ドルオタが同じドルオタ後輩とオタ活ができない理由 作:黒マメファナ
私は私を許せてなんていない。本当はセンパイの前に立つことだって怖いくらいには。
でも、それとは別に私には未練がある。センパイともう少し上手にお付き合いが出来たはずなのに、私の一方的な我儘で終わりにしてしまった。ハルの期待に応えることができなかった自分があまりにも嫌で。
「……え、センパイが、ですか?」
「ああ、結構青い顔してたから心配だったんだけど、大丈夫しか言わねぇし」
「ロックさん」
「ごめん、パレオさん……ウチ、声掛けれんかった、何があったのかも」
「すみません──失礼します!」
文化祭の当日、千聖さんに「榛名さんに会ったけれど、少し意地悪をしすぎたかも」という連絡をもらった私はひとまずロックさん、マッスーさんと合流して話を聞くも二人によるとセンパイは体調が悪くなったらしいということと既に帰ったという情報だけだった。
千聖さんに事情を詳しく聞く時間も惜しい、駆け出そうとして私は自分の恰好を思い出して一瞬躊躇ってから、躊躇ったことに腹が立ってウィッグを毟るように取って再び駆け出した。
──センパイが千聖さんとの会話で突っつかれたとなれば間違いなく原因は私だ。推しではあるけれどあの方が案外合理性のない行動を取りがちというのはプライベートで関わってきて少し知れたことだった。
「待って、待って」
待ってもらって、会って話して、それで何になるのだというんだろう。私からセンパイに話すことなんて何もない。
千聖さんにセンパイのことを教えたのは私だ。その際に手指フェチの変態だとかストーカーめいたところがあるとか悪く言ったのも私だ。だから千聖さんに会って、傷ついて帰路に着いていたら? ただ体調が悪いんじゃなくて、メンタルにダメージを負っていたとしたら?
──いっそ、嫌われた方が、楽になれるんだろうか。
「──俺は令王那と話すことなんてない」
「あ……」
だけどそんな思考は明確なセンパイからの拒絶で嘘だったことを知った。
何処かで、私はセンパイに、ハルの優しさというか許容に甘えていたんだ。罵るような、冷たい態度を取ってもハルなら笑って許してくれる、ハルなら冗談めかして茶化すだけで終わらせてくれるって。
当たり前だけどセンパイにだって心がある。感情がある。私はそんな当たり前なことに全然、気づけていなかった。
「会うたびにトゲトゲしやがって、そんなに嫌いなら嫌いって……まぁ結構普段から言ってるか」
「……私、ハルのこと嫌いだなんて」
「ああいい、なんも言わなくていい。今お前と言い争いとかする元気もない」
思えば、初めての拒絶だった。センパイから、ハルからここまで邪険にあしらわれたことなんて生まれてこの方、一度だってなかった。
ハルを追い詰めたのは私だ、安易な憧れのまま彼の言葉に頷いて恋人同士になったのも、その関係が分からなくなってフったのも、明るくて暖かい筈の彼の眉間に深い谷を作ったのも、私だ。
「じゃあな、後輩、俺もお前が──嫌いだよ」
──こうして、私は絶望の海に投げ出された。彼に甘えて、隠し事をしていたことへの天罰なのだろうかとすら考えた。
嫌いという言葉がひたすらに頭から離れない。喧嘩をした時だって言われたことのない言葉、同時に私は結構言っていたなとまた自己嫌悪に陥ってしまう。
「パレオさん……」
「そっとしとけ、パレオのことも、榛名のことも」
「でも……あんな様子でパレオさんが帰ってきて、榛名さんも大丈夫なわけないのに」
「落ち着けよ、ロック。これは榛名とパレオの問題だ、私らには関係ねぇ」
「……そんな」
あの後、ひとまずと花咲川へと戻り、泣きはらしてウィッグを付けてない私を見つけたロックさんとマッスーさん、レイヤさんとおたえさんに色々と問いかけられたが何も答えることは出来なかった。
ロックさんとマッスーさんはセンパイとも関りがあるせいか私たちの間に何かがあったということは察していた様子だったけれど。
「ウチは……正直、納得いかん」
「おい、ロック」
「パレオさんは、榛名さんにどうあって欲しいんですか?」
「……センパイに?」
マッスーさんの制止を振り切ったロックさんの言葉が私の胸を抉った。厳しい声音はそれだけロックさんがセンパイとの関係を積み上げてきたことを否が応でも感じさせられるもので、羨ましいとさえ思ってしまう。
私は怖くて目を背けてきたのに、ロックさんはそれを突き付けてくる。
「多分、榛名さんは自分が悪いって思ってる。アイドルに相談してしまうくらい自分がパレオさんを、大切な後輩を追い詰めたんだと思っとる」
「……はい」
