呪霊を孕ませる特異体質 作:LABO
[1998年4月29日(水)]
───マジか。
『巫』が成功した。そう探女が告げるのを耳で聞きながら、俺は自分が呪力を乱してしまったのを自覚した。
なぜなら今し方受けた神託が、先日喰らった『神名偽』の何倍もの衝撃を与えてきたから。
脳天から心臓に向かって、まるで体内を焼き焦がすかのような熱が走った。
慌てて探女がそれに対応しようとするも僅かに間に合わず、タッチの差で巫が解除される。
「っちょ、こら愛人!呪力をみ───っ、悪い……!」
俺自身もなるべく呪力を抑えようとした、が逆にそれがよくなかった。
意図的な動作をとろうとした結果、呪力をコントロールするどころか、逆に拡張術式を解除し、探女から肉体の制御権を奪い返してしまった。
「………神託って、《こういうこと》なのか」
戻った体でそのまま舌打ちをする。
知らなかった、二つの意味で。
まさか『巫』による衝撃が、こんなに強いものだったなんて。
そして自分の拡張術式が、思った以上にピーキーで扱いにくいものだったなんて。
要練習だ。術式使う度にこんなんなってたら、とてもじゃないが実用に堪えない。
「っと、そんなことより───出てこい、探女!」
反省もそこそこに、引っ込んでしまった探女を呼び出した。
ずずず、と空間が歪むと、そこから腰に手を当てながら探女が出てくる。
「………」
視線を合わせると、ぷいと逸らされた。
その表情には、『妾怒ってます』と分かりやすく書かれていた。
ごめんて………。
☆
どうやら無理やり術式を中断されたのが気に食わなかったらしい探女をなだめつつ、これからは精神を乱さない訓練も行うということで許しを得た。
機嫌をとるのにお菓子を渡したりしつつ五分、改めて探女と向かい合う。
「………でだ。さっきのあれが神託、ってことでいいんだよな?」
「然り。肉体は共有しておったからの。分かったじゃろ?妾があまり使いたがらなかった理由が」
言われて俺は思わず頷いた。
精神に雷が走ったような、良くも悪くも強烈な感覚、そして今も消えない後味。
なんというか、そら宗教がこんだけ世界に広がるわな、と思った。
本物の(これも人を神と偽ってはいるが)神託は、文字通り探女が騙る『神名偽』とは桁が違った。
「神託ってか、もはや雷って感じだったよ」
「じゃろ?こんなの何度も使ってたら、心がおかしくなってしまうのじゃ」
「だな。ありがとう………と、そうだ。一応忘れないうちにメモっとこうかな。忘れる気がしないけど」
探女との暫しの歓談を経て、ある程度脳が回復してきた。
なので情報整理も兼ねて、今し方喰らった神託を、適当なノートに書き写すことにした。
「………ふむ。日記を見ていても思ったが、其方以外と流麗な文字を書くの?」
「そう?なんかまぁ、それは嬉しくなくはないかも」
「素直じゃないの………」
と、そんなこんなで話ながら最後に読点を一つ書き、神託の書き写しが完了した。
およそ九十八字に及ぶその神託は、理路整然としていながらその殆どが平仮名という、どこか奇妙さを感じさせる文章になっている。
『わたしははい色のへやにいる。』
『うごけない。こえも出せない。』
『へやには一つドアがあって、こわいどう物がそこからずっと中をのぞいている。』
『こわい。お父さん。お母さん。』
『わたしはきっとあいつのごはんになるんだ。』
「……………てか、書いてて思ったけどさ、これ神託なの?」
「そうじゃよ?文章が幼気なのは、神託の内容が、神と見立てた人物の知識や語彙に影響されるが故じゃ」
「ところで、其方はこの文章に何か感じることはあるかの?」
「……………………」
探女の言葉に、俺は一度口を噤んだ。
あえてなのか、どこか感情を感じさせない口調での問いに、俺は直ぐに答えることができなかった。
「…………探女の言葉が確かなら、この文章って遥ちゃんが『今』考えてることなんだよな?」
「そうじゃ。まぁ今回は大雑把に現在の状況を指定しただけだからの。正確には『彼女自身が説明する彼女の客観的な状態』と言ったところじゃ」
「そうか…………そっか」
探女の言葉に、拳をぐっと握りしめる。
文章だけでも分かる。遥ちゃんが今、恐怖に晒されていること、孤独を感じていること。
感情のままに今すぐ飛び出したい、けど。無鉄砲に飛び出して何になる?
