ドルオタが同じドルオタ後輩とオタ活ができない理由 作:黒マメファナ
俺は一般通過クソオタク榛名遼、幼馴染で同沼の鳰原令王那とは別に一緒じゃなかったけど花咲川女学園の文化祭へ遊びに行って……パスパレの推し以外の集合を目撃した。圧倒的なオーラにたじろいでいた俺は囲んでくる千聖さんが令王那とプライベートで知り合いだと気づかなかった。
その後輩に相談されている事実を知り、傷つき目が覚めたら──
──身体を洗い忘れていた!
「いやどういうこと?」
「すまん、状況が飲み込めなくて整理をしようと思って」
「なっとった!? 今のは完全に何かのパクリだった気がするんやけど!」
おお、関西式のツッコミ、すごーい。
実際は岐阜なのでちょっと違うと思うけど俺からすると違いがわからん。
ともかく俺は現実逃避をしている。咄嗟に後ろにある本棚から偽名を賜りたいくらいにはこの場から逃げ出してしまいたい。
「……これがハルナリョウ?」
「まぁ、こういうヤツだな」
「面白いね」
「レイヤさんですよね、初めまして、いつも応援してます!」
「ありがとう、榛名さん」
うわぁ、レイヤさんだ。本物だ、いやちょいちょい遠くから姿をお見掛けすることはあったけどこうして間近で話す機会はなかったからなんだか感動だ。ベースでありボーカル、バンドの低音とリズムを担いながらも歌でバンドを引っ張ってるまさにメイン! そのパワフルでバイタリティ溢れる声と観客を巻き込む強気なパフォーマンス、ファンの体力も全部使わせてやろうとする挑戦的なところ、何を取っても俺がこのバンドを推そうと思ったきっかけだ。
「この! ワタシを無視するなんでいい度胸じゃない!」
「榛名、チュチュの話を聞いてやれ」
「は、はい……い、いつも応援してます」
「それはさっき聞いた」
「えっとぉ、それで……本日はどうしてRASのみなさま……パレオさんはいらっしゃらないようですけど、みなさまがウチに?」
「アンタねぇ──!」
「待てチュチュ、コイツはパレオのことを知らねぇんだからこのリアクションになるのは当然だろ」
「そ、そうですよ!」
というかこういう全員登場、みたいな状況になっても最推しには会えないのね、いいよパスパレで経験したし、二度目ならダメージは少ないさ。はは、俺はそういう星の元で生まれたんだ。推しに推されない、推しに推される人生も歩んでみたいもんだ。それはそれで困ったことになってしまうかもしれない。具体的にはそうだな、ちょっと面倒なことになったり挙句は三角関係とかに発展しそう。いや勝手なイメージだけど。
「パレオさんが、何か……俺、ストーキングとかしてないからね、ロックならわかってくれてるとは思うけど!」
「そ、それは私とますきさんがブロックしてたし」
「そうなんですチュチュさん! 俺は確かにライブでパレオさんに愛を叫びますが、決してガチ恋とかではなく、あくまで推し、推しであってリアルでは一秒たりとも目撃したことがありませんから!」
チュチュさんとパレオさんの関係は一部ではパフォーマンスとか百合営業とか言われてるけど、親友とかそういうのを越えた絆というものがあると俺は思ってる。最推したるパレオさんをガン見してるからこそ、主従のようなものすら感じる。
だからこれは言うならばセコムだ。パレオさんに悪い虫がつかないように警戒していると考えれば突然の家凸も納得がいく。同じパスパレの現場に出ることもあり、釘を刺されているのだろう。
「……推しなら、気づけるもんじゃないの?」
「え、何をですか?」
「パレオにrealで会ったことない? ふざけんな!」
「チュチュ」
「止めないでレイヤ、これだけは許せない!」
「違う、それは榛名さんだけが原因じゃない。パレオも望んでない」
「──っ!」
え、えぇどゆこと? 話が飲み込めない。
ただチュチュさんが激しくお怒りで、それがパレオさん関係のことだってのはよくわかった。でもそれをパレオさんは望んでない、ってことなのかな?
