呪霊を孕ませる特異体質   作:LABO

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 [1998年1月17日(土)]

 

 

 

「うーん。むずい」

 

 

 だ、と寝転がる勢いのままに呪符を破り捨てる。

 柴先生の授業からおよそ一週間。式神術の実践で俺は行き詰まっていた。

 

 先週の授業では“縛りで形を与える”と教わった。

 なので呪符を起点としてのイメージ形成を目標にひたすら呪力を回していたのだが、これが思いの外うんともすんとも言わない。

 

 うーん。呪力関連で行き詰まったのは、反転術式のアウトプット以来二度目なのだが、どうもあのときとは感覚が違っていた。

 あのときは、これさえ掴めばどうにかなりそう、という直感めいた感覚があった。

 実際結界術の習得を経て、体外での呪力操作のコツを掴んでからは格段に精度が向上したんだし。ようは()()()()()のある行き詰まりだったって訳だ。

 

 しかし今回は、どちらかというとまーるい行き詰まりって感じだ。とっかかりの()の字も見いだせない。

 

 

 

「ほーひはんじゃ」

「んーいや……行き詰まってて」

 

 

 拝殿の床で寝っ転がって天井を眺めていると、俺が持ってきたお菓子を食べていた探女が、ふわふわと近寄ってきた。

 

 

「式神術〜?それでなにやら呪符と睨めっこしておったのか」

「うん」

 

 

 答えると、探女は俺が破り捨てた呪符を拾ってしげしげと眺めた。

 

 

「うーむ……呪符に問題は無いの。であるなら問題は式神か。何を喚ぶつもりだったのじゃ?」

「最初はトイプードルみたいな子犬にしようと思ってるんだ」

「ん?子犬?」

 

 

 俺の言葉に何か思うところがあったのか、探女は首を傾げながらしばしば思案した。

 

 

「……ああ、犬神のことか。まぁ犬神の類は調伏の難度も低いし、妥当ではあるかの」

「ん?調伏?」

 

 

 今度は俺が首を傾げる番だった。

 おかしいな。先生との座学で調伏なんて言葉出てこなかったぞ。

 

 そして少し話してみて、何やら俺と探女の認識に食い違いが発生していることに気がついた。

 

 

 

「つまりその芝生女は、式神を創り出すと申しておったのか」

「柴先生な。まぁそうだけど、それに何か問題が?」

「そういう方法も無いことはないが……そういうのは式神術の中でも『思業式』という分類がされるもので、どちらかというと生得術式に依存した召喚方法になるのじゃ」

 

 

 探女の話す式神術の知識は初耳だった。

 なんだよ、『思業式』って。とは思うも、探女も特に嘘をついている様子が無かったので話を聞いてみる。

 

 

「つまりどういうことだってばよ」

「つまりじゃ、其方の教わった方法はそもそも其方には向いておらぬ。式神に関連する生得術式を持たないものであれば、『悪行罰示』という方法をとるのが普通かのう」

「何それ、どうやってやるの」

 

 

 そう聞くと、探女は途端に表情をニヤニヤとしたものに変えた。

 

 

「えー?教えてほしい?」

「あじゃあもういい」

「なんでじゃっ、教える、教える!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、改めて探女に呪詞を教わり、それを自主トレ用に貰っていた和紙に書き込んだ。

 

 

「おーけーじゃな。しかれば、妾が今から詠う文言を繰り返して発声するのじゃ。そして詠み終わったら呪符に呪力を込める。さすれば呪符は焼き切れ、そのまま調伏の儀に入る」

「おーけー」

 

 

 では、参るぞ。と探女が息を吸うと、ピリリとした空気が流れた。

 

 

(きよ)け、()げ、(いぬい)(おそ)れ」

「きよけ、ほげ、いぬいのおそれ」

常世(とこよ)へ、()()()

「とこよへ、なりいでん」

 

 

 呪詞を唱え終わり、そのまま呪力を符に込める。すると先程までとは違い、呪符が燃え上がって焼き切れた。

 それに驚いていると、今度はぼんっと白煙が上がる。

 晴れた先には、灰色の毛並みをした犬がいた。

 

 その毛を逆立てて。

 

 

「グルルルル」

「え、マジじゃん」

「うむ」

「ワンッ!」

「なんか威嚇してね?」

「だからそのまま調伏の儀なんだってば」

「調伏の儀って────うわっ!」

 

 

 

 言葉を最後まで続けることはできなかった。犬が飛びかかってきたからだ。

 犬、まあ流れからして喚んだ式神で間違いなさそうなので式神と呼ぶが、そいつは思った以上の速度を持ってこちらに突っ込んできた。

 慌てて身を躱す。横目で確認すると、探女は一足先に宙へ浮かび上がって退散しているようだった。

 

 

拝殿(ここ)は壊さぬようになー!」

「分かってる!」

 

