ドルオタが同じドルオタ後輩とオタ活ができない理由 作:黒マメファナ
パレオの気持ち六月号
ついにパレオとセンパイが同じ学校の知り合いであり、そしてもう一つ重要な、もしかするとほとんど誰も知らないであろう秘密をロックさんに知られてしまいました。
いえ、仕方がないことです。隠し通すより本当は教えて黙っていてもらった方が賢い立ち回りだというのはわかっていたのに、結局私はロックさんが二人の関係に入ってくるのを恐れてしまったから。
──そんなロックさんと腹を割って話すため、両親に泊まる許可をいただきまして、練習終わりにチュチュ様の作業の邪魔にならないところでおしゃべりをすることにしました。
「じゃあ推しに会えない会えないって言ってたけど、パレオさんにはずっと会ってたんですね」
「その運を使ってしまったから、イヴちゃんに会えないんじゃないでしょうか?」
「ふふ、そうかも」
「ロックさん……すみませんでした」
「ぱ、パレオさんが謝ることじゃないです! 前も言ってたけど、知ったら言いふらしそうやし」
「……センパイはそういう方なので〜」
困ったことに。大発見をしたかのように騒ぐでしょう。
というか今の情報でも気づいて良さそうですけどね。ロックさんによるとパレオについてセンパイが知ってる情報は自分の二つ下の中学三年生であること、身長は成人女性の平均よりも少し高め、鍵盤楽器の経験が昔からある、後はセンパイのお眼鏡に適う手指をしていること。髪型も私はこちらにいる時は結構ハーフツインであのヒトの前に姿を現しますし、なによりパスパレが好きでチュチュ様と呼び方を変えていないのですから。
「……私もそこで気づきました」
「チュチュ様をチュチュ様とお呼びする方は、ファンでも聴いたことありませんからね」
チュチュ様は非常に愛くるしい体型をしておられるので基本的には「さん」か「ちゃん」で呼ばれるのです。それに基本的に丁寧にメンバーをお呼びしているのにパレオのことは一度だけしかさん付けしたことないというのも気づけるポイントだと思います。ボロが出るのでこの辺りは変えられないので。
「ああ……えっとそれは」
「何か仰っていました?」
「アンチかもって」
「アンチ、ですか?」
「んん──令王那って実はパレオアンチかもしれんから気を付けて、だって」
「センパイは本当に、本当におバカさんですね〜」
なるほど、パレオだけ呼び捨てで割と乱雑に扱いがちだから──本人なので他人として接すると絶対にボロが出るのでやりませんが、そうした印象でアンチかもと予測を立てたのですね。まぁ私は私がそこまで好きにはなれていないので当たらずとも遠からずというところもありますが。後は同族嫌悪的な考察もされてそうです。言ってはなんですが、センパイの後輩としての私とパレオは印象として真反対です。そしてセンパイは私が本当はかわいいものが好きで憧れを抱いていることも知っていたはずです。
「羨ましいが妬ましいに変わっているのではないか、と考えていそうです」
「なるほど……榛名さんに関してはやっぱりパレオさんの方が詳しい」
「それはもう、十年以上、小学校に上がる前からの知り合いですから」
まだ記憶もあやふやな頃からエレクトーンを習っていた私と、幼い頃からピアノ教室に通っていたハルは、近所に通う母親同士が所謂ママ友だったようで、鍵盤楽器同士ということで縁が出来たらしい。エレクトーンとピアノは全然違いますよと言いたいところですが、まぁ中学や小学生の時に合唱でピアノを弾かされた私から言わせてもらうとその違いがわからない方は結構いますから、いいとして。
「じゃあ本当に、物心ついた頃から幼馴染だったわけですか」
「はい、ですから当然初恋と呼ばれるものもセンパイだったわけです」
一番近くにいたから、小学校に上がる頃には漠然とこのヒトが好きだと意識するようになった。逆にセンパイからしたら小さな妹が出来た感覚だったのでしょうが、ランドセルを背負えて大人になれる喜びよりもハルと一緒に通えることが嬉しかったという感情が今でも蘇ります。あの頃の私はそれはもうかわいらしいものが大好きで、そんなかわいい自分になろうと、ハルにかわいいと言ってもらおうと必死でしたから。
「そこは、あんまり変わっていないんですね」