すごい疎外感だ、一応当事者なんだよね?
「けどパレオの話しなきゃここに来た意味も」
「……わかったわよ」
「ごめん、何があったの?」
「うーんとね、昨日の文化祭のこと、とりあえず何があったのか説明してほしくて」
「え……あの、ロック相手にこう言うのは嫌なんだけど、俺と後輩の話だし」
「その後輩が、ワタシにとっては大切な……友達なのよ!」
「──なんだって?」
令王那と、チュチュさんが友達? 衝撃だったと共に、あいつがやけにRASのこと詳しいなと思っていた疑問が氷解した。いやそうすると新しい疑問も湧くけどそれは、置いておこう。
それにしてもチュチュ様、なんて様付けするほど心酔してるからファンなのかと思ったら友達らしい、友達を様付けはヤバいけど。
「アンタは友達を泣かせたのよ、怒ってる理由なんてそれで充分でしょ!」
「泣かせたって……すみません」
「謝るなら──」
「──幾ら友達だったとしても、家に押し掛けられるのは、どうなんでしょうか」
「……榛名さん」
友達を想うのは素晴らしいことだと思う。友達のために怒ってくれるなんて、前は本当の意味での友達のいなかった令王那にとっては得難い、何よりも大事な存在なのだろう。そういう意味なら様付けしてしまうほど心酔するのもまぁわからなくはない。
でもそれはそれ、これはもっと複雑な話だ。
「俺は、自分で言うのもアレですが、よっぽど何か言われても流せる自信があります。変態なのも事実ですし、ストーカー気質なのも強く否定できる材料がありません──でも、そんな俺だってムカっとくることくらいあります。顔を合わせるのも嫌になるくらい愛想が尽きることだって、あるんでしょう」
「他人事だね、最後だけ」
「愛想が尽きた、とは違いますから」
「……あの子は、そんなにひどいことを言った?」
レイヤさんとも知り合いなのか、というかもしかしてRASさんともプライベートで会えるような関係ってことなのか、なんだと羨ましいことだな! まぁ俺だってロックとは気軽に会える友達だから、ここは血涙を流すほどじゃないがな、ガハハ。
「直接なら、笑って流せますし、冗談だと思うことだってできます。でも、アイドルに相談されたら……違うじゃないですか」
俺が一番ショックなのは変態と言われることでも、ストーカーとして扱われることでもない。それを他人に相談したということだ。
いや、気持ち悪いのは俺のせいであり俺の性癖であり、仕方ないというかもう謝って警察に自首するしかないよ。でも、パスパレに、イヴちゃんに伝わるように悪く言うのは心に重くのしかかるよ。それで出禁にでもなったら、俺は令王那を許せないと確信できるほどに。
だけどその言葉に対して首を横に振って否定してきたのはロックだった。
「榛名さん、それは誤解や」
「誤解って?」
「千聖さんは相談ってワードを使ったのかもしれんけど、後輩さんは榛名さんのせいで困っとったわけじゃないんや」
「そうだな、そればっかりはお前の早とちりだ。麻弥さんから連絡来てたよ、アイツが相談したのは自分の保身のためだけで、お前の陰口とかじゃねぇんだ」
「保身……イベントに被るから、とか?」
「そう、どうしても会えん理由があるんよ、それは榛名さんのせいやなくて……あの子の勝手な都合で」
「いいえロック、それはあまりにレオナを理解できてないわ! あの子が会えないって言ったのはそのセイヘキ、とかじゃなくてアンタの性格が関係してるのよ」
「え、えっと……?」
なんか今度はチュチュさんとロックがバチバチし始めてしまった。やめて、俺のために争わないで! いやこの場合は令王那のために争ってるのか、まぁそんな茶化すようなことを言えるような空気じゃないけどな!