冷静になれ。思い上がるな。
「ごめん、ちょっと考える」
「…………うむ」
探女に一度断りをいれ、俺は大きく深呼吸をした。
山園愛人。
お前は今、こんなフリーホラゲで出てくる書き置きみたいな神託を見て、
別に俺が金玉の痛みと戦いながら寝込んでたときも、呪霊侍らせながら術式こねくり回してたときも、遥ちゃんは今と変わらない状況だったんだぞ。
それを今更思い出して、いても立ってもいられなくなるなんて間抜け晒してんじゃねぇ。
考えろ。冷静になれ。神託にヒントはある。
計算しろ。先を読め。無闇に焦るんじゃなく、救うための計画を今から練るんだ。
「─────ごめん探女。もう一回だけ『巫』使ってもらえる?」
「……………うむ。よかろう」
☆
その後、探女は改めて『巫』を使い、濱井君からも神託を受け取ってくれた。
それに改めて感謝を述べたあと、探女や為人も交えて状況の整理を行った。
二人と話した結果、これはやはり俺、というよりも呪術についての含蓄が多少なりともある人間が出るべき問題である、という結論に達した。
………うん。そうだ、分かってる。
俺の頭の中に、これが呪術が関連した事件なんじゃないかという疑問はずっとあったんだ。
それをわざと見逃した。だから遥ちゃんは攫われた。
俺の責任だとは言えない、言いたくない。
悪意を持って人と関わる奴が悪いじゃんって思う。
でも俺が何かしていれば、今が変わった可能性なんかいくらでもある。
くそ、なんていうんだろうか。
今まで、どんだけ現実感のないままに生きていたんだろうと思わされた。
………濱井君が攫われたのを、適当な理由をつけて見て見ぬ振りした理由。
単純だ、当事者になれてなかったんだ、心が。
呪霊とかいう、殺しても死体が残らない敵キャラを殺して。
黒閃に成功して、反転術式を使えるようになって、可愛いサポートキャラに囲まれて。
俺は思うがままに、どんどん強くなれる環境に酔っていた。
そして、こうも考えていた。
この世界には呪術というファンタジーがある以上、誰かが犠牲にはなる筈で。
濱井君は、運悪くそうなってしまっただけなんだって。
………思考が逸れた。
兎も角、今までの俺に足りなかったのは当事者意識だ。
だからここからはちゃんと、本気で二人を救うために動く。
そのための計画を練った。
まず前提として。
神託を受けることができた以上、遥ちゃんも濱井君も生きていることは確定だ。
そして肝心の濱井君の神託だが────
『おれはどこかの地下室にかん禁されている。』
『動けない。声も出せない。』
『誰も来ない。ずっと一人でいる。』
『いつも気づくとご飯が置いてある。』
『ハンバーグが食べたい。お母さんに会いたい。』
───というものだった。
大筋は遥ちゃんと同じく、探女が指定したフォーマットに則って自分の状況→周囲の状況→感情という流れ担っている。
しかし流石小学四年生というべきか、遥ちゃんよりも状況把握がしっかり出来ているように思える。
二つの神託から推測できること。
まず遥ちゃんの言う『はい色の部屋』とは、濱井君と同じく地下室だと考えていいんじゃないかな。
で『こわいどう物』について。これの正体は恐らく呪霊か式神なんじゃないかとあたりをつけている。
察するに、遥ちゃんは一連の騒動の中であてられて、呪いを知覚出来るようになってしまった。
