ドルオタが同じドルオタ後輩とオタ活ができない理由 作:黒マメファナ
突然だが今目が離せないガールズバンド界のトレンドに「G.B.T」というものがある。これは「ガールズバンドバトルトーナメント」の略で、この大会にエントリーしライブを行う。最初は16組になるまでオーディエンスの投票数で生き残りを掛けて、自分達の個性を遺憾なく発揮していくのだが、ここから先が地獄となる。
──選出された16組はランダムに振られたトーナメント形式での対バンによる無慈悲な音楽性での殴り合いが始まる。
「これを最初に考えたやつは頭がおかしいと言わざるを得ないね」
「そんなこと言っていいんですか?」
「いやだってさ、音楽性に違いはあれど優劣を付けてNo.1を決めるって、中々に意味わかんないこと言ってないか?」
しかも決着はオーディエンスによる投票だ。こういうのって明確に勝ち負けのルールがあるか、浮動票があるもので公平になるもんじゃないのかなと俺は思う。実際に俺はこの「G.B.T」において演奏は全く聴いちゃいないがRASとモニカ以外に投票することなどないだろう。後は有名どころで言うと「Afterglow」が参加している。目下優勝候補はこの三つのバンドが硬い。俺としてはRASが優勝してほしいところだけど。
「モニカさんは応援しているのではないんですか?」
「意地の悪い訊き方だな、言ったろ、俺は瑠唯さんが演奏してるからモニカが好きなんだって」
「それに比べて……」
「俺はパレオさん抜きにしてもRASに惚れ込んでるの、なんでわざわざ言わせた?」
「センパイは指フェチですからね、パレオがいなければと言うんじゃないかなと」
言わない。確かにおそらく俺はモニカの誰に会っても、ロゼの誰に会っても「応援してます」とオタクムーブをかますだろう。パスパレの誰がいても興奮してしまうだろう。
でもRASは違うんだ。うまく言えないけど、他のバンドが推し指がいることが大部分なのに対してRASはパレオさんがいることが理由の一つであるって違い。
「それに、こうやって二つのバンドを応援してる俺からすれば、どっちも別の理由で好きなのであって、バスケみたいに点数で優劣がつくことに意味があるのかわかんないんだよな」
「切磋琢磨、という言葉もありますよ」
「それもそうだけど」
「ピアノコンクールには明確に順位が付きます」
「……う」
論破されてしまった気分だ。後から駿太に愚痴ったところ返答によると吹奏楽のコンクールは地区から全国大会まである、まぁ普通のインターハイみたいな感じなんだか、最後の全国大会で金賞、銀賞、銅賞、という括りはあれど金賞の中で最優秀賞というものはないんだとか。確実に技術や表現力による優劣はつくけど、その中で一番を決めるのは不毛なんだろう。
ただこの後輩には反論できずにそりゃそうだけどさ、ともごもご口の中で納得できないって感情論を吐き出すことしか出来なかった。
「仮にさ、モニカとRASが当たるとするよ」
「はい」
「俺は多分、よっぽどのことがなければRASに票を入れると思う」
「そうですか……」
「それでRASが勝った、モニカが負けた──ってなっても、俺は嬉しくはなれない。ステージにいるロックやパレオさんと一緒に喜んではあげられない」
それがもし、モニカが納得していたとしても、すっきりした顔で敗北を認めても俺は違う。めんどくさいオタクだから、どっちも好きなんだ、どっちも最強だったんだって言ってあげたいんだ。
RASの攻撃的で、全てを炎で巻き上げるような音楽も、モニカのクラシックとロックが融合した一つの物語のような没入する音楽も、俺はどっちが上か下かなんて考えたくない。
「わがまま、感情論じゃないですか」
「そうだよ」
「しかもたった一人のオタクの盲言です」
「わかってる」
わかっていても、口から出る言葉を抑えられない。それがわがままであり感情論なんだから。