少し険悪な雰囲気になったけど、それを纏めて俺に伝えてくれるのがどうやらレイヤさんの役割らしい。
「……うーん、どっちもあるかな。あの子の都合で、自分の感情であなたと会えない」
「レイヤ!」
「でも、その感情の根っこにはあなたが関係している」
「……よくわかんないです」
「そうだね、榛名さんは私たち全員が知ってる大前提を知らないから」
レイヤさん曰く、その大前提とやらがあれば令王那の行動を理解できるようになるけど、その大前提を知られたくないっていうのが令王那の行動が俺にとって謎な理由みたいで、令王那のことを解るにはアイツが俺に隠していた秘密を暴かないといけないらしい。
「じゃあ、無理ですね」
「はぁ!?」
「俺は令王那のこと、理解できません」
「アンタねぇ」
「チュチュ」
「だって、諦めてるわ……そんなの、レオナが」
「きっと俺の後輩のことを想っての行動なんだというのはすごく伝わりました」
でも、令王那の隠し事を積極的に暴くのは俺の望む関係じゃない。第一、あの鉄面皮を剥がそうとしていいことなんてあったかと問われると、それはない。
優等生の仮面は、同時に令王那本人を護る砦でもあったんだ。偶々、俺はそれを建設している場に毎日居合わせていたというだけで。
そう考えると、令王那の内側に踏み込ませてもらったことなんて一度もないんだろう。チュチュさんが羨ましい限りだ。
「アンタも、そうなのね」
「え?」
「臆病、初めて会った時のレオナと同じ! 全部隠して、賢そうな顔で、わかったような顔して、自分からも他人からも逃げてる臆病者よ」
「──ちょ、チュチュさん。榛名さんにも事情があるって」
「知ったこっちゃないわ! ワタシにとってはその事情とやらでレオナを泣かせた、それで話してみれば本音すら出そうとしない臆病者、それが全てよ!」
「じゃあ令王那が最初から全部、チュチュさんに本音でぶつかったんでしょうか。仲良くなってから、チュチュ様、なんて呼ばれるようになってから、本当に全部が全部、本音だったんですか?」
「榛名、それは──」
──それは、チュチュさんにとって、というかRASにとって大きな地雷だったことは後になって分かったことだった。
俺が「dub」に通ってRASの沼に嵌り始めた頃、パレオさんが休んでいた理由、まさかそんなことに繋がっているなんて思いもしなかった。
「ストップ、チュチュも、榛名さんも」
「……すいません、つい言いすぎました」
「──少なくとも、アンタよりは本音のレオナを知ってる。それだけはわかるわ」
「それは疑っていませんよ、だいたい、俺が本当の令王那のことを知ってるなんて思ってすらないですから」
俺はオタ活をしている後輩を知らない。どういう恰好をしているのか、どんなテンションで、推しとどういう会話をしているのかも知らない。
交友関係なんてもっとだ。パスパレやRASとプライベートで関りがあって、遠方の鴨川からこの近くまでよく通っている。というかおそらく以前話していた大塚に住んでいる友達というのもチュチュさんのことだろう。どういう経緯で友人になったのか知らないが、そこでRASと知り合ったということになる。
もしかするとパスパレとの関わりも、このバンド経由かもね。
「予想することは出来ても、本人の口から肯定されたことなんてないです。俺は、嫌われてますから」
「それは違う、榛名さん……嫌われてなんかないよ」
「そんな、ワケ」
「ああ、それは私からも保証できる。嫌いだったら、お前ととっくに他人になってるはずだろ……と、わり、ちょっと席外す」
「うん……切れない縁、運命って言い方はすごく変かもしれないけど、そういうのは確実にある。この街で再会したことも、一緒に過ごすようになったことも、全てには意味があると私は思う」
「レイヤ、さん」
「私は、ハナちゃんと再会してそう感じたよ」
ハナちゃん、というのは花園たえさん、つまりはポピパのおたえさんのことだ。
