ドルオタが同じドルオタ後輩とオタ活ができない理由 作:黒マメファナ
羽沢珈琲店に出向いたのは結果的に言えば良かった。あのおかげで俺はポピパさん方に名前と顔を覚えていただいたのだ。
そのことについてロックから電話で散々に文句を言われたが、覚えられたのは不可抗力だ。不可抗力なので実家のパン屋の手伝いしている沙綾さんのところに行こーっと。
ついでに推しとお近づきになる道を──!
『榛名さん』
「声が怖いよロック」
『アイドルのプライベートをおっかけるのは、流石にダメだと思う』
「……ダメ?」
『当たり前でしょう!』
と、NGくらったのでイヴちゃんのプライベートを訊ねるという作戦は失敗に終わった。ううん、でもいいんだ。ポピパさんとの会話でイヴちゃんが彼女たちと同じ花咲川女子学園、通称花女に通ってることが判明したので。
ただし出没率は決して高くない。なんせアイドル、モデルと大忙しな上に部活までやってるんだとか。すごいなぁ俺の推しは。
「あ、いらっしゃいませ〜」
「どうも」
休日の夕方頃、俺は再び商店街へとやってきた。ロックと行った時は電車と徒歩だったが自転車でアパートから商店街まで十分ほど、中学では二十分とか三十分とか漕ぐこともザラだったためそんなに苦ではない。折りたたみにしておけばもうちょっと楽できたかなぁとは思わなくないけど。やっぱり電車賃を削っておくのは大事だと思う。それは推しのために使うものだからね。
「よかったね、最近だと私もライブハウスでバイトしてるんだ」
「へぇ、近くのですか?」
「RINGってところ」
「ああ……多分わかります」
ここからだと電車使ってどのくらいだろうかわからないけど最寄りから二駅だ。自転車で行っても15分未満で辿りつくだろう。
香澄さんもそこでアルバイトをしているらしく、流石はバンドガールだなぁと感想を抱いた。
俺なんて近くのコンビニだ。家からめちゃくちゃ近いから高校生入れるギリギリまでシフト入れてるけど、そういうカフェとかおしゃれなバイト先も憧れるよなぁと思う。
「チョココロネとメロンパンは人気商品だからすぐなくなっちゃうんだ、ごめんね」
「いえ、俺はクロワッサン派なんで」
「じゃあチョコクロワッサンどう? ロックの友達ってことで、サービスしておくよ」
「ありがとうございます……じゃあ、ロックの分も」
「うん、また来てね」
二つ買って一つおまけがついてきた。お得だね。
ロックに連絡しておいて、練習かバイトか知らないけど帰ってきたら届けに行こう。
ふと、出てくるとこの商店街はガールズバンドのおかげなのか結構賑わってるという印象がある。沙綾さんの話によると「Afterglow」だけではなく「Roselia」のドラマーにして当然とはいえば当然だけど姉がアフグロの宇田川巴さんである宇田川あこさん──こちらロックとは去年クラスメイトだった、ああ今年も一緒なんだっけかでお友達だそう。後は「ハロー、ハッピーワールド!」という特殊なバンドのベーシスト、北沢はぐみさんも商店街の出身なんだとか。
「でさ〜、千聖ちゃんってば、あれはもう惚気の領域だったね!」
「松原さんも楽しそうだし、いいんじゃないかしら?」
「ルームシェアってようするに同棲みたいなもんじゃん? きっと癒やされてるんだろうなぁ」
「下世話な言い方はやめなさい」
「えー、おねーちゃんだってちょっとは気になるでしょ〜?」
「──ッ!? な、んてこった……!」
すると、声が聴こえて俺は思わず、カミナリに打たれたように固まってしまった。
聴き間違えるわけがない。声フェチだとかそうじゃないとか関係ない、今千聖ちゃんって言った。そしてこの明るい声を俺は何度となくイベントで聴いていた。
振り返るわけにはいかない。挙動不審なのは今に始まったことではないが、ここでオーバーリアクションするわけにはいかないんだ、オタクとして平常心、平常心だ。
「ん〜?」
「どうしたの日菜?」
「んーん、なんか変な挙動してる人がいるから」
「……そういうのに触れるのはやめなさい」
そういうの扱いされたが傷つかない。俺は今、最高に気持ち悪い笑みを浮かべているから。
間違いない、パスパレの氷川日菜ちゃん。そして「おねーちゃん」ってことはガールズバンドオタクだけでなくパスパレのオタクにとっても常識問題、「Roselia」のギタリストにして日菜ちゃんの双子の姉、氷川紗夜さんだ。
まさか、まさかこんなところで会えるとは──いや、この商店街だから会えたんだ。
「姉妹デートか……てぇてぇ」
羽沢珈琲店へと入っていく二人を追いかけようか一瞬悩んだが、やめておこう。やはり男一人で入る勇気はない。
だが俺は日菜ちゃんの言葉を巻き戻して考える。待って同棲? 今スキャンダラスな話してた?
