呪霊を孕ませる特異体質 作:LABO
[1997年4月28日(月)]
今日俺は、いつもより気持ちテンション高めで登校していた。
先週末に黒閃を決めた嬉しさをまだ引きずっていたのだ。
色々とままならない現実だが、だからこそトレーニングの成果が出るという、ある意味で思い通りの状況を引き寄せられたのは、出来事以上の自信に繋がる。
だからだろうか。自分が先週の金曜、誰に向かって何をしたのかなんて些事、その瞬間まで忘れてしまっていた。
「…………ん?」
異変は下駄箱からだった。小学校の下駄箱は、靴と上履きを置くために二段になっているのだが、俺は先週学校を出るとき、確かに上の段に上履きを置いたはずだった。
靴から落ちる砂が上履きに入らないように、という目的も兼ねて意図的に習慣化しているから、よっぽど焦っていない限り間違えて入れることはない。
違和感を覚えた。それと、嫌な予感も。
まさかそんな、昨日の今日で?とは思わなくも無かったが、念の為と上履きを確認してみた。
すると案の定、恐らく家庭科で使うのであろう、裁縫用の針が、履いたときに足に突き刺さるような形で底から斜めに刺されていた。
「………あんのやろぉ」
思わず、小一らしからぬ悪態が口をついて出てしまった。
☆
下駄箱の前で俺は考えていた。
すなわち、このいじめと、推定下手人の濱井君に対してどう対応するべきかということをである。
というのも、これは非常にデリケートな問題なのだ。これが、他の家庭の太くない一般生徒にやられたことだったら、そっくりそのまま先生に報告するなり、そうでなかったとしても怪我をしない程度にやり返してやればいいだろう。
ただ、濱井君はこの村有数の金持ち。そしてあんな人間性が矯正されずに小学四年生まで来てる以上、それなりに頭は回るか、もしくは想定よりも親子そろって性根が腐っていると考えたほうがいいだろう。
そう。つまり、あっちの親からこっちの親や、佐藤にまで圧力がかけられるとまずいのだ。
俺の立場が。
只でさえもう、今は飯を食って寝るだけの場所として利用している家に更に居場所がなくなると、流石に日常がしんどくなってくる。
という訳で俺は、このイジメにしっかりと対応しつつ、親に迷惑はかけないようにこなさなければいけないのだ。
なんて面倒くさい。
と、嘆くのは程々に、始業のチャイムが鳴るまでには行動を決めたほうがいいだろう。
まずは針の刺された上履き。
うーん、これは物的証拠としてそのままにしておいた方がいいのだろうか。
わからないが、少なくとも実行に裁縫用の針が使われているというのは、かなり大きな証拠になるのは確定している。
なにせ裁縫道具は四年生になるまで買わないから、自然と実行犯が四年生以上であると考えさせられるからな。
それに、今ここにあるってことはその分、誰かの裁縫道具入れは針が足りなくなってるってことだ。
そいつが無くしやすいタイプでホイホイ失くしてるならその限りではないが、少なくとも真面目に生きてる他の子に疑いがかかることはなくなる。
なら、次はこれを誰に伝えるか、だ。
……難しいな。
なにせこの島にいる先生は、担任も含めて三人いるがみんな東京から移住してきてる人だけだ。
つまりこの島に根付いていない人が多く、その立場から島の有力者の子供になんかするってのは大分ハードル高いだろう。
彼らは善人だから、彼らにも迷惑はかけたくない。
しかし、いじめられっ子の立場に甘んじるってのは個人的に気に食わない。
放課後のトレーニングや図書館での情報収集に支障が出る可能性があるし、そうでなくともあんなクソガキに舐められたままなんてのはまっぴらゴメンだ。
さて、どうするべきか…………。
「はーい、時間終了です!初めての百ます計算は難しかったと思うけど──」
結局。取り敢えずは一度様子を見ることにした。刺さっていた針はもうそのまま貰って、今は筆箱の中だ。
せいぜい後でモノに呪力を纏わせる練習に使わせて貰おう。
わざと時間をかけてやった百ます計算の解答を聞き流しながら考える。
…………うん。結局あのまま堂々巡りしていても、ベストな答えは出なかった。
色々考えたが、思いついた方法はどれも誰かしらに迷惑がかかるし、これから六年間通う場所でやるには悪目立ちしそうなことばかりだったのだ。
ならば今は様子を見る。ただ、今回は内密に扱ってやるが、次もまだ何かやってくるようだったら、被害を周囲の人間に見える形で処理してやろうと考えている。
それは、周囲の心情をこちらよりにするためだ。
そして最終的にはみんなが見てる前で殴り合いをする。それまでに心情をこっちに寄せて、ちゃんと俺がいじめられっ子であるという共通認識を作っておけば、いかに有力者の息子としても逃げようがないだろう、ということだ。
はぁ。と、こっそりと溜息を吐いた。
次から次へと問題ばっかりだ。でもそんなもの気にしてても、目標達成にノイズが走るだけだ。
今は力をつける。成績優秀でとっとと都会の学校に進学して、こんなめんどくさい田舎とはおさらばしてやるんだ。
「凄い!今日も山園君は百点満点なのね!優秀な子だわ!」
「すごーい」
「しゅごーい」
「あっ、ウス……」
ちなみに、家庭環境と濱井問題を除けば、少々陰キャの気はあるがそれ以外の人間関係は至って良好だ、とは述べておく。
