リリは撫でられるのが好きだった。その背を撫でてやれば、とても心地よさそうだった。
ワイルドウルフは食べるのが好きだった。
そういえばカバンの中にドッグフードが入ったままだ。食べさせてやれば良かったな。
スパルトイは喋りはしないが、他者と接するのが好きだった。もっと話しかけてやればよかった。
走馬灯というやつだろうか。続々と過去の記憶が溢れてくる。
近所の公園で友達と遊んでいた。
叫び声が聞こえて、その方向を見れば人型の狼から逃げる子供たちがいた。
これは8年前のアンゴルモアだ。
訳も分からず逃げ惑う子供たち。自身の子の手を引き逃げ出す大人たち。
そして狙われたのは俺だった。足がすくんで動けなかった。取り残された俺が狙われるのは必然だろう。
モンスターの腕が振り下ろされる。けれども痛みはない。
俺の視界は誰かも知らない高校生に覆われていた。彼女が俺を庇ったのだ。
彼女は愚かだ。そんなことしても状況は悪化する一方、目の前の脅威は去らないまま。
それではダメなんだ。自己犠牲では何も守れないだから俺は──
『僕は死なない』
生きて守ると決めてきたのに……。
何も出来なかった。何も果たせない。生きることも、守ることも叶わない。
ストイックに生きてきたつもりだった。甘かった。足りなかった。俺は無力だった。
「……ター……見し……た」
微かに声が聞こえる。女性の声。救助が来たのか?もう少し逃げ続けていれば……。
「…どい…我だ……れを」
急に焦り始めた女性は俺の口に何かを流し込む。
抵抗もできず、それを飲み込む。けれどもなんの変化もありはしない。
「…そっ!……か!」
「……したら……なら」
「…みは……んて……い」
女性は慌てて色々とつぶやく。
そして最後に言った。
君は怪我なんてしていない。
もしそうならどれほど良かっただろう。
もし五体満足なら、もしスパルトイとともに戦えたら、もしワイルドウルフが追いついてきたら、もしリリが自身の身を案じていたら、どれほど良かっただろう。
幸せな妄想を抱いたまま、俺はついに意識を失った。
目をさませば、そこは知らない天井。かと言って病院というわけでもなさそうだ。どこかのマンションの一室。
窓から見える景色からして、最寄りのギルド付近だ。太陽は南、時刻は昼頃か。
何故か重い右腕を見ると、そこには気味の悪い人形が包帯で括り付けてあった。
わざわざこんなことをしているからには、意味があるはずだ。
俺は人形をそのままにし、状況を調べるべく、ドアへと向かう。
するとドアが開き、浅黄さんが姿を現した。
「やっと目覚めましたか」
その言葉からして、俺を助けたのは浅黄さんで、そのまま自宅にでも連れてきたのだろう。
俺はリビングへと通され、机を挟み向かい合う。
「ありがとうございます」
「助かったのは、敵を倒した比嘉さん自身の功績ですよ」
浅黄さんは感謝に対し、謙遜を返してきた。俺の功績……。否、俺は何もしていない。
「先に言っておくと、腕に括り付けてある人形が命綱です。決して手放さないでください。」
「これはいったいなんですか?」
「それは、イレギュラーエンカウントが気に入った相手に送る固有の魔道具。比嘉さんが相手したのはドン・キホーテで間違いないですか?」
「はい。彼はそう名乗っていました」
「ドン・キホーテの魔道具は、それは自身の体に限り、妄想を現実化させます。」
なるほど。この人形が、俺の五体満足という妄想を現実化させ、怪我を塞いでいるのか。しかし、
「姿を変える魔道具は所持禁止のはず……」
「はい。非常事態ですので、法を破っています。」
それでいいのか?この人はギルド職員で、冒険者に規律を説く立場だろうに。
「比嘉さんの怪我についてですが、内蔵がいくつか潰れてしまっているようで、放っておけばすぐに死に至るでしょう」
確かにそれは非常事態だ。救助が少しでも遅れれば、俺は死んでいたことだろう。
けれども、それは彼が犯罪を助長する理由にはならない。
「それだけでなく、その怪我には治癒阻害の呪いが付与されています。ただのポーションでは治すことはできませんでした」
『リジェネレイト』で治らない時点でその可能性は考えていたが…。
あの騎士は大きな置き土産を残したようだ。
それを延命する魔道具も置いていくとか、とんだマッチポンプだ。
「そして、ここからは商談となるのですが、解呪の魔道具は相場が100万円ほど、その怪我を治すには更に同程度の価格のハイポーションが必要になるでしょう」
合わせて200万円程度。俺の貯蓄は10万円程度。戦力を失った今、冒険者として稼ぐのは難しい。
伝手は両親しかいない。けれども、この怪我を明かせば、冒険者を続けさせてはくれないだろう。
金を出させて、その後に縁を切るか?あまり好ましくはないがそれしか無さそうだ。
「まだ、冒険者を続けるつもりですか?」
「はい」
浅黄さんの問いに迷いなく答える。
むしろ自身の弱さを再確認した。強くならなくてはいけない。
「でしたら、カードのレンタルをするのはどうでしょう?」
「レンタル?」
「買取よりも安い金額で一時的に所有権を貸し出すというものです。冒険者のサークルなどでよく行われている手段です」
確かに、それなら少ない元金で活動できる。けれども、元金も伝手もない俺には無理な話だ。
「比嘉さんのような人達の多くは、協力者がいなく、一度戦力を失えば立て直せない」
見抜かれている。そしてその言葉の続きはきっと……。
「その中には、減った戦力のまま迷宮に潜る人もいる。いつもなら引き止めているのですが、あなたはきっと止まらない。そういう知り合いと同じ目をしています」
浅黄さんはカードホルダーから何枚か取り出し机に並べる。
「私がカードを貸し出します。ですから、命を粗末にはしないでください」
「けれど、元金すら用意できないです」
「いえ、そんなことはありません。イレギュラーエンカウントの魔石は高価なもので、これなら100万円くらいでギルドが買い取ります」
そう言いながら、机に置いてあった袋から、魔石を取り出す。
ついでに取り出されたマジックカードは宝箱から出たものだろう。
それならば断る理由もない。その提案に乗せてもらうことにする。
「カードのレンタルをさせてください」
【Tips】サンチョ人形
童話ドン・キホーテにおいて、主人公の度に同行した従者サンチョ・パンサがモデルの人形。(つまり、太ったおじさん型の人形)
使用者自身に限り、妄想を現実化する事ができる。
姿を自在に変えられるが、モンスターに化けても肉体相応の力しかなく、モンスターのように戦えるとは限らない。
ついでに身につけている衣服も変えられる。