ドルオタが同じドルオタ後輩とオタ活ができない理由 作:黒マメファナ
私のセンパイ──
普段はすごくハイテンションで、好きなことを好きなだけ、聞いてもないのにしゃべって楽しそうに笑うヒト。特に指フェチだからと変態的嗜好を思考の纏まらないまま空き教室に散らかすようなヒトだった。
「どうしたのかしら?」
「あ……いえいえ〜、千聖さんの気にするようなことなんて何も〜」
「そうかしら? 悩める顔していたわよ、今」
「……
久しぶりに会ったせいでうまく切り替わったか自信がないけれど、とりあえず「パレオ」として返事が出来たなという手応えだけはあった。
そうじゃない、元々の性格、内面で言えば誇張しすぎている部分もあるけれど「パレオ」が本当の私であって、この言い方はとても認め難いけれど──スイッチがオンの状態が「パレオ」でオフが「私」だ。そしてオタクとして推しが目の前にいる状態でスイッチがオフになることは絶対にない。だからパレオがボロを出すことは未来永劫ありえていいことじゃない。
「心ここにあらず、なんて顔していたわよさっき」
「ち、千聖さんがいて、この場に集中しないことなんてありえません! パレオのオタクとしてのプライドが許しませんからっ!」
「まぁ偶にはいいんじゃないかしら?」
いいことは何もありませんよ千聖さん。というかセンパイが割と近場にいるというのは去年の時点でなんとなく気づきかけている情報だった。なんせ高校の名前は知っていたんだから、そこの近くと言われてしまえばパレオの今の生活圏が被ってることくらいは予想されることだ。ここまで何もなかった──センパイがバカで変態な上に性癖隠しもしない最低なセクハラ人間なお陰で何もなかったのはとてつもなく唇を噛み締めたい状態ですが、幸いロックさんやマッスーさんがパレオを紹介するなんてベタな展開は避けられている幸運は喜ぶべきところ。
だが下手をすれば近づいてくる、ということでもあり。一年ぶりに話しをしたと思えば推し活の誘いなんて本当にセンパイは頭がイカれてるとしか言いようがないですね。
「千聖さんは……オタク、いえファンの中でこのヒトは
「パレオちゃんは間違いなくその……
「自覚はありますが、パレオ以外ですと助かります」
「そうね、色んなヒトが来てくれるけれど……パレオちゃんの前では全て霞むわね」
苦笑いで言われてしまいアテが外れる。そうですよねぇ、ええ、ヤバい自覚はありますが全身全霊、推しとご主人様に人生を懸けるのがRASのキーボードメイドにしてパスパレオタクのパレオですからね。
そもそもこの質問はイヴちゃんにすべきものだ。まぁでもあの人割とファッションで隠す時は徹底的に隠す秘密主義なところあるからなぁ。杞憂で済むかもしれない。
「誰を気にしていたかは知らないけれど、あなたがそこまで言うとなると気になるわね」
「……大丈夫です」
千聖さんは小柄ながらも雰囲気は「お姉様」か千聖様、と様付けするべきか悩みそうな方だ。そしてヒトの機微に敏い方でもある。
一緒に喫茶店でティーブレイクをしているだけでも、少しの言葉の変化からパレオを見抜こうとしてくる。
センパイの家は先日把握した。バイト先も適当にコンビニを指定してアタリだったため、動線はほぼ回避出来ると言ってもいい──ただし、旭湯と最近で言えば商店街を除けばだけれど。
「正直に明かしてみなさい。案外相談した方がなんとかなることもあるものよ?」
「いえ、あの犯罪に巻き込まれてるとかではなくて!」
「そうね」
「──パレオの、くだらない昔話でもいいですか?」
頷いてくださる千聖さんにありがとうございますと感謝を伝え、そしてパレオの友人だった彼の話をしていく。
近所で、エレクトーンとピアノという違いはあったけれど鍵盤楽器仲間としてセンパイとは自然とよく遊んだものだ。大きくなって、男女という差を理解しても沢山遊んだ。お互いに身長が大きく伸びて、中学生になってからは委員会と称して二人でよく空き教室で他愛のないおしゃべりをしていた。
「その、彼が何か?」
「あの人変態なんです」
「……えっと、話が見えないわね」
「指フェチと手フェチなんです。それはもうヤバいくらいに」
そのフェチズムのためにガールズバンドを聴き歩いているくらいに変態なセンパイとは、色々あって中学卒業を期に関係が変わった。もう言葉も交わさない他人として、あるいは思い出の中にいる幼馴染として、そうやって終わっていくはずだったのにとんでもないところで接点が出来てしまっていたことに彼の卒業からまる一年後、ついこの間判明した。