それでも、俺は誰にも届かないお気持ち表明をする。切磋琢磨したいなら、もっと別の方法があるはずだと。音楽を高めたいならそれこそかつてロゼが当時アマチュアでありながら本選にまで出た「FWF」のように審査員を設けて、一定基準だと認めたバンドやアーティストだけが立てる舞台にすればいい。
「……とか言って、昨年のガールズバンドチャレンジでは意気揚々と投票していたんですよね?」
「あれは、複数票いけたから……」
ライブ参加してポチればいいからね。しかも当時はまだRASだけだったから、ロゼ? なんか有名らしいけど知らん! 時代はRASなんじゃ! と票をブチ込んでいただけだし。これで今の俺だったらきっとロゼとRAS交互に通ってポチってただろう。出費なぞ知ったことではない。第一当時から「dub」に通いつめてたんだから。
「はぁ……」
「ため息はやめろ後輩」
「ため息吐きたくなること言わないでくださいセンパイ」
「つかそろそろ帰らないとヤバいんじゃないか後輩」
「お気遣いどうも、いざとなればこちらに泊まりますから」
「え、俺んちに?」
「そういう意味じゃないです!」
今日は令王那とは駅前で駄弁ってるわけでも、旭湯で駄弁ってるわけでもなかった。バイトしていたらコンビニにやってきて何故かそのままシフト終わりと同時に部屋までやってきて、ただいまの状況である。
ところでご飯はまだですよね、俺もそろそろ腹減ってきたんだけど。
「……何作るんですか?」
「作る……?」
「なんでそこで疑問形で返ってくるんでしょうか……」
なぁ令王那、たしかに俺はもう一人暮らしをして一年になる。流石に家事スキルも上がってるし今お前が家に上がれているようにオタグッズで壁や天井、飾り棚がややごちゃっとした印象を与えるが基本的には片付いていると言っていいはずだ。
だがな、コンビニが近い、ちょっと歩けば駅近くに大概のものがあるとなれば、料理するわけないだろ。
「なんせ牛丼も喫茶店もあるし、うどんもパンもあるんだぞ」
「……センパイの普段の食生活、どうなってるんですか」
「なんとでも言うがいい」
しかも最近じゃネットで注文すると自転車で運んでくれるからな、とドヤ顔をするとまるでゴミを見る目で俺を睨む令王那さんがいた。そうだね、自炊くらいできらぁって啖呵切ったよな、中学の時に。
でも現実はそううまくいかなかったよ。当時のことが思い浮かんで、どうして俺は無謀なことを言ったんだろうと反省している。
「私、なんて言いましたか?」
「ハルは家事が全滅しているのに一人暮らし出来るの? と純粋な瞳で訊ねられました」
「そうですね、全滅していた当時に比べて多少は出来るように思えますが」
「まぁ思い立ったらたまーに料理してるし、ものは少ないからね」
当時はまだ令王那がこんな冷たい目をしてくるとは思えなかったけど。
そんなことはさておき、令王那は立ち上がり冷蔵庫を開けたところで再び表情が固まった。原因は覗かなくたってわかるよ、なんせうちの冷蔵庫だからね。
「……電気代の無駄では?」
「だからって電源切るわけないだろ、冷蔵庫の」
それに完全に空ってわけじゃない。たまたま空だがいつもは飲み物とゼリーとかが冷やしてあるから、もうそろアイスが食べたくなってきたからこれから冷凍庫も活躍する予定だし、冷凍食品も買ってないだけだから!
だが現実としてもはやただの涼しい箱となっているのはうちの冷蔵庫だもの、令王那がこういう目をしてもしょうがないと諦めた。
「……スーパーって近くにありましたっけ」
「あるよ、西早稲田のとこと、高田馬場のところに」
「普段はどちらに?」
「高田馬場の方」
そこのチーズケーキとかパンが美味しいんだよ、と言うとまた睨まれた。他にも既製品が多いからそっちの方が俺は好きだけどな。結構有名なスーパーのため店名を言うと令王那はため息をついて別の方にしましょうと言われてしまった。え、食べるのはいいけどうちで、しかも作るの?
