呪霊を孕ませる特異体質   作:LABO

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 [1997年2月17日(月)]

 

 

 その日、青原島村では、村をあげての葬儀が行われていた。

 故人の名前は山園進一。三十二歳という若さで亡くなってしまった彼は、その朗らかな性格ととっつきやすい表情から、多くの人々に愛された男だった。

 

 死因は溺死で、乗っていた漁船のエンジンを点検していた際に誤って落下してしまったのだという。

 翌朝同乗していた同僚の一人が気づき、全員で引き上げたものの、彼は既に帰らぬ人となってしまっていた。

 

 これは業務上の事故死であり、遺族には保険会社と漁船の運営をしていた漁業組合から慶弔金や保険金が支払われることとなった。

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

「………………………………………」

「………………………………………」

 

 俺は今、地獄のような空間にいる。

 それは母親の真隣である。

 

 物心がついた頃には既に母親に嫌われていた俺にとって、ただでさえ人生初めてで不快な緊張感に包まれているというのに、その上この場所は葬儀場だった。

 

 いつものように逃げる訳にはいかず、かと言って父親が死んだということにも未だに現実感が無かった。

 

 これどうなっちゃうんだろう。葬儀の最中であっても、寧ろ俺の頭は別のことでいっぱいだった。

 

 それもそうだろう。ただでさえ父親という潤滑油がギリギリで繋ぎ止めていただけの親子関係だというのに、それが無くなって彼女はどうするのだろうか?

 そもそも、ともすれば父親に依存してたようにも感じる程だった彼女は、果たして、果たして()()()()()()()()()()

 そんなネガティブな想像が、頭の中を駆け巡っては消えていく。

 時間が一瞬のようにも、永遠のようにも感じられるような。ある意味で無間地獄である。

 チラリ、と母親の方を見やると、まるでビー玉のように無機質な瞳が、ただ真正面を真っ直ぐ見据えていた。

 

 

 

 その後、いくつかの手順がとられて葬式は恙無く終わった。

 警察も、同乗していた同僚から証言を取った結果、この件に事件性は無く、事故死として処理されるそうだ。

 そしてどうやら父親は複数の保険に入っていたらしく、保険金や慶弔金、更には国からもらえる児童手当などを含めるとうちにはそれなりの額のお金が振り込まれるらしい。

 

 

 

 なんて話を村の大人らが頭の上でしているのを、俺はどこか他人事のように聞き流していた。

 他人事というよりも、今はどこかに行ってしまって近くにいない母親のことが、どうしても気がかりなのだ。

 もしかしたら、もう今首を括る準備でもしているんじゃないだろうか。そんな()()()()()さえ頭を過る。

 

 ならば動けばいいんじゃないか、様子を見に行けばいいんじゃないか。そう思うだろう。しかしそうやって行動に移すことを、今までの関係性が思い留まらせる。

 

 

 

 俺が行って何ができる?もし今まさに死のうとしていて、彼女は死にたくて。でもそれを俺が止めて。その先に何がある?

 彼女の自殺を止めるとして、俺からの言葉に耳を貸すのだろうか。それとも、止めるのって本当に真心からの行動か?薄っぺらい偽善か、もしくは自己保身のための行動なんじゃないか?

 

 ああ、気持ち悪い。正解の分からない問い。だが、自分が本当はどうしたいか、母親にどうしてほしいかなんてのは良く分かっている。

 俺を嫌っているから嫌いだが、生きていてほしいのだ。俺が独り立ちできるまで。

 

 

 

 ああ、なんて傲慢で、なんて愚かで。なんでこんなタイミングで、こんな人間であることに気が付かなければならないのだろう。

 あまりにも惨めで、悔しくて、思わず涙が出てきた。

 それをお節介なおばさんが目ざとく気づいて、涙をぬぐって助けてくれたが、それさえも後の自分のための印象付けに利用しようとしていてその浅ましさに嫌気が差した。

 

 

 

 

 

 ────結局、涙が止まるまでの幾ばくかをおばさんの胸を借りて過ごした後、とりあえず一度家に戻ってみることにした。

 きっと生きていると思うが、もし動かなくなっていてもその選択を俺は尊重する。戻ることに意味なんてない。ただ、日常の一動作として家に帰るだけなんだ。

 

 

 決意をして。最後にもう一度だけ、父親───山園進一さんの遺影に向かい合う。

 

 

 こんな子供でごめんなさい。貴方が死んだことではなく、自分の浅ましさに泣いてしまってごめんなさい。打算と損得ばかりでごめんなさい。

 今まで、ありがとうございました。

 

 

 そう、心の中でだけ吐き出して、俺は家に戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 【1997年2月16日(日)】

 

 

 

 

 父親が事故で亡くなった。

 

 

 

 

 P.S.改めて、これを書いているのは翌々日の一八日だが、その後の顛末についてまでは、この日の出来事として記そうと思う。

 

 

 まず、結果から言って母親が自殺しているなんてことはなかった。

 これは素直に喜んでいいことだろう。だが、手放しには喜べない状況でもあった。

 

