「あなたは!」
「どうも、ショコラ=ティアさま。
でもって『隙あり!』……なんてしたいモンですが、」
男「ポチ」は、「やれやれ」と困りはてた顔で杖を振るう。
さながら仮面を立てつづけに被り直すかのように、素の感情を伺わせない軽薄さと人情味で表情を入れ替え続け、ひとたび長杖で地面を突き、鳴らし、ただ一言。
「―――“
地面から巨人の手が生え、ショコラ姫の大魔法ヨロトルを掴む。
幸福の花園の大地、アスファルトなる岩盤を練りあげた粘土細工。
魔法で形作られた巨人の腕は、なるほど平民の魔法にしては上等である、が。
そんなもので大魔法を打ち消せるわけがない、などと、私は思う、
「…………?」
はずなのに。なぜだろう。
ポチの仕草に迷いはなく、声色に乱れはない。
なによりも不思議なことは、私がポチの背を見るごとに、不安が薄れている。
「へっ?」
ショコラ姫は呆然と魔法マイトルを見あげている。
自分の魔法が負けるはずもない、とでも思っているのだろうか。
いや、これは、……呆気にとられた、が正しいのか。
なにやらまるで、あたりまえの仕草で自分の食べ物を取られたときの呆気なさ、あれを連想させる呆け方にも見えてしまう。なにひとつ納得がいかないけれど、それ自体は起きても変ではない、とはいえ本当にやられるとは思えず、まるで理解が追いついても頭が追いつかないような、……ああいう呆け方だ。
どろどろに溶けているショコラ姫のヨロトルに、ポチのマイトルの指が沈む。
そう、溶けたチョコレートの塊へと。
手が沈み、沈み、握り締めていて。
「えっ? あっ! ああっ!?」
なにかに気づいたのか、ショコラ姫は叫ぶ。
「あー、残念。もう遅い。」
ポチが雑に、適当につぶやく。
溶けてやわらかくなったチョコレートの塊を握れば、どうなるか。
ぐちょ、と、粘着質な音を立てて崩れていく。
指と指の間から五分割された泥状のチョコレートがこぼれていく。
あっという間に形を失ってしまった。
ショコラ姫がつたない魔力操作で球形を保っていたせいなのだろうか?
私もわけがわからず呆気にとられていると、にんまりとポチは微笑む。
「うん、予想通りだなぁ、こりゃあ。」
ぼとぼとと地面へ落ちるヨロトルだったもの、ショコラ姫の全魔力はどんどん自重に負けて地面のうえに広がっていくばかりの、ただのチョコレートと化していた。
ひたすらショコラ姫が制御し続ければ、ひょっとすれば心臓の形を取り戻すのかもしれないが、元のヨロトルすら泥団子かと見紛うほどの粗悪な形にしかできなかったショコラごときにできるとは思えない。
「やっぱり、『幸福の花園』のチョコレートは、」
そうと気づいているのかいないのか、指で軽くチョコレートをすくい取り、ポチはペロリと舐めてしまった。ショコラ姫への油断なのか、それとも己への自信なのか、あまりに軽率ながらも男の技量と経験をうかがえる余裕がそこにあった。
数度、ポチは満足そうにうなずくと、一言。
「
これが私の部下、……というわけではないが。
私たちの組織が雇い入れた用心棒、ポチという男であった。
「ふふっ、……いいぞ。」
思わず笑みがこぼれる。
どうやったのか。なぜ思いつけたのか。
一見すると理解できないが、ショコラ姫の腕前を思い出せば簡単だった。
あいつは大魔法を制御しきれないのだから、だれかが土魔法で軽く力を加えるだけで大魔法の制御を失ってしまう。たったそれだけの話なのだが、たったそれだけが王族には思いつきにくいとは皮肉なものだ。
土魔法に慣れた平民ならではの発想力なのだろう。
このままポチがとどめを刺せば、こちらの勝ち。さあ、
「そのままやってしまえ、ポチ!」
「や、ショコラ姫の家臣らが近づいてきてるんで。
あんな大魔法を街中でブチかましたら、そりゃあ目立ちますよ?」
魔法力を使い果たして、よろよろと立ちあがる両雄、もとい両雌。
なるほど誰かが追い打ちをかければ、ショコラ姫を倒すことはできる。が、
「……くそっ。」
だからといって、敵の増援に追われる側が脱出できるわけではない。居場所が割れてしまえば、なおのこと。そう言外に伝えられた私は、愚痴も文句も癇癪にすぎないからと呑みこんだ。
「それじゃあ帰りましょ、ったら、そーしましょ。」
私に肩を貸すと、ポチは再び地面を杖で突く。
ポチの土魔法は通常の土魔法より手間がかかり、あらかじめ地面に魔法力を染み込ませることで、土属性を与えて実体化させた魔法力ごと、魔法力の染みこんだ周囲の土を巻きこんで操る。大質量を思いのままとするポチの魔法は、さきほどのように、……ええと、……アスファルトだったよな?
とにかく、岩盤に似た地面を、地面ごと操ってしまえるのだ。
「待ちなさっ……くうっ。」
ショコラ姫は私たちを捕まえようとするも、大魔法ヨロトルの代償すらろくに勉強しなかったのか、コアトルの魔法を生みだそうとして完全に倒れる。このまま戦えば私の勝ちだろうが、やはりポチの警告のとおり、ショコラ姫の家臣どもの声がかすかに聞こえる。
このままでは追いつかれるはずだ。
「それじゃあ、ちょっと下水道を通りますんで。
臭い空気が苦手でしたら、この酸素スプレーってやつで呼吸してくださいねー。」
がこん、と。
近くのマンホールとやらの蓋が開く。
底知れぬ闇を思わせる穴へとポチは飛び込み、私を連れていく。
「え、おい、待て。
こんなもの渡されても、使い方がわからな……ぃっ、くっさァ!?」
とまあ、このように。
私たちの用心棒は優秀なのだが。
せめて事前に「逃走ルートに汚水の腐臭漂う下水道を選ぶプランがあり、逃走の為、酸素スプレーを常備していただきたいのですが――」くらいの報告はしてほしかったぞ。あと使い方教えろ。
「やっておしまい」、いただきましたー!
やったぜ。