呪霊を孕ませる特異体質   作:LABO

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23・領域展開

 

 

 [1998年4月26日(日)]

 

 

 

「……嘘……ろ」

 

 

 視界から、為人がふっ飛ばされていくのが見えた。

 遅れてごう、と風が吹き荒れる。

 

 そして、幾度か足音が鳴ってまた、こちらを誰かが見下ろしてきた。

 

 

 今度こそ、本気で幻覚が見えたのかと思った。

 

 だけど。それは今度こそ本当に、探女だった。

 

 

「───何が嘘なんじゃ、全く。急に社に来なくなったかと思えば、今度はこんなとこで寝転がりおって、バカ者が」

 

 

「…………、………!」

 

 

 ごめん、という言葉は、ついぞ口を出ることはなかった。

 代わりに、思わず立ち上がろうと身じろぎしたせいで、忘れていた痛みがぶり返す。

 

 

 

「~~~~~っ!」

「おっと……さすがに致命傷じゃな」

 

 

 死にかけているっていうのに、探女はどこか余裕そうにそう呟いた。

 余裕だな、と思いながら視線を向けると、今度は探女の瞳と交差した。    

 

 

 ──ああ、もう大丈夫なんだ、と思った。

 何故なら、探女の視線には──俺の勘違いじゃ無ければ、絶対に助けてやる、という意志が篭っていると感じたからだ。

 

 

 しかしその後ろで、吹き飛ばされた為人が立ち上がる。

 

 

「………邪魔ヲっ、スルナァアアアア!!!」

 

 

「全く煩わしいのう。久方ぶりの蜜月であるというのに……なら、応急処置も兼ねて一度()()()()()()

 

 

 探女はそう呟くと、掌印を結んだ。

 瞬間、世界を支配するように呪力が広がる。

 ゾわ、と鳥肌が立つ。

 

 まさか。

 

 

 

 

「領域展開────『天照神池(てんしょうしんち)』」

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

『────其方の終わりは、この領域が閉じたとき』

 

 

 

 領域に入った瞬間、耳、というか脳の深い部分で、探女の声が響いた。

 

 

 それをぼんやりとした意識で聞きながら思った。

 もしかしたらとは考えていたが、やっぱり使えたか、と。

 術式の付与された生得領域の構築。そして、呪術戦の極致。

 喰らって初めてその言葉の意味を、頭ではなく心に分からされる。

 

 

 

 

 ────一面に広がったのは、草原のような場所だった。どこまでもなだらかで、気持ちのいい草原。

 しかしそれだけということはなく、所々に乳白色の池がある。

 風景として特筆すべき点はそのくらいだった。

 だがそこに込められた雰囲気がヤバい。探女の呪力に包まれているような、逃げ場のない感覚。

 身動きの取れない水槽の中で、彼女に見下ろされているような恐怖。

 

 領域展開が呪術の極致な訳だ。

 圧倒的な力に支配されているという事実を、俺は突きつけられていた。

 

 ただ、この領域はどこか神々しささえ感じさせて───端的に言おう。この雰囲気を呪霊が出せるのか?とさえ考えてしまった。

 

 

「ぬっふっふ。妾の生得領域に見惚れておるのか?」

「…………、そう、だよ」

「なっ!?………愛人が素直じゃ………と!?」

 

 

 いつもの素っ気なさを出さず、シンプルに思ったことを口にした俺に対して、探女は漫画のような反応をした。

 なんならガビーン、という効果音が聞こえた気がする。

 

 

「俺だって、死ぬ直前くらいは素直になるわ」

「んふふ。まあ、人間とはそういうものか」

「そういうもんだよ……てかさ、だから俺ってもう死にかけなんだって……あれ?」

 

 

 いつも通りの掛け合いを行っていて、ふと気づく。

 左腕の血が止まっている。

 

 

「探女………これ、どうやって」

「んふふ。見たところ、その傷はあの呪霊(虫けら)の術式効果により反転術式では治せないのじゃろ?だから領域の展開と同時に其方に()()()()()()()()()()()()()()

 

「ええ……?」

 

 

 死期を延長したって。

 探女は事も無げに言っているが、そんなことは可能なんだろうか。

 そう言われて、改めて理解する自分の現状。

 先程ぶり返した筈の痛みを感じない。意識を闇に引き摺り込むような寒さを感じない。見た目的には何ら変わってないが、確かに()()()()()()()を感じなかった。

 

 

「なんだよそれ。どうやってやってんの」

「んー……説明した方がいい?」

「しろ!じゃなきゃいつ死ぬか分かんないじゃん!」

「ひえーんっ!愛人が怒ったっ!!」

 

 そう言うと、探女はよよよと嘘泣きをし始めた。

 

 

 ……はぁ。

 なーんかついさっきまでは死を覚悟してたのに、こいつが来た瞬間一気にギャグになったなぁ。

 

 

 

 

 

「前々から思ってたんだけどさ、探女の術式の詳細ってどんなもんなの」

「うーむ……なら、これを機に実例を交えて教えるとするかの」

 

 

 探女はそう言うと、為人の方に歩き出した。

 俺も、体が普通に動くのを確認して立ち上がる。

 左腕は無いままだからバランス感覚が難しかった。

 

 

「まず、妾の術式の名は『神名偽(カンナギ)』。前にも一度言った通り()()()()()を与える術式なんじゃが……そもそも愛人は神託ってものを何と捉える?」

「神託?えーっと、神様から受け取る、言葉?」

 

 探女はうむうむ、と頷く。

 

「言葉そのものの意味はそれで大体あっているが、違う。呪術的な意味での神託とは、簡単に言うと『絶対に当たる、拒むことのできない思い込み』になるのじゃ」

「思い込み……」

「そう、ただの思い込み。ただし“絶対に当たる”な」

 

 

 

 為人の前に辿り着いたことで、探女の足が止まる。

 話に夢中になっていた俺はぶつかりそうになって──逆に抱きしめられる形で引き寄せられ、領域効果を喰らった為人と初めて対面した。

 

 

「……止まってる」

「そう。こいつには、この領域に引きずり込んだ時点で『妾に良しとされて初めて動く』という偽りの神託を与えた」

「それって……」

「神託は、絶対に当たる拒めない思い込み、じゃ。つまりこいつはもう、妾が良しと言うまで身動きを取ることができない。動くことを本能で拒んでしまうのじゃ」

 

 

 なるほど……と、いうことは。

 

「俺にも同じことを?」

「そうじゃ。『この領域が閉じるまで死なない』、という神託を其方に与えた」

「あー……逆説的にそれまでは絶対死なないっていうことになるから、体が死なないように耐えてるってこと?」

 

 

 探女の術式について理解が及んでくる。

 つまりは、原作で言うところの『呪言』に似た効果なのではないだろうか。

 命令の強制。それがただの言葉を媒体にするのか、神託というものを媒体にするのか、という違い。

 

 

 

「然りじゃ。まぁ耐えてるというか、言葉通り死を否定しているわけじゃが。そろそろ分かってきたかな?」

「うん、なんとなく。……で、この傷については」

 

 

 探女は再びうむ、と大きく頷いた。

 

 

「こいつ本人に『治させる』。まぁ治せるかどうかはこいつの術式の詳細によるが……解呪にせよ、回帰にせよ、最低でも反転術式は有効になるから、傷を塞ぐことはできる筈じゃ」

「……そういうことね」

 

 

 探女が軽く右手を動かすと、今まで微動だにしなかった為人が淀み無く動き出した。

 殺されかけた奴が動いたことに、一瞬クッと構えるが、為人はそのまま俺の左腕に触れると術式を行使する。

 

 『無為転変』は、治癒を阻害する術式ではなく、魂を変形させる術式だ。

 だからその術者が術式を行使すると───傷一つない左腕が戻ってきた。

 

 

「うおーーっ、良かった!!!」

「ふむ。どうやらこいつの術式は後者だったようじゃの……肉体ではなく、霊体ないし魂に触れるといったところか。なかなか厄介なのが生まれたもんじゃの」

「いやホントだよ……」

 

 

 腕が元に戻って、漸く胸を撫で降ろせた。

 人生でも初めて味わった、死を覚悟する瞬間だった。生きててよかった。生きれてよかった。たったそれだけのことが今は嬉しくて、有り難くて仕方なかった。

 

 

 

 

 

「さて。そしたら次は為人(こいつ)をどうにかする必要があるんじゃが……どうしようかの」

 

 

 

 

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