呪霊を孕ませる特異体質 作:LABO
[1998年4月26日(日)]
体の左側に灼熱が迸った。
「─────っう!?」
遅れて渦巻く痛み。どくどく、と脳に響く音。
咄嗟に左肩を抑えた腕に血潮が飛び散って、漸く攻撃を喰らったということを理解した。
立っていようと踏ん張るも、体が言うことを聞かず、倒れ込んでしまう。
「ナハハ!ヨウヤク愛ガ伝ワッタナァ〜!!」
上を見上げると、左腕のない為人がいた。しかしダメージを受けた様子はまるでなく、小躍りしながら俺を見下ろしている。
………嘘だろ、まさか。
「………切り……離したってのか……ッ」
「ナハハハハ!ナンカヤッテミダラ出来タ!」
自切。そういうことなら納得できる。
正のエネルギーが回る前に、患部を物理的に切り離すことで防御したんだ。
「……そんなの、アリかよ」
「ンー??ちっちゃい声で何言ってるんだ〜?」
為人は余裕コいてる。なぜなら、勝敗はもう決定的だから。
まだだ。まだ諦めねぇ。
諦めてたまるか。
激痛に歯を食いしばりながら、どうにか呪力を回して反転術式を行使する。
くそ、ありったけをぶつけたせいでガス欠だ。でも、死ぬなら抗って死ぬ。せめてこの出血だけでも───
(───嘘だろ。傷が塞がんねぇ。何でだ)
反転術式を使っても、何故か傷は塞がる様子をみせない。主要な血管数本に絞って出力を上げても駄目だった。
。
ガス欠とはいえ、それなりの量正のエネルギーは生産できている。なのに、何故。
その時ふと、ある考えが頭を過ぎった。
─────『為人という名前』『傷痕の無い自切』『反転術式でも治せない傷』『連続失踪事件による人々の疑心』───
「………無為、転変?」
「ンォ?何で俺ノ術式知ってンダ?」
☆
為人の言葉を聞いて、胸を襲ったのは絶望だった。
原作きっての人間特攻術式。呪霊としての格は真人の方が上だろうが……それでも、はなっから相性最悪じゃねぇか。
無為転変の持ち主には、魂に響く攻撃以外は効かない。
反転術式のアウトプットは、自切したあたりもしかしたら効くのかもしれないが、それでもダメージ量に対しての呪力消費量の効率が悪すぎる。
格上どころか、天敵と言っても差し支え無いだろう。
………詰み、だな。
あいつも今は油断して小躍りしているが、それが一段落したらしっかり俺を殺しに来るだろう。
そうでなくても、俺はもうあと数十秒で出血多量で死ぬだろうな。呪力も、傷を治癒しようと反転術式を無駄打ちしたせいでスッカラカンだ。探女用に用意してた
これが、呪力で守ってたらまだなんとかなったのかもしんねぇけど……まぁ、たらればの話か。
ぐ、と体の力を振り絞り、仰向けになった。
特に意味はない。ただ、死ぬ瞬間に見る光景は、せめて地面じゃなくて広い空が良かった。
はぁーあ。結局俺の人生って何だったんだろう。
折角こうやって、なんの因果かやり直しの機会を与えてもらったっていうのに。
母親には嫌われて。濱井君が失踪したのを見て見ぬ振りして。
舞香ちゃんは転校して。そして今は、遥ちゃんまで消えてしまった。
なんか原作で言ってたなぁ。呪術師に後悔のない死に方は有り得ないとか、そんなこと。
「はは……」
そうだな。俺はまだ自称呪術師だけど、それでも後悔ばっかりだ。
もっとちゃんと、母親と──お母さんと、腹を割って話しておけばよかった。
濱井君とも、距離を置くんじゃなくて仲良くなっておけばよかった。
なんの意味もなかったとしても、鈴木パパに直談判くらいしてみればよかった。
いつまでもうじうじしてないで、とっとと呪霊討伐を再開しとけばよかった。
「……探女」
最後に、会いたかったなぁ。
そして最後に溢れたのは、消そうと必死になっていた本音だった。
………ホントに良くないな。今際の際に浮かぶのが、まさか呪霊の顔だなんて。
イカれてる。そりゃイカれてるか。
ぬ、と。霞んだ視界の端に、誰かが入ってきた。
一瞬探女の顔を幻視して──醜悪な笑みを浮かべた、為人であることに気づく。
まぁ、わかってたけど。
「ナァナァ、痛イ?痛イ?」
「……いや。もう、痛みも感じないかな」
「チェー。何だッテんだヨ。マァイッカ。ソロソロ殺スネ♡」
為人が、残った右手を振り上げた。
せめてもの抵抗として、その手から目を逸らす。
最後に見るのはこんな小汚い顔じゃなく、飽きるほど見た空が良かったからだ。
だから。
だから────
「────愛人から、離れろ」
ぶわ、と空気が舞った。