それを称する言葉を知らないから、『こわいどう物』という言葉で形容したのではないだろうか。
そしてその呪霊、ないし式神の役割は、監視役と世話役を兼ねている。
………ということならば本当は、濱井君にも監視役がついている筈なんだ。
でも彼にはそれらしいものが見えている形跡がない。
つまりそれほどに呪術的なセンスが無いのか、それとも図太いのか。
………ハンバーグ食いたいとか言ってるし、後者っぽいな。
過酷な状況でも壮健なら何よりだ。
次に、二人を攫った犯人について。
これは残念ながら分からないが、それでもある程度の絞り込みを行うことは出来た。
簡潔にいうと、相手は単独ないし複数人の呪詛師である可能性が高いとみている。
呪霊か式神が監視役を行っていることが確定している以上、その下手人は
更に二人は明らかに、何かの目的の為に
まだ短い呪術師生活の中でも分かる。普通の呪霊はそんな遠回りなことはしない。
有り得るとすれば、それこそ特級呪霊の仕業になる筈だが───そんな存在がいたら、その呪力には流石に気付く。
この島はそこまで広くない。
だから下手人は呪詛師で、何らかの目的をもって二人を攫い、生かしているんだと考えている。
それ以上のことは、今は分からない。
そいつ、ないしそいつらの術式や持っている呪具に関連した儀式に必要なんだろう。
んで最後に、二人が監禁されている場所について。
正直心当たりはない。
しかしこの島は先程も言った通りそこまで広くない上に、ほとんどの家が一戸建て。
つまり監禁スペースを二人分確保できるほどの敷地のある建物となると、自然と候補は絞られてくる。
まあそれもあの子たちがまだ、この島にいる前提の話にはなるが。
そういう
そして、これら一連のヒントと推理を根拠として、俺が今やるべきことは────
「役場や学校みたいなデカい建物と、その周辺の残穢を調べる、か」
「うむ。それでおおよそ問題ないじゃろうて」
俺が出した結論に、探女は鷹揚に頷いた。
それにほっとする。どうやら合格点に達したみたいだ。
「じゃあ改めて捜索か、ステルス出来るかな……あいやそっか、俺呪霊操術使いだった」
☆
「二人とも、お願いね」
『はーい(なのじゃ)』
元気な返事を残して、探女と為人は捜索へと赴いた。
二人がいなくなった静寂に一抹の寂しさを感じながら、椅子にドカリと座り込んだ。
………改めて思うけど、呪霊操術って何でも出来ちゃうな。
単純な戦闘時の手数になるだけじゃなく、こういう、人の身では動き難いときの手足になったり、第三者としての頭脳を借りれたり。
出来ることが多過ぎるが故に、逆に何から手を付ければってなる。
夏油傑も特級術師になるだけあるな。
そして当事者意識を持つことで見えてきた、今の俺にある最大の弱点。
それは紛れもない俺自身だ。
原因は明らか。
露骨に経験不足というか、日和ってるというか。
呪術センスがあったとして、俺は戦いへの根性、覚悟みたいな根本的なものが全く足りてなかった。
………今から不安なのは、実際に下手人を見つけて戦闘になることだ。
俺は殺意をもって向かってくる人間に、真正面から相対できるのか?
考えるだけで心が苦しくなる。倒しても死体の残らない呪霊とは訳が違うんだ。
無力化出来るのか?
