呪霊を孕ませる特異体質 作:LABO
[1998年4月26日(日)]
「あいじん、好き〜」
目にも止まらぬ速さで地面に叩きつけられて暫く。
愛人は混乱の境地にいた。
それは偏に、前世を含めても見たことが無いほどの美女に押し倒されているからだ。
それも全裸の。
押し付けられて歪む
『スタンドも 月までブッ飛ぶ この衝撃』
これはジョジョ四部にて、主人公である東方仗助が言った台詞である。
愛人の場合はスタンドを持っているわけではなく、どちらかというと飛んでいったのは背中と下半身の痛みなのだが。
しかしこの台詞は、これ以上なく的確に彼の心境を言い表していた。
え、これ、この人、為人?え?なんで?あんな轢死体みたいだったあの人が?
想像だにしなかった展開に、彼の思考はしばし。
そんな愛人の様子に、為人はあざとく小首を傾げた。
──か、可愛い!喫驚に震える唇を恐る恐る開く。
「あの、キミ、あなた、は………えーっと、為人?」
「うん?為人だよ?」
「……………………(白目)」
絶句。
目の前のその人は、あまりにもあっさりとイカれた現実を首肯してみせた。
胸元に、顔が擦り付けられるような感触を覚えながら。
俺はくらり、と気をやりそうになった。
え?俺って一体何?俺って何なの。よく分かんないね。変だね。馬鹿じゃないの。
こんな生き恥晒してまで転生した前世の俺って何なの!?
俺の生きる意味を問う自問自答は、見かねた探女が為人を引き剥がすまで続いた。
☆
程なくして、変化した為人に危険性は無い、と判断した探女は領域を解いた。
探女の呪力が、縁からゆっくりと瓦解して散っていく。
幻想的な光景の中、俺は体育座りの姿勢で、頭を両膝にめり込ませていた。
「自己嫌悪は済んだかの?」
頭の上から探女の声が聞こえる。
その声はどこか愉快そうで、しかし優しさも感じる声色で、彼女の言う通り自己嫌悪の真っ最中であるだけに、その柔らかさが心に染みた。
「…………いや、もう後三年くらいはし続けたいかも」
「ふふふ、待てぬわ。じゃが、そんな冗談を言えるくらいなら大丈夫なようじゃな?」
言われてみて考える。
確かに探女の言う通り、自分が半分呪霊であることを聞かされた時に比べ、心は大分安定している。
言い方を変えると、開き直っているというか。
ある種麻痺しているのかもしれない。なにせ、今日一日だけで衝撃の事実と直面し過ぎたからな。
「…………?」
傍らに侍る為人に目をやると、彼女は可愛く首を傾げた。
うん、やっぱりかなり可愛い。
全裸なのが目に毒ではあるが、良く考えたら見た目が醜悪な呪霊を使役するよりも、精神衛生上良いことは間違いないしな。
そう思わなきゃやってられないとも言う。
「あいじん?どうしたの?」
そのままなんとなく見つめ合っていると、沈黙に耐えかねたのか、為人が口を開いた。
「あいや、別に………あ、てかごめん。名前嘘ついたまんまだった」
「嘘?」
「あいじんってさ、嘘なんだ。本当の名前はまなと。ごめんな」
「まなと?まなと好き!」
「うっ………!」
そういえば、と、偽っていた名前を訂正してやると、為人は喜んで再び抱きついてきた。
か、可愛い………!
こいつ、本当に為人か?俺まだあの殺される寸前の、嫌なニヤケ面を忘れられてないんだが?