「いいじゃない、推されてるなら」
「よくありません、中学の後輩がパレオだったなんて知ったらあの男は言いふらすに決まってます! 悪意なく、バカみたいに推し活し始めるんですよ!」
「……なるほどね」
私の指が彼のフェチズムを刺激することは一緒に中学に通っていた時に気づいていたことだ。だがあくまで私は先輩と後輩というポジションで収まっているから身近な推し指、とやらの枠内にある。
だがこれが「RASのパレオ」だと知られたらどうなるだろう。地元の友達に勧めるに決まっている。あの男は布教活動することがオタ活だと思っているタイプの厄介なオタクだ。そしてあろうことかパレオと「普段の私」を並べて説明しようものならその前に記憶を消さなければならない。
「指……ねぇ、誰推しなの?」
「イヴちゃんです」
「他のガールズバンドで言うと?」
「燐子さん、瑠唯さん、パレオです」
「そう──ライバルは多いわね」
「……えっ?」
思わずティーカップを落としてしまいそうになる。
視線を上げるととても、それはとてもとても楽しそうな推しのご尊顔が目の前にあって、でも尊いとかごちそうさまですなんて感謝の言葉は出てこなかった。というかこの方、今なんて仰いました?
「要するに恋愛相談よね、これは」
「断じて違います」
「照れなくていいわよ」
「断じて違います」
なぜ恋愛相談だと思われたのでしょうか、流石の推しとあれど看過出来る勘違いではない。うっかり日菜ちゃんや、それこそイヴちゃんからパレオの存在を示唆されないように、パレオとセンパイの接点を減らすために相談をしているのだから。
どこをどうしたら私がセンパイのことを好きだということになるのだろう。ありえない。
「好きではないの?」
「センパイに恋愛感情を持ち合わせていません、パレオはチュチュ様とパスパレへの愛で手一杯ですので!」
そう、私はもうセンパイの知る優等生ぶって、自分の好きなもの一つ表現できない「鳰原令王那」じゃなくなった。あの日、チュチュ様に出逢って私は生まれ変わったのだから。
センパイも──あのヒトも私にとっては「過去」でしかない。モノトーンで、何一つ色づくことはなかった過去がどうして。
「そうね……月並みな言葉になってしまうけれどパレオちゃん」
「はい」
「過去は変えられないし、なかったことにはならないの。
「……はい」
パスパレのスタートを、最初のライブが思い起こされる。機材トラブルによるアテフリがバレたという最悪のスタートを切ったこのグループはゼロどころか、マイナスから始まった。
二年も前のことだと思うけれど、たったの二年だと思うヒトもいる。その事件で見限ったのに人気グループとして数えられることで余計にアンチ行為を加速させる輩だっているだろう。
月並みなんて言っておいて、千聖さんの口から出た言葉はとても重たくて。
「だからあなたがなんと言おうと、センパイは昔のあなたをその瞳に映すものよ」
「……嫌です」
口から出た言葉に私は自分ですぐさま否定していた。こんなのは我儘すぎる。
そもそも今の私と前の私は違うということを隠しておいて「令王那」を見ている彼を責めるのはお角違いだ。
でも、令王那を見るセンパイの目は、すごく苦手だ。フェチズムを満たそうとする目ではない、単純に先輩後輩の枠が少し越えた時のあの視線が苦手なんだ。
「ジレンマというわけね」
今のパレオを知ってほしい、あの時とはもう違うのだと言いたい気持ちとそれを言ってしまえば学校で作り上げていた「令王那」の崩壊を意味する。そういう意味でいえば、センパイとの関係は中途半端なんだ。
優等生ではない私を知っていて、優等生と言われることを嫌っていることを知っていて私を「令王那」と呼ぶのはセンパイだけ。
学校での私を知らないパスパレのみなさんや「ガールズバンドパーティ」で知り合った面々、私が「パレオ」などと知りもしない学校の人達、どちらも知った上で「パレオ」を受け入れてくれたRASのみんな。大別すると三つに分類される私の人間関係の中で唯一、私がパスパレやかわいいものが好きで、優等生であることが偽物であるのを知っていて、パレオを知らないのはセンパイだけだから、変なところで躓いてしまうんだ。
「ありがとうございます……正直推しにこんな話をしてしまって心苦しいのですが」