もしくは殺すことも視野に入れなきゃいけないかもしれない。
前世じゃろくすっぽ喧嘩したこともなかった気がする。
そんな俺が、人間相手に命のやり取りなんて行えるのだろうか。
でも、やらなきゃ。これからに思いを馳せれば、このくらいどうにか乗り越えなきゃいけないんだ。
「………………はぁ」
だめだ。てかこれも今考えたってしょうがないこと。
結局重要なのは、そのラインを踏み越える瞬間なんだ。
「あーやめやめ。なんか腹に入れよ」
しんとした部屋の空気と、ネガに走る気持ちに負けないように、わざと大声を出して立ち上がる。
こういうときはやけ食いに限る。それに家に大人が誰もいない以上、メバルのことも面倒見なきゃいけないしな。
「おーい、起きてるー?」
「…………?」
リビングにて、食べ物を探しがてらメバルの顔を見に行くと、彼女はいつも通り、静かに寝転んでいた。
この子は本当に手間のかからない子だ。全然泣かないし、動き回りもしない。
大丈夫なんだろうか。赤ちゃん時代によく動いた方が、運動神経も良くなるって聞いたんだが。
「うりうり」
「………っ、………」
見つけた菓子パンを食べつつ、なんの気なしにメバルの頬をつつく。
するとメバルは無表情ながら、口をぱくぱくとさせて反応をみせた。
その無邪気な様子に心が痛む。
「…………なぁ、お前さ、寂しくないの………?」
「………ごめんなぁ。俺がこんなんだったから」
「………俺が普通の人間だったらさ、お前はもう少し幸せな環境だったんだと思うよ」
「母親がまず狂ってなくて。そうすると多分、今よりは愛情をもってお前に接するだろ?」
「それに残念ながら俺の父親は死んじゃったけど、君のお父さんである佐藤さんは医者だしさ、安泰も安泰!………………この家の癌はさ、俺なんだ」
「………でもそれをさ、あんま悪いと思ってない。ちゃんというと、少しは悪いなって思うけど………心の底の部分では、しょうがないじゃんって、思ってる」
「だから、ごめん。俺は、俺は………とっととこの事件も解決して、なるべく早く君やこの家から離れるから。それ以外は出来ない。したくない。ごめん」
俺の言葉に、メバルは勿論何も言わない。
探女も為人もいない、本当の孤独だからこそ吐露できた、こんな丸出しの感情。
知りたくなかったこんな自分。
でもこれが事実。あの日探女に言われたこと。
俺はこの家という不幸を踏み潰して、人生のくだらない目的を叶えるんだ。
「………へっ、お前、よく見たら目の感じが俺と似てるね。心根までは似るなよ?」
なんて言葉を投げかけたって、メバルは無表情に疑問符を浮かべるだけだった。
そんなメバルに苦笑して、頭を撫でようとしたときのことだった。
『ピンポーン』
俺の声以外の音が無かった部屋に、インターホンが鳴り響いた。
「…………誰だろ」
こんなご時世に来客?
少し訝しみつつも、対応するために一度玄関へと向かった。
この家の呼び鈴は、顔が見えるタイプのそれではない。
だから誰が来たかを、会話する前に確認する為には、覗き穴から直接外の様子を見る必要があった。
足音を少なく玄関に向かい、扉によりかかるように背伸びして、覗き穴から外の様子を探る。
「…………あれ。舞香ちゃんパパ………?」
玄関先にいたのは、転校してしまった舞香ちゃんのお父さん、だった人だ。
舞香ちゃんパパ───ではなく鈴木さんは、『捜索隊』と書かれたゼッケンを上に着て、呼び鈴の前で立っている。
それを見て、なるほど、と状況が腑に落ちる。
一体何事かと思ったが、これ捜索隊の人による巡回みたいなものなんじゃないか?
安否確認も兼ねての。特にうちは小学生男子と赤ちゃんがいる、客観的に見て狙い目っぽい家だしな。
はぁー、安心した。
まぁ来たのが鈴木さんなのがちょっと気まずいけど。
人を確認できたので急いでリビングに戻り、インターホンを繋ぐ。
『………あ!愛人君?良かった〜、心配したんだよ?出るの遅いから!』
久方ぶりに話す鈴木さんは、誕生会で話したときと変わらない雰囲気だ。
柔らかい口調がそのまま過ぎて、離婚したなんてまるで感じさせず、それに少し、複雑な気持ちになった。
「すいません、ちょっとメバルの世話で手が離せなくて………」
『あ、そうだったのか〜!それはごめんね!確かに今、親御さん出かけてるもんね!』
「あ、はい?そうなんですよ」
『そっかそっか。ところでさ、愛人君って遥ちゃんと仲良かったよね?遥ちゃんと最後に会ったときのことについて聞きたくてさ。今大丈夫かな?』
「え?大丈夫ですけど………」
『ありがとう!………じゃあ、インターホン越しで色々聞くのもアレだし、ちょっとだけお邪魔させて貰ってもいいかな?』