呪霊を孕ませる特異体質 作:LABO
[1998年4月1日(水)]
履きなれた靴に足を通す。靴紐をぎゅっと締めたあと、軽く爪先で地面を突いて、違和感が無いか確かめる。
び、と、運動用のジャージに腕を通す。佐藤さんから貰ったものだ。これも大分着続けて、今では一番動きやすい服装になっている。
そして最後に、穏柄を首にかける。
軽く呪力を回して、通して。その巡りに違和感が無いことを確認する。
時刻は午前一時。小学生の頭には少々酷な時間帯だが、ふぅ、と一息した後に頬を叩くことで無理矢理眠気を飛ばす。
本当はもう少し早く家を出たかったのだが、こんな日に限って佐藤さんが夜遅くまで起きていて、なかなかタイミングを見いだせなかった。
とはいっても、状況が状況で人の目を盗めるタイミングがあまり無かったから、できることは限られていたが。
今日、四月一日を決行日に置いたのはいくつか理由がある。
まず一つ目は、純粋に心が決まらなかったこと。それは勿論、探女が黒だった場合祓除するという覚悟もそうだし、もう一つ、柴先生に助力を願うかということも考えていたのだ。
そして最終的な判断は否。これはまだ現状が一応のグレーで、俺が探女を信じたいという気持ちがあること。
そして、想定される探女の実力的に、先生を俺と心中させてしまう形になりかねないことを考えてそう判断した。
そしてもう一つの理由は、ただの願掛けだ。
今日はエイプリルフール。この疑念が全部嘘で、犯人は別にいて、なんて。そんなことを未だに願って今日を選んだ。
…………無謀な選択だと、自分でも思う。
でも、それでも。探女からも話を聞くまでは、誰かを俺らの関係性に介在させたくなかった。
それに、
原作の呪術廻戦を参考に、この一週間で一つの技を形にした。
勿論俺の技量的に命掛けで、そして命を掛けたとして叶わないかもしれない策にはなるが、それでも勝機はある、と考えている。
…………唯一ネックなのは探女の術式についてだ。
彼女の持つ術式については、“偽りの神託を与える”という情報しか得ていない。
そして彼女の言葉に嘘がなければ、彼女は“呪霊の本能を書き換えた”とも言っていた。
それが事実であるという前提で推測するに、恐らく精神操作関連の術式なんだろう。
その効果範囲や法則は分からない、が。それが術式である以上は呪力で何らかの影響を与えてくるんだと考えられる。
そこでまた、原作を参考にさせていただいた。
原作で狗巻棘の『呪言』に対し、京都校一派が脳に呪力を纏わせることで防御していたのを流用し、俺自身も呪力を脳に纏わせることにしたのだ。
それについても、ここ一週間常に呪力を脳に纏わせながら活動することで、なんとか戦闘中にも行えるだろうレベルまで持ってきた。
……ふぅ、ともう一度息を吐く。
不安だ。不確定要素が余りにも多い。
だが、そんなことは考えていても仕方ないのだ。
現実と俺の感情と、そして持てる知識。
それぞれの擦り合わせを行って、出来る最大限の準備がこれだったのだ。
後は会いに行って聞くだけ。
そしてそれが決裂すれば、できる最大限を投じて探女を祓除する。
負けることばかり考えてもしょうがない……うーん。そうだ、これが終わったら柴先生に全てを話して、呪術関連の繋がりを作ってもらおう。
そして呪術高専にどうにか漕ぎ着けて、原作キャラと関わってやるんだ。
よく考えたら俺ってさしす組の一個下の代じゃん。あの集団に関わって、青春を過ごすんだ。
もしかしたら天内理子だって助けられるかも。
そこまで考えて、俺は自分が気付かないうちに死亡フラグを立てていることに気づいた。
やべぇ。死亡フラグって主観だと全然気付かないうちに立ててるわ。
漫画とかで立ててるのを見ると、あ~死ぬなーとか考えていたのに。
こんな感じなんだな。
☆
午前一時半。特に呪霊と遭遇することもなく廃神社に辿り着いた。
時間帯が時間帯だし、濱井君の一軒もあって、それなりに強力な呪霊と戦うことになる可能性も考慮していたのだが。
肩透かしを食らったような気分である。まあ、スタミナを温存できたと捉えよう。
……正直違和感はある。だが今はもう、ここに辿り着いてしまった以上気にしていられなかった。
意を決して鳥居を潜った。
ここに来るのはもう三週間ぶりだ。たったの三週間だが、まるで何年も来られなかったようにも感じられて、敷地に入っただけで心がぐっと締め付けられた。
そして、また違和感があった。
普段なら、俺が鳥居を潜った段階で探女は声をかけるなり抱き着くなり、何らかのコミュニケーションを取ってくるのがテンプレになっていたからだ。
だが、神社は無音のまま。動くものなど、風に吹かれて揺れる木の影だけだ。
その事実を認識して、また心が苦しくなる。
分からない、というより分かりたくないが………対話を拒むと言うなら恐らく。黒の可能性が高まったように思う。
目の端に、涙が滲む。
決定的な行動に移る前に、俺は最後の足掻きとして声を荒げた。
「なぁ……いるんだろ。何してんだよ、出てこいよ、探女!!!!」
声は、虚しく響いた。
一拍、二拍。誰も何にも、反応しなかった。
ぐ、とした唇を噛む。
涙が一滴溢れて、それを振り切って、呪力を高める。
「出てこねぇなら引き摺り出してやるよッ………『闇より出でてっ、闇より黒く!その穢れを禊ぎ祓え』」
☆
自分の呪力が、薄く広がるような感覚を覚える。
遅れて視覚効果が発動し、神社の本殿を中心として黒い帳が降ろされる。
今回の帳について、俺は細かな設定の変更を加えた。
それは、外から入るものの一切を拒まない代わりに、自分を含めて内から出ることを絶対に禁じるという縛りだ。
これは帳の本来の役割である、非術師の乱入を防ぐという効果の約半分を廃した形になる。
認識的なステルスの効果は流石に削らない。だがそれでもこの帳は強固で、そして万が一にも探女を、俺を逃さない。
帳を使うことになった時点で逃げる選択肢を捨てる、という俺なりの覚悟だった。
そして。今帳を張ったのには理由がある。
それは、帳には隠れた呪霊をおびき出すという効果もあるという理由だ。
探女は恐らく、今までの行動から推察する限り、この神社から一定以上は離れられない。
だから囲んだ。神社の本殿を中心に、東西南北二十メートルの範囲を。
────なのに。
「……………なんで、出てこねーんだよ」
帳の中では、何秒待っても、何分待っても。
誰も何も、うんともすんとも言わなかった。
感覚で、帳に不備はないことはわかっている。だから、そもそもこの場所に
「クソッ!!!」
なんてこと。肩透かしなんてレベルじゃねぇよ。
命賭けるつもりでここに来て、決別のつもりで帳張って?
んで?話し合うどころか姿も見えない?声も聞けない!?
なんだってんだよ───
「なんだってんだよっ、クソ!!!!」
叫び声は、闇夜に溶けた。
それからもう三十分程待って───帳に使用した呪力量から、それ以上の帳の維持は
肩透かしな、呆気無い感情だけを持って。