ドルオタが同じドルオタ後輩とオタ活ができない理由 作:黒マメファナ
アイドルとプライベートで知り合うというのは全オタクの夢とも言えるだろう。普段はステージと客席で区切られて、或いは握手やお渡し会の机を挟みスタッフに監視された環境ではなく、私服のアイドルと駅前で待ち合わせたり、偶然でもいいからお店で一緒になったりして、アイドル活動をしているのとは違った一面を見るのも、変わらない姿を見る。
そんなオタクの妄想でしかない内容、現実になれば羨ましいことこの上ないとそう思っていた。俺もそう思っていたんだよ。
──けど、その夢はあくまで白昼夢でよかったんだと思わされた。
「相談、ですか」
「そこまで身構えなくてもいいのよ? それとも心当たりでもあるの?」
「ありますね」
「言い切るんスか……」
前回までのあらすじ、何故か推しのグループの推し以外に囲まれている。しかも妙に圧を感じて冷や汗がアンストッパブル。
冷静になろう、たとえ相手がアイドルでその上、後輩である令王那からプライベートで俺の話を出されているだけだ、何も気にすることがない──わけねぇんだよなぁ!
あの後輩とは色々あったを通り越して仲がいいのか悪いのか、内心で俺のことどう思ってるのかすらよくわかんねぇ状態なんだぞ! 一つ言えるのは変態だと思われてることくらいだ。
「ぐ、具体的には……その、どんな内容のご相談を?」
「そうね、最近また顔を見るようになった、とか?」
「いやあの、最近よく会うんですが決してストーカーとかそういうんではなくて、そもそも俺にとってあの後輩はあくまで中学時代の後輩であって、いやまぁ指がキレイだし芸術性があって間近で見るとドキドキしてしまってうっかり触れようもんなら理性がはじけ飛びそうなわけなんですがそれはそれ、後輩は後輩と言いますか」
「わぁ、すごい早口だ、あはは」
「サラっと何か聞き捨てならないワードが聞こえたような気も……」
夏本格的な気候のせいか汗が全然止まらない、そうこれは夏のせい。
アイドルのバチクソに偏差値高いビューティフルフェイスを一秒も直視できずに言い訳をつらつらと述べる俺、もしかして印象改善どころかむしろ株が下がっているのではないだろうかと思った頃には時既に遅し。
「……なるほど、これは確かにあの子の言っていた通り
「そ、そッスね……俺も自分で自分がヤバいと思いますぅ」
「ああいえ、別に貶しているわけじゃないわよ」
「……え、じゃあ」
「少し、いえ結構、身近に居てほしくないタイプだけれど」
「で、ですよねー!」
塩! 圧倒的塩対応! 千聖ちゃんと言えば小柄でかわいらしい印象と天使のような微笑、それとは別に仕草や対応一つに大人の色香も感じる二面性お姉さんでありファン対応は神オブ神、ファンサ欲しいやつは白鷺千聖一択じゃん! そんな千聖ちゃんが困り顔通り越してやや引いた顔で拒絶してくるって俺は一体何をしたんだ! 性癖暴露した!
「ねね、ハルナくん? って指が好きなの? 指フェチってやつ?」
「……あ、はい、そうデス」
「イヴちゃん推しなのもフェチだから?」
「……あ、はい、そうデス」
「どういうところが好き? それともコーフンするの? じゃあ握手会の時とかそういうの混みでいっぱい並んでるってこと?」
「え、あ……えっと、そ、それは」
落ち込んだところに今度は日菜ちゃんからマシンガンで滅多撃ちにされる。
怖い、怖いよこの子! いやまぁ知ってたよ、氷川日菜ちゃんはこういうタイプだって、なんか自分がわからないことはめちゃくちゃ踏み込んで訊ねてくる子だって。
でもまさか触れられたくないところまでガンガン踏み込まれるといたたまれないというか泣きそうになる。
「ひ、日菜さん……それ以上はやめた方が……」
「日菜ちゃん」
「あ、ごめんごめん、気になっちゃって」
麻弥ちゃんと千聖ちゃんに窘められてようやく機銃掃射は終わりを告げた。俺はもう穴だらけだよ、穴がありまくりで逆に入っても隠れられないよ。
そんな物言わぬ貝になりたい状態の俺を察してかそれ以上千聖ちゃんや麻弥ちゃんが俺に何かを訊ねてくることはなく、そのまま彩ちゃんの優勝を見守ることになった。
「あれ、なんか萎れてない!?」
「んー、たぶんあたしのせい!」
「あー、なるほど……えっと、大丈夫ですか?」
「ダイジョブデス」
「私も、もう少し慎重になるべきだったわ、ここまで繊細だとは」
それは謝意があるんでしょうか、単なる俺をつついた反省なのではありませんか?
