呪霊を孕ませる特異体質   作:LABO

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 [1997年10月23日(木)]

 

 

 

 

 学校終わり。俺は村唯一の病院である、『青原総合病院』を訪れていた。

 時間は午後一時過ぎ。想像していた通り客足は疎らだった。

 

 ここに来た目的は勿論、俺の出生時について聞くこと。

 事前準備として、柴さんの人となりついての情報を、佐藤さんにも聞いてきている。

 

 曰く、ダウナーな感じであるとか、全然話さなかったり急に話したりとスイッチのオンオフが激しい感じ、らしい。

 

 鈴木パパの話と合わせて総括すると、何やらコミュニケーションをとるのが難しそうな人っぽいイメージが浮かび上がる。

 さて、果たして小学一年生の女の子にも、つい最近まで吃ってたようなやつが、正常なコミュを行えるのでしょうか。

 それが今回最大の不安点である。

 

 

「すぅーーーーっ」

 

 

 最後に一つ息を吸って、意を決して病院に入る。

 人の出入りを知らせるベルが鳴ると、受付のお姉さんが少し困惑しながら出迎えてくれた。

 

 

「こんにちはー、ってあれ?君は確か……」

「はい、山園愛人です。今日は柴先生にお話を聞きたくて来ました」

 

 

 どうやら俺に見覚えがあったようなので、丁寧に自己紹介をしてから要件を話す。

 すると、昨日までに鈴木パパか佐藤さんから話が回っていたようで、スムーズに案内してもらうことができた。

 

 

「それじゃあ、普通の診察と同じように番号で呼ぶので、それまで椅子に座って待っててくれるかな?」

「わかりました。お忙しい中お時間をいただきありがとうございます」

「あら、とっても礼儀正しいのね。いい子!」

 

 

 という訳で。順当に好感度を稼ぎつつ適当な椅子に座る。

 待合スペースを見渡してみると、御年配の方がちらほらという感じで、そこまで待たなきゃいけないわけではなさそうだ。

 

 

(三人、二〇分ってところか。とはいっても……)

 

 

 とはいっても、それだけの時間を何もせずに待っているというのも苦痛なので、俺は何の気なしに、子供向けに本や漫画が置いてあるコーナーを物色してみることにした。

 

 

(ブラック・ジャック、火の鳥、のんたん。うーーんなんか、ないよりましって感じだなぁ)

 

 

 一通り見てみた結果、特に目を引かれるものはなかった。

 まぁそれもそうか。こういう島の病院って、偏見だけど老人の憩いの場って感じのイメージだもんな。逆にこれだけある分凄いのかもしれない。

 

 数冊とって流し読みをし、その中で一番目を引いたブラックジャックを読むことにした。

 

 

「…………」

 

 

 前世を含めて、手塚治虫作品は昔の漫画と思って敬遠していたが、これがなかなか深くて面白い。

 俺はすっかり時間を忘れて読みふけってしまった。

 

 この漫画、なんというか。手術という他人の人生を左右する作業を通じて、人間らしさというものを分かりやすく書いているのだ。

 それは患者や依頼人だけではなく、ブラックジャック本人のも、だ。

 決して綺麗ではないが、だからこそ眩しいというか。

 ああっくそ、結構感動してるのに語彙力がなくて自分の中で感動を言語化できない。

 

 ともかく。総括すると色々な形の人間模様が描かれているな、と。これを一人の人間が書いているなら、確かにそれは後世に残る手腕なのかもしれない。

 

 

『一四番の方、診察室までお越しください』

 

 

 そんなこんなで浸っていると、あっという間に俺の番号が呼ばれる。

 慌てて本を元の棚に戻し、受付の奥にある診察室に向かった。

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

「失礼します」

「はーい。よく来たねぇ」

 

 

 診察室のドアを開けると、意外にもフランクな挨拶が飛んできた。

 そこには白衣を身に纏った、気だるげな女性が一人。

 この世界が呪術廻戦の世界であることも相俟って、家入硝子を幻視した。

 

 

「……どうしたの?そんなに見つめて」

「あいやっ、なんか、隈凄いなって」

「あーなるほどね。まぁ、最近ちょっと忙しくてさ、そのせいかな?まま、座って座って」

 