 なぜか。自殺しようとした形跡はあったからだ。

 物置から引っ張り出してきた縄が、その先端を輪に結ばれた形で放置されていたのだ。

 

 つまり、俺の目測はある程度当たっていたのだ。

 

 しかし、そこで予想外の出来事が起こった。

 というのも、俺とは別に母親の自殺を止めた人物がいたのだ。

 

 

 俺が家に着いたとき、家の中から男女の話し声が聞こえた。

 女性の方は言うまでもなく母親で、声の感じからして号泣しているのが分かった。

 そしてもう一人は──誰かわからず少しだけドアを開けて確認したところ、俺の憶え間違いでなければ『佐藤亮介』という名前の、この村で医者をやっている男だった。

 

 床に座り込んで泣き叫んでいる母親を、佐藤は優しく抱きしめていた。

 母親も決して拒んでいる様子はなく、むしろ縋っているようだった。

 

 

 ……うん。まぁ、なんだろう。兎にも角にも生きててよかった、が一番だ。それ以上のことを思うなんて馬鹿げてる。

 

 

 

 でも、でもさ。俺も男だ、しかもその中でもとびっきりに浅ましいタイプの。

 だから少し、考えてしまうこともある。

 

 例えば、なんというか昼ドラっぽいというか。未亡人の心の隙間にうまく入り込んでいるなぁ、というか。母親には見えてないけど、そのにやけ面俺には見えてんぞ、とか。

 もっと言えば、そんな風にタイミングがいいなんて現実ではよっぽど計算高くないと難しいものなわけだから、まぁ、うーん。葬儀場で母親が場所を移すのを見てたわけだよな?

 なし崩し的に恋人になったりしねぇよな、みたいな。

 

 

 

 …………母親の状況を見るつもりが、まさかこんな厄介なものを見ることになるとは思わなかった。

 流石にちょっと緊張の糸がほどけたね、ある意味で。

 しかしそれとは別で、新たに見極めたほうがいい人物が登場したのも事実である。

 

 ここまで来たら俺は俺で利己的に行かせてもらうが、もしも佐藤が悪い人間であるならば、できる範囲で対応は考えようと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 【1997年2月19日(水)】

 

 

 

 

 葬儀の翌日、いきなりではあるが、今日妙な生き物を見た。

 そら豆のような頭と、同じく褪せた緑色の胴体。それに天使のような羽が生えた珍妙な生き物だ。

 

 町を普通に飛んでいたのだが、どういう訳か俺以外の人は気づいていないようだった。

 

 

 おかしい。今までは一度もあんな生物を見たことがなかったのに。でも、そんなこと誰かに相談しようものなら明らかにやばい奴認定されるのが目に見えているため、見えないふりをしてこの廃神社までやってきた。

 

 

 ただ、どこかデジャブを感じるフォルムだったのが嫌に記憶に残っている。

 どこで見たのかは憶えていないが、なんとなく前世で見たことのある()()()()だったような気がして、どうにも胸に引っかかっている。

 

 

 閑話休題。

 

 

 さて。本日は良いことと悪いことが一つずつあった。

 

 まず良いことから書くが、それはあの不思議パワーが、なぜか結構スムーズに使えるようになっていたことだ。

 父親の死という出来事が作用しているのか、それともあの日自分の汚い部分と向き合った結果なのかは分からない。

 だが、兎も角あの不思議パワーを、今は全身を流れるエネルギーのように知覚することができているのだ。

 

 これはマジでかめはめ波も打てるようになるかもしれない。

 

 

 で、悪いこと。

 それは、佐藤の奴がしっかりうちにやってきたことだ。大荷物を抱えて。

 盗み聞いた話では、『愛子さん(母親)が自殺しないか傍にいて見張る』ということらしい。

 

 ふざけるなよと、最初は思った。明らかに狙ってんじゃねぇか、と。

 しかし一方で、今の母親にはあんなバカみたいなのでもいいから、兎に角縋る先が必要なのかもしれない。

 事実、佐藤に対して俺には見せないであろう笑顔を見せていたわけだし。困ってはいたっぽいが、決して嫌がっているわけではないようだった。

 

 

 

 であるならば、俺が何かを言えることもなく。やっぱり孤独を感じて、昨日の今日でこの神社に逃げて来たのである。

 

 

 こうなったらもう、俺に残されているのはこの廃神社と不思議エネルギーだけだ。

 母親が男に縋って生きるように、俺も自分の持っているものに縋って生きていく。それが人かそうでないかだけの違いなのかなとも思えてきている。

 

 まぁ、一年くらいかけてゆっくりと仲を深めていくなら、それはそれでありなのかもしれない。

 俺もちゃんと佐藤を、父親候補という目で見るようにしようかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 【1997年3月10日(月)】

 

 

 

 

 

 

 あの野郎やりやがった。

 三週間で母親のこと孕ませやがった!!!!!!!

 

 

 

 

 

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