魔女夜行録   作:えらいこっちゃ

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可哀想な私


はじめまして

 陽が差し込まない程木々の生い茂っている森の中を一人で歩く私。うんざりする程濃い霧が私の視界を埋め尽くすため、一歩先を見渡す程度が限界である為、足の動きが慎重になってしまいます。このままでは何時になったら森を抜けれるか分かったものじゃありません。

 

 と言いますか、歩き始めて今どのくらいの時間が過ぎたのかも分かりません。どれ程進んでも変わらない景色が私の時間感覚と気力を奪っていきます。

 

「はぁぁ…。」

 

 思わず深いため息が出ます。よりにもよってこんな濃霧の日に森を抜ける羽目になるとは。数時間前、野宿の選択を取らなかった自分が恨めしいです。それか、泣きついてでもお師匠様の家で止めて貰えば良かったのでは。と、後悔が止まりません。

 

 しかし、一度決めた事は何が何でもやり遂げるお師匠様のことです、きっと泣きついても家にはあげてくれませんし、結局この森を抜けるしかありません。私は観念して、それからもう一度ため息を大きく吐くと、再び歩き出すことにしました。

 

 しかし、もうずっと歩いているので気づいたことがありました。その気づきとは、ズバリ私の背にありました。唯一お師匠様から追い出される時に持っていた杖が、私の背中に置かれていました。

 

 まぁ、最悪(これ)さえあれば何とかなるだろうと考えていた私でしたが、見事に裏目に出て今では私の身体に負担を与えるだけの(おもり)へと変貌していました。

 

「でもコレないと私のアイデンティティに関わりますし…。」

 

 愚痴愚痴と文句を垂れながら背負っていた杖を右手で握ります。鈍い紫色の魔石が埋め込まれた先端は、お師匠様に無理言って星形にしてもらったお気に入りである。やはり最先端を生きる乙女としては見た目にも拘りたいのです。

 

 「それ以前にお師匠様の許可なしに魔術使えないから実質ただの棒切れなのでは…。」

 

 私は認識しないようにしていた問題を再確認しました。そして改めて現状に絶望を重ねていきます。

そもそも私は今魔術を行使してはいけないのでしょうか。冷静になって手元の杖を眺めます。そして同時にお師匠様の言葉を思い出します。

 

『いいか、お前の様な三流以下の魔術使い見習いが力を行使しようなどと言う愚かで浅慮な思考はやめろ。恥を知れ。』『魔術の自己鍛錬?馬鹿か?お前。魔力操作に費やす時間があれば与えた魔導書を読んでおけ。』『…何?良い加減一人で野外研究をしたい?…いいだろう、杖をとれ。お前が半人前にすら及ばぬ事を教えてやる。』

 

…うーん、相変わらず碌な言葉を掛けられた覚えがありません。まぁ、お師匠様ツンデレですし。

 

 そんな事ばかりだったので、実は私はお師匠様の前以外で魔術を使ったことがありません。使うと凄く怒られます。夕食も一品減らされます。その日の課題が一つ増えます。お師匠様は陰湿です。

 

 しかし今は今日の夕食が手に入るかさえ不明です。ずっと歩いていたので空腹もそろそろ鬱陶しいレベルです。魔術を使って一息に森を抜けるべきでしょうか…いや、最低でも空から進むルートさえ把握出来れば…。

 

ーぐぅぅ〜…。

 

 無音の森に場違いに情けない音が響きます。今だけはお師匠様が居なくて良かったと思います。私の尊厳は守られました。

 

 やはり魔術を解禁してしまいましょうか…よくよく考えたら今回は黙って脱走したわけでも、こっそり研究用素材を集めに来た訳でもありません。正真正銘追放されたのですから、今更気にする必要も無いのかも知れません。

 

 使うべきか、使わないべきか。うだうだ悩んでいる私の元に一筋の希望の光が差し込みます。通りかかった木の根元にキノコが生えているのが見えました。

 

 伊達に何年もこの森に住んでるわけではありません。近くで屈んでキノコを採集、そしてその種類を確認します。

 