 

 ダウナーだと聞いていたが、実際の柴先生は思っていたよりフランクだった。

 子供相手だからというのもあるのだろうか。

 そんな先生に促されるままに、俺は患者用の椅子に座った。

 

 

「んで?なんか私に聞きたいことがあるって聞いたんだけど」

「あ、はい。あの、俺が産まれるときの担当が先生って聞いたんですけど、それで、そんときの話を聞かせてほしくて」

「…………ふむふむ、なるほどねー?」

 

 

 アイスブレイクがあるかと思いきや、先生はざっくばらんに本題に切り込んできた。

 なので俺も正直に話すと、彼女は顎に手を当てて考え込む。

 当時のことを思い出しているのだろうか。

 

 

 

「そんときの話って言っても難しいなぁ。あーっと、分娩室に入ってからがちょっと長かったかな?」

「長い?」

「そう。君ね、あの細っこいお母さんからは考えられないくらい大っきかったんだよ。お陰で大変だった」

「そうだったんですか……」

 

 

 ふむ。と、今度は俺が考え込んだ。

 となると、俺が嫌われてる原因は、産むのが大変だったこと、なのか?

 正直そんなことで?と真っ先に思ってしまった。

 しかしそれも結局、出産を経験できない男視点での考えに過ぎなくて──うん。最低だな。

 

 

 

「……お母さんは、俺のことをどんな顔で抱いていましたか?」

「ええ?何その質問。フツーに笑ってたと思うけど?亡くなっちゃったお父さんと一緒に」

「…………そうですか…………」

 

 

 ダメだ。手掛かりどころかもっと分からなくなった。

 それどころか、ちょっと際どい質問だったのだろうか、先生の目が剣呑なものになったのを感じて思わず目を逸らす。

 うーん。出産時点では笑って抱きしめてたんなら、母親が俺を嫌う原因はまた別のタイミングってことになる。

 生まれた時じゃなくて、物心がつく前。体感で四歳くらいまでの時期だろうか。

 一体その間に何があったんだろう。

 

 と、俺が思考の渦に囚われていると、頭をぽん、と触られる感触があった。

 

 

「…………あ、すいません」

「いや、責めてる訳じゃない………ただ、なんかあんのか、とは思うよね」

「なんか?」

「母親との間になんか。そもそも出産のときの話を態々担当医に聞きにくるなんて、聞き辛い関係って言ってるようなもんだけど?」

「あー…………」

 

 

 何とも直球な言葉に俺が答えあぐねていると、先生は大きく溜息をついた。

 

 

「なんともまー。君は《やっぱり》いい子なんだね」

「いや、そんなことは」

「いーや、いい子だよ。まぁ君が話したくないというのであれば事情も深くは聞かないけど………こう見えて私は臨床心理士という資格を持っていてね。辛いことがあれば言ってくれれば、気の持ちようくらいはレクチャーしてあげられるかもしれないよ」

「………」

 

 

 先生は、何も言わず聞きたいことだけ聞いている俺に対しても優しかった。

 その優しさにはやっぱり、俺という子供に対しての同情も含まれているのだろう。それに少しの罪悪感を覚える。

 しかし、偶に何かに迷ったら相談するくらいのことは良いのかもしれない。いつまでも日記に書いて、思考をこねくり回していても、悩み事によっては無駄なこともあるだろうしな。

 

 

「はい」

「んー、なんか挨拶が重いなぁ。君ほんとに小一か?」

「ありがとうおねぇちゃん」

「うーん。なんかやっぱウィットに富んでるな……」

 

 

 なんて、ちょっとした漫才のようなやりとりをした後、俺と先生は同時に吹き出してしまった。

 なんだろう。前世を思い出してから、初めて素で誰かと笑えたかもしれない。

 話の偶然で手繰り寄せることになった縁だが、そういうのも何かの運命だったりするのかもしれないな。

 

 

 

「ところで君にさ、一つ言っておかなきゃいけないことがあったんだけど」

「言っておかなきゃいけないこと?」

「うん。あのさ───」

 

 

 

 

 

「──────もし良かったら、帳の張り方くらいは教えてあげるよ?

 

 

 

 

「…………え?」

 

 

 

 

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