「センパイが仕送りとバイトにかまけた生活をしていることはよーくわかりましたから」
「いやそれはそうなんだけど……令王那が作るの?」
「嫌なんですか?」
「いや……手間じゃんか」
「スーパーで考えた方が食べたいものが思い浮かびやすいので」
そう言って、令王那はさっさと出かける準備をし始めて、慌てて追いかけるように立ち上がった。
後輩の手料理、なんて青春の味がしそうなものを味わったことはない。出来るってことは知っていたがまさかこういうことになるとは思いもしなかったし、俺のために令王那が手間を掛けるなんて。
「センパイは私のこと、冷血人間か何かだと思ってますか?」
「いや、そこまで思ってないけど」
「……いいですから行きますよ」
「おう」
なんだろう、気になって訊きたいけど訊けない。フェスの後以来に会ったけど、あの時の意味もわからないまま──もしかしたらわかるかもと思って部屋に上げたんだけどさ。令王那はいつも通りで、けどどこか違うところを感じる。
だって、卒業を期に距離を取ろうって先に切り出したのは令王那の方なのに。
「せっかく調理器具まで揃えたんですから、使ってあげてください」
「そう言われたってなぁ」
「鍋と菜箸は使うよ、即席ラーメン作るのに」
「包丁」
「……ふ、フルーツ切るのに使った、ような」
めちゃくちゃこれ見よがしにため息吐かれた。そして令王那はレタスミックスを手に取る。
他にも冷凍のサラダミックスやコンソメ、ミニトマトをカゴに入れたところで振り返ってきて俺の様子を伺う。そんな顔されても俺はもう降参状態だよ。好きにしてくれ。あ、でも嫌いなものは入れないでね。
「子どもですか」
「とか言って、玉ねぎには見向きもしないところが令王那だな」
「……必要ないだけです」
いやぁ、他にもパスタの乾麺や卵、牛乳とベーコンを取ってれば俺だってなんとなーく何を作るかは察してきたよ。後はチーズでしょ。そうすればサラダミックスとコンソメはスープに使うつもりだって推理出来る。コンソメの入ったスープに玉ねぎは普通に入ってくると思うんだけどね。
「じゃあ自分で作ってください」
「ごめんって……怒んなよ」
「怒ってません」
冗談だから、他人の苦手なものを強要するような先輩じゃないよ。
とりあえず、カルボナーラを作ろうとしてくれてるってのはわかった。しかもサラダとスープも付けて三品、店で注文すれば四桁余裕でするラインナップだ。
「……チーズはもう一つの方にしましょうか」
「こだわるねぇ」
「嫌ですか?」
「いいや、そういうところは変わんないなって」
「褒めてるんですか、それ」
褒めてるさ。妥協しない、特に自分が関わる時に令王那の辞書から「まぁいいや」って言葉は消える。やるなら徹底的に、それくらい情熱的で好きなことには目を輝かせるやつなんだ。
俺に対してはそんな情熱を持てないってだけで、令王那の瞳は本来もっと──そう、パレオさんのように静かな炎を宿しているはずなんだから。
「私は、嫌いじゃないです」
「……何が?」
「センパイの感情論です」
「急に」
「でも同時にやっぱりわがままで、オーディエンスの考えです」
「オーディエンスだからね」
「わた……演奏者たちはどこかで思っているんですよ、私の音楽こそ最強なのだと」
「それは……」
それが本当なら令王那がさっき言っていた切磋琢磨なんて綺麗事じゃないか。
でもそうか、その気持ちなら俺だって理解出来るよ。人間は自分のアイデンティティにおいて他者と比べて劣ってると認めることができないんだ。潜在的か、そうでないかの違いこそあれど、得意分野において、専門的であるという自負のある分野において、並び立つものがいるならその誰かよりも優れてるという実感がほしくて仕方ないものなんだ。
