呪霊を孕ませる特異体質   作:LABO

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[1998年4月29日(水)]

 

 

 

「え、お邪魔って、家の中ですか………?」

『え、うんそうだけど………ダメかな?』

 

 

 俺の質問に、鈴木さんはさも当然といった様子で聞き返してきた。

 面識があるとはいえ、普通入ってくるか?こんなタイミングで。

 

 露骨に怪しい。でも何度か会った感じを思い出すと、鈴木さんからは呪力への見識を感じたことはなかった。

 垂れ流しの呪力。その量も極々一般人並みだ。

 

 

 …………犯人は呪詛師だというアテが外れたか?

 いや、それとも俺が疑い深くなってしまっているだけなんだろうか。

 

 駄目だ分かんねぇ。

 正直鈴木さんがデリカシーの無い人なだけだと言われれば、そんなような気もしてくる。

 

 言われた通り招き入れるべきか?ノンデリなだけならそれでよし、下手人だとしても、鈴木さんレベルなら俺単体でも対処できそうではある。

 

 

 

 ………いや、駄目だ。うちにはメバルがいた。

 この申し出は断る以外の選択肢は無い、か。

 

 

「………すいません。今は佐藤さんから、家には誰もいれるなと言われているので………」

 

 

 迷った結果、俺は鈴木さんの申し出を断った。

 仕方ない。正直俺一人なら招いていた。

 多少のリスクを鑑みても、今はともかく情報が欲しかったから。

 

 でも今は駄目だ。流石にメバルを危険に晒す訳にはいかなかった。

 

 

『そっか、まー怖いかぁ………ごめんね、またお父さんがいるときに改めて来るよ』

 

 

 インターホン越しの声は少し沈んではいるものの、鈴木さんは案外素直に聞き入れてくれた。

 

 

 

 ほっ。

 聞こえないように小さく溜息をつく。なんだ、ここで引いてくれるなら、本当にただのノンデリなだけだったのかもしれない。

 

 

「はい。すいません」

『大丈夫だよ。でも件の連続誘拐事件、狙われてるのは子供だ。くれぐれも気をつけてね』

「はい、気をつけます」

『いい返事だ!それじゃあ!』

 

 

 その言葉を最後に、鈴木さんは立ち去っていった。

 足音が遠くなるのを聞き届けてから、俺はようやく胸を撫で下ろした。

 

 

 ………怖かった。

 何が怖かったのかと言われれば、知っている人と敵対する可能性が怖かった。

 

 

 インターホン越しに鈴木さんと会話している間、正直俺は足が震えていた。

 声ももしかしたら震えていたかもしれない。

 

 ………もしも部屋に招いた鈴木さんが、実は凶器を隠し持っていて、それを向けてきたとしたら。

 ふとした瞬間に隙を突かれて羽交い締めにされたりしたら。

 

 それ自体が怖いわけじゃない。ただ、呪霊ではなく人間からそういう、敵意を向けられる可能性を一瞬であろうと想像してしまい、怖くて仕方なかった。

 

 

 こんなんで大丈夫なんだろうか。俺無理かもしれない。

 

 でも助けたい。遥ちゃんも濱井君も。

 

 

 

 くそ、どうすれば。

 

 強くなるんだ、強くなるしかないのに。

 

 

 

「…………切り替えないと」

 

 

 考えろ。今は遠回りしている場合じゃないんだ。

 強くなってからなんて呑気なこと言ってられないんだ。

 現状の最優先はあくまで情報収集。

 つまり俺のやるべきことは、探女と為人が情報をもって戻ってくるのを待つことなんだ。

 

 焦って探女達を呼び戻さなくてよかった。

 

 

 

 ………こんな気持ちで待ってちゃ、とてもじゃないが身が持たないな。

 

 

「………今は、メバルと遊んどくか」

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

「いないいなーい、ばぁ!」

「……………」

「うーん。いないいないばあっ!」

「……………」

 

 

「くっ………いないいなぁーい、ぶわぁ!!!!」

 

 

 

 

 

「………………?」

 

 

 リビングに早足で戻った俺は、メバルを笑わせることに挑戦していた。

 

 というのも、俺はメバルの真顔か寝顔しか見たことがなかったのだ。

 泣き顔も笑顔も見たことない。なんなら大きく動いているのとかも。

 

 

 そういう所が前々から気にはなっていたのだが、色々と出来事が重なって考えるのを後回しにしていた。

 そんな折に、俺は自分の特異性を思い知ることになった訳でして。

 

 

 端的に言ってしまえば、メバルもまだ自我が希薄なだけで、後々なんらかの特異性に目覚めるのではないか。そう考えたのだ。

 

 

 であるならば先達として、早めにその特異性を知り、俺のようにはならない為に色々教えてあげるのもありかもしれない。

 

 

 

 ───故に俺が選んだのは、全力全開のいないいないばぁ三本勝負だった。

 ふふふ。どんなコミュニケーションにも、まず必要なのは笑顔とボディランゲージだろう。

 