「今のパレオはパレオのために、我慢しないと決めた姿ですからちょっと違いますけどね」
「ところで小さい頃は榛名さんのことなんて呼んでたんですか?」
「ハル、ですね。センパイは榛名遼ですが、遼はハルカとも読み、生まれる子が女の子だったらハルカにしていたというエピソードが由来となっていまして」
どちらも中性的な名前ですから一歩間違えればハルナハルカになっていた可能性もあるという話を聴いて、小学生の私は「りょうくん」から「ハル」へと変わっていったわけです。センパイには中学上がるちょっと前くらいまでは「レオ」と呼ばれていたのですが、
そんな話をしているとロックさんは非常に楽しそうな、嬉しそうな、そんなお顔をされていて少しだけ疑問を挟んでしまう。
「……どうかされましたか?」
「パレオさんも、そうやって誰かに榛名さんのこと話したかったんだなぁって、すっごく安心した顔してます」
「はい、黙っているのは、嘘を吐いたままでいるのはとっても辛かったんですよ〜」
「それに楽しそうだなぁって」
「パレオがですか?」
「うん」
それは無意識だった。勿論、パレオとして無表情というのはない。私は結構無表情を作っているタイプの人間だから。だからこそなんだろう。自然と喜怒哀楽が表情から溢れてきてしまうようで、センパイの話をしている私はどうやら結構楽しそうだったらしい。
思わず頬に手を当ててしまう。
「……好きなんですね」
「パレオが……センパイを?」
「パレオさんは好きなものに対してすごく、すごくわかりやすいから」
「そう……そうですね」
わからない、だなんて嘘だ。いや嘘だったわけじゃない。わからないって自分に言い聞かせただけだ。
実際に、付き合っていて何も変わらずただ「恋人」だなんてそれっぽい名前で互いの関係を決めつけていた中ではとっても窮屈だった。恋人ってなんだろう、何をすれば恋人っぽいんだろう。果ては下世話な、カラダの触れ合いがあれば恋人っぽいのだろうかなんてまで考えてしまって袋小路で。
──でも離れてわかることがある。失ったからこそわかる大切さ、だなんて使い古されたフレーズがそのまま私にとっては真実だった。
「去年の三月、センパイが帰省してくるまで……一年ありました」
「えっと、夏とか冬休みは?」
「帰ってきませんでしたよ、バイトだから、イベントだからって理由つけて」
「あはは……榛名さん」
連絡なんて取ることもなかった。夏に帰ってこなくて、年末にも帰ってこなくて──私のことなんて忘れてしまったんだと思った。
そう思った時に私は、あの頃はまだ蕾だった恋という感情に花が咲くのを実感した。
それは一年で好きという気持ちを素直に表現できるようになった、RASとパレオがあったからこその開花だったんだと思う。
「けれど、今度はパレオの片想いです──それに、好きって気持ちはあってもパレオがあなたの後輩ですと打ち明ける勇気が、ありませんから」
「それは、推し……だから?」
「はい、びっくりしましたが、これはこれで嬉しいものなんですよ?」
センパイが、ハルがパレオのことを見てくれていると知った時、本当は飛び上がりたいほど嬉しかった。パレオのことをかわいいと言ってくれて、熱く語ってくれて、本当に泣きたくなるくらいに。
だからこそ、知られたくない。推しは推しのままでいいと私が思っているからセンパイにとっての推しでいたい。
「だから、センパイが自力で気づいてしまうまではどうか……黙ってていてください」
「勿論です! 私はパレオさんの味方や!」
「ロックさん……!」
当面はこれでうっかりミスでバレることはないでしょう。なにせセンパイの友達のロックさんがこうして協力してくれるのですから。これからそのうっかりが起こる可能性はパスパレのイベント、パレオは割と目立ちますからね。しかも今度の握手会はマッスーさんと一緒ですから余計に気をつけないといけません。
「後は〜……」
「花女の文化祭、じゃないですか?」
「あ……その日もマッスーさんとお約束していました」
「私もあこちゃんやましろちゃん、明日香ちゃんと一緒に行くところに榛名さんも……」
「センパイ、きっと大変なことになってしまいそうです」
前述のお二人はセンパイが推してるバンドのメンバーだ。きっと喜色満面、いっそ気持ち悪いと表現しても許されるところまでいくでしょう。明日香さんとは既にお知り合いなのは知っていますから、気まずいとかそういうことにはならなさそうですが。