「ジョーダンやジョンソンに憧れ、BリーグのプロやNBAで活躍する日本人プレイヤーに憧れる気持ちはあれど、高校生最強を欲しがるようなものかな」
「そうですね、スポーツは所詮他者を蹴落とすための、自分が優れてるというものを証明する場でしかないですから」
「……それはあんまり同意しきれないけど」
令王那はスポーツあんまり好きそうじゃないし、仕方ないけど。
それはこの後輩の困った拘りと自分で創り上げた自分の虚像に苦しんでるだけだからな。そうだよな、クールで優等生だなんて令王那には似合わない。
もっと、常にキラキラと輝いているくらいが案外かわいげがあっていいんじゃないだろうか。
「……私がですか」
「うん、例えば……パレオさんみたいにこう、好きなことは好きって全身で表現してみるとか」
「──それは、どういう意味ですか」
「え、いや……ごめん」
なんだか令王那の圧が強くて謝ってしまった。なんか令王那って最初はRASが好きで、チュチュさん推しパレオさん推しかと思ったんだけど、もしかしたら違うのか?
むしろ、まさかパレオさんアンチってのもあるのかな。推しに近いオタクは嫌われるべきだしな、俺だってパレオさんじゃなきゃ腕組んで「ハァ?」とか言ってたクチだろうし。
そういえば、時折令王那がパレオさんのこと呼ぶ時、呼び捨てだったような。あれ、もしかしてそういうこと?
「なんで謝ったんですか、私はどういう意味ですかと訊いただけです」
「いやだってさ……怒ってるのかなぁって」
「怒ってません。今日は一度たりともセンパイに対して怒ってなんていませんから」
いやその口調が怒ってるんだけど、とは言えなかった。
どういう意味と言われても、そのままの意味でしかないんだよなぁ。パレオさんの見た目の最大の特徴といえばツートンカラーのウィッグとカラコンを用いた多種多様なカラーバリエーションがあるものの基本的に彼女の中では意味があるものだとロックに教えてもらったことがある。どういう意味とは教えてもらわなかったが、おそらくロックも全ては把握していないのだと思われる。
でもパスパレのメンバーに会う時はそのメンバーのカラーにしているところからも「推し」のイメージカラーを表現していることは正解の一つだと思う。俺が小物についつい紫を選んでしまうのと同じ感じだ。
「いやパクれって話じゃないけど」
「……そうして、明るくすることで私はどういうメリットがありますか?」
「メリット、メリット……ごめん、思いつかない」
「そうですか」
「ただ、クールな優等生の令王那なんて、別に……少なくとも俺は求めてない、ってこれじゃあ俺のメリットだな」
これじゃまるで俺から見て「かわいい令王那」が見たいっていうことと同義であることに気づき、慌てて忘れてくれと撤回した。
令王那もそうですか、とただ一言だけ呟いて俺を見ることなく歩きを早めていった。
クールで優等生、令王那が創り出した虚像は彼女が平穏を送るためには必要なことだ。だけど同時に、パスパレに出会ったことを、エレクトーンに出会った時のことを思えば、素直で飾りのない彼女を見たいと思ってしまうのは、先輩としてじゃないよなと反省しつつ距離の空いた彼女を追いかけていくのだった。
お互いにお互いにすら言えない秘密を持っていて、それを暴けるだけ過ごしてきた時間がある。だからこそ関係を続けていくことが出来なかったの極地がコレ。
後は割りと感情論でクサいこと言いがちだけど勝ち負けにそれほど拘りのない榛名ちゃんと
夢想主義者で自己顕示欲が強くまさに彼の語った「専門だと思う分野に於いて誰かに劣っていることを認めたくない」パレオはそういう意味でも噛み合いがないんですね。