いやいやくっそでかい声でそんなアイドル生命に関わるような話を──いやするな、氷川日菜はそういうコンプライアンスの欠片もなくてメンバーにカレシ出来たら真っ先に教えてくれそうって何かで見たし頷いたわ。
「ま、まぁまぁまぁ、女だよな、同性だよな?」
「何を、焦っているんですか?」
「──おわ、なんだ……令王那か、ってえぇ! 令王那!?」
「はい、どうしたんですかいつもよりリアクションが変ですよ?」
なんと、俺が悶々としていると声を掛けてきたのは令王那だった。
休日だからここにいたんだろうか、商店街で出くわすとは。というかタイミングいいね、もしかして俺のこと好きなの?
冗談めいて言うと睨まれた、ごめんなさい。
「……ロックさんの言う通り、早速来てるし……」
「なに?」
「なんでもありません、それよりも質問の返事がまだなんですけど」
「ああ、焦って……さっきさ、日菜ちゃんと紗夜さんがさ」
ことの詳細を説明する。ついでに令王那と一緒に珈琲店入れるかと思ったら断固拒否された。そんなに嫌か、流石に傷つくんだけど。
だが俺のダメージを無視して令王那はまるでゴミでも見るかのような視線を俺に送りつけてくる。いやだって、ほら、アイドルって割りとカレシいるって話は常識みたいな業界通の言葉もあるしさ。マンションで同棲ならバレにくいって。
「センパイ……知らないんですか?」
「何を?」
「千聖さんはかの……ハロハピの松原花音さんと仲良しなんですよ」
「花音……松原、ああ! なるほど、松原って花音さんのことなのか!」
「はぁ……」
すごいな、というかオタクって交友関係にまで詳しいのか。俺ってつくづくファッションなんだなというか全く興味ないんだなと思い知らされた。そのくせ男がチラつくかもしれないってなるだけで挙動不審になるんだから度し難い。
なるほど、ははぁん、そういうのに詳しいってことはやっぱり令王那は箱推しだな。
「……ええ、気づいてなかったんですね」
「全然パスパレの話してくれないじゃん」
「センパイにはしません。指がどうとか、すぐ言い出すようなセンパイには」
「ですよねー」
「反省しないんですか」
「今更だ」
「ってかやっぱりハロハピがすぐに出てくるところ辺り、ガールズバンドにも詳しいよな令王那」
「パスパレもガールズバンドですからね」
なるほど、俺はパスパレにハマった経緯とガールズバンドにハマった経緯は別口だったからな。
それにしても、まさかここに来て二度目の遭遇とは。地元からはそれなりに離れたと思ってるのになんだか変な気分だな。そう言うと令王那はつまらなさそうに反対を向いて歩き出した。
「帰るのか」
「はい、もう帰る時間ですからね」
「送ってくよ」
「……ありがとうございます」
「ここからだと……?」
「すぐそこ……いえ、二十分ほど、お付き合いできますか?」
「もちろん」
ついていくと令王那は少しだけ俺を見上げて、また顔をまっすぐに戻す。
商店街を抜けて、まだ歩いていく。春になったとはいえ、日が暮れ始めると少しだけ肌寒くて、歩いているくらいでちょうどいい。
都会とか田舎とか、景色はあんまり関係なく、俺は中学の時のことを思い出していた。あの頃も中学生になったばかりの令王那と歩いていたことは何度もあったんだよな。
「そうだ、令王那」
「何か?」
「やまぶきベーカリーでさ、チョコクロワッサン買ったんだけど」
「良かったですね?」
「そうじゃなくて、なんか袋持ってない?」
「持ってますよ」
もらった袋につめて、口を縛って令王那に手渡した。俺の取り分が一つになってしまうが、これはしょうがない。
令王那は少しだけ立ち止まったと思ったら、驚いたような顔をしていた。何が意外だったんだか。
だがすぐに手を差し出してきて、また前を向く。相変わらず、キレイな手指だ。
「もらっておきます、あそこのパンはおいしいですからね」
「おう」
「餌付けされてるわけじゃないですから、パン一つで絆されるようなものでもありません」
「それは狙ってなかった」
そう言うと、令王那は薄く笑った。やっぱり冗談かよ。
ゆっくりと歩いていく中で、会話はやっぱり少ない。ただお互いに歩いていくだけでも俺は少し嬉しくなってしまいそうだった。
そんな時、ふと俺はこの間のモヤモヤが溢れてくる。
「……なぁ、令王那」
「なんですか」