それにしても、イヴちゃんに会えないからと花女まで乗り込むとは、よほど羽沢珈琲店での一件がフラストレーションなのでしょうね。バイト仲間でオタ仲間のお友達にもマウント取られてケンカしていたくらいですし。
「仲直りしたんですかね〜、その結果は知りませんが」
「してましたよ、この間は二人で旭湯に来てくれていましたし」
「センパイはコミュニティを作ることは得意な方ですが、ああいうなんでも言い合える友達、というのは中々出来ませんからね〜」
「そうなんですか?」
「はい、あの人も中学時代は猫かぶりの鉄面皮、なんちゃって優等生でしたから」
「……想像つかん」
髪も染めて、ピアスまでうっかり開けちゃった今から考えるとそうですね〜、そういう意味では本当に似たもの同士だったんでしょうか。彼も彼で「優等生」と呼ばれる自分がそこまで好きではなかったようです。もっとバカになって、肩組んで笑える友達が欲しいと言っていたことを思い出すと、今のセンパイはきっと毎日が楽しいのでしょう。実際、楽しそうですから。
「センパイのこと、よろしくお願いしますね!」
「友達になってしまったから、できるかぎりはってことで……ふふ」
「はい!」
ロックさんをお見送りし、私はチュチュ様にご飯を作ってから一応声を掛けておく。作業をすると寝食を忘れてしまう困ったご主人様ですが、これもメイドの務め、そしてなによりチュチュ様のお傍にいると決めたパレオの務めですから。
そうしてお出かけすることもお伝えし、私はパレオではなく「令王那」としてウィッグを外し、眼鏡を掛けて電車に乗り込んだ。
行き先は勿論、センパイのところだ。
「いらっしゃ──令王那」
「露骨に嫌そうな顔をしましたか?」
「してない、居るのわかってて来たのかなって思っただけ」
「帰る途中です、自意識過剰では?」
「……すみません」
居るのわかっててに決まってるじゃないですか、とは言わない。
あくまで帰り道ですよ、という体を装いスマホで時刻を確認する。いつもならもうあと数分でセンパイはバックヤードに消え、それからバイトが終わったと店内に居る私に話しかけるはずだ。コンビニスイーツを物色しつつ時間を待っていると、やがて令王那と名前を呼ばれて振り返った。
「私が来るとバイト終わっちゃうんですか?」
「いつもこの時間なの」
「そうでしたか、タイミングがいいですね」
「本当にな……で、そのスイーツ、そんなに美味しそうか?」
「……はい?」
「いやだから、なんかめっちゃご機嫌だから」
──いけない。あまりにロックさんにセンパイの話をしすぎたせいで無表情が保てなくなっているみたいだ。これは由々しき事態ですが、スイーツのせいにしてしまえば問題ありません。
息を整え、センパイから一歩離れつつ私はむしろ睨む勢いで見上げた。
「私だって、スイーツがかわいいと思うことくらいあります」
「なんで怒ってんだよ」
「怒ってません」
「いやその言い方が既に怒ってる……」
「センパイ」
「なんだよ」
「今日は晩ごはん、ちゃんとしたものを食べるんですよね?」
ピタリ、とセンパイが固まった。このヒトはこのヒトでもう。すぐに既製品や出前に頼ろうとする。そうすると栄養バランスも偏るというのに、全然直してなんてくれない。一人暮らしじゃ倒れても誰も介抱なんてしてくれないんですよと愚痴を言いたくなる。
だけどその言葉を全部隠して、私は一言だけ告げた。
「スーパー、帰りに寄ります。私もご飯まだですから」
「……令王那」
「優しい後輩でよかったですね、センパイ?」
「料理上手な後輩で助かるよ」
「自分で作れるようになってもらえると、後輩としては助かります」
ああでも、こんなこと言っておいてセンパイがなんでも一人で出来てしまうのは寂しい。もしもチュチュ様が一人でなんでも出来てしまったらどうしようと思う気持ちとは違う。
今の私はセンパイにとって後輩という形で、元カノという形で縋らなければあっという間に忘れられてしまう。だからせめて、今だけは料理できずに栄養バランスの偏ってしまうセンパイでいてほしい。
理由がないとセンパイの傍にもいられない私のわがままを許してください。
片想いです。