などとツッコミを入れる気力も関係性もないため沈んだまま、出来ればこのままそっとしておいてほしいし何処かへ去っていってほしいとすら考えてしまう。
「千聖ちゃんも日菜ちゃんも、とりあえず謝った方がいいと思う」
「そうね……ごめんなさい、榛名さん」
「ごめーんねっ」
「ジブンも、すみませんでした」
「私からもごめんなさい、これからもパスパレのこと、応援してくれると嬉しいな」
日菜ちゃんは謝る気があんまりなさそうだけど、直接関係してない人であり、また推してるアイドルグループに謝らせてしまったとなるとオタクとしてなんとなくいたたまれない。
それに俺に非があるかないかでいえばちょっとはある。気持ち悪くて犯罪者予備軍の自覚は大いにあるからね。
「出禁でなければ、またイベントに行きます」
「ありがとう! イヴちゃんのこと、沢山応援してあげてね!」
「けれど羽沢珈琲店に通い詰めるのは止めた方がいいわよ」
「うぐ……どうして」
「常連なのよ」
「あたしもー」
おかしい。だというのに誰にも会ったことないんだけど。
既に心身共にボロボロの状態のため俺はフラフラと校門へと向かって歩いていく。もうイヴちゃんを探す体力なんてとてもじゃないがない。
せっかく誘ってくれたロックや一緒に来てくれた明日香とかましろさん、あこさんに連絡をしておくのは忘れない。
「あれ、榛名じゃねぇか」
「どうしたんですか?」
「ロック、キング」
「来てたのか」
「私がお誘いしまして、まぁ一応義理で」
「成程なぁ」
「イヴさんには会えたの?」
「いや、それより体調がちょっと優れなくて、悪いけど先に帰らせてもらうね」
俺は首を横に振ってそう言い訳をしておく。ちょっと今は何かを受け止める余裕もないくらいに疲れていた。
日菜ちゃんからの質問責めも千聖ちゃんの素のドン引きもメンタルに来たけど、なんというか俺の変態性をパスパレメンバーに相談されていたという事実が心に来た。それが俺の後輩で、なんだかんだで最近また仲良くできていたと思い込んでいた令王那なんだから。
「あ……遼くん」
「ロック、そっとしておいた方がいいと思うぜ」
「……はい」
「お待たせ……ってロック、どうしたの?」
「あ、いえ」
ロックとキングも後ろで何やら知り合いと合流したらしい。よく見てなくて、それがレイヤさんとおたえさんだったことにも気づかずに、挨拶する余裕もないまま去っていく。
──文化祭の熱量は増す一方、この後は大きなイベントもあったようで校門から出ていく頃には大きな盛り上がりと、僅かながらイヴちゃんの声が聞こえた。
でも推しの声ですら、活力を再び湧き立たせることなどなく俺は一人、帰り道を歩いていった。
ぐるぐるとマイナス思考が頭を巡っていく。正直、本当は会うたびに笑顔で話を合わせられてるだけで陰でストーカー扱いされていたのかもしれない。ロックにも迷惑をかけていたのかもしれない。明日香にももしかしたら、そんなことばかり考えてなんとか進み続けていた重たい足取りを後ろから軽やかな足音が遮ってきた。
「ま、待ってください、待って……センパイ!」
「……え、れ、令王那」
「よかった、まだいた」
「ど……どうしたんだよ! 文化祭、まだやってるしさっきイヴちゃんの声聞こえてたぞ? それに驚けよ後輩、なんと俺、パスパレのイヴちゃん以外から認知されちゃってさ~、マジで推してるやつに悪いよなぁ」
「……センパイ」
「──って、お前はオフのパスパレと友だちなんだってな、千聖ちゃんから聞いてさ、はは、こんなんマウントにもならんか」
「センパイ、聞いて」
「いやぁ間近でアイドルに囲まれたせいか体調悪くなったみたいで、なんて言ったら失礼だな、いやでも空気薄いんじゃねってくらい緊張してさ」
「ハル、私──」
「──俺は令王那と話すことなんてない」
「あ……」
「ストーカー疑いもめんどくなってきたとこだよ、本当に偶々なのにさ、確かに俺は指フェチ手フェチの変態だし令王那の指はキレイで好みだけどさ、推しグループのアイドルに言いふらすのはナシだろ」
「違う、違うの」
ああ、もうダメだ。せめて走り去ってでもしてくれ後輩よ。じゃないと俺は、先輩としても友だちとしても、元カレとしても最低な言葉を吐き出してしまう。
わかってるさ、お前が本当の意味で俺を気持ち悪がってなんていないことくらい、幾らなんでもそんな男に何度も会って平静でいられたとしても、駅までの道を一緒に歩いたり、途中まで一緒の電車に乗ったり、挙句はコラボカフェ行ったり家に上がってメシ作ったりしてくれるわけないんだって。
──俺は、令王那が優しいことを、本当はわかってるんだよ。
「会うたびにトゲトゲしやがって、そんなに嫌いなら嫌いって……まぁ結構普段から言ってるか」
「……私、ハルのこと嫌いだなんて」
「ああいい、なんも言わなくていい。今お前と言い争いとかする元気もない」