一応大学出てるからな(前世で)。
【1997年5月15日(木)】
少々困ったことが起きた。というか困ったことが起きた時にしか書いてないからもはや前提って感じなのだが、反転術式についての知見がちっともないのである。
黒閃については、原作でその発生条件が明確に示されていたためなんとかなった。
しかし反転術式については明確に述べられていることが少ないのである。
曰く、センスの可否による部分が大きいだとか。ひゅーんとやってひょい、だとか。正直独学では一生無理なんじゃないかとも思えてくる。
俺が現在持っている認識では、マイナス×マイナス=プラスよろしく呪力を
そもそもの前提として、今は呪力を流すイメージではなく体全体から湧き上がらせるイメージで操作しているのであって。そのおかげで呪力操作そのものはかなりスムーズにできる一方で、分けるってなるとかなり難儀なことになる。
しかもその上掛け合わせるってなんだよ。うーん。発想としては間違ってないような気がするんだけどなぁ。
ちょっと数学的に考えすぎているのかもしれない。
一旦整理してみよう。
そもそも呪力とはなにか。負の感情から発露されるエネルギーであって、その本質は呪いである。
要するに呪力で呪霊を祓うってのは、より大きい力をぶつけて掻き消してるようなイメージ、の筈だ。
んでじゃあ反転術式とはなにか。言わずもがな正のエネルギーである。
反転とつくことからも分かるように、傷の治癒に使われる。便利だが消費呪力は通常時の倍かかる。
しかし呪霊に対して特攻を持ち、原作で乙骨は正のエネルギーを流し込むことで特級呪霊を祓っていた。
紛らわしいが術式反転とは異なり、そっちは(恐らく)生得術式を正のエネルギーで使用することを指す。
術式反転の際には、呪力を用いて行う順転とは正反対の結果が表れる。
あーあと、反転術式は頭で回すって言葉が出てきた気もする。
……こんなもんか。
うーん、ますますこんがらがってきた。マイナス×マイナス=プラスなのは分かるし、消費呪力が倍ってのも理解はできる。
でもなら、呪力とぶつけ合わせたらプラス×マイナス=マイナスになる筈だろ。なんで打ち消せるんだ。
普通にぶつけ合わせるのと、掛け合わせるって感覚は違うってことなのか?
やっぱ、ただの呪力操作とはそもそもやることが違うんだろうな。
頭で回す。その言葉の意味をしっかり理解する必要がありそうだ。
【1997年5月18日(日)】
前回の日記で反転術式について考えるあまり近況の記載を忘れてしまったので、今日改めて書いておくことにする。
まずは家関連のことについて。
あれ以来、思ったほどの問題は起こっていない。
母親と佐藤さん(これからはつけることにした)は意外と上手くやっているし、相変わらずネグレクト気味な母親とは異なり、こっそり小遣いをくれるなどの点数稼ぎまでしてくる。
俺からの好感度なんて稼いでも仕方ねぇけどな!とは思いつつ、貰って損はないので受け取ることにしている。
まぁ俺としては、俺自身がすくすく育てる環境さえあれば問題はないのでね。
次に、濱井君関連について。
残念ながらいじめ、というか彼からのいたずらは継続している。
しかしあの日運動神経で上回ってやったことが功を奏したのか、直接的に手を出してくる様子はなく、あくまで物を隠したり画鋲などでケガすることを狙ってくるぐらいだ。
ぐらいというには激しい気もするが、まぁ結局は子供の考えることの範疇というか、分かりやすいのだ。
その度に、特に先生に対してそれとなくアピールはしているし、エスカレートする様子も今のところはない。
何ならこの前教科書を隠されていたときは、同級生の女の子に見せてもらうことになったりもした。
勿論小学生相手にドキドキとかはしなかったが、まぁなんか青春っぽいなぁとは思った。
さて。で、現在の状況的には来週の土曜に運動会本番が控えているという感じだ。
運動会とはいっても、全校生徒一六人のうちじゃあ規模はこじんまりとしたものになる。
だから基本的に全部の競技に全員出るし、それでもお昼過ぎには終わるプログラムになっているようだ。
案の定母親は来ないっぽい。
それをこっそり伝えてくれた佐藤さんが、俺が行こうか?と提案してくれたが丁重にお断りした。
これで変に母親との仲が拗れても困るしな。
あああと、呪霊関連のことについてだ。
昨日の土曜日、ついに術式持ちらしき呪霊と戦った。
なんの呪霊かは分からなかったが、地面に水のような波を発生させてきていたので、波や海に関連する呪霊なのかもしれない。
足元を崩されて一度不意を突かれ、初めて呪霊からの攻撃を食らったが、全身に呪力を纏っていたのもあって大したことはなかった。
術式発動のタイムラグをついて上空からジャンプで襲い掛かり、そのまま呪力を込めて思いっきり踏んずけてやった。そしたら倒せた。
一撃よ、一撃。
確か、術式持ちって最低でも準一級相当だった気がするんだが、思った以上に脆かった。
俺が思っている以上に成長したのか、それともここは人口の少ない田舎だから呪霊そのものが弱かったのか。
どちらにしろ、最近は出現する呪霊のレベルも、その頻度も上がっているので少し心配である。
早急な反転術式の理解が求められるな。