呪霊を孕ませる特異体質 作:LABO
[1998年3月25日(水)]
あれ以来、濱井君は見つかっていない。
それに、集団での登下校が続いていたり、街の見回りが強化されたりした都合上、なかなか廃神社に行けない日々が続いていた。
いや。それは嘘だ。
別に夜人が寝静まったタイミングであれば、本当は行こうと思えばいつでも行けるんだ。
万が一呪霊が発生していたとしても、俺なら対応可能な範疇だろう。
だから、正確には行けないのではなく、
これでもし、本当に俺の想像通り、探女が濱井君を殺していたんだとしたら。
俺は、探女をどうすればいいんだろう。俺に何が出来るんだろう。
そもそも感じる呪力からして、俺じゃあ探女に勝てないのなんて分かりきってる。
いや、違う。違う。
俺は、逃げているのだ。
探女と敵対しなければいけないという可能性から。
既に絆されているのだ。あの呪霊に。
こんなことならあの日、あそこで勝負を挑んでいればよかった。
そして無様に負けたとして。もしくは酷い死に方をしたとして。ハナから敵対しておけばよかった。
そうすれば、こんな目覚めの悪い朝を過ごすことはなかったのに────。
────今日もまた、最悪な夢から目を覚ました。
☆
今日は三学期最終日。つまり終業式の日だった。一年生から四年生は明日から春休みで、五、六年生は明日に卒業式を控えている。
式自体は恙無く進行している。途中、校長先生の話で濱井君のことを触れられることはあったが、それも春休みを気をつけて過ごすようにという話の前振りみたいな感じで触れられただけだった。
正直、たった二週間で
濱井君の失踪はとっくの昔に警察に引き継がれ、今はもう捜索・捜査はそっちに一任されている。
だからこの島はきっと、日常に戻ろうとしているのだ。
勿論普通の生活をする中で、内心では恐怖を覚えている人もいるんだろう。
でも失踪とは言っても、いなくなってもう二週間経っている。
誘拐の疑惑については、警察の力により、島民全員の家から何まで全て調べ上げられ、少なくとも島民の中に誘拐犯である疑いを持つものはいなくなっている。
ならば、だ。口に出す者は誰もいないが、きっと内心ではみんな薄々確信しているのだろう。
濱井君はもう死んでいる、という可能性を。
彼は、あまり関わらなかった俺でも知っているくらいやんちゃな子だった。
だからもしかしたらこっそり海に行って、それで溺れたなんて可能性だってある。
もしかしたら一人で山に入って迷って、どこかで怪我をして、動けなくなって、という可能性だってある。
もしかしたら誘拐されたのかもしれないが、それでもきっと犯人は島外の人間で、今はこの島に居ない、という可能性だってある。
だから。彼の無事を本当に信じているのは、きっと彼の両親や、親しかった一部の友達だけなんだ。
そう思うのは、俺の心が汚れすぎているからなんだろうか。
☆
終業式が終わり、俺達は教室に戻った。
俺を含めて教室の空気は重い。舞香ちゃんはあれ以来、人が変わったかのように下を向く子になってしまった。
特に今日は酷く沈んでいるように見える。春休みで学校に来る時間もなくなってしまうからだろうか。
「それじゃあ今日で三学期は終わりです!明日から春休みなんですが……校長先生のお話にもあった通り、皆さんくれぐれも気をつけて過ごしてくださいね」
「あと、最後に……鈴木さん。自分でお話できますか?」
「はい。大丈夫です」
今年度最後の帰りの会。その最後に、先生は舞香ちゃんに優しい口調で語りかけた。
舞香ちゃんはそれに気丈に答えて、すっと立ち上がる。
俺と遥ちゃんの視線は、自然と彼女の方へ向いた。
「あの……えっとね。色々あって、お母さんが本州にあるお婆ちゃんちに帰ることになって。」
「それでさ、私も…………私も、ついて、ついていくことにし」
「───それってさ!!」
それを聞いた瞬間、いつもは声を荒らげない遥ちゃんが、大きな声で遮った。
でも、俺も聞きたくない気持ちだった。
嫌な予感が急激にムクムクと膨れ上がってきて──そしてそれは的中した。
「………それって、それってさ………転校、するってこと…………?」
「…………うん゛っ…………っ!」
その後、二人は抱き合って泣いていた。
先生も泣いていた。多分、転校にあたって
俺も胸がきゅっと締めつけられる感じがして──泣きたくなかったけど、泣く自分が気持ち悪くて仕方なかったけど、涙を流してしまった。
二人が抱き合って泣くのを見ながら、俺は考えていた。
転校するってことは、つまりそういうことなんだろう。鈴木さんちのパパとママ、二人の関係修復は不可能で──後はきっと、良くある離婚話みたいな、そんな展開なんだろうな、なんて。
どこか他人事な視点で、なんだか二人が凄く遠い存在のように思えた。
『あ、おい辞めろよ〜』
『がはは!うんこ、お前うんこ!』
集団下校の最中、下を向いて歩く。
俺の家はあの二人の家から遠く、自然とグループが別れての下校となった。
こっちのグループには男の子が多いのだが、毎度毎度嫌になるほど騒がしい。
今も二年生の男の子たちが、茶色のクレヨンで落書きをしあっている。
ただ、今はその光景が有難かった。
浮気の話から始まった、嫌な気持ちに染まる日々。どんよりと暗い毎日は、その子達の能天気さから勝手に元気を貰っていたからなんとか過ごして来られた。
まだ、探女のところに行く勇気は湧かない。
しかし今日の一件で、悲しさの中に一つの光明を見出だせた。
舞香ちゃんは、絶対に辛かったろうに、それでも転校することを告げたのだ、自分の口から。
俺があの立場だったら、きっとそれはできなかった。
最低でも先生から伝えて貰うか、最悪な場合は何も言わずに出発してしまうかもしれない。
何故か。
怖いからだ。悲しみと向き合うのが。友達を泣かせる言葉を自分で吐くのが。友達が泣いているのを、ちゃんと目撃することが。
別れが辛くなるから。
でも舞香ちゃんは
あそこで大丈夫と言った彼女は、ある意味で現実と向き合う覚悟をしていたんじゃないかと思うのだ。
その姿がかっこいいな、と俺は思った。
客観的に見てヤバいと思う。小学一年生の女の子にかっこいいと感じるなんて。
でも、それでいいとも思うのだ。結局俺は、どんなに
だから今は、成長しなきゃいけないな、と思っている。
心は苦しい。現実をハッキリさせたくないって未だにグダグダ喚いている。
でも少しでも早く。会いに行って確かめるべきなんだ。
それでもし、本当に濱井君を殺したのが探女なんだとするならば。
……刺し違えてでも、祓除する。
それが俺がすべきことなんだ。今はそう考えている。
これ以上の犠牲者が出る前に。