呪霊を孕ませる特異体質 作:LABO
[1998年4月26日(日)]
「……嘘……ろ」
視界から、為人がふっ飛ばされていくのが見えた。
遅れてごう、と風が吹き荒れる。
そして、幾度か足音が鳴ってまた、こちらを誰かが見下ろしてきた。
今度こそ、本気で幻覚が見えたのかと思った。
だけど。それは今度こそ本当に、探女だった。
「───何が嘘なんじゃ、全く。急に社に来なくなったかと思えば、今度はこんなとこで寝転がりおって、バカ者が」
「…………、………!」
ごめん、という言葉は、ついぞ口を出ることはなかった。
代わりに、思わず立ち上がろうと身じろぎしたせいで、忘れていた痛みがぶり返す。
「~~~~~っ!」
「おっと……さすがに致命傷じゃな」
死にかけているっていうのに、探女はどこか余裕そうにそう呟いた。
余裕だな、と思いながら視線を向けると、今度は探女の瞳と交差した。
──ああ、もう大丈夫なんだ、と思った。
何故なら、探女の視線には──俺の勘違いじゃ無ければ、絶対に助けてやる、という意志が篭っていると感じたからだ。
しかしその後ろで、吹き飛ばされた為人が立ち上がる。
「………邪魔ヲっ、スルナァアアアア!!!」
「全く煩わしいのう。久方ぶりの蜜月であるというのに……なら、応急処置も兼ねて一度
探女はそう呟くと、掌印を結んだ。
瞬間、世界を支配するように呪力が広がる。
ゾわ、と鳥肌が立つ。
まさか。
「領域展開────『
☆
『────其方の終わりは、この領域が閉じたとき』
領域に入った瞬間、耳、というか脳の深い部分で、探女の声が響いた。
それをぼんやりとした意識で聞きながら思った。
もしかしたらとは考えていたが、やっぱり使えたか、と。
術式の付与された生得領域の構築。そして、呪術戦の極致。
喰らって初めてその言葉の意味を、頭ではなく心に分からされる。
────一面に広がったのは、草原のような場所だった。どこまでもなだらかで、気持ちのいい草原。
しかしそれだけということはなく、所々に乳白色の池がある。
風景として特筆すべき点はそのくらいだった。
だがそこに込められた雰囲気がヤバい。探女の呪力に包まれているような、逃げ場のない感覚。
身動きの取れない水槽の中で、彼女に見下ろされているような恐怖。
領域展開が呪術の極致な訳だ。
圧倒的な力に支配されているという事実を、俺は突きつけられていた。
ただ、この領域はどこか神々しささえ感じさせて───端的に言おう。この雰囲気を呪霊が出せるのか?とさえ考えてしまった。
「ぬっふっふ。妾の生得領域に見惚れておるのか?」
「…………、そう、だよ」
「なっ!?………愛人が素直じゃ………と!?」
いつもの素っ気なさを出さず、シンプルに思ったことを口にした俺に対して、探女は漫画のような反応をした。
なんならガビーン、という効果音が聞こえた気がする。
「俺だって、死ぬ直前くらいは素直になるわ」
「んふふ。まあ、人間とはそういうものか」
「そういうもんだよ……てかさ、だから俺ってもう死にかけなんだって……あれ?」
いつも通りの掛け合いを行っていて、ふと気づく。
左腕の血が止まっている。
「探女………これ、どうやって」
「んふふ。見たところ、その傷は
「ええ……?」
死期を延長したって。
探女は事も無げに言っているが、そんなことは可能なんだろうか。
そう言われて、改めて理解する自分の現状。
先程ぶり返した筈の痛みを感じない。意識を闇に引き摺り込むような寒さを感じない。見た目的には何ら変わってないが、確かに
「なんだよそれ。どうやってやってんの」
「んー……説明した方がいい?」
「しろ!じゃなきゃいつ死ぬか分かんないじゃん!」
「ひえーんっ!愛人が怒ったっ!!」
そう言うと、探女はよよよと嘘泣きをし始めた。
……はぁ。
なーんかついさっきまでは死を覚悟してたのに、こいつが来た瞬間一気にギャグになったなぁ。
「前々から思ってたんだけどさ、探女の術式の詳細ってどんなもんなの」
「うーむ……なら、これを機に実例を交えて教えるとするかの」
探女はそう言うと、為人の方に歩き出した。
俺も、体が普通に動くのを確認して立ち上がる。
左腕は無いままだからバランス感覚が難しかった。
「まず、妾の術式の名は『
「神託?えーっと、神様から受け取る、言葉?」
探女はうむうむ、と頷く。
「言葉そのものの意味はそれで大体あっているが、違う。呪術的な意味での神託とは、簡単に言うと『絶対に当たる、拒むことのできない思い込み』になるのじゃ」
「思い込み……」
「そう、ただの思い込み。ただし“絶対に当たる”な」
為人の前に辿り着いたことで、探女の足が止まる。
話に夢中になっていた俺はぶつかりそうになって──逆に抱きしめられる形で引き寄せられ、領域効果を喰らった為人と初めて対面した。
「……止まってる」
「そう。こいつには、この領域に引きずり込んだ時点で『妾に良しとされて初めて動く』という偽りの神託を与えた」
「それって……」
「神託は、絶対に当たる拒めない思い込み、じゃ。つまりこいつはもう、妾が良しと言うまで身動きを取ることができない。動くことを本能で拒んでしまうのじゃ」
なるほど……と、いうことは。
「俺にも同じことを?」
「そうじゃ。『この領域が閉じるまで死なない』、という神託を其方に与えた」
「あー……逆説的にそれまでは絶対死なないっていうことになるから、体が死なないように耐えてるってこと?」
探女の術式について理解が及んでくる。
つまりは、原作で言うところの『呪言』に似た効果なのではないだろうか。
命令の強制。それがただの言葉を媒体にするのか、神託というものを媒体にするのか、という違い。
「然りじゃ。まぁ耐えてるというか、言葉通り死を否定しているわけじゃが。そろそろ分かってきたかな?」
「うん、なんとなく。……で、この傷については」
探女は再びうむ、と大きく頷いた。
「こいつ本人に『治させる』。まぁ治せるかどうかはこいつの術式の詳細によるが……解呪にせよ、回帰にせよ、最低でも反転術式は有効になるから、傷を塞ぐことはできる筈じゃ」
「……そういうことね」
探女が軽く右手を動かすと、今まで微動だにしなかった為人が淀み無く動き出した。
殺されかけた奴が動いたことに、一瞬クッと構えるが、為人はそのまま俺の左腕に触れると術式を行使する。
『無為転変』は、治癒を阻害する術式ではなく、魂を変形させる術式だ。
だからその術者が術式を行使すると───傷一つない左腕が戻ってきた。
「うおーーっ、良かった!!!」
「ふむ。どうやらこいつの術式は後者だったようじゃの……肉体ではなく、霊体ないし魂に触れるといったところか。なかなか厄介なのが生まれたもんじゃの」
「いやホントだよ……」
腕が元に戻って、漸く胸を撫で降ろせた。
人生でも初めて味わった、死を覚悟する瞬間だった。生きててよかった。生きれてよかった。たったそれだけのことが今は嬉しくて、有り難くて仕方なかった。
「さて。そしたら次は