 

 余裕の表情の探女からガヤを飛ばされる。

 しかし俺としても、普段から手入れしている場所を汚すことになるのは気に食わない。

 ということで背後から飛びかかってきた式神の首根っこを掴むと、そのまま外へ放り投げる。

 

 

「ギャウン!」

 

 

 式神は手水舎の前でワンバンしてから着地した。

 呪力も使いそれなりの力で投げたつもりだったが、特にダメージを受けた様子は見られなかった。

 

「ふう」

 

 そのまま、鳥居を背にするように躍り出て、式神と対峙する。

 こうすれば神社にはそこまで被害が及ばないだろうという判断だ。

 

 そのまま式神の出方を伺い睨み合う。

 あちらも今のやり取りでこちらの実力をある程度把握したらしく、臨戦態勢のままでいる。

 

 

 さて。考えることは、調伏という言葉の意味についてである。

 探女は今の状況のことを調伏の儀と言ったが、それは何をすれば成功なのだろうか。 

 

 確か原作でも調伏の儀という言葉が出てきていた。

 伏黒恵の使う『十種影法術』では、式神を調伏することで使役することができるようになるって話だった。

 調伏する場面そのものは無かったが、調伏の儀の特異な使い方については描写されることがあった。

 

 すなわち、伏黒恵が摩虎羅を喚んでから、宿儺が調伏の儀式を無かったことにするまでの流れの部分だ。

 

 察するに、あの式神を単独で破壊すればいいのだろうか。

 本来であれば探女に確認したいところだが、原作では“複数人での調伏は無効になる”という記載があった。

 助言を貰うこと自体が儀式への参加になってしまう可能性も考慮すると、ここは取り敢えず何も聞かずにやってしまうのがベターだろう。

 

 てかそうなると、そもそも呪詞を唱えるときに力を借りてるけど、それは大丈夫なんだろうか───っと、

 

 

「ギャウ!!ガァ!!」

「まだっ、考えてんだけど、なっ」 

 

 

 式神が飛び込んで来たのを見て、慌てて思考を現実に引き戻す。まぁ難しいことはとりあえずぶっ壊してから考えることにする。

 

 

「おらッ」

「ガゥ!」

 

 

 飛び込んできたところに、今度は真正面から呪力を乗せた拳をぶつける。

 式神も、それに応えるように前足を合わせてきた。

 威力は互角。見たところ呪力量は俺の方が多いようだが、体重が大分上回られているようだった。

 偶に忘れるけど、俺まだ七歳児だもんな。

 

 

 

「っと、逃がすかっ」

 

 式神が距離を取ろうと後ろへ飛んだので、それを追いかける形でインファイトでの応酬に入る。重さはあっちが上だが、手数はこっちが上だ。

 両腕で前足をさばき、がら空きになった顔面に前蹴りを食らわせた。

 

 

「グギャアア!」

「余裕!!」

 

 

 式神がひるんだ。その隙に連撃を重ねる。

 二、三。四打目を食らわせたところで、式神に大きな穴が開いた。

 

 

「ギャアアアア!!!」

「……やったか?」

 

 

 戦闘姿勢のまま、一度距離を取って様子を見る。

 ポロっと戦闘続行フラグのセリフを吐いてしまい、第二ラウンドを警戒する。

 が実際はそんなことはなく、ぼん、という音と共に白い煙が上がったと思うと、式神は跡形もなく消えてしまった。

 

 

「…………ん?これで終わり?」

 

 

「お疲れ様~」

 

 

 あっけなさに呆然としているところに、上から声がかかった。

 声の主は勿論探女である。手にはうまい棒を握っている。

 

 

「えっこれで終わりでいいの?」

「そうじゃよ?これで次からは、呪符を其方の呪力で焼き切りさえすればいつでも喚べるであろうよ。しかし調伏目的以外で呼び出した式神は破壊されたらそれきり。扱いについては気をつけるのじゃ」

「うん……」

 

 

 うん、とだけ答えると、こちらの反応の弱さが気になったのか、探女はしゃがんでこちらを覗き込んできた。

 

 

「どうしたんじゃ」

「いや、なんか、呆気なかったなって……」

「そりゃそうじゃろ。生得術式に依らない式神術なんてそんなものよ」

 

 

「そっかぁ……」

 

 

 扱えるのは簡単な式神術だけ。それは理解しているつもりだったが、あんなそれっぽい呪詞で喚んでこれだと、ちょっと悲しい気持ちになってくる。

 玉犬は特級呪霊に傷をつけるレベルの式神だっていうのに、こっちは俺の呪力パンチ五発で沈むんだぞ。

 耐久力的にはいいとこ三級レベルである。

 

 式神術には成功したが、あらためて呪術の世界は才能ゲーなんだなと実感した。

 

 

 




誤字報告、時代背景の訂正などありがとうございます。
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