「ハル……お願い」
何がしたいんだろうな俺は。後輩泣かせて、推しに会う為だろう。前にコラボカフェ言った時よりもメイクもバッチリだったのに、それを崩してしまうほど泣かせるなんて。
というか俺が、令王那の推し活を邪魔していい筈がないんだよな、そもそも。所詮地元が一緒だっただけで、昔から仲が良かっただけで。
「来るなよ」
「……っ」
「じゃあな、
「ハル」
「俺もお前が──嫌いだよ」
──こうして、俺の天国から地獄、急転直下の雷鳴が如き最悪の一日は終わりを迎えた。その後どうやって帰ったのか、ちゃんとメシとか食ったのかすらよく覚えてないが、ロックから来た心配するメッセージには無意識なのか記憶にないものの「大丈夫、寝てれば治るぜ!」と返事がされていた。
「せいせいするだろ、これであいつも……俺も」
本当のところ、勢いとその場のノリで付き合ったことを後悔しているし、中途半端な別れ方なのも正直後悔していたところだ。おかげで今になってもちゅうぶらりんの関係が続いていて、最近じゃよく会うせいで表向きはちゃんと取り繕えていたものの、今回でハッキリわかったことがある。
俺は令王那に未練がある。恋愛的な好きを引きずっているとかではなく、ただ未練があるというだけ。また友だちに、先輩後輩に戻れないか、そんな打算的な未練だ。
複雑に絡まった糸は解くよりも断ち切ったほうが遥かに単純、というのは誰かの名言だっただろうか。
「まぁ、無理だよな」
自覚してしまえばこんなに煩わしいこともない。
ドルオタたる俺が同じドルオタの後輩とオタ活ができない理由、それが未練の赤い糸だ。
赤い糸、と形容するとすごく、すごーく令王那に怒られそうだが、一度結んでしまったのだからそう形容するのが一番的確な気がする。そしてその赤い糸を断ち切るには、もう物理的に離れるのが手っ取り早いんだろう。
──だが、俺はこの時忘れていた。あの後輩とは、俺の元カノジョとは、鳰原令王那という幼馴染とは、切っても切れない関係、腐れ縁という言葉でカテゴライズされることを。
──そして、俺はこの時知らなかった。令王那と俺の関係は既に、結構な人数の他者を巻き込んでいることに。
『本当にいいんですか、こんなことして』
『いいんじゃねぇの、今回は』
『私は正直、その榛名さんって人のこと良く知らないけど』
『私も本人とは知り合いだけど、パレオとの関係には詳しくねぇ』
『ワタシにはソイツがどんな男かなんてどーっでもいいわ!』
風呂に入っていなかったことに気付いた俺は軽く湯舟に浸かって、シャワーを浴びて身体を拭いていた時だった。何やら外が騒がしい気がする。会話内容までハッキリ聞こえているわけじゃないけれど、複数人、多分女の子? こんなアパートに?
一応近所の人の顔は把握しているけれど、そんな複数人を連れてきた人なんて誰もいなかったけど、もしかしてバンドでも組んだか?
『わ、わぁ、大激怒や……』
『ウチのパレオを泣かせた奴には地獄を味わってもらわないと気が済まないじゃない!』
『これがパレオにバレた時にどうなるか、というのも怖いけど』
『た、確かに……ってウチが悪い流れや!』
『あはは、そうだな、榛名の家とか色々チュチュに教えた張本人だからな』
『う、うぅ……榛名さん、ゴメン!』
はて、俺の名前が聞こえたような、と思った次の瞬間だった。ウチのインターホンが鳴った。え、マジ俺んち? 俺全裸よ今、そう思いつつドアホンの画面を確認して、固まった。
ロック、キングだけならまだ心配してくれたのかな、という楽観的見解を展開できる。連絡なしというのはいただけないが、まぁいいだろう。
だがそこにもう二人いるとなれば話は別だ。しかもそれは前述の二人と同じRASのメンバーだからだ。
一人はベース&ボーカルであり「RAS」の大黒柱、レイヤさん。そしてもう一人はDJでありプロデュース活動もしている屋台骨ともいえるチュチュさんだった。推しのパレオさん以外全員が俺んちのドアの前に立っている。
「は、はい……えっと?」
『は、榛名さん……その、ごめんなさい』
「何故謝るんだロック」
『アンタがリョウね』
「はいそうですが……えっと、チュチュさん?」
『OK自己紹介はいらないようね、それじゃあ──』
汗が出る。明らかににこやか家庭訪問という雰囲気じゃない。気まずそうなロック、フラットな表情であろうレイヤさん、苦笑いのキングとは違いチュチュさんは明確に怒気を含んでいるからだ。
『──面貸しなさい』
地獄に堕ちたと思ったら地獄から鬼が出てきた、そんな気分だった。勿論この時点で原因が一つたりとも分からない俺は困惑のままとりあえず、着替えるんで少し待っててくださいという場違いすぎるほどか細い声で返事をすることが精いっぱいだったが。
理由④:元カノ、元カレだから、元の関係には戻れない。
☆地獄の家庭訪問スタート――