呪霊を孕ませる特異体質 作:LABO
[1998年1月1日(木)]
これは経験則から来る確信だ。
今まで見たことないほどに、人に近い形をしているが、その呪力の質、存在感は明らかに呪霊のそれだった。
「目を見開いて、固まって。もしかして怖がっているのかの?」
そいつは地面に足をつけていなかった。
振り返ったまま動けずにいる俺の周りをふよふよ浮かびながら、俺に語りかけてくる。
「それもまた畏れ。いきなりの本身での邂逅は、ちと刺激が強すぎたか?」
何を言っている。聞き取れる、が、思考に回す余裕がない。
動けない。動けない。
正に、蛇に睨まれた蛙という言葉が当て嵌まるのだろう。
そんなことを考えてしまうほどに、俺は圧倒的な彼我の差を感じ取っていた。
「ううむ。文通にて妾の存在は
今度はなにやらうむうむと唸っている。
その態度から、いきなりとって殺すつもりはないのだろうと判断した俺は、震える口をなんとか開いた。
「…………お前は………じゅ、呪霊か」
するとそいつは、まるで反応を喜ぶように目を見開いた。
「お!漸く会話をする気になったかの?全く、おなごを斯様に待たせるのは良くないぞ」
「しかし話せるのは嬉しいが、呪霊などという呼び方は不愉快じゃ……妾のことは『
ふよふよ、と上から目線で──しかし、どこか甘えるような上目遣い。
人に近しい、というよりも、率直に言えば
これで呪力量がそこまでであればもう少し話せたのだが、その圧倒的な存在感には畏れを抱かずにいられなかった。
「ほ、ほれ?探女と呼んでくれぬのか?」
「…………さぐめ」
「きゃー♡」
と。提示された名前と思わしき呼称で呼ぶと、その呪霊は空中をぐるぐると転がりながら……喜んでいる?
ん?
なんか、なんだこいつ。
てっきりこの廃神社に封じられてた何らかの呪霊が復活したとか、そういうバッドエンド直送系のアレかと考えてたんだが。
なんかこいつ、俺のこと好きじゃね?
【1998年1月2日(金)】
初めて神社に泊まった。というのも、件の呪霊──探女に、帰らないでほしいとごねられたからだ。
俺としても彼女の話は詳しく聞きたかったし、そもそも家に誰もおらず、心配する人間がいない以上、その提案にそこまで抵抗感はなかった。
寒さがネックだったが、それは意外と何とかなった。昔からの建物ということもあり、神社の作りからして過ごしやすい造りになっているのだろう。
さもありなん。なんだか知らんがデレデレな特級呪霊(?)であった探女と、一晩のお泊り会としゃれこんだ。
んで。話を聞いたところ、彼女が呪霊であるという認識は間違いなかった。
自我が芽生えたのは春頃、丁度俺が黒閃発動のための特訓をしていたタイミングらしい。
どうも、俺が黒閃の練習をしている間、ずーーーっと俺の攻撃の余波で呪力が廃神社に満ちていたらしいのだ。
それに充てられて、この廃神社でかつて祀られていた存在、『天探女』が、人間からの恐れを糧に呪霊として顕現したんだとか。
正直『天探女』という名前に聞き覚えはなかったが、日本神話とかそのレベルで昔の人?神様?……巫女だったので人らしい。今言われた。
かつ天邪鬼の語源になった存在でもあり、そういう人間の気まぐれな残酷さ的な側面への恐れが根源にあるそうだ。
でも呪霊は呪霊なんだと。俺はてっきり呪霊って、本能で人間を殺そうとするものだと思っていた。
そう質問をすると、どうやら探女のもっている術式がそういう性格に影響を与えることができるもので、本能のままに俺を襲うというのが気に食わなかった彼女は、その術式で自分自身を書き換えたらしい。
なんでも、ほぼ毎日来ては掃除してく敬虔な幼子を殺すわけにもいくまいて、だそうだ。
結論としてはまぁ現状維持、でいいのかな?
彼女に俺、ひいては人間を害そうという様子はないし、というかそもそも力量差的に祓える気もしないし。
なんなら降って湧いた助っ人キャラ、くらいの認識でいいのかもしれない。
とりあえずは、一生ここに住めとごねてくる彼女に対して、またかまぼこを持ってくることで手を打ってもらった。
というかこの子の俺への好感度が高すぎて、それが逆に怖いまである。
これ、俺が誰かと付き合ったみたいなことあったら呪い殺されたりしないよな?ヤンデレ化して。
[1998年1月2日(金)]
「……ふふ。そんなはずがなかろうて」
かまぼこ売り切れてたらちくわ持ってくるわー、なんて呑気に口にして、あの子は──愛人は家に帰ってしまった。
初めはあんなに怯えていたのに、なんとも図太いおのこである。
まあ、図太くなければ廃神社などに一年以上も通い続けたりしない。
そういう意味では彼らしいことなのかもしれない。
───今程、己の
そのお陰で、妾はあの子とこのように会話を重ねていられたのだから。
間違いない。ひと目で分かった。
あの子は
死は全ての恐怖の根源。自己の死、他者の死、時間の終わり、場所の終わり。
全ての終着点が死であるのなら、それに愛されるあの子は、それを否定するあらゆる感情に愛されるのだ。
すなわち、呪霊に愛される特異性。そんな稀有な存在は、神代でも見かけなんだ。
…………なんと面白いものか。
あの子は知っているのだろうか。今まであの子を襲ったすべての呪霊が、あの子を《愛故に》殺そうとしたことを。
人の愛情表現が守ることであるように、呪霊の愛情表現は壊すこと。
であるからこそ、妾がこうなるのもある意味で必然であった、とも考えるべきか。
「ふふふ。明日が待ち遠しいのう」
とはいえ。初対面の呪霊の言葉をここまで信じてしまうのは如何なものか。
妾が純粋に愛を持って接しているからいいものの、どうやらまだ、他者の善性を無意識で信じているようにも思える。
今あの子を取り巻いている環境は、ともすれば
しかし危機が無ければ、人は容易く怠惰に陥るのも事実。
言うべきか、言わぬべきか。
妾は今日も、頭を悩ますのだった。