レイヤさんとおたえさんは元々幼馴染で、レイヤさんが名古屋に引っ越すことになった時に再会と一緒に歌を歌うことを約束していて、それを叶えるために音楽を続けていたことはロックが早口で聞かせてくれた。いい話だなーと当時から号泣したエピソードだが、その話が誇張なんかではないことをレイヤさんの表情が物語っていた。
「俺、こんなに嫌われてるんのか、じゃあもう一緒に居たくないって思ってから気づいたんですよね……嫌われたくなかったんだって、いつも饒舌になるのも、令王那にどんだけ冷たくされてもヘラヘラしてんのも、俺は──鳰原令王那ってやつが何処までいっても、好きだからなんだって」
「好き……」
「もう一回フラれてんのにな、あの時とは違う、今度はもっと推しとかそういうんじゃない気持ちに今更気づいて」
何やってんだろうか、推しバンドの推し抜きに凸されて言い争ったと思ったら、急にしんみりして恥ずかしい話をしている。
ワケわからん、レイヤさんの言葉にアテられたせいだろうか、それともチュチュさんレイヤさん、ロック、キングと色んな人に色んなテンションで話しかけられておかしくなったのか。
「もっと令王那とオタクっぽいやりとりがしたい。イベントの感想とか言い合ってさ、時々は恋人っぽいことして、そういう時間を過ごしたいって今更思うようになったんだ」
「そういうの、本人に言わんと、伝わってないよ」
「実際に真逆の言葉が出たからな、ダサいやつだ、俺は」
なんでか今度はロックが泣きそうな顔をしていた。伝わんないよな、当たり前だよ。頭ん中を覗けるわけじゃない。そんなこと出来てたら人間同士のコミュニケーション不足で争いなんて起こらないだろうからな。
でも俺には伝える勇気も、資格もない。嫌いだなんて口に出した翌日に好きって、情緒がおかしいを越えて二重人格だ。
「──ええ、わかっておりますとも、パレオのセンパイがダッサい人間だというくらいは」
「え……あ、え……パレオさん!? いつから!?」
すると玄関の方から新しい訪問者が……というかキング!? 何勝手に家のドア開けてんの、じゃなくてつ、ついに推しが──推しを間近で、イベント以外で目撃できる幸運が俺についにやってきた!?
いやでも今罵倒──待って、ん? 今、パレオさんの口からすごく聞き馴染みのある単語と、聞き馴染みのある声がしたような。
「パレオさん、イベントはしゃべらんから」
「MCとかねぇしな、私たち」
「なるほど~、それでバレなかったという側面があるんですねぇ」
「ぱ、パレオ……」
「チュチュ様? 別に
「……ゴメン」
「はい♡ まぁロックさんあたりが唆したのだとは、思いますが♡」
「……やっぱりウチが怒られるんや」
テンションや雰囲気、話し方はまるで別人だ。でもやっぱり間近で見ると背格好、顔立ち、指のキレイさ、全部似てる。いや似てるとかじゃない、これじゃあ本人──俺の知る鳰原令王那そのものだ。
「ごめんね、ハル」
「──っ!」
「ずっと黙ってて……隠しててごめんなさい」
ぞわりとした。これはコスプレしてる、そうパレオさんに後輩が似せようとしているドッキリなのだと現実逃避したくなった。それだけパレオさんの口から聞き慣れたトーンで知ってる声がして俺は自分の愚かさを悟った。
──そりゃあチュチュさんと仲良しだよ、RASの成り立ちも俺はロックから聞かされてる。
──ロックやキングがある時期から余計頑なに個人情報を教えてくれなくなったわけだ。本人から口留めされてたんだろうよ。
──そりゃ東京で会うわけだ。わかれば大した疑問じゃない。
「私が……パレオなの」
「……令王那」
「うん」
ピンクと水色のツートンカラー、パレオさんのデフォルトカラーのウィッグを外すとそこにあったのは良く見知った艶のある黒髪で。
俺の後輩で、幼馴染で、たった今思いの丈をぶちまけた相手は、俺が愛して止まない推しだったのだから。
ついにCOの時がやってきました。