呪霊を孕ませる特異体質 作:LABO
[1998年3月9日(月)]
「ん…………あれ、七時だ」
今日は何故か寝坊してしまった。我ながら珍しい話だ。
しかも四時起きからの神社ランを日課にしている俺からすると、まさかの三時間の大遅刻。
朝の会が八時半から始まることを考えると、今から神社に行けば間に合わないこともない。
ただ最近はずっと気分が沈んでいるのもあって、無理をせずサボることにした。
「おはよう」
「おはようございます」
リビングに行くと、佐藤さんがコーヒーを飲んでテレビを見ていた。
その姿はもう、すっかりお父さんの雰囲気だ。俺はまだ敬語で接してしまっているが、その実大分心を許している。
チラ、と部屋全体を見回す。母親の姿はまだない。どうやら寝ているようだ。
内心でほっと一息つく。普段はこの時間にリビングに来ることさえ稀だから、もし鉢合わせたらどうしよう、なんて考えていた。
「メバルもおはよう」
「?」
勿論、妹への挨拶も忘れない。
メバルもこの時間帯に俺がいるのが珍しいのか、相変わらずこっちをじーっと見つめていた。
なんかこの子にはよく見つめられてる気がするな。観察するのが好きなんだろうか。
「今日は朝のトレーニング?しなかったんだね」
「あ、はい。寝坊しちゃって……」
自分も簡単な朝食を用意して食卓につく。
すると佐藤さんがテレビから視線を切り、俺に話しかけてきた。
「そうなの?珍しいね」
「そうですね。今もちょっと眠いし、もしかしたら寝付きが良くなかったのかもしれないです」
「寝付きかぁ……あ!」
佐藤さんには、その原因に何か心当たりがあるようだった。
「もしかしたら、昨日の夜外が五月蝿かったのが原因かもね」
「あ、そうなんですか?」
「うん。俺も寝てたからよく分かんないけど、島の人達がペットか何かを探してたみたいよ」
そういうと、佐藤さんは大きくあくびをした。
佐藤さんもどうやら寝れなかったようだ。あまりにも大きいあくびに、つられて思わず俺もあくびをしてしまった。
「あ、はは。移ったね、あくび」
「そーっすね……」
佐藤さんに指摘されて、なんだか少し恥ずかしかった。
そしてその後、メバルがさらにつられてあくびをしたのをみて、二人で一緒になって笑った。
「確かに、なんか変だな……」
いつもより、気持ちゆったりと通学路を歩く。最近春の気配がようやくやって来て、まだ肌寒さはあるが気持ちのいい朝だった。
しかし、街の様子はいつもと少し違っていた。
何やら、特に大人たちが慌ただしく動いているのが遠巻きに見て取れた。なんなんだろう。
「あ!愛人君!おはよう!」
「あれ?おはようございます?」
学校前の交番にて。信号を挟んで学校側の道に、担任の先生が立っていた。
そんなことは今までなかったから、少し動揺しつつ返事を返した。
「よかったよかった!愛人君、今日は遅かったから心配したんだよ!」
「ん?いや、今日は寝坊しちゃって」
「そうなの?じゃあ
「……ん?」
「教室には遅れないように行くんだよー!」
そういうと、先生はどこかに走り去ってしまった。
なんだ。なんか知らない話されたぞ。
集団登校ってなんだ。そんな話聞いたことないし、今まで行われたこともないのに。
来年から始めるってことなのか?
疑問を抱くも、今までで思い当たることはない。く
くそ、最近は授業中とかほとんど考え事してたせいで、まともに先生の話聞いてなかった。
今日の朝の会はしっかり聞くことにしよう。
☆
「で、最後に。皆さんはもうもしかしたらお父さんお母さんから聞いているかもしれませんが、四年生の濱井君が昨日からお家に帰っていません」
「濱井君のことは今も探している最中です。だけど危ないので、これから暫くの間は家の方向が近い子同士で纏まって登下校することになります」
「だから愛人君。放課後になってもビューンって帰っちゃダメだよ?」
「…………はい」
その後も先生の話は続いたが、俺はそれも上の空だった。
朝の会で。妙な雰囲気の原因が分かった。
濱井君の失踪。先生の語り口から家出という線は薄いだろう。集団での登下校という事態にまで繋がっているのだから、恐らくは誘拐、ないし人気がないところでの事故などで扱われているのではないだろうか。
知らなかった。まさか昨日そんなことが起こっていたなんて。
佐藤さんが今朝話していた、騒がしかったってのはこれが原因なんだろうか?
分からない。分からないが、呪霊という存在を知っている俺には、誘拐や事故以外にも一つの可能性が見えていた。
すなわち、誘拐は誘拐でも、呪霊による誘拐。ないし、殺害。
頭が真っ白になった。
俺は今まで見つけた呪霊は全員祓っている。ただそれはあくまで、俺が見つけられた範囲の話に限る。
つまり可能性として、俺の知らない呪霊が濱井君に手を出していないとは言い切れない訳だ。
いや。自分にまで嘘をつくのはやめよう。
もっと、考えたくない可能性。
「…………………」
唇を、噛みしめる。
ああ、俺は本当に屑だ。
濱井君が、もしかしたらその命を奪われているかもしれないというのに。
それで考えることが、これがもし
────その死に、俺の責任はあるのか、なんてことを考えるなんて。