「少し、パレオさんの話をこの間聴いてさ」
「……そ、そうですか……それで?」
「それで、パレオさんを初めて見た時のことを思い出したら、なんか……変なんだけど令王那のことを思い出してさ」
「私を……私のことを」
視線が重なった。見慣れたハズの令王那の瞳が、眼鏡越しの瞳がライブで見たパレオさんの瞳と重なった気がした。
だが、あの子の目はもっと光を放っているというか……こうして令王那の瞳を見ると思う。
ああ──
「同じ年なんだってさ、偶然!」
「……へ、あ……えっと、誰と誰が、ですか?」
「令王那とパレオさん、パレオさんも今年中三なんだってロックが言ってて、まぁ口を滑らせたとも言うけど」
「……そう、偶然」
「だってさ、背格好割りと似てそうだし、髪型は一緒じゃん? 色は全然違うけど」
「色が変わるんだから、ウィッグに決まってます」
「それはそうだ」
そもそも、よく考えれば令王那が髪型をハーフツインに変えるようになったのは俺が卒業する寸前のことだ。その前後からRASは結成されてるって言うなら彼女がパレオさんに影響されて、ということも考えられる。なんせチュチュさんを様付けするほどだし。パスパレと同じくらいRASが大好きなんだろう。
「でさ、パレオさんのこと訊ねる度に、なんか令王那のこと思い出すのも失礼だなって」
「そんな言い方、私に失礼じゃありませんか?」
「あ、違う違う! 令王那にだよ。卒業してからもう一年以上経ったのに、度々思い出して似てるなんておっかけ方してたら、最低じゃない?」
「最低ですね」
「でしょう? でも切り離して考えらんなくなってきてさ……純粋な目でパレオさん見れないかも」
「元々、不純な目で見ているじゃないですか」
確かにそれはそうだ。推し指だとか言ってフェチズムの対象にしてる。
そもそも中学の時の後輩を思い出しておっかけていますってなんだって話よ。まるでまだ好きなのに好きって言えない相手への未練みたいじゃない。こっちはただ、パレオさんのことを推してるだけだってのに。
「だからどうしようかなぁと思ってさ」
「……いいですよ」
「え?」
「ちょっとくらいなら、パレオを見て、思い出してくれて……センパイがどうしてもと言うなら」
「どういう風の吹き回し?」
「い、嫌ならいいんです、せいぜい推せずに歯がゆい思いをすればいいじゃないですか!」
「嫌とは言ってない、急に優しいから」
「私はこれでも、センパイには特別甘い自覚がありますけど」
「……そうなの?」
どうしようか、いっつもツンツンしてるから俺にだけ酷いなぁと常日頃から思ってたって話したら怒られそうだ。
それに思い出してもいいと本人が許諾してくれるというなら、俺としては願ったりかなったりだ。思う存分、パレオさんを推してやろうじゃないか。
──そんな話をしたところで、目の前には最近改装された「飯田橋駅」の西口が見えてきた。都会の大きい駅はおしゃれだよねぇ、と感じてしまうのは田舎の民としては悲しい性である。
「何処と比べてるんですか」
「地元」
「出身地を悪く言うと幸せになれませんよ」
「またそれ……どこの受け売りだよ」
「さぁ? では、帰り道にはせいぜい気をつけてください」
「それ、まるで襲われそうで嫌なんだけど」
「冗談ですよ……では、
「うん……またな」
手を振って、普通に別れる。まぁこう考えて、一緒に歩いてくれる時点でそれほど嫌われてはいないのかなと考える。
同じパスパレ、アイドルを推していて、更にはバンドも推しが被ってるのに全然話をしてくれない、一緒にイベントにも行ってくれない冷たいオタクで後輩の鳰原令王那──彼女がこの近辺で何をしてるのかは結局訊けずじまいだけど、どうやら悪いことをしているわけではなく、楽しそうなのですっかりスルーしてしまっていたな。
「さて、俺も帰ろ……ってロックに連絡するの忘れてた!」
ロックを待たせてたのをすっぽかしたせいで本日二度目のお小言をもらいました。
後輩を送ってたんだってという発言には嘘だよねと圧強めの笑顔で否定された。嘘じゃないんだけど、本当に令王那送ってたのに。証明してくれる人は誰もいないため俺は追加で奢るハメになったとさ、理不尽。
ラブコメ的に耳寄りな補足を致しますとバンドリの商店街(江戸川橋地蔵通り商店街)からほんの数分歩けば江戸川橋駅でして、一駅乗れば飯田橋駅に着きます。