 穏やかな家族関係構築の第一歩として、とりあえず笑ってるとこ見せてって感じの考えである。

 

 

 ………まぁ結果は俺の惨敗なんだけどね。

 

 

 

「………いや、表情変わらなすぎるだろ。顔の皮膚鉄でできとんかいな」

「…………っ」

「あれ?なんでゆっくり視線反らしたの?エセ関西弁嫌だった?ごめんね?」

 

 

 俺がエセ関西弁を使うと、メバルは視線を切って窓の方に移した。

 あまりにも塩対応なメバルに、ショックを受けてうなだれる。

 俺の全力全開のいないいないばぁは、この子の視線をほんの少し逸らすだけに終わってしまった。

 なんでだろうなぁ。悲しいなぁ。

 赤ちゃんにはやっぱり笑顔が似合うと思うんだけど。俺は君の笑顔が見たいんだけど?

 

 

「なぁなぁ、こっち向いてよー」

 

 頬をつんつんと突きながら話しかけるも、メバルはそっぽを向いたままだ。

 なんなら視線だけではなく顔まで反らして、窓の外の景色を見ている。

 

「おーい?」

「………っ、………!」

「そんなにエセ関西弁っていけないことかな?なぁー」

 

 

 あまりにも視線がこちらに戻らない。

 いい加減業を煮やしてしまったので、俺はメバルの視界に入り込もうと上から覗き込む。

 

 するとメバルは───いつもの無表情ではなく、何故か目を見開いて窓の外を凝視していた。

 

 

 

「…………どうした?」

「………っ!」

 

 

 想像していたのとは違う形相に、俺も一段声色を変えてメバルに尋ねた。

 するとメバルは一度こちらに視線を向けてから、すぐに窓の外を見つめなおす。

 それはまるで、天敵を前にした小動物のようで───尋常ではない様子に、俺もすぐにその視線を追った。

 

 

 

「一体何が?……………ッ!!」

 

 

 

 視線を彷徨わせ、そして気づいた。

 

 

 ───メバルのベッドははうちの一階、南側の部屋の窓際に置いてある。

 その窓から見える景色は、だだっ広い空き地と、隣の家の敷地である果樹園が主。

 その奥に山の始まりが見えるという、緑が大変多いものになっている。

 

 

 

 

 それの中心。

 具体的にいうと、空き地の真ん中あたり。

 そこに見慣れない()()が立っていた。

 

 

 それは()()()()だった。

 

 先程覗き穴越しに見えた服装のままでそこにいる鈴木さんは、何故かこっちを指差して立っている。

 

 そして俺が認識したのを確認すると、一度ニヤリと笑った後、体を折って獣のような前傾姿勢をとった。

 

 

 

 ───猛烈に高まる嫌な予感。

 

 鳥肌が立つ。

 無限に時間が間延びしていくような感覚の中。

 俺がメバルを抱え込んだのとほぼ同時に、鈴木さん───敵は、地面を爆ぜさせてこちらに飛び込んできた────!

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 極限の集中が齎した感覚時間の遅延。

 愛人の人生で何度目かになる、走馬灯のようなその数瞬。

 

 迎撃か、回避か。

 とてつもない速度で大きくなる敵の姿を視線の先に入れながら、愛人はその数瞬の全てを、メバルを抱え、回避することに振り切った。

 

 

「─────ッ」

 

 

 

 結果は成功。

 全筋肉を利用して身を屈めた愛人、その上を侵入者───鈴木が通り過ぎる。

 

 ギリギリで巻き込まれた髪の毛が千切れ落ちていくのを感じながら、愛人は迅速に振り返り、鈴木を視界に入れ直した。

 

 

「何してんだあんた!?」

「………………」

 

 呪力を淀み無く纏いながら愛人は吠えた。

 しかしゆらりと立ち上がった鈴木はそれには答えず、掌印を結んだ。

 

 

「ッ」

「闇より出でて闇より黒く、その穢れを禊ぎ祓え」

 

 

 ───帳っ!?

 

 掌印に対して、何らかの攻撃を警戒し、メバルを隠すように構えた愛人に対して、鈴木がとった選択は帳を張ることだった。

 愛人が退路を探すまでもなく、山園家を中心として小規模の帳が降ろされる。

 

 

 

「………逃がさねーってわけか」

「……そりゃね。今は()()()()()みたいだから」

「ちっ、クソヤローがよ……!」

 

 

 悪態をつく愛人に対して、鈴木は余裕の笑みを崩さない。しかしその動き自体は淀みなく、帳が完全に落ちたのと同時に、鈴木は別の掌印を結んだ。

 

 

「とは言っても時間もそんなになさそうだし───術式解放・『獣態鏡』」

 

 

 鈴木の言葉と共に、彼の体を透明な流体が覆い隠した。

 次の瞬間再び鈴木が姿を現すと、もうそこに人の姿はなく、代わりに姿勢を深く身構えた()の姿があった。

 

 

 

 

 

「───悪ク思ワナイデネ」 

 

 

 

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