 「…来ました!これマンシダケです!」

 

 種類の判別が済んだ私は思わずガッツポーズを取ります。マンシダケはユダンギと表されることもあるキノコの一種で、空気中の魔素を栄養に育つ為、魔力濃度の高いこの森では良く生えてるキノコと記憶してます。

 

 さらに魔素を栄養にしてる植物には珍しく毒性も無く栄養価も高い為、付近に生息する動物にも好まれているとお師匠様が話していた事を思い出します。

 

 ベストタイミングで現れた天然の食料に思わず口角が上がります。流石にこのまま食すには難点があるので、加熱するなりして食べる必要がありますが。それも魔術を使えば解決です。多少齧った程度の赤魔術でも、火くらいは起こせるはずです。

 

 近くの少し開けた場所でさっそく調理に移せばひとまず空腹は凌げるはずです。最早魔術を使うかで悩む段階では無くなりました。お師匠様からの忠言は目の前のマンシダケによって消し去られました。

 

 開けた場所を見つける必要がある為、さっそく辺りを見渡して場所の確保です。ぐるりと回って確認します。

 

 しかし見渡す限り木、木、茂み、蛇、木、木、木です。ここらで火を起こせる場所を探すのも大変そうです。…ん?蛇?

 

「はぇ?」

 

 思わず間抜けな声が出ます。何かの間違いだったかもと、今度は逆回転で周りの景色を見渡します。木、木、木、蛇、茂み、木、木。先ほどの景色と寸分変わりない情報が私の脳に伝わります。

 

 強いて変わった要素を挙げるのなら、こちらを見つめる大蛇の眼差しが強烈に、絡みつくようになっている事と、遠近感によって元々大きかった蛇の身体がより大きく見えるくらいです。

 

 ふと、目の前の舌を細かく振動させている蛇の顔を前に、ある日の記憶が蘇ります。

 

『マンシダケは栄養価も高く、この森でもリスなどの小動物が食す。しかし、留意すべきは高い栄養価の分、その小動物を食す動物も通常よりも巨大であり、更にこの森の様に魔力濃度の高い環境下では魔力増幅によりその影響も凶暴度も大きくなる。いいか馬鹿弟子、だから昨夜のように一人で採集を行う事にも危険が……』

 

 それは、お師匠様の声でした。

 

 

_____

 

 森の霧が、ほんの一瞬晴れました。それは光が瞬くような一瞬の出来事でした。

 

「…蛇の丸呑みを経験する日が来るとは思いませんでした…最悪です。」

 

 私の体からはすえた悪臭が発せられており、それが絶えず私の鼻に届くものだからこれは最悪と形容する他ありません。不幸中の幸いなのか、杖には唾液一滴もついていない様でした。

 

 替えの服も勿論持っていない訳ですから、状況の悪化は加速をやめません。私はトボトボと歩きながら真二つになった(・・・・・・・)蛇の体をヒョイっと飛び越えます。そして辺りを探して、炭の塊とかした何かを見つけ、肩を落とします。

 

 その後大きく今日一番の溜息。それから首をガックリと曲げて上を仰ぎます。視界一面の霧が聖水の様に見えます。このままでは匂いもこびり着くかも知れません。もうキノコがどうだとか言っていられる状況は文字通り塵と消えました。

 

「『昇り星(のぼりぼし)』」

 

 杖を掲げて魔術を構成します。すると、身体にふわりと浮遊感がまとわりつきます。それから一気に飛翔を始めた身体はあっという間に霧の層を抜けます。

 

 空は澄んでいました。身体はベトベトの最悪な状況ですが、お師匠様の言いつけを破って飛び上がった空は、私に爽やかな喜びを与えました。

 

「…これからどうなるんでしょうねぇ。」

 

 不安げな言葉とは裏腹に、私の顔には物語の魔女のようなニヤリとした笑顔が浮かんでいました。

 

 これは、私が魔女と呼ばれる様になるまでの

_(いつ)か星を掴むまでの夜空を駆ける、夜行録である。

 

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