「いいわよ、こうしてプライベートで話をしているのだから推しとかアイドルとか、偶には忘れて私とパレオちゃん個人でのやりとりをしたって」
「千聖さん……一生推せますぅ……」
「……ちゃんとわかっているのかしら。自分で言うのも変だけれど、私結構いいこと言った気分だったわよ?」
「ええ、勿論ですとも、今の名言を額に入れて飾っておきたいくらい素晴らしいものでした」
「……わかっているのよね?」
「なぜ二度訊かれたのでしょうか、不思議です」
ともあれ、空気が元に戻ったところで
こういう時、センパイが羨ましい。中学を卒業したら推し活のためにとっとと
他者の目を恐れず、いえ、そんなこと考えもせずにやりたいことやるのがセンパイの尊敬出来るところでありムカつくところだ。私はそんな自由にはなれない。喩え今この背中に翼が生えても命綱がないと高いところから飛び降りることは出来っこない。
「では、送っていただきありがとうございました!」
「気を付けるのよ」
「今度は、うちにも遊びに来てね」
「ぜ、是非……!」
「花音、あんまりパレオちゃんに飴を与えるのもダメよ?」
「私はアイドルじゃないもん、それに私のおうちに友達を誘ってるんだよ?」
「あら、上手な言い回しじゃない」
「千聖ちゃんのが移っちゃのかな、なんてね……ふふ♪」
はぁ──尊いです。撮影オッケーだったら今すぐ電化製品を取り扱っているお店に駆け込んで手持ちありったけを掛けてカメラ買って激写したいくらい尊い空間が目の前に広がっている。なに今のやりとり、八時間くらいやっててもらっていいです? その間にパレオは空気になって見守っていますので、自我を持つ空気は想像したらぞっとしますが。
こんな二人で駅まで見送っていただけるなんて、幸せ過ぎてダメになってしまいそうだ。
「──ふぅ、ああ、幸せだなぁ……」
ウィッグではなく、窓の外と同化してしまいそうな黒い髪をして、眼鏡を掛けた「かわいくない」私が見えないようにスマホに目を落として。今日のオフを回顧する。一年通っても慣れない駅間の値段は、チュチュ様に出して頂いているとはいえ、やはり三時間という道のりは遠く感じる。今年で卒業なのだから、東京の高校を受験するべきだろうか。そうしたら花音さんと千聖さんのように、チュチュ様の家に住み込みで──なんて、都合のいい妄想をしたくなる。
この移動時間に勉強や譜読みというのも、もう日課となってしまっている。
「今日は、センパイに会わなかったな」
勿論、毎度会うのは私としても嫌だと思ってしまうけれど。別に私は特別センパイのことを嫌っているわけじゃない。当のセンパイは嫌われてると思っているフシがありそうだけれど。
むしろ「パレオ」ではなく「令王那」にとっては特別な存在だ。私がオタクであること、かわいいものが好きなことを知っていて何も変わらず受け入れてくれたのだから。
「まぁ、理解しようとしてくれて……結果として自分が沼に沈んでいるんだから、センパイは結構おバカさんなんですけどね」
ポツリと一人言が思わず口から漏れてしまう。でもだってそうでしょう? パスパレのことがバレて、どうしようと迷っていた次の週には同じイベントに出てたと言うんだから。あの人の妙な思い切りの良さは、ちょっとだけ見習いたいと思いつつああはなりたくないという矛盾を抱えてしまうほど、清々しく、あの人はオタクだ。
──そう、そしてだからこそ私とセンパイはうまいこと関係を維持できない。最後の最後に、一番肝心な時にお互い手を離してしまって、それをお互いに「自分のせいで」と思ってしまうから。だから謝れない。たとえ謝りたくても。
「……
ふと、窓を見てしまった。そこに映し出されたのは勿論「かわいくない」私で。
ハル、なんて彼が卒業する前の冬休みが終わった頃くらいからずっと呼べてない癖に。あの頃の関係に縋りつきたいと惨めに未練を零す自分が嫌いだ。こんな醜悪な姿しかハルに見せられない自分が嫌いだ。本当は素直になった私で、あの人に会いたいのに。
だってハルは私に嫌われていると思う限り、ああやって私のことを思い出してくれる。ハルの胸の中に私がいられるのは、あの時の謝りたくても謝れなかった瞬間に縛り付けられているから。
だから私は、センパイを許してなんてあげない。謝ることもしない。ただ──忘れないでほしいから。
理由②:また仲良くしたら、忘れられるから。
まぁほら、これラブコメって最初から言ってたし。
両片想いはラブコメのデフォルトだって信じてる。