「分かっとるんやろ、榛名さんが……遼くんがホントは嘘つきで、いつも変態扱いされてもストーカー扱いされてもヘラヘラしとるクセに、自分が一番それを気にしとるのくらい」
「そう、ですね」
分かってる。今更言われるまでもなく理解できている。たかだか一年未満の付き合いで仲良くなったロックさんに言葉にされなくても、ハルの性格を一番知ってるのは私だ。
だって私は、ハルの幼馴染で、センパイの後輩で、そして──恋人だったんだから。
「パレオは、私はそんなセンパイのことが嫌いです。嘘つきで、プライドばっかり高いクセに自虐的で、分厚い仮面を被ったハルが、大嫌いです。だからこれでよかったんです」
「嘘や」
「……これ以上、私は
そうなればいずれ、何処かで「パレオ」の正体に気付くはずだ。そうなったらもう、センパイは黙ってなんていてくれない。私の恐れていたことが現実になるのだから。
センパイの中で
「だから」
「そんなん、建前で、ホントは知られるのが怖かっただけやないん?」
「……おいロック、それ以上は」
「いいえ黙らん、ウチはもう、黙ってられん」
「お前……」
「推しだったことを知られて距離を取られるかもしれんって思った、嘘つきだって思われるのが嫌だった、パレオさんはそうやってワガママを言っとるだけ」
「──っ!」
本心をピタリと言い当てられて、胸がざわつく。私の本音なんてどうだっていい、図星でちょっとだけカチンと来てしまったけれど、ただそれだけだ。
でもその先に続くであろう言葉が私には我慢できない。ロックさんから紡がれる言葉が、彼女から「ハル」の本音を語られるのがどうしても。
「遼くんも、パレオさんに未練があるんよ……ずっと、後悔しとる」
「ええ、そうでしょうね。私がフりましたから、失恋を引きずっていらっしゃるのでしょう」
「……パレオさんが考える恋人がなんなのかわからなかった、って言っとった」
「──やめてください」
「フラれて当然、自分はリア充なんてできない、なんて……そんなことも言えずにわかったフリするしかなかった」
「やめてください!」
「……パレオ、おいロック、もう流石に」
聞きたくない。ハルの本音をハル以外から聞くのなんて、私が引き出していない本音なんて聞きたくない。
──私は、ここでようやく自覚した。これは嫉妬だ、どうしてここ数ヶ月の間、センパイを追いかけまわしていたのか家に上がり込んでまでしたかった本当のことはなんなのか。
これ以上、ロックさんとの時間を作ってほしくなかったなんて、私の知らないところでいつものハイテンションで話すハルなんていなくていいと思っていたんだ。
「──ロックさん」
「……はい」
「先輩のこと、お願いします……」
「パレオさん」
「私はもう、センパイに嫌われちゃったので」
これからセンパイの変態性やオタクトークに隣でツッコミを入れつつ、聞いてあげる役目は私じゃなくてもいい。あの時感じていた「私にしかできないこと」はもう、私じゃなくても十分なんだ。それが認められなくて、怖くて、だからセンパイのことをロックさんにも話せなかったし、話してほしくなかった。
──なんだ、こんなに、こんなにも私はセンパイが好きだったんだ。あの時の選択を一番後悔しているのは誰でもない、私の方だったんだ。
「パレオちゃん……」
「千聖さん」
「もしかして、手遅れ……だったかしら」
ロックさんたちから離れて歩いていると前方には千聖さんの姿があった。こういう時に推しを見ると癒される、と言いたいところだけれど、今日はそういう気分でもない。
でも、涙が止まらなくなってしまいそうでなんとか上を見て堪えていた。
「わわ、パレオさん! どうかされたんですか!?」
「イヴちゃんまで」
「涙が見せられぬというなら、胸を貸しましょう! さぁハグです!」
「い、イヴちゃん……パレオは、パレオはダメな子です~!」
無理でした。普段からセンパイのことを変態だなんだと言ってはいますが結局私も同類であることは自覚している。推しに囲まれて感情を隠すなんてことが出来るはずがない、しかもイヴちゃんの高身長でスラっとしながらも柔らかさを主張するお胸に導かれて隠し事なんて出来るはずがないんですよ。
「ええー! あの人とパレちゃんって元恋人だったんだ!」
「どうしてそれを早く言わなかったのよ、こっちは色々と邪推していたのに」
「邪推したまま本人に問い詰めたのが悪かったんじゃないですかね……」
「そうだよ、今回は千聖ちゃんが発端なところあるよね!?」
「……ごめんなさい、パレオちゃん」
「いいんです、どうせセンパイが指フェチ手フェチの変態ストーカー予備軍なのは事実なんで~……うぅ」
「ハルさんですよね、イベントでたくさんレスをくれるので覚えてます! 指フェチ……というのはよくわかりませんが、こうやって握手するとすごく幸せそうになります!」
「ファンサしてあげてたのね」
「ハイ!」
イヴちゃんはやっぱり天使だった。あんな変態のことを沢山構ってあげていたなんて、なんて……なんて、という感動はとりあえず脇において。
今、私は非常に贅沢な環境にいます。つぐみさんに無理を言って羽沢珈琲店を貸し切らせていただき、パスパレ五人と個人的なファンミをさせてもらっていた。間違いなくセンパイに知られたら血の涙を流して羨ましがるだろう。主にイヴちゃんとハグしたり、イヴちゃんに頭を撫でてもらったり、イヴちゃんとじっくり会話したりしている部分で。
「ヨリを戻したい、とかそういうんじゃないんです……勿論、未練はありますし、今度はもっとうまくできる……とか考えなくはないですが」
「疎遠になるのは嫌だって感じかな?」
「はい」
「そうすると邪魔になるのが、あなたの二面性ということね」
「二面性じゃなくて真の姿と言いますか、そうですね……RASのパレオがパレオという部分が障碍になるんです」
「まぁ推しが元カノでしたーとか、結構飲み込むのに時間は掛かりそうッスね」
そのまま結局ほぼ恋愛相談までさせてもらって、申し訳ない気分になってくる。とはいえアイドルたる彼女たちにマトモな恋愛経験なんてないわけで、言い方はよくないですが相談相手としては適切ではないんですよね。彩ちゃんは基本的に少女漫画知識、イヴちゃんと日菜さんはあんまり理解できていない様子で、千聖さんは話を聞くのは好きだけどアドバイスとなるとやっぱり創作知識、麻弥さんも似たり寄ったりという感じだ。
「パレオはどうしようもなく、センパイに甘えまくっていたんです」
だからこれは、愚痴に近い。推しに囲まれて愚痴だなんてオタクの風上にも置けない所業だけど、解決策なんてない、既にセンパイは心を閉ざしてしまったとなれば、愚痴でしかない。
推しに悪い部分を見せるなんて思いもしなかった。
「センパイの中ではいつまでもパレオは後輩で、幼馴染で、元カノで、気の置けない友人でした。それでいいとパレオは思っていましたし、再会したばかりの頃は高校生になってもまだパレオしかオタトークできる友だちもいないのかと呆れたくらいです」
「それだと、甘えているのは榛名さんの方だって思っちゃうけど」
「その部分はあったかもしれません。でも蓋を開けてみれば、センパイは
「あー、なるほどッス」
「これって……ヤキモチ?」
「まぁ、端的に言えばそうなるわね」
そうですそうなんです! 結局私はあんな気持ち悪くて変態でストーカー予備軍なセンパイがイキイキと話す相手が私しかいないって優越感が欲しかったんです!
ここまで拗らせた原因が独占欲に気付かなかっただなんて、笑えてしまう。
「パレオだけの特別だと思っていたのに……ロックさんに取られると思う日が増えていって……う、グス」
「六花ちゃんかぁ、確かに最近よく男の子と一緒に歩いてるって噂は聞いてたなぁ」
「日菜さんの情報網は一体どこから……」
「リサちー!」
「納得したわ」
最初はロックさんと仲がいいと知ってもそれほどショックではなかった。だけど中学の話をしたと知って、その後輩が私だとロックさんが気づいたところで明確に「嫌だ」という気持ちが増幅していた。
だから嘘をついていたし、ロックさんの前でセンパイの話を不必要に出すことはなかった。
「わかってほしくなかったんです」
「わかってほしかった、ではなくですか?」
「もっと簡単に言うと榛名さんのことをしゃべって、ロックさんが共感するのが嫌だったんスよ、ね、パレオさん」
「そうです」
これが私の感情、その根幹部分だ。ハルは永遠に私のもの、とかそういうのではないけど、ハルの変態性を受け止めて、ストーカームーブに呆れたような顔をして、振り回して振り回されての関係を続けていくのは私だけであってほしい。そんなワガママだ。
「素直な気持ち、私はちゃんと伝えたらいいんじゃないかなって思ったんだけど」
「そううまくいかないのが乙女心というものよ、彩ちゃん」
アイドルとのオフ会、私にとっては悩みであり向き合ってしまったがためにあふれ出たかわいくない感情に自己嫌悪だけど、結局パスパレの皆様は人の恋路を肴に最後まで会話が尽きることはなかった。
ま、まぁ推しがよければいいんです、それがオタクというものですから。
後はちゃんと、ロックさんに会って謝らなくちゃいけない。あの方はきっと、そんなことしなくたって笑って許してくれるんだろうけれど。
家庭訪問先延ばしをお赦しください。
次はロックの視点かも。