面影なさ過ぎるにも程があるだろ。
あーでも、よく見ると体の所々にツギハギがついているなぁ。
そういうところには肉塊だった頃の名残が感じられる。
「───なにをまじまじと観察しておるのじゃ?」
俺がツギハギ探しに躍起になっていると、後ろから探女の声が突き刺さった。
今度は心なしか冷たく感じる声に、思わず体が硬直する。
「あいや、よく見たらツギハギあんなーって」
「そんな至近距離でよく見る必要ある?いい加減色々確認したいんじゃが!」
「ごめん!」
珍しく、探女は苛立たしげに声を荒げた。確かに余りにも不躾だったと反省し、俺は今度は自分で為人を優しく引き剥がした。
「………こほん。では愛人よ。其方にいくつか確認したいことがある」
「うん」
「まず一つ。其方の中に、為人との繋がりのようなものは感じられるか?」
「んー………?」
言われて、自分の内側に意識を集中してみる。
すると、繋がりと呼ぶかは定かではないが、自分の内側にも、隣にいる為人と同一の呪力が存在することに気がついた。
「あー、あるわ」
「うむ、支配関係の確立は成功と。次に、為人を
「仕舞う?」
仕舞うって、どうしたらいいんだろう。
言葉のイメージが上手く固まらず、難航する。
「ごめん、仕舞うってイメージが掴めない」
「ふむ………では、試しに為人に『戻れ』と言ってみるのはどうかの」
「あー……為人、戻れ」
話について来れず、クエスチョンを浮かべる為人に戻れ、と言う。
すると為人の背後の空間に歪みが発生し、そこに為人の体が吸い込まれていった。
「え、消えた……あーでもなんか、俺の
「いや……妾にその感覚は分からんが。まぁ事象として呪霊の出し入れは成功しているようじゃな。何か違和感は感じるか?」
「いや全く。ただ居るってだけで、ネガティブなものは何も」
「ならば問題ないの。では最後に、為人をまた出してみよ」
「あいよ。んー………」
参った。出てこさせるという感覚も難しい。
どうにも、今しがた自覚したばかりの生得領域(多分)や、そこにいるらしい為人に働きかけるには、何らかのコツがいるみたいだ。
少し考えて、今は素直に、仕舞った時と同じように、声をトリガーとすることにした。
「為人、出ておいで」
「────ばぁ!」
「おっ出てきてわぷ、いっ、一々抱き着くな!」
「んー?やだぁ〜」
すると、体から何かが抜け出すような感覚と共に、目の前に為人が現れる。
ずずず、と空間を歪ませて出てきた為人は、体がある程度形成されると、勢いそのままに飛び付いてきた。
「………ふむ。これも問題なし、と」
「うむ!問題ない!」
「いや、ちょ───あーっ、もっかい戻れ為人!」
「えー出てきたばっかなのっ───」
出てくる度に抱きつかれていては、いい加減に話が進まないので、速攻で為人を戻れ!した。
……なんか、段々と色気よりもペットっぽさが勝ってきた。出し入れの呪力消費以上に精神的に疲れるんだけど。
「やはり、術式自体は通常の呪霊操術と相違ないようじゃな?そして取り込んだ呪霊には、記憶の連続性もあるとみて間違いなさそうじゃな」
「……記憶?まぁブラフのつもりで教えた偽名憶えてたしそうかも。でもなんか呪霊操術の呪霊って、もっと機械的に言うこと聞くイメージなんだけど」
「それは妾も知らん」
いや知らんて。つまりこれも術式の歪みなのか。
まぁ要検証だよなぁ、と話しながらどっこらせと立ち上がる。
普通に話してたけど、俺地べたに生ケツで座ってたからな。
こんな山の中まで人が来るとは思えないが、流石に丸出しでいるのは良くないだろう。
「ところで探女さんや」
「うん?」
「何か、下に履くものとかあったりするかな」
「ないが?」
☆
「………うわぁ。これ、佐藤さんになんて説明しよう」
その後現場の状態回帰も兼ねて、散らばっていたズボンとパンツをかき集めると、見るも無残な襤褸の山が出来上がった。
ヤバすぎる。
状況的には自分のズボンとパンツを破り散らかして、森の中で下半身丸出しで佇む八歳の少年って感じである。
こんなの誰かに見られたら、精神病院行き不可避だ。
「探女の術式ってさ、物に対しては使えないの?元に戻れ!みたいな」
「それは不可能じゃな。神名偽は意思に対して働く術式なのじゃ」
「だよなぁ………」
いや、まいったな。
でもこれじゃ正直遥ちゃんを探すどころじゃない。遥ちゃんだって、助けに来た俺が下半身裸だったら安堵より恐怖が増すだろ。
「一回家に帰らねぇとな………え、この格好で?」
「…………ぶふっ!」
「笑うな!お前にも責任の一端はあるんだからな!」
「あくまで破いたのは其方だもん!………ていうか、妾は?」
「え?」
探女の言葉に振り返ると、彼女は頬を大きく膨らませている。
「だーかーら、妾は!さっき妾にも
「あ、そっか………えと、あー……ごめん、今勃たないかも」
「………もっかい神託してやる………っ!」
その後、逃げる間もなく探